第370話 これがモブの気持ち?
「お米だけ多めに炊いちゃったから、余った分は小分けにして冷凍しておくね」
「いや、そのくらいは自分でやるって。夕飯づくり頑張ってくれたんだしさ。しかし今日も美味そうだな!」
「私が誘ったんだから頑張るのは当然でしょ? でもゼロやんも、途中で買い物行ってくれてありがとね」
「いやいや、それくらい朝飯前ならぬ、夕飯前だって」
時刻はだいの夕飯づくり開始から1時間15分ほどが過ぎた、20時9分。
部屋の簡単な掃除を10分もかからずに終えた俺だったわけだが、作る相手の数が増えた分、我が家にあった食材ストックでは少々不安があったようで、料理の途中で俺は一度スーパーへおつかいに行ってきた。
でも、来客をもてなすためにいつもより頑張って2,3品小皿料理を多く作っただいの方が当然頑張ってるわけなので、俺は料理を終えてひと段落した感じのだいを笑顔で労った。
あ、ちなみに結局来客は佐竹先生一人とのこと。料理中に佐竹先生から連絡が来たみたいで、風見さんは来たがっていたが、LAで太田さんと約束をしていたから今日は不参加らしい。
なお、料理開始前に言われた言葉の内容を俺はまだ完全に消化できたわけではないから、あの話題以降俺から佐竹先生に対する印象の話も、うみさん=〈Rei〉さんだよな、って話もだいとはしていない。
まぁ、それ以前にだい曰く「キッチンは戦場」なのだから、料理中においそれとこちらから話しかけることが出来なかったのもあるんだけど、まぁ、うん、ここら辺の話はもうちょっと上手く自分の中で言語化出来てからでもいいだろう。
と、俺がそんなことを思っている間に、だいは佐竹先生に準備完了を伝えるため、Talkアプリで電話をかけているようだった。
「うん、はい、分かりました。待ってますね」
そして1,2分の会話を終え、だいが耳元につけていたスマホを下ろすと小さく笑って。
「莉々亜がすごく来たがってたみたいで、電話の向こうから何回もゼロやんによろしくって聞こえてきたよ」
「いや……電話中の会話に入ってくるってどんだけだよ」
と、想像がつく風見さんの様子を思い浮かべて苦笑いしつつ、内心では密かに風見さんが来ないことに少しホッとしていた。
もちろん以前のような敵対心というか、邪険にする気持ちはもうないが、それでも彼女に対する苦手意識が完全に払拭されたわけでもない。第一印象ってやっぱりけっこう強いからね。
今のこの気持ちは、さっきだいが言っていたことが喉の奥に引っかかったままだから、ってのが大きい、のだろう。
しかし、LAで太田さんと約束か。
そういやうみさんも仕事終わったらログインするって言ってたけど、今日はさすがに俺とだいがインできないな。
まぁうみさんとはスキル上げ必ず行こうって約束したわけじゃないから、俺らにインする義務はないわけだけど。
「あ、仕事の話はしてもいいけど、チーム事情とかはあんまり話しちゃダメだよ?」
「いや、話さねーって。一応俺監督だぞ? むしろだいの方が仲良くなってぺらぺら喋ったりすんなよ?」
「ふふ、気を付けるね」
てな感じで、待つこと数分で。
ピンポーン、と聞き慣れたインターフォンの音が室内に響く。その音を聞いただいが玄関の方に「はーい」と声をかけると「佐竹です」との返事があったので、そのままだいが玄関を開け、さっき別れた時のまま、フォーマルな格好をした佐竹先生を我が家へと迎え入れた。
「……お邪魔します」
「どうぞ」
で、迎え入れただいがラフな格好になっていたからか、玄関を開けた直後、ちょっとびっくりした様子で佐竹先生がちらちらだいの姿を見ていたけど、そこには何も触れず靴を脱いでうちに上がってきていたのは、色々と察してくれたからだろう。
ま、俺とだいが恋人同士ってのは知っての通りなわけだしね。
「すごくいい匂い、外までしていましたよ」
そして我が家に上がっての最初の発言がこれ。
何て言うか、うん、これまで我が家にやってきた方々と比べると、すごく普通というか、穏やかな訪問だよね。
思い返せば2回目のオフ会の後、だいもいたけど、ぴょんやらゆめやらゆきむらが来た時の、あいつらの自由さったらすごかったもんな。そりゃ元々の付き合いがあったからってのもあるだろうけど、何だろう、俺も佐竹先生は見てて安心するというか、そんな気はちょっとするかもしれん。
「それにしても里見先生、お料理上手なんですね」
「趣味の範囲内ですから。お口に合えばいいですけど」
俺が佐竹先生の普通さにちょっとした感動を覚えてる間にも、穏やかな雰囲気でだいと向かい合う席に座って、テーブルの上に並べられた料理を見ながら、佐竹先生はだいと何とも穏やかな会話を展開していた。
その穏やかな空気は【Teachers】のオフ会の時とはまた違う優しい笑顔をだいに浮かべさせていて……さっきだいに言われた言葉も、この笑顔を見られるのならまぁいいかと、そんな思いも浮かんでくる。
「いただきます」
そしてご丁寧に両手を合わせた後、佐竹先生がだいの料理を食べ始め――
「わっ、すごく美味しいですっ」
「ふふ、よかったです」
これまでの真面目そうだった表情に、小さく驚きと感動を滲ませた佐竹先生が、今までよりもちょっとトーンを上げてだいの料理を賞賛する。
その賛辞を受け、だいはだいでドヤ顔……ではなく、穏やかに嬉しそうな笑みを浮かべ答えていた。
となれば。
「ほんと、料理上手っすよね」
と、俺がだいに代わってちょっとドヤ顔で応えたのだが――
「これって私でも作れますか?」
「あ、じゃあ後でレシピ送りますよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
……あえ?
「私も基本的に自炊をしますし、たまに莉々亜に頼まれて隣の家で料理も作るくらいには、人並みに料理が出来る方だと思っていましたけど、まだまだなんだなって思い知らされた気分です」
「そんなそんな。私なんか大したことないですよ。佐竹先生は普段どんな料理を作るんですか?」
「基本的には洋食が多いですね。実家にいた時は和食が多かったので、その反動でハンバーグとかオムライスとか作ることが多いです」
「ふむふむ。私はあまり洋食は作らないので、よかったら今度教えてください」
「いやいや、この料理を頂いた後に私なんかが教えるなんかおこがましいですよ」
「そんなことないですって。そういえば、ご実家はどちらなんですか?」
「あ、私は山梨の甲府出身です。里見先生は?」
「私は千葉の房総の方です。でも山梨出身だったんですね。あ、私信玄餅好きですよ」
「定番ですけど美味しいですよね。今度実家に帰った時、買って来ますね」
「いいんですか? ありがとうございます」
……と、1回俺も会話に参加したつもりだったんだけど、それは見事にスルーされ、その後も二人は笑顔を浮かべ、平和なというか、のんびりとした会話が続いていく。
この間、だいは時折俺の方を見ることもあったが、佐竹先生の視線が俺の方に向いた回数は驚異の0。
なんかまるで俺の存在を認識していないのではないかと、そんなことまで思えて来る始末なんだが……いや、一応ここ、俺んちなんだけどね!
しかしその後も二人の他愛もない……というと失礼だが、実家の家族構成やら好きな動物についてとか、普段はこんな料理を作るとか、あのお菓子が美味しいとか、LAの話や仕事の話すらでない、まるで自己紹介みたいな会話が俺の前では繰り広げられた。
そんな会話をする二人の様子は、会話の内容こそ初対面ではあるが、まるで長年の付き合いがある友人同士が喫茶店で二人で喋ってるような、そんな感じ。
とりわけ佐竹先生の様子を見るに、たしかに俺に対して興味を持っている様子なんかは微塵もなさそうで、自分で言うのもなんだが、たしかに俺のことを好きになる可能性なんか
ということで、俺はもう会話に参加しようとはせず、黙々と一人テーブルの上に並べられた料理を消費し続ける。
しかしあれだね、改めて考えてみると、たしかにここ数か月で出会った女の人たちから、ここまでスルーされたってことはなかったよね。
だいと出会って、ぴょんやゆめ、ゆきむら、ジャックと出会って、あいつと再会して、ゆめの友達やら従姉妹やら、風見さんやら太田さんやら、ほんと色んな人に会ったけど、好意とかそういうのは別として、色々聞いたり聞かれたり、いわゆる普通の関心は向けられていたと思うけど……なんだろう、佐竹先生の関心はだいにしか向いていないような、そんな感じがする。
一応俺にも、さっき帰って来る時に聞こうとしていた話題があるはずなのに、それを改めて聞いてきそうな様子もないし、会話に入る隙間もない。
もちろん二人の会話は和やかだから、強引に割って入ることはできるだろうけど……なんか今のだいを見ていると、それも憚られるんだよな。
俺としては引退した練商の3年の話とか、LAの話とか聞きたいことはあるけれど……。ふむ。
そんなことを考えながら、テーブルの上に並んだ料理たちに向ける目線をちらっとだいの方へ動かせば、そこには変わらず楽しそうに話しているだいの姿。
……なんか、ちょっと切ないなこれ。
ちょっとだけ、心の中で一人拗ねかけて来たそんな時、ヴヴッっと床に置いたスマホが揺れたのだった。
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