第369話 もやもやするこの感じ
「じゃあ、莉々亜とメシア……あ、水上さんにも聞いてみますね。ただ莉々亜はともかく、水上さんは出不精というか、基本的にコミュニケーションを面倒がる人なので、来ないと思いますけど」
もうだいぶ暗くなってきた街中の、我や家というか、俺たち3人の目的地まであと2,30mほどの所をゆったりと歩きながら、佐竹先生が少しだけ苦笑いを浮かべて、だいに話しかける。
その雰囲気から何となく社交辞令感を覚えた俺だったが。
「でも、もし莉々亜が行けなくても、私だけでもお邪魔してもいいですか? 都立で働いている先輩教員の方の知り合いは少ないので、お話が聞けると嬉しいですし」
「ええ、ぜひ」
意外にも佐竹先生自身は乗り気な様子で、その返事を聞いただいもご満悦な様子。
しかしほんと、初対面の相手に対するだいとは思えないけど……同業者だからってのもあるのだろうか? ううむ。
だが俺がそんなだいの様子を不思議がっている内にも、目的地のアパートの前に着いたところで二人は連絡先を交換し合い、我が家へと続く階段を並んで登っていく。
その和やかに話し合っている後ろ姿はまるで友人同士そのもので、これまで数回挨拶を交わしたことがあっただけで、まともに話したのは今日が初めての二人とは思えなかったけれども――
「では、二人に聞いてみて連絡しますね」
「はい、待ってます」
と、お互いに優しい表情のままこの後の流れについて伝えあい、うちよりも一部屋奥側の202号室へと入っていく佐竹先生へだいが手を振って見送り。
「じゃあ、頑張ってご飯作るね」
「お、おう」
いや、まだ何人分作るかも分かんないんだから、とりあえずちょっと落ち着いてもいいだろうと思いつつ、張り切るだいの可愛さにそんな野暮なことは言えず、俺は朝ぶりの我が家へ帰還。
しかし、やっぱ家ってのは落ち着くよね。
抽選会による出張から、まさかの出会いもあったりしたが、帰宅するや否やあっという間に自分の中の仕事モードが切り替わり、オフモードにチェンジするのは、これはもう全社会人の共通事項と言っても過言ではないだろう。
そんなリラックスモードになりながら、手洗いやうがいを終えた後、半袖Tシャツとジャージ素材のハーフパンツというザ・部屋着へ着替えただいは、佐竹先生の連絡が来る前だというのに、早速キッチンへと向かっていた。
もちろんこれから料理をするから、髪の毛は後ろで束ねるいつものスタイル。
何と言うか、このラフな感じもいいよね……!
あ、ちなみにだいが履いてるハーフパンツはだいのだけど、Tシャツは元々は俺のだからね?
と、そんなお家モードに入ったところで。
「佐竹先生とすごい打ち解けてたじゃん。ほんと、初対面の相手と話してるようには見えなかったぞ?」
夕飯用の米を研ぎ始めただいの横に立ち、軽口を聞いてみたら。
「んー? そうだった?」
手は動かしながらも、俺の方を見上げるような形になっただいの上目遣いが可愛くて、密かに食らったのは秘密です。
いやぁ、いいなぁ! ほんとこのお家モードのだい、最高だな!
と、いかんいかん。見惚れてる場合じゃない。会話を続けないと。
「うん。すごい楽しそうだったし、まさか夕飯一緒にどうですか、なんて誘うとは思いもしなかったぞ?」
「んー」
だが、軽い感じで聞いた俺に対して、だいはちょっと考えるような、少し感情を読み取りづらい表情を浮かべて。
「……なんだろ。佐竹先生、すごい話しやすかったのよね」
「まぁ、同業者だもんな」
「それもあると思うけど……」
たしかに話しやすそうだったのは見てて分かったけど、まだ何か別な理由がありそうな感じでだいがじっと俺の目を見つめて来る。
その目線は真剣な、というよりは、何か言いたげな、という雰囲気を帯びていた。
他に誰かがいる時は思ったことを言い淀むこともあるだいだけど、俺と二人の時は割と言いたいことは言ってくれる。だからこそ、この何かいいたげな雰囲気に俺は何とも言えない緊張を覚えていた。
「んー……すごい変なこと言ってもいい?」
「うん?」
そして変なことを言う、そう言って手を止めただいは、米を研いだ水をジャーっと流したあと、身体ごと俺の方に向き直り、綺麗な瞳で、じっと俺の目を見つめ――
「怖くないの」
「……へ?」
「この人はゼロやんのこと好きにならなそうだなって感じるの」
「……はい?」
ん? 待て待て。え、どういうこと? 何その基準? どういう判断基準?
正直言われた言葉の意味が全く俺には伝わってこなくて、俺はただただ困惑した表情をしてしまったわけだが、変わらずだいは俺の目をじっと見つめたまま、先ほどまでと変わらない表情を俺に向けていた。
「この人は警戒がいらないな、って感じというか」
「け、警戒?」
「うん」
「え、えっと、それは、つまり……?」
「例えばさ、今日会った市原さんのお姉さんは、すごいゼロやんに興味を持ってそうな感じがして、油断できないなって感じがしたし」
「え、いや、そりゃ妹の担任だし、そういう面の興味ってやつじゃ――」
「警戒」という予想外のワードに関連させて、うみさんの話題がだいの口から出て来たので、とりあえずそれは違うだろと俺は口を挟もうとしたのだが。
「この前会ったカナちゃんなんか、元カノさんで、話した感じまだゼロやんのこと好きな気持ちがあったみたいだし、莉々亜もゼロやんのこと気に入ってる感じがすごいあるから、普通に話したり、一生にLAやったりするのは普通に出来るけど……その……なんだろ、仲良くしたい気持ちとは別に、ちょっとやだなと言うか、油断できないなって感じてる部分があるの」
「え」
俺の言葉を遮っただいは、さらさらと胸の内にあったものをさらけ出していく。
「もちろんゼロやんが私のことを好きでいてくれるのは分かってるし、ゼロやんが他の人たちに恋愛的な気持ちを向けないっていうのも信じてるけど……なんだろ、私自身上手く言葉に出来ないけど、そういう不安を、佐竹先生からは感じないの」
「う、うーん……」
「ごめんね? なんか重い女みたいで」
「え、あ、いや、そんな風に思わないよ。ただ、なんていうか、びっくりしてるだけで」
「そっか。じゃあ、私料理してるから、ゼロやんは佐竹先生をお家に呼べるように、部屋の掃除しててくれる?」
「あ、ああ。うん、わかった」
ということで、俺はだいからの指示を受けてキッチンから離れ部屋へと向かう。
しかし、今しがた告げられただいの感覚に対して、俺はなんと返すのが正解だったのだろうか。
正直思いもよらない発言だったせいで俺は何とも釈然としない返事をしてしまったわけだが、だいはそんな俺に対してこれ以上何を言うでもなく、夕飯づくりを進めていく。
キッチンへの扉は閉めていないから、キッチンからは手際よく料理を進めているのが分かる音が響く。
その音を聞きながら、俺はだいの言葉を受けたことで生じた、何とも言えない気持ちについて考えながら、人を招くための準備を進めるのだった。
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