第368話 初対面とは思えない

「佐竹先生はお住まいはどちらなんですか?」

「私は三鷹の方です。里見先生は……北条先生と同棲……ではないですよね? さすがに二人暮らしするにはあのアパートじゃ狭いでしょうし」

「それはさすがにですよ。私は阿佐ヶ谷の方に住んでます」

「あ、でもお二人とも杉並区で、お近くなんですね」


 時刻は18時20分を回った頃。

 落ちていく太陽をからの陽射しを受け、髪をオレンジ色に染めて輝く二人。

 そんな二人を少し後ろから眺めながら、俺たちは同じ場所を目指して歩いていた。


 さきほどのカステラ屋で出会った金髪美人さんとは対照的に、この黒髪の女性は落ち着いた雰囲気というか、真面目そうな雰囲気で、初対面ながら何となく同業者という感覚が強そうで、だいの話す様子は穏やか。

 きっとこいつ、職場だとこんな風に先生たちと話してるんだろうな。

 二人の会話に参加せず、少し後ろから二人の会話を聞く俺は、ひっそりとそんなことを思ったりしていた。


「佐竹先生は、莉々亜とはどこで知り合ったんですか?」

「知り合ったのはLAの中ですよ。学生の頃に趣味と自分用のメモを兼ねて、アーチャーに関する情報を掲載する個人ブログをやっていたんですけど、それを見た莉々亜がLAの中で声をかけてきたんです。最初は強引さに少し引いたりもしてましたけど、段々あの子がほんとにLAが好きなんだなってことが分かって来て、それであの子のギルド結成の要請を受けて参加して……気づけばオフ会にも参加して、リアルでも友達になりました。……あ、すみません。あの子っていうと、何だか年下扱いみたいですよね。里見先生と莉々亜は、たしか高校の同級生なんですよね」

「あ、いえいえ。気にしなくていいですよ。それよりも、莉々亜から色々私のことも聞いてるんですね」

「あ、はい。そうですね。包み隠さずお伝えすれば、『好きじゃなかったけど、最近は嫌いでもないって感じ』って言ってましたよ」

「そう、ですか。私は莉々亜のこと好き……とはまだ言い切れないですけど、仲良くしていきたい、って感じです」

「ふむ……難しい間柄なんですね」

「そうなんですよ」


 そしてさらに二人の会話は続き、色々な情報が耳に入るが、難しい間柄なんて言葉を使ってる割には、言ってる佐竹先生もクスクス笑っているし、それを受けてだいも穏やかに笑っていた。

 その光景はほんとにもう、さっきまでの空間を思えば本当に平和的で、こういう日常が続くことを幸せというんだろうなぁ、なんてことを思わせてくれた。


 たしか佐竹先生は今年社会人3年目とかってロキロキの話があったから……今24か25歳? ってなるとあれか、おそらくだいの1個下で、ゆめと同い年か。

 なんというか、元教師って言ってたうみさんより年下でも、非常に落ち着いて見えるし、1個上の風見さんのことを年下扱いしてるのも頷けるなぁ。


 こういう穏やかで落ち着いた人がギルドにいたら、俺も色々楽だろうなぁ。

 ……というか、どうして大半のメンバーが教職なのに、うちのギルドのメンバーはあんなにも個性的で自由なんだろうか……?


「ちょっと、ゼロやん聞いてるの?」

「へ?」


 と、穏やかな空気感の中、一人あれこれと考え事をしていたわけだが、気づけばそんな俺の方へ冷たい視線を送る美女が一人。

 その視線の主が立ち止まっていたから、俺も合わせて立ち止まったわけだが、聞いてるのって言われたってね、聞いてなかったら当然何も言えないよね!


「ゼロやん? あ……なるほど、LAの中で出会われたから、その呼び方なわけですか」

「あっ……、そうなんですよね。人前だと気を付けるようにはしてるんですけど、油断するとつい呼んじゃうんです」

「いえ、私も最初の頃は莉々亜のことを莉々亜って呼ぶのに違和感ありましたので、分かります」

「そうなんですか?」

「ええ。でもさすがに人前で女性に対して『ひでよし』とは呼びづらいので、意識して直した感じですね」

「あ、なるほど。たしかにその名前だと、呼びづらいかも」


 で、立ち止まってだいが俺に何を聞いたのか確認しようと思っていたのだが、それよりも先に佐竹先生が「ゼロやん」へ反応し、そこからまた二人の和やかな会話が始まり、俺はちょっとどうしたものかと視線をだいと佐竹先生とで行ったり来たり。

 というか、この二人初対面なのにすごい波長合ってない?

 初対面の相手に対して、だいが今までこんなことあったっけ?


 とか、そんなことも思ったりしたけど。


「え、ええと、それでごめん、聞いてなかったけど、俺は何を聞かれたの?」


 とりあえず立ち止まったままでいるのも変なので、俺はだんだんと暗くなってきた街並みの中で、背中にほぼ落ちかけの陽射しを受けるだいへ、会話に割り込みながら質問をした。

 その俺の言葉に少しだけ「そういえば」みたいな顔をしたあと、少しだけ呆れた感じを見せて。


「佐竹先生から、引退した練商の3年生たちとはどんな風に関わっていたんですか? って聞かれてたんだよ?」

「あ、そうなんすか……いや、ごめんなさい、ちゃんと聞いてなくて」

「あ、いえいえ。そんな気にしなくても大丈夫ですから」


 と、だいからの注意を受けて、俺は佐竹先生に謝って、そんな俺に佐竹先生が首を振る。

 なんというか、やっぱりなんて平和なんだ! って空気なのがなぜかすごい新鮮な気がして、またしても意識がちょっと脱線しかけた。

 

「それにもうちょっとで家にも着いちゃうことですし、このお話はまた今度でいいですよ」

「あ」


 言われてみれば、50mほど先に見えるは我が住処。

 そしてそこが、佐竹先生も目的地なわけで……そうか、この穏やかな時間もおしまいか。

 でも聞かれたことくらいちゃんと答えてから別れたいんだけど……そんな風に俺が思っていると。


「あ、じゃあお夕飯の準備が出来たら、お声かけしましょうか?」

「へ?」「え?」


 まさかまさかの提案は、だい人見知りからのものだった。

 そしてその言葉に、驚いた理由は俺と佐竹先生で違うだろうか、二人してハモったようにだいへと聞き返してしまったわけだが――


「もしいれば、莉々亜も、水上さんもご一緒で構いませんよ。ゼ……北条先生のおうち、そこまで広くはないですけど、5人くらいなら入れますから」

「いや、隣の部屋も間取りは同じなんだからそれくらい分かってるだろ……っていうか、え、マジで?」

「? 作るのは私だし、ダメだった?」

「あ、いや、別にそんなことはないけど……」


 なんだろう、今日のだい、なんかいつもより積極的だな。


 そんな違和感が俺の中にはあったけど、でもまぁ、決してネガティブなものではないから。

 これもだいの成長か、と自分を納得させ、俺はだい共々佐竹先生の返事を待つ。

 さっき聞かれた質問の返事もね、もし一緒に夕飯食べるなら、その方がゆっくり話せるしね。


「じゃあ――」


 はたして、返答やいかに。

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