第366話 「知り合い」の幅ってどのくらい?

 高鳴る緊張。

 だいの表情に浮かぶのは美しい微笑み。

 だがそれさえも今の俺を落ち着かせる効果は持っていない。


 そんな緊張感の中で――


「そっか、市原さんを助けてくれた人、ロゼさんなんだ」


 だいさーーーーーん!?!?!?!?

 たしかにその読み方は俺がキャラメイクする時にそれとなくだいに伝えてた呼び方だけど、い、言っちゃうの君!?


 やたらと落ち着いたトーンで話し出すだいの言葉に、俺はドキドキが止まらない。

 た、たしかに俺の口から言うのはしんどいんだけれども、だいから言われるっていうのも結局は……!


「え、ロゼさん? あ、里見先生お知り合いなんですか、っていうか、のばらちゃん、ロゼさんって言うんですかっ!?」

「うん、知り合いのセカンドキャラって言って、メインキャラじゃないんだけど、私の知り合いのキャラクターだよ」

「あっ、そうなんですねっ!」


 だいのここまでの説明には、何一つとして嘘はない。

 そしていつぞや、正面切って市原に「私が彼女だもの」と言い切ったこいつのことを思えば……これ何も隠さずに言っちゃうやつだよね!

 たしかに嘘をつくより、正直に言った方が結果的にスッキリするのかもしれないけど……でも、でもさ……!?


 と、もう俺の心臓が口から飛び出すんじゃないかという緊張感に包まれていたのだが――


「製作スキルで使う素材を集めて売ってくれたりする人でね、安く素材を売るから防具を作ってくれって頼まれたりする、そんなギブアンドテイクな関係の知り合いがいるんだけど、メインキャラを男キャラで作ったからって、セカンドキャラは女の子にしたんだって」


 ……ん?


「えっ、のばらちゃんって男の人なんですかっ!?」

「うーん、どうだろうね。キャラクターの性別と中の人の性別は分からないからね。私のギルドにも女の人で男キャラ使ってる人はいるし……というか、そもそも私もそうだしね。もちろん、男の人で女キャラ使ってる人もいるけどさ」

「おお……そういうものなんですね……」

「リアルの自分と違う自分を演じるっていうのも、MMOの醍醐味の一つだからねー」

「ふむふむ。勉強になりましたっ」

「うん。今度会ったら、市原さんのことしっかりとレクチャーしてあげてねって言っておくね」


 え、ど、どういう……ことだ?

 優しく話すだいの言葉の中身に、突如現れた、嘘。

 いや、俺と君、知り合いって言葉で収まるような関係じゃなくない?


 と、俺はそんなことを思っていたのだが、淀みなくだいが伝えたその内容を、市原は完全に信じている様子で……俺はその不思議さに、気づけば冷や汗も止まり、頭の中には新たな疑問が浮かんでいた。

 その疑問が顔に出ていたのか、思わず見入ってしまっただいと視線が合うと、だいはふっと口元に優しい笑みを浮かべて、まるで「大丈夫だよ」なんてことを俺に伝えてくるようだったが……。


 た、助かった、のか……?


「そういえば市原さんのキャラの名前って、何て言うの?」

「あ、〈Doremifa〉ですっ! みぃちゃんがシドって名前だったから、私の名前と合わせていい感じかなってつけましたっ」

「ほうほう。美奈萌ちゃんのキャラと中の人合わせてドレミファソラシドかー。そららしい名前の付け方だねー」

「あ、なるほど。可愛い名前だね」

「あはっ、ありがとうございますっ! そういえば、お姉ちゃんは何て言う名前なの?」

「おしえなーい」

「ええっ!? ひどくないっ!?」

「だって教えたらLAの中でもお姉ちゃんしなきゃいけないでしょー? あの子はあの子。私は私。そこはしっかり分けさせていただきますー」

「えぇーっ、ずるいよーっ! いいもんっ、倫ちゃんたちお姉ちゃんと遊んだことあるなら知ってるはずだし、倫ちゃんたちに聞くもんっ。倫ちゃん教えてよっ!」

「え?」


 気が付けば話題が変わっている。

 さっきまでは市原が聞いてきた「のばらちゃん」の話題だったのに、今はうみさんのキャラネームの話だ。

 つまり、これは助かった、という結論でいいのだろうか。


 そう思うと、さっきまで無色のような、無慈悲な色で彩られた世界が、急に明るく輝きを取り戻したような、自分の身体に血が巡り出すような、そんな錯覚まで覚えてくる。


 俺からすれば、市原のキャラが〈Doremifa〉だとか、国見さんのキャラが〈Seed〉だとか、そんなことは市原から〈Nkroze〉の名前が出た段階で分かっていた。

 だから何も驚きはない。


 いや、世の中の狭さとか、どんな確率だよっていう、世界に対して言いたいことはあるけど……でも、助かったのか……!


 神様仏様だい様様!

 やばい、こいつマジ女神!!


 後で全力で感謝しよう、うん、そうしよう。

 

「倫ちゃん無視はひどくないっ!?」

「え? あ、あー」


 と、俺が心の中で愛するだいにこれ以上ない感謝を浮かべている間に、気が付けば市原が俺の胸元に詰め寄って、俺の顔を見上げていた。


「ええい、近い近いっ」


 その市原の肩を押して引きはがしつつ、俺は助かった安堵感とともに、半ば右から左へと聞き流していた一連の会話を何とか思いだし――


「今の流れでうみさんのキャラネームを教えれるわけねーだろ」


 と、ニコッと笑って一刀両断。

 うむ、平常心に戻ればね、市原の扱いなど幼子を相手取るより容易いことよ!


「むーっ、里見先生っ、倫ちゃんがいじめてきますーっ」

「うん、でもごめんね。今のうみさんの話を聞いたら、私も勝手に教えることはできないかな」

「えーっ!」


 そして俺が教えてくれないからとだいに泣きついた市原だったが、残念ながらだいも答えは俺と同じ。

 でも、これで聞かなくてももう「うみさん=〈Rei〉さん」は確定、だな。


「あはっ、お二人ともありがとうございますー。このご恩は今度身体で払いますねー」

「へっ?」


 と、俺が確認のため聞こうと思っていたことはもう聞かなくてもよさそうだと思った矢先、うみさんから不意に意味ありげなウインクと共にドキッとする言葉が送られてきたことに、俺が思わず動揺してしまうと――


「ねぇ? 子どもの前で何考えてるのかしら?」

「え? あ、いやいやっ!?」


 先ほどまでの優しい笑みの奥に、阿修羅降臨。

 それはもうすさまじい圧を感じる笑顔が、俺の顔を真っ直ぐと捉えてくるではありませんか。

 その圧に俺が出来たのは全力で首を振ることだけでした。すみません……。


「お姉ちゃんそれどういう意味?」

「スキル上げの時頑張るからねー、って意味だぞ妹よー」

「ほうほうっ」


 そしてそんな俺のテンパりとは対照的に、いつもの無垢な表情に疑問の色を浮かべた市原の質問へ、うみさんがさらっと回答。

 も、もちろんそう言う意味だって分かってたよ!?

 分かってたからね!?

 

 とね、でもこの感じはさっきまでの絶望と比べれば何のその。

 ああやっと落ち着いたな、って感じで、さすがにそろそろ営業中の店内で喋りすぎかなって、俺が思い出した時。


 ギィッ、と扉の奏でる音が、店内に来客を告げたのだった。

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