第364話 世界はいつでも君を待っている……いや、ガバガバウェルカムすぎません?
「あれ? 私もって……そら、LAやってるの?」
「まさか!?」という思いによりかなり重めな硬直デバフを食らった俺とだいの気持ちを代弁できたのは、もちろんこの場においてはただ一人。
そんな姉からの素直な問いかけに対し、聞かれた当の本人は――
「あっ!? え、えっと、ナ、ナンノコトカナー?」
「嘘下手かーいっ」
無駄に唇をとがらせ、謎なカタコト口調になり、明後日の方向に視線を向け……それでどうやって誤魔化せると思ったんだと、ツッコむことすら馬鹿馬鹿しくなるようなぐだぐだっぷりではぐらかそうとしております。
そんな妹に対しうみさんはケラケラと笑っていたけど……俺は正直まだ頭が追い付かなくて、硬直したまま、何と言っていいかが分からなかった。
だって……市原とゲームが結びつくとか、誰が想像できるって?
天真爛漫で、考えるより先に身体が動くタイプで、それこそ野山を駆けまわってそうな元気っ子が、家のPCの前でコントローラー握ってるとか、まさかじゃん?
しかし。
「そらはいつから始めたのかな?」
「えっとね、まだ始めたばっかだけど……って、違う違うっ。やってないもんっ」
「聞かれたら素直に答えちゃうとか、相変わらずそらは可愛いなー」
「うー! 上手くなってから倫ちゃんに言ってサプライズするつもりだったのにっ!」
と、見事にうみさんに転がされ、さすがにもう隠しきれないことを諦めたのか、なぜか市原が俺に対して不満げに文句を言ってくる。
そんな市原に俺としても「いやいや、言う相手はどう考えても俺じゃないだろ」とツッコミたいところだったが――
「ほうほう、そんなプランだったのかー。……でも、噂の倫ちゃんこと〈Zero〉さんはトップ層のプレイヤーだぞー? 始めたばっかじゃ、追いつくのに1年以上はかかっちゃうよ?」
「えっ、倫ちゃんってそんなに上手いの!?」
「それはもう。攻略動画とか見たことないのかい? あのまどろっこしい銃で戦ってるのに戦闘は基本ノーミスで、ガンナーとは思えないDPSを誇る高いプレイヤースキルをお持ちな上、スキル上げパーティの主催としても有名で人気だし、銃スキルの個人レッスンを受ければ、動き方だけじゃなく、装備とかスキルとかも詳しく教えてくれる、知識も豊富なすごい人なんだぞー?」
「よくわかんないけどすごそうっ!」
と、にこやかな表情でやたらと俺を賞賛するうみさんに、おそらくうみさんの言ってる「すごい人」という言葉だけに反応して驚きの色を浮かべる市原さん。
そんな姉妹の会話の空気感に、俺はなかなか会話に入る余地がない。
加えて――
「個人レッスン……?」
と、うみさんの発言の一部が引っかかったのか、市原がLAをやっていたという衝撃により発生した硬直デバフが解けただいが、何とも怪訝な顔で俺を見つめてくるではありませんか。
「え? いやいや、変な意味なんか欠片もないよっ!?」
そんなだいへ、まずは誤解だと主張するも――
「えー、あんなに優しくしてくれたのにー」
「は?」
「何それずるいっ!」
俺とだいの会話に気づいたのか、初対面のくせに何とも馴れ馴れしい悪ノリをかますうみさんの言葉を受け俺の主張は雲散霧消。おかげでだいからは怪訝を越えたそれはもう冷たい視線が飛んできて、市原はずいっと俺の方に詰め寄って来る始末。
いや、ほんともう、勘弁してくださいって!
「と、とにかく! なんでお前が、元気が取り柄でゲームなんか知りません顔のお前が! LAとかMMORPGっていうインドア派の極みのゲーム始めてんの!?」
ということでここは無理矢理にでも空気を打破すげく、俺の気持ちを全部込め、俺はここまでため込んだ感情を市原へぶつけたわけだが、さりげにあれだね! LAのことインドア派の極みとか、さすがにこれは言い過ぎだったね! いや、俺とだいはまぁインドア派って言われても否定しないけど、ぴょんとかは本質的にはインドア派じゃなさそうだし、うん。心の中でちょっと訂正しておきます。
と、自分の言動を刹那の間に反省するや否や、上目遣いで俺を睨みつけるように、少しだけ頬を膨らませた市原が真っ直ぐに俺の方を見つめて――
「だってLAやってたら倫ちゃんと話せること増えるじゃんっ!」
「は?」
と、いやマジでこいつ何言ってんの、な発言に俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。
「いや、ちょっと意味がわかんないんだけど――」
「私はもっと倫ちゃんと話したいのっ」
「いやいや、え、あの、そもそも俺とお前は、比較的よく話す方だと思うけど――」
「話したいのっ!」
「ちゃんと話したい」の意味が正直俺には全く意味がわからない。
そもそもだよ、うちの学校の生徒たちの中で、市原以上に俺と話してるやつなんていないのだ。こいつは俺のクラスの生徒だし、座席も教卓の前でよく話しかけてくるわけだし、部活も俺が顧問で、今はキャプテンとして部活のこともよく話すし、「俺と一番話す生徒は誰か」ってうちの学校の奴らに質問すれば、圧倒的マジョリティが「市原そら」と答えるであろう、それくらいの自覚は俺にだってあるのだよ。
だからこそ、何を今さらという気がして、俺は少し呆れ混じりな表情を市原に返して。
「いや、だから十分話してるって――」
と、会話量は多いと思うぞと、そう伝えようと思ったのだが――
「だから違うのっ! 他のクラスの男の子とか、珠梨亜ちゃんとLAの話してる時の倫ちゃん楽しそうだもんっ! 私もそういう倫ちゃんが楽しそうにする話題で話したいのっ!」
「……へ?」
俺の呆れ顔とは対照的に、俺に感情を爆発させた市原さんは、なぜか若干涙目になっているではありませんか。
しかしその市原の感情が正直俺には分からない。分からないからこそ、何だか妙に落ち着いてしまって、何事かを必死に訴えてくる表情も何だかんだ可愛いなとか、今言ったら間違いなく全方位ミサイルを受けること必至なことを思いつつ、俺はただただ市原の視線を受け続け、何とも言えない沈黙が店内に広がった。
その沈黙の間、うみさんは左隣に回って、そんなに身長が変わらない妹の頭をぽんぽんと撫で、俺の隣にいたはずのだいも市原の右隣に回ってそっと市原の肩に手をやっている。
……あれ? なにこれ俺超アウェーなの?
俺の正面には、右から順に美女・美少女・美女。両サイドの美女が中央の美少女を慰め、中央の美少女はちょっと涙を溜めながらスーツ姿の男に視線を投げる。
構図としても、ちょっと人様には見せられたもんじゃない光景になってるんじゃないですかこれ。
……え、っていうか、これ今俺が悪いの?
俺が何か、したか……?
だが、何となく無言の圧で、美少女を支える大人二人から、「お前謝れよ」みたいな圧が飛んでくる。
いやいやいや、俺が謝る要素何よ? たしかにちょっと言い方強かったかもしれないけど、俺市原になんでLA始めたのか聞いただけじゃん?
正直どう言葉を発していいか分からず、真っ直ぐに俺の目を見てくる市原の視線から俺は逃れるように、さっとだいの方へ視線を動かし、助けを乞うように目で合図を送ったわけだが――
「LAを始めたからって、そんなに怒ることないんじゃないの?」
「そうですよー。好きな人と一緒にいれる時間を作りたいっていう、恋する乙女の純真じゃないですかー」
わーお、これがいわゆるZTKO。前門の虎後門の狼とはこのことか!
孤立無援の断崖絶壁。
つーか、もう、はぁ……美少女の涙恐るべし。
「いや……はぁ……。あのな? そもそも怒ってねーって、全く怒ってねーから俺。怒ってると思わせたんだったら謝るけど、ただただびっくりしただけだっての、俺は」
鬼に金棒、美少女に涙。
この状況ではもう何をしても無駄だろう。
ならば状況を受け入れて、ただこの流れに従うのみ。
そう諦めた俺は一度ため息をついてから、なるべくいつもの自分の表情を意識して、なるべく穏やかな口調で、改めて市原に話しかけた。
「でも倫ちゃん私と話す時より、LAの話してる時の方が楽しそうなのは事実だもん」
「いや、お前は俺の彼女かっ」
だが、市原からすればどうやら怒ってるとかそういう話ではなく、涙目の理由はそこにあったようで、俺のツッコミも虚しく、今度はじとーっとした、何と言うかこいつらしくない視線を受ける羽目になる。
「そりゃさ、自分の好きなものの話してる時なんだから、楽しくもなるだろうって」
とはいえここで「そんな態度を見せてしまってごめんな」なんて譲歩はさすがに俺もしたくない。
「でもまー、そうだな。うん。LAのことを聞いてきたら教えてやるくらいはしてやってもいいけどさ」
ということで、この発言が俺の精一杯の譲歩ということで、俺は人差し指を立てて、市原にちゃんと話してやるよと伝えると。
「楽しそうに教えてくれる?」
と、珍しく素直じゃない切り返しが返ってきたことにちょっと驚きつつ。
「お前の理解度による」
と、普段の俺らしく返すと――
「じゃあ頑張る」
「いや、素直かっ」
ってね、何だかんだいつもの市原に戻って、両手をグーにする謎のファイティングポーズを見せられたので、俺は思わずちょっと笑った。
だが、その市原の様子に両サイドの保護者たちも納得の様子を見せてるし、とりあえずこれで一件落着らしい。
はぁ、めでたしめでたし……って、いやいや、「うみさん=〈Rei〉さん」の言質を確認してないんだった。まぁほぼ確実に「=〈Rei〉さん」なわけだけど、一応この辺も確認はしておきたい。
そう思って俺が今度はうみさんの方に顔を向けて、確認の質問をしようと思った矢先。
「市原さん、そういえば美奈萌もLAやってるって言ってたけど……、もしかして市原さんは、美奈萌と一緒にやってるの?」
「あ、そうなんですよっ!」
俺よりも先にだいが元気を取り戻した市原に話を振ったため、俺は自分の喉元にあった質問をいったん飲み込むこととなった。
まぁ美奈萌……国見さんはだいのとこの生徒だからな、彼女と距離を詰めるには色々知っておいた方がいいこともあるだろう。
ということで、俺は自分の質問を後回しに、二人の会話を聞くことに。
「夏休み中にみぃちゃんがLAやってること知って、みぃちゃんなら色々教えてくれるかなって思ったのが、LAやってみようかなって思ったきっかけなんですっ。ゲームするための準備も全部みぃちゃんがやってくれたんですよー。でも、同じ画面の中で遊べるようになるまでちょっと時間かかりましたけど、最近みぃちゃんも同じ画面の中に出てくるようになったから、最近は色々教えてもらいながらやってますっ」
「最近同じ画面の中で……ってことは、美奈萌がサーバー移転してくれたってことなのかな? 市原さんは、サーバーはどこなの?」
「えっと、えっと……数字は忘れちゃったんですけど、私がキャラクター作ってゲームの中に登場した時に、みぃちゃんがちょっとびっくりしたあと、一番人気のサーバーだから、一緒に遊べるようになるまで少し時間がかかるかもって言ってたのは覚えてるんですけど……」
……ん?
この市原の発言に、ぴくッと反応を示したのは、俺だけではなかった。
LAで、一番人気のサーバーったら……うわー……。
自キャラ作った時の自動割り当てで、まさかそこを引くとは……こいつどんな豪運の持ち主だ……?
「よかったねー、そら」
「え? なんで?」
「え? なんでって……あ、ううん、なんでもなーい」
そんな市原の豪運に、ちらっと俺を見た後に市原へ声をかけたうみさんだったわけだが、予想外すぎる市原の反応に、俺を含め全員がこいつの無知を理解した。
こいつ、仮にも俺と遊ぼうという気持ちでLA始めたくせに、キャラクターサーチもしてないのね。
いや、たしかに始めたことをサプライズにしようとしてたとは言ってたけど、それでも流石にさ、俺のキャラが同じサーバーにいるかどうかくらい、探してみるもんじゃないのかね……。
まぁ、この辺はさすが市原、というしかないか……。
「え、えっと……で、でもよかったわね、美奈萌と一緒に遊べるようになって」
そんな無知なる者に対し、若干引きつった笑顔になりつつも、だいは見事なフォローをいれる。
「そうですねっ! みぃちゃん分かんないことは全部教えてくれますし……あっ、でもみぃちゃん以外にも、ゲームの中で色々教えてくれる友達も出来たんですよっ」
だが、だいの表情が若干引きつってることに気づいた様子もない市原は相変わらず無邪気な顔で反応し、何と国見さん以外にも一緒に遊んでくれる人がいることをちょっと自慢気に伝えてきた。
「お、さっそくMMOの醍醐味を味わってるんだねー。何て人ー?」
「えっとね、お友達の名前は――」
そんな妹の言葉に興味を示したうみさんが、その人物の名を尋ねる。
そりゃそうだよな、だって同じサーバーに、妹と遊んでくれる人がいるわけだもんな。
俺としても、見た目が分かるリアルならともかく、こいつの見た目が伝わらない
もしかして知ってる人だろうか? そんなことを思って、市原の言葉を待ったわけだが……。
……あれ?
……ゲーム音痴、最近移転してきたプレイヤー……あれ?
やばい、胸がざわつくぞ……!?
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