第363話 まさか君が

「倫ちゃんと里見先生と一緒に電車乗るなんて、何だか変な感じですっ」


 同日、17時36分、中央線の電車内。

 山手線経由で帰るという飯田さんと別れ、俺とだい、そして制服姿の市原という何とも不思議な取り合わせの中、俺たちは数分で着く高円寺駅へと向かっていた。

 さすがに平日の帰宅時間なだけあり車内に人は多いが、まだ満員電車というわけでもなく、だいと市原が顔を向き合わせて仲良さそうに話をしている。

 だがやはり制服のJKとスーツの大人が電車内で話しているという状況に対し、周囲の目線が気になるとこがないわけじゃないので、俺は二人の会話には参加せず、とりあえずロキロキに初戦の相手が君の知り合いの〈Cider〉さん佐竹先生率いる学校になったよ、という旨のメッセージを送信したりしながら、電車内での時を過ごしていた。

 え、風見さんには教えないのかって?

 いやいや、それ俺から送る必要性皆無だから!

 それにほら、そこはもしかしたらだいが送るのかもしれないし……いずれにせよ俺から連絡する必要性はないのだよ、うん。


「里見先生って、おうちどこなんですか?」

「私は阿佐ヶ谷だから、高円寺もそんなに遠くないよ」

「えっ、倫ちゃんとおうちも近いんですかっ!?」

「うん。歩いて20分くらいで、自転車だと10分かからない距離かな」

「えー、いいなぁ! あ、じゃあ朝も一緒に通勤したりとか?」

「ううん。私は月見ヶ丘まで自転車だから。それに平日も毎日一緒にいるわけじゃないのよ?」

「平日も、ってことは……ふむふむ。お休みの日は一緒なんですねっ。……あ、ってことはこの前の土曜日も、練習終わった後一緒に?」

「え? あ……う、うん。そうね」

「いいなーっ」


 ……いや、君そこまでプライベートなこと言わなくてもよくないですか?


「お休みの日のデートはどこに行くんですかっ?」

「んー、おうちにいることも多いけど、あ、この前は池袋までお出かけしたよ」

「あ、そっかっ。二人とも趣味が同じだからこそのお家デートってことですかっ」

「う、うん。そうだね。その点での共通の友達も多いから、二人だけじゃなく、そのメンバーたちも含めてで遊ぶことも多いかな」

「おおっ、いいですねっ。私もそういう友達出来たらいいなぁ」

「そんな心配しなくても、市原さんはお友達多いんじゃないかしら……?」


 そしてさらに続いた、正直聞き耳立てているのも恥ずかしい二人の会話の最後の方では、ちょっとだいが自虐的な表情を浮かべているのがちらっと見えた。

 これあれだな、きっと自分の高校時代と市原を比べたんだろうな。

 まぁたしかに市原は友達はすごく多いし、愛嬌もあってクラスでも人気だからな。俺もこいつは友達多いと思うぞ。


「降りるぞ」

「はぁいっ」


 と、そんな二人の会話を聞いてる間に電車は高円寺へと到着し、俺たちは夕日差し込むホームへと3人で降り立った。

 あ、ちなみに今日は水曜日だからさ、元々はだいと二人でご飯食べに行く約束をしていて、どうせ新宿に出るなら、ってことでそっち方面でだいがお店を探してくれてたはずなんだけど、まぁこうなってはしょうがないよね。

 だいが市原についていく、って言った段階で、俺も予定が崩れたのは当然察した。

 もちろん俺としてもね、市原の姉ってのがどんな人なのかは、やっぱり気になったし。

 あわよくば三者面談的に、成績について話をしたりしてもいいかもしれないな。


「えっと、たしかお店はこっちですっ」


 そして3人で改札を抜け、市原の先導を受けながら、市原の隣を歩くだいと、やや後ろを歩く俺の構図で、俺は勝手知ったる高円寺の街を進んでいく。

 しかし、やはりというか何と言うか……進めば進むほどにね、ああ、やっぱりあそこだよね、ってのが分かって来るよね……!


「えっと、もうすぐだと思うんですけど……あっ、あれですっ! あの黄色い看板のお店!」


 はーい、ですよねー。

 

 目的地を見つけて少しだけ俺たちの前に出た市原が、嬉しそうな顔でお店を指差しながら教えてくれた場所は、少し前に妹と行ったカステラ屋で、この前閉店直後に俺が立ち寄ったお店に他ならない。


「あそこ、前に真美ちゃんと買って来てくれたところよね?」

「だな」

「それにこの前レイさんがLAで話してたのも、きっとあのお店よね」

「たぶん」

「なんだか不思議な縁ね」


 市原が指差すお店を見ながら、俺の隣で立ち止まるだいがちょっと苦笑い気味に話しかけてきたけど、俺ももちろん苦笑い。

 でも俺たちの前では市原が小走りにお店の方に向かって行ったので、続かないわけにはいかず。


「これでレイさんが市原さんのお姉さんだったりしたらどうする?」

「いやぁ……さすがにそれは……」


 市原に続いて再度足を動かしつつ、今度は冗談っぽく言ってきただいに、ハッキリとそれはないだろと否定できない俺なんだけど……この前会った店員のお姉さんも誰かさん同様アイドル級に可愛かったし、LAの〈Rei〉さんのキャラとやたら似た雰囲気だったから……。

 とはいえそれはさすがに……と、自分に言い聞かせ、俺もだいも市原に続き、ガラス壁越しに店内が見える位置まで進んだわけだが――


「あっ、お姉ちゃんいたっ!」


 ガラス越しに見えた店員さんの姿に、市原がまるで子供のようにはしゃいだ声を出す。

 その様子から、仲のいい姉妹なんだろうな、というのは容易に想像がついたけど、その声に導かれるように俺もガラス越しに店内を覗いてみれば……カステラを購入してるお客さんに笑顔で応対している、エプロン姿で金髪の女性が一人。


そう。金髪の、女性が、一人。


ええ、そこにいたのは、もう言わずもがな。

 

「おー、市原さんに似てすごい可愛い人だね。……でもなんだかあの人の顔、既視感があるような……」


 そして市原が反応した女性の姿を見て、だいもその見た目の良さに気を取られた直後、語尾を濁しながらどこか考えるような仕草を見せる。

 いやぁ……やっぱ思うよね!

 もちろん彼女が「=〈Rei〉」さんって決まったわけじゃないけど、その既視感、俺も同感だったからね!


「やっほぅ!」


 そんな市原のお姉さんだと言う人を眺めつつ、お客さんが退店するのを待ってから市原が元気よく店内に突入していったので、俺とだいもそれに続き店内へ。

 狭い店内からは焼きあがったカステラの香ばしい香りが漂っていて、ちょっと空腹を刺激されたけど、今はそれを気にしている場合じゃない。


「あれ? そらまた来てくれたの? ……って、あれ? この前来てくれたお兄さん?」


 そんないい匂いのする店内で、市原のことを「そら」と呼んだエプロン姿の金髪美女が、市原を見ていた目をそのまま、店内入口付近にいた俺へ横スライドし、聞いたことのある声で俺の方へ話しかけてくるではありませんか。

 その発言に、今度は俺が全方位からの視線を集めることになったわけだが――


「えっ!? 倫ちゃんこのお店来たことあったの!?」

「え、あー、まぁ、家近いし?」


 真っ先に俺に食い掛かるように振り返って来たのは市原で、その可愛らしいお顔に全開の驚きを浮かべている。

 そんな市原に俺は何とも歯切れの悪い返事を返したわけだが――


「えっ!? この人が倫ちゃんなのっ!?」


 俺の歯切れ悪い返事に対し、まるで市原とシンクロするような聞き返し方を披露してくださった方を見て見れば。


――あー、これは姉妹だわ。間違いねぇ……。


 市原とそっくりな表情を浮かべた金髪美女が、そこに。

 その表情のシンクロ率たるや、ほんともう姉妹だって聞いてなくても「姉妹だよね?」って聞きたくなるレベル。

 そんな金髪美女さんの問いに対し俺は――


「そうだよっ! 私の倫ちゃんと、その彼女さんの里見先生!」


 はい、見事に返事を奪われ……た挙句、見事にプラベートなことまで言われてしまいましたとさ。

 でも、まぁ、うん。真横に立つだいの視線が、最初の「この前来てくれたお兄さん」発言からずっと痛かったので、良しとしよう!


「はやー……これが噂の……。いやはや、すみません、そらがいつもお世話になってますー。姉の市原うみと申しますー。でもそらがよく話してくれる倫ちゃんに会うことが出来て光栄ですー」


 で、市原の返事を聞いた金髪美女……もとい、市原のお姉さん、うみさんが他にお客さんもいないからか、レジを挟んだ向こう側から出て、俺とだいの前にやってきて、ペコっと一礼してくれた。

 そして再び顔を上げて、にこっと俺の方に向けられた笑顔は――


 やばっ、めっちゃ可愛――


「……何照れてるのよ」

「ってぇ!?」


 その可愛さに思わず見とれてしまった俺を引き戻したのは、スラックス越しにつねられた太腿に生じた小さな痛み。

 たまらずその小さな痛みを与えてきた相手に顔を向ければ……美しい顔にさっきまでの視線以上にジトッとした不満げな目つきを浮かべるだいの姿。

 

「あ、あはは……」


 こんな露骨に焼きもち焼くの珍しい気もするけど、すみません……。


「倫ちゃん照れたの!?」

「て、照れてないしっ!?」

「あははー。なんだかあんまり先生っぽくない先生なんですねー、噂の倫ちゃんは」

「あっ、でも倫ちゃんは生徒想いなんだよっ」

「ほうほう。でも懐かしいなー。こう見えて私も、昔は先生って呼ばれてたんですよー」

「え?」


 そして俺が市原と照れた照れてないの畳みの目を数えるくらいどうでもいいやりとりをしていると、失礼にもうみさんから軽くディスられ、それに市原からのフォローが入る。

 だがそれよりも気になった、「懐かしい」という言葉。


「懐かしい、ですか?」

「ですです。これでも2年前までは小学校の先生やってたんですよー」


 その言葉対して聞き返しただいへ、さらっとうみさんが答えてくれたけど、そういや市原言ってたもんな。仕事辞めただのなんだのって。

 でもまさか元小学校の先生だったとは……。

 あれ? となるとこの人は、市原と違ってちゃんと頭良い、のか?

 って、こんなこと思うのは失礼極まりないけど……と思ってると。


「お姉ちゃんは私と違って頭よかったもんねっ」

「そだねー。そらはちょーっとお勉強苦手だもんねー」

「……ちょっと?」

「ひどっ!」


 俺が思ったことがまさか伝わったのかと、ちょっとびっくりな言葉が市原から出て来たが、それに対して優しいお姉さん然としたうみさんの言葉に、俺は思わず聞き返す。

 そんな俺に市原が頬を膨らましながら不満全開な顔を見せてくるが、いや、事実は事実だからね。うん。


 ……しかしこれあれだな、冷静になって考えれば、右見ても左見ても、見目麗しい人ばっかだな……。

 オフ会の時もみんなレベル高いなって思うけど、ちょっと今の状況は、爆発しろって言われてもおかしくない状況だぞ。


 言わずもがなクールビューティーなだいに、ふわっとした雰囲気のアイドル級に可愛いうみさんに、現役アイドルグループのメンバーと言われても驚かない市原(妹)。

 うん、これは知ってる奴に見られたくない光景ですね!


「でも、馬鹿な子ほど可愛いって言いますからね。年もけっこう離れてるのにこうやって懐いてくれて、姉としては嬉しい限りですよ」


 と、俺が密かに右見ても左見ても美人って状況にちょっとだけそわそわしていると、少しだけ声のトーンを落ち着かせたうみさんが、ぽんと市原の頭を撫でていた。

 その仕草に、市原は市原でまんざらでもなさそうな笑顔に変わったので、俺もその表情に一安心。

 髪色こそだいぶ違うが、こうやって仲良く並んでいるのを見れば、さっき見せた表情の雰囲気だけでなく、目鼻や唇等々の顔のパーツは似ているし、もう数年したら市原もうみさんみたいになっていくのだろうというのが容易に想像できた。

 あ、見た目だけね。職業は別としてね。


「あ、でも」

「はい?」


 そんな穏やかな空気を感じさせる中で、ふと思い出したように指を一本立てたうみさんが、俺の目をじっと見て来たので、俺が少し首を傾げて聞き返すと。


「噂の倫ちゃんには綺麗な綺麗な彼女さんがいるみたいなので、そらの恋が叶わずちょっと残念、ですかね?」

「お、お姉ちゃん!?」「はいっ!?」


 聞き返した俺の言葉に対する返事は、まさかまさかの発言で、その言葉に俺と市原が揃って慌てた声を上げてしまう。

 しかし。


「市原さんはまだ諦めたわけじゃないみたいですから、私も油断は出来ないんですよ」


 俺と市原の焦りをあざ笑うかのように、うみさんに真っ直ぐそう言い切っただいは、なぜか小さく笑っていた。

 そんなだいに対して――


「おおっ、彼女さんの余裕ですねっ。そういえば、そらから聞きましたけど、お二人が出会ったのって、LAの中なんですよね?」


 不意に切り出された、LAという単語。

 この単語が出たということは……。


「お前そんなことまで話したのかよっ!?」


 やっぱりやっぱりやっぱりと、脳内に浮かぶ想像を抑えつつ、俺は個人情報をぺらぺらと話しやがった市原に対してとりあえずの文句をぶつけた、のだが――


「え、え? あれ? 私お姉ちゃんにLAって単語教えたっけ……?」


 俺の文句など耳に入っていない様子の市原は市原で、露骨にその表情にはてなを浮かべているではありませんか。

 その不思議な状況に、だいもちょっとだけ困惑の表情を浮かべているが、ただ一人、うみさんだけはニコニコとした可愛らしい笑顔を浮かべていて――


「あっ、やっぱり合ってたんですねー。ってことはー」


 ただ一人だけ何の混乱もなく状況を理解している様子のうみさんは、そこで一拍おいて、俺の顔を見ながら。


「噂の倫ちゃんって、〈Zero〉さんですよね?」

「はいっ!?」


 まさかのドンピシャリな単語がうみさんから飛び出て、俺は思わず声を裏返す。


「となると、里見先生がきっと〈Daikon〉さんかな?」

「えっ?」

「おおっ、やっぱり私大正解ですねー」


 そして今度はだいの方にその笑顔を向けてだいを驚かせ、俺たちの驚きにうみさんはご満悦の表情を浮かべていた。


「この前会った時も、何か似てるなーっては思ったんですけど……今日で確信ですよー。噂の倫ちゃんは当然先生だし、〈Zero〉さんは【Teachers】のメンバーだしで……そうだろうなってっ」

「えっ、お姉ちゃんどういうことっ!?」


 そしてそして、さらに続けられた言葉に俺もだいも言葉を失っていたが、市原はまだ話の流れが見えていないようで、うみさんの言葉に食いついた反応を見せている。

 しかし、やっぱり向こうも似てるなって思ってたのか……!

 だからこその、この前の対応ってことか!


 思い出す数日前の出来事。俺が〈Rei〉さんからこのカステラ屋の話を聞いてやってきたあの日。

 あの時、たしかにうみさんはなぜかじっと俺の顔を見てくる時があった。

 俺は俺で〈Rei〉さんに似てるな、って思ってたわけだが……深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いてたってことか……!


「いつぞやのパーティ終わりにプライベートな会話もされてましたし、そうかそうか、付き合ってるからこその会話だったわけですねー。いやぁ、得心得心」

「えっ、お姉ちゃん倫ちゃんたちと一緒に遊んだことあるの!?」

「ふっふっふ、最近よく一緒に遊んでたみたいだぞ妹よー」


 そんな言葉を失った気持ちの俺とだいをよそに、市原姉妹のみが言葉を発して会話が行われていたわけだが、もう間違いなく〈Rei〉さん確定のうみさんが、俺とだいとLAで一緒に遊んだことがあるという話を市原にすると――


「えー! ずるいっ! 私もまだ遊んだことないのにっ!」

「「え?」」


 私、も……? え?


 俺とだいが揃って不満の声をあげた市原の方を向いたのは、ほぼ同時だったのは、たぶん間違いなかったと思うよ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る