第361話 仕事を頑張ったらご褒美が欲しいは世界共通

「じゃ、忘れ物ないように帰るんだぞー」


 ミーティングを終え、月見ヶ丘の部員を中心に練習用具を片付けたり、着替えに行ったりする部員が多い中で、部員たちを見送った俺とだいの所に残る者が何故か二人。


「ん? 何か言い足りないことあったか?」


 その二人の内の一人が合同チームのキャプテンである市原だったことから、俺は何かチームに対しての進言でもあるのかと思い、何気なく声をかけたのだが――


「里見先生って、LAやってたんですか」

「え」


 返ってきた言葉は、市原からのものでも、俺に対する返事でもなかった。

 その発言者、国見さんの視線は真っ直ぐにだいに向けられていて、国見さんの隣に立つ市原は、何と言うか愛想笑いというか、ちょっとバツの悪そうな、そんな表情を浮かべている。

 だがそれ以上に真っ直ぐな視線で質問を受けた当の本人は……うん、固まってますね。


 って……ん、待てよ?


「国見さん、LA知ってるの?」


 ゲーマーだということを一切隠してきただいに対して、ゲームとかやるんですね、ではなく、LAという固有名詞を出したということは……。


 そこに気づいた俺は、固まるだいに代わってふと思ったことを国見さんへ聞いていた。

 すると国見さんは、俺に対して真顔というか、はっきり言って冷たい感じの表情を見せた後、一瞬なぜかちらっと市原を見てから。


「まぁ、私もやっていますので」


 と、俺の予想ドンピシャな言葉を返してきたわけである。

 もちろん俺に対する表情の理由は全く分からないが、俺がこうしてワンクッションを置いたことで、固まっていただいの表情にも驚きという変化が現れ。


「え、美奈萌もやってるの?」


 と、予想外の生徒の言葉から息を吹き返しただいが、クールな顔立ちに驚きの色を浮かべながら問いかけると。


「ええ、まぁ。……でも、里見先生がLAを……。あ、そう言われると、何だか……」


 歯切れよく、というわけではないが、だいの質問に俺に見せる表情とは別な、淡々とした表情で頷いてみせる国見さん。

 その後何かさらに呟いていたようだが、その呟きははっきりとは聞き取れなかった。


 しかし、まさかうちの萩原だけじゃなく月見ヶ丘の部員にもプレイヤーがいるとはね、いやぁ、ほんと中高生でもMMOやる時代なんだなぁ。


「LAで倫ちゃんと里見先生は出会ったんだし、いいゲームだよねっ」

「いや、お前はやってねーだろうが」


 そんなだいと国見さんの会話から何を思ったのか知らないが、バツの悪い表情から切り替えてなぜか市原がドヤ顔を浮かべて「いいゲーム」なんて言ってきたので、そこはすかさず俺がツッコミをいれて、調子には乗らせない。


「でもま、サーバー違うかもしれないけど、うちの珠梨亜も07サーバーだかでやってるから、今度その辺の話でもしてみたらいいかもな」


 そして市原へツッコミをいれた後、俺は何やら考えている様子の国見さんへ君の仲間が他にもいるよアピールをしてみたが、俺の言葉は耳には入っていないのか、俺の方は見向きもせずに完全スルーされました。

 いや……うん、まぁいいんだけどさ?

 ……ほんと、つかみどころのない子だなぁ……。


「変なことを聞いてすみませんでした。それでは、失礼します」

「あ、うん。お疲れ様」

「倫ちゃん里見先生、ばいばーいっ」


 で、聞きたいことを聞いたからか、国見さんはだいへ一礼し、礼儀など欠片もないままの市原と共に他の部員たちが去って行った方へと歩き出し……グラウンドに来た時同様、国見さんがまた市原の腕へとくっついていた。

 そんな仲良く歩く二人の背が小さくなるまで見送ってから。


「あー……とりあえず、色々お疲れさん」


 と、俺は部員たちがいなくなったからこそ、疲れた表情を浮かべるだいの頭にぽんと手を置いて、だいのろうねぎらった。

 頭を撫でられただいは一瞬ちらっと俺の方を向いて恥ずかしそうにしてたけど、またすぐに表情に疲労の色を戻して、小さくため息をついていた。


「そうね。色々驚いたこともあったけど……美奈萌と話す話題が1つ増えたことを、今はよしとすることにするわ」

「ん、そう思った方が健康だって。よし、じゃあ俺らも今日はさっさと帰って、ゆっくりしようぜ?」

「ん、そうね。1回帰って支度したら向かうね。夕飯の材料で買って欲しいものは後で送っておくから、買っといてもらっていい?」

「おうよ、任せとけ」


 そしてだいとこれからの話をして、俺たち大人も、今日の仕事を終わりにする。

 仕事が終われば、あとはだいと二人の週末だ。


 今日は二人で何をしようか、色々と楽しく考えながら、俺は一足先に、月見ヶ丘高校を後にするのだった。





ガチャ


 午後4時20分、チャイムが鳴ることもなく、聞こえてきた玄関の鍵が開く音。

 これを室内にいながら聞くって、改めて考えるとほんと家族みたいだよなぁ、なんて思いつつ、俺はPCデスクの椅子から立ち上がり、玄関へと愛しの来訪者を出迎えに移動する。

 そして。


「おかえり」

「うん、ただいま。……やっぱりお邪魔しますじゃないの、不思議だね」


 日中までは束ねていた髪を下ろし、リュックを背負い、Tシャツに薄手のパーカーを羽織って現れた美女は、俺の「おかえり」に答えた後、少し照れくさそうな顔を浮かべていた。

 そりゃ住民票とか戸籍上では「お邪魔します」が正しいんだろうけどさ、やっぱり「ただいま」って言ってくれる方が嬉しい。

 ちなみに俺がだいの家に上がる時も、今は「おかえりなさい」、「ただいま」が定番になってるぞ。


「ほぼ毎週来て泊まってく場所なんだし、間違ってないだろ」

「そうね。ほんと、すっかり来るの慣れちゃったもんね」


 で、俺が何も言わず当たり前のようにだいから荷物のリュックを預かると、だいはだいでいつものように洗面所へ手洗いとうがいをしに移動する。

 この辺の流れももう定番だなぁ。


「じゃ、夕飯前に一稼ぎ行くか?」


 そして、一足先に部屋に戻った俺は、自分の定位置であるPCデスクの椅子に腰かけながら、手を拭きながらやってきただいへ一声かけたわけだが。


「うーん」

「ん?」


 いつもならだいたいここでだいが同意して、リュックからPCを取り出してテーブルに置き、一緒にLAへログインし、スキル上げって流れになるはずなんだけど、今日は珍しくだいが俺のベッドへと腰かけていた。

 そして少し内股に足を閉じ、背筋を伸ばしたり戻したりしつつ、何か言いたそうな感じで、俺の方を見てくる。

 その様子は何だかそわそわしてる小さな子みたいな感じもあって、正直めちゃくちゃ可愛らしい。

 どことなく感じる、甘えたそうな雰囲気。

でも、時折緊張も見せるその表情が言わんとしていることまでは分からない。

 でも、ログインは選ばない、ってことだけは分かったから。


「どうしたー?」


 とりあえず俺も椅子から立ち上がって、だいが座る隣に俺も腰かけて、じっと俺を見てくるだいの頭を撫でてみる。

 すると少しその表情に嬉しそうな感じが浮かんだので、俺の選択が間違っていなかったことが伝わった。


 しかし、日中の部活指導中はずっとクールな感じだったのに、ほんと二人きりだと別人だよなぁ、こいつ。

 このギャップもね、やっぱり可愛い。


「理世先生とさ、昨日ご飯食べに行ったじゃない?」

「うん、そう言ってたな」


 そんなだいの可愛さを密かに堪能しつつ、俺が変わらず頭を撫で続けていると、おもむろにだいが話を始めたので、俺は相槌を打ちつつ、その声へと耳を傾ける。


「旦那さんとの生活を聞いたらさ、理世先生のところは、けっこう旦那さんが甘えて来る方なんだって」

「そうなんだ」

「うん」


 まぁ、あれだよな。男の方が甘えるって話は割とよく聞く話だよな。

 ちょっとだけ顔を合わせた時の感じ、だいが仲良くしてもらってる理世先生って、けっこうサバサバというか、男前気質な空気を感じた人でもあるし、頼りになりそうな人だったもんな。だとする、そういうこともあるだろうな。


「でも、年齢だと旦那さんの方が3つ上なんだって」

「ほうほう」

「普段はしっかりしてるし、企業でバリバリ働いてるはずなのに、おうちだと甘えてきたりするところが好きなんだって」

「ほー。仲良しなんだな」


 さて、なるほど……なんとなーく、だいの言いたいことが見えて来た気もするぞ。

 でも油断は禁物。こいつほら、自己評価はかなり低い方だし、ここから何かしらの不安を感じさせてくる可能性もないとは言えないからな……!


「年上なのに、甘えてくるんだって」

「いや、それ今聞いた……って、なるほど、そういうことか」

「……別に?」


 だが、今日の様子はどうやら不安を覚えてるとかではなさそうだった。

 あえて同じことを2回言ったということは、そういうことなのだろう。

 でも、俺がピンときたことを告げるも、だいはその表情に恥ずかしさを浮かべながら、はぐらかすように俺から視線を外す。


 ……いじらしい。

 

 ならばここは耐久戦……!


 と、俺がそう簡単に甘えてあげないぞと、少し意地悪な気持ちを抱いた、矢先。


「あれ?」


 ぽふっ、と飛び込んできた華奢な身体を無意識に抱き止めつつ、俺は思わず間の抜けた声を出してしまったのだが――


「……やっぱり甘える方がいい」


 ぐはっ!!


 俺の胸あたりに顔を埋めながら、小さな声で呟かれた言葉は即死級の一撃クリティカルヒットで。

 そんな可愛いことを言われては、最早俺に意地悪をしようと思う気持ちなど欠片も残りはしなかった。


「俺は甘えられるの好きだよ?」

「にゃっ!?」


 可愛くてしょうがないだいを抱きしめたまま、俺諸共にベッドへ身を倒し……ちょっとびっくりした声を上げただいを、さらに力強く抱きしめる。

 そんな俺の行動に、だいは少しジタバタして抱きしめられていた自分の腕を、俺の腕の中から脱出させると、お返しとばかりに俺の身体に回して、ぎゅっと腕に力を込めてきた。


 そのまましばらく、ベッドの上でゆらゆらと抱きしめ合ったまま、俺たちはお互いの大切さを確認し合う。

 こんな姿は俺にしか見せない姿なわけだし、俺だってここまで好きな人と堂々とイチャイチャしてるとこ、他の誰にだって見せたりしない。

 一緒に仕事してる時も、こうして二人でいる時も、改めて好きだなぁって思うよね。


 ……うん、幸せだ。


 この後の流れはご愛嬌。

 いい休日だったなって思うのは、言うまでもない。

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