第360話 チームを知るは監督の義務
「話変わるけど、さっきの国見さんの発言、どういう意味だ?」
「え、さっきのって?」
「あーっと、ほら、市原のキャッチャーの、ってやつ」
「あ、そう言えばそんなこと言ってたわね」
生徒たちがアップをしている最中、しょんぼりというか、肩を落としていただいをひとしきり慰めてから、俺は話題を変えるべく石丸さんの発言が出る前、国見さんが場の空気を変な感じにした時の発言について、だいに聞いてみた。
そんな俺の質問に、だいは「そういえば」的な表情をしたあと、なぜか少し考え込み。
「直接聞いたことがあるわけじゃないし、私もさっきの発言にははてなだったんだけど……美奈萌の様子を見る感じ、相当市原さんのこと好きなんじゃないかしら?」
とのこと。
うん、顧問であるだいでも分かんないんだったら、これはもう俺に分かるわけがないよね。
となると、俺に対してはなんか変な空気出してくるから、後で市原に聞くしかない、か。
「まぁ、好きそうなのはたしかだよな」
「ええ。正直あの子は基本的に何事も我関せず、って感じの子だと思ってたから、今日の様子には私もびっくりよ」
「あ、そんな感じなんだ?」
「うん。元々1年生はあと二人いたんだけど、戻ってこなかった二人と紗里が自分の意見をハッキリ言うタイプで、残りの3人は流れに合わせるタイプなんだと思ってたし」
「ほうほう……」
そんなよく分からない国見さんの話から話題に上がった、かつて1年部員が辞めたという話。
そういやこの辺詳しく聞いたことなかったけど、まだだいとリアルで出会う前、赤城が月見ヶ丘は「顧問とバトって1年が辞めた」とか言ってたっけか。
まぁこの辺を掘り下げるつもりもないけど、その戻って来てない自己主張するタイプの子たちがだいに反発して、合わせる形で国見さんたちも辞めた、ってことなんだろうな。
そうなると、自己主張するタイプながら石丸さんが戻って来たのって、なんでだろ?
「でも、晴香の話だと、もう1回部活やろうって声かけて回ったのは、美奈萌って話なのよね」
「え?」
「とはいえ、部活に復帰しても周りを引っ張ったりするわけじゃないし、上手いのはたしかだけど……つかみどころが分からないの」
「……ふむ」
「それに1年生の中だと色んな意味で紗里が目立つからさ、今うちの部活はあの子が中心って状態なのよね」
「いやぁ、色々苦労してそうだな」
うん、うちはうちで個性豊かだと思ってたけど、何だかんだみんないい子で言うことは聞くしな。この辺は赤城と黒沢が上手く躾けてくれたとこが大きいわけだけど、思い返せばほんとありがたい話だよね。
対して月見ヶ丘の1年たちは3年生たちと関わってこなかったわけだし、2年生たちは全員大人しいタイプだから……うん、そりゃ苦労するわな。
2年生たちと同系統なのは矢崎さんだけで、国見さんと三宅さんはゴーイングマイウェイなマイペースで、石丸さんはとにかく振り回すわけだろ?
いやぁ、今回も監督引き受けたけど、夏みたいに上手くやれるか分かんねぇなぁ……。
なんて、俺もだいとの話からちょっと先行きの不透明さに憂鬱な気持ちになったりしたのは秘密。
しかし、そんなネガティブなことを考えていてもしょうがないので、俺は切り替えて視線を生徒に戻してみると、どうやらアップが終わりキャッチボールに入っている様子が目に入った。
噂の国見さんは……あ、市原が相手か。
他は柴田が三宅さんと、木本が矢崎さんと、萩原が石丸さんと、月見ヶ丘の2年生トリオが3人でキャッチボールをしているようだ。
うまく1年同士を別々な学校のメンバー同士でやらせてるみたいだけど、これ市原が仕切ったんだろうか?
だとすれば、なかなかいいキャプテンだなぁ。
そんな感じで今日は俺はだいとキャッチボールをせずに月見ヶ丘の1年たちを重点的に観察しつつ、初の合同練習は進んでいくのだった。
☆
「じゃ、そらが投げて
「おっけぃ!」
キャッチボール、トスバッティング、ロングティーとまったりとメニューをこなし、グラウンドから見えるように校舎につけられた時計を確認すれば10時を少し過ぎた頃、少し実践的な練習をするべく、俺は軽い休憩をしていた市原へ声をかけた。
俺の言葉に市原も二つ返事で答え、意気揚々とマウンドの方へ向かって行く。
「そら先輩! 思いっ切り投げてくださいねっ」
「みぃちゃんに捕ってもらうの久々だねっ」
そんな市原に追随するように、いつの間にかプロテクターやらレガースを付けた国見さんが当然のようにキャッチャーをやりに行っていたが、俺全く指示してないのに、いつの間に付けたんだろうか?
いや、もちろん本番もバッテリーはこの二人で行くつもりだったから、キャッチャーやってるの見せてくれるのは何も問題ないんだけど……。なんというか、やりづらい子だな、国見さん。
ちなみにキャッチボールやらの練習を見ている感じ、月見ヶ丘の1年生の実力順は国見さん>三宅さん>石丸さん>矢崎さんと順当な感じだった。
中学時代に市原と共に都大会を経験している国見さんは別格として、三宅さんも何気にけっこう上手い。少なくともうちの木本や萩原よりは守備もバッティングも上な感じだし、黒沢の抜けたサードを埋める人材として申し分ない逸材だ。
さらにいうなら、石丸さんも性格はアレだが、だいが言う通りなかなかにセンスがよく、特にロングティーでの守備を見た感じ、足の速さは柴田と同等か、下手したら上かもしれなかった。もちろん捕球とかはまだまだだから、ボールに追いついてもグラブに当てて落としたりはしてたけど、走塁を磨いていけば、化けるかもしれない逸材の予感を与えてくれた。
これはオーダーちょっと迷うな。
内野は決まりとして、外野手として萩原以外にあと二人、誰を出すか。
キャリア的には月見ヶ丘の2年生を出すのがベターだけど、戸倉さんも南川さんも、真面目なのは分かるけど正直パッとする実力があるわけじゃないし……足の速さを活かしてセンターに石丸さんを置いてみるか?
いや、でも……うーむ。
「えー! そら先輩今日球速くないですかっ!?」
そんな考え込む俺をよそに、ふと気づけば1番最初に打席に入ろうとしていた柴田の慌てたような声が聞こえてきた。
その声により俺も青空の下マウンドに立つ市原へ視線を送ると……バシィ! といい音を奏でるストレートを投げる市原が、楽しそうな表情を浮かべているではないか。
というか、たしかに今のストレート、最近のフリーバッティングの投球の中じゃけっこう速いような……。
「みぃちゃんの腕が落ちてないか、確認しないとだしねっ」
そして打席近くに立つ柴田に向かってドヤ顔でこの一言。
それに対し名前を呼ばれた本人は――
「そら先輩のボールなら何でも捕りますよっ」
と、こちらもまた元気のいい返事を返している。
そして始まったフリーバッティング。時折市原が首を振ったりしてるから、どうやら国見さんが配球を考えてるみたいだけど、これがまぁ見事な配球なんだよね。
低めのコースでカウントを稼いだ後、セオリーなら高めのボール球を要求したりするとこだけど、そこで敢えて内角にドロップを投げさせて三振を奪ったりとか、いわゆるテンプレみたいな配球はしないみたい。
時折市原が首を振った後のボールをミートされることもあったけど、首を振らなかった時は全てしっかり打ち取っている。
だからか、途中から市原は首を振ることもなくなって、どんどん投球のテンポも上がって行ったしね。
「市原さん投げやすそうね」
「だな」
そんなマウンドに立つ市原に対し、だいも感心した様子を浮かべている。
今の市原はピッチャー経験のない俺からしても抜群の調子に見えるが、経験者であるだいもお墨付きを与えるなら本当に申し分ないのだろう。
「正直キャッチャー誰にやってもらうかは困ってたとこだったし、これは大きな収穫だな」
「そうね。うん、新人戦もいいとこまでいけそうね」
私学も出てくる大会だが、この様子ならいいとこまで行けるのではないか、そんな期待をだいと共に抱きつつ、俺はその後も練習を見守り、無事に初の合同練習を終えるのだった。
☆
練習が終わり、片付けやグラウンド整備を終え、終わりのミーティングが始まったのは12時を少し回った頃だった。
「うん、初顔合わせだったけど、バッテリーを軸にいい感じにチーム作りできそうだな」
「まっかせたまえっ」
「今日のそら先輩の球すごい速かったのに、美奈萌ちゃんよく取れるねー」
「だよねっ。特にそら先輩のドロップとかすごいキレだったのにっ」
「え、あ、中学時代もマスク被ってたから、慣れだよ慣れ」
まず俺がチーム全体に対してとりあえず何とか戦えそうだなってことを話すと、自分が褒められたと確信した様子で市原がどや顔のVサインを見せ、萩原と柴田はもう一人の軸となるプレイヤーである国見さんへ称賛を送る。
そんな二人からの称賛を受けた国見さんは、少し驚いた様子を見せつつも、驕ることなく謙遜しているようだが……うん、きっとこれが対市原以外の時の彼女の素顔なのだろう。
とはいえ、今日が初対面ながら、よそよしくなることなく1年生同士会話も出来ているし、ほんと幸先いい感じだね。
「ただ場合によっては市原さんを温存する場面もあるだろうから、柴田さんがマウンド上がる時の守備は課題ね」
「いやぁ、さすがに左利きにセカンドは厳しいですって~」
「うーん、とはいえ誰かさんがピッチャー以外は正直ポンコツだからなー」
「うっ……ご、ごめんね珠梨亜ちゃん」
だが、そんないい雰囲気の中でだいが口にした課題は、正直どうにかしなければならない課題であるのもたしかだった。
市原がマウンドに立つ時は、キャッチャーが国見さんで、ファーストが飯田さん、セカンドが木本、サードが三宅さん、ショートが柴田ととりあえず外野は置いておくとして、安定した内野の布陣を置くことができる。
だが柴田をマウンドに上げることを想定した布陣、木本をセカンドからショートに回し、経験者だからという理由のみで外野手の萩原をセカンドに置き、市原をライトに置くという布陣は……まぁ何と言うか厳しいな、というのが正直な感想だった。
そもそも左利きの選手はピッチャー、ファースト、外野以外はどうしても不利になるからしょうがないのだが、ほんとね、どこでも出来るタイプの柴田と違い、市原がピッチャー以外ポンコツなんだよね。ウィザードなら安定したプレイを見せるぴょんに、それ以外の武器を使わせるような、ほんと何と言うか、残念な感じになるのだよ。
とはいえやはり内野手はある程度ソフト経験があった方が動きのイメージもあるだろうから、苦肉の策でそうするしかないのだが……ううむ、困った。
と、思っていると――
「はいっ! じゃああたしがショートかセカンドの練習やるっ!」
どうしたものかという空気を一閃するように、元気いっぱい手を上げてポジションの立候補をしてきたのは……もちろん怖いもの知らずの石丸さんだった。
「内野の方がいっぱい動いたりしてて楽しそうだし、あたしそっちの練習もやりたいですっ!」
「え、でも紗里ちゃん内野ってけっこう覚えなきゃいけないこといっぱいあるけど――」
「理央と夏美が教えてくれたら覚えるって! あ、そだっ! あとでTalk交換しよっ。そいで色々教えてよっ」
「教えるのは別にいいけど……」
そんな石丸さんの前向きな発言に、木本が心配そうな表情を浮かべるも、石丸さんは何のその。さらには柴田も巻き込まれ、珍しく柴田から俺へ「ほんとにやらせるの?」というSOSを求める視線が投げられた。
「まー、適正云々は置いといて、今後を見据えて練習させてみる分にはいいんじゃないか?」
「そうね。長い目で見れば色んなポジションを経験しておくのは悪いことではないわね」
で、俺は柴田の視線を受け、石丸さんのやる気を削ぐのもな、という旨の発言をし、隣に立つだいへ提案を投げかけた。その俺の言葉に、恐らく思いは同じであろうだいも同意し、石丸さんの新チャレンジがひとまず決定。
もちろん相手次第ではずっと市原をマウンドから下ろせない展開もあるだろうから、今大会では出番がないかもしれないけど、練習しておいて悪いことはないからな。
それに運動神経の良い子なんだし、もしかしたら黒澤みたいに経験者顔負けの選手になってくれる可能性もね、十分あるからね。
「ま、他にも課題は色々あるけど……」
そんなこんなで、俺は今出た話以外にもこれから詰めていくべき内容をミーティングで振り返り、週明けの抽選会後、どこかしらと練習試合を組む予定であることを選手たちに告げ、星見台&月見ヶ丘の新チーム初合同練習を終えるのだった。
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