第359話 前途多難な若者たち

 そら先輩のキャッチャー?


 続々と部員たちが自己紹介する中で発せられた噂の国見さんの不思議な挨拶。その言葉に俺はちょっとぽかんとした表情を浮かべてしまったかもしれない。


 いや、たしかに噂通りならそのポジションで違いないと思うけど……先ほどまで無の表情で俺を見ていた国見さんが、今度はまた全力笑顔といった様子で市原に向かって挨拶をしていた。

 その様子に市原も笑顔で笑っているようだが、だいを含めて月見ヶ丘の部員たちはまるで驚いているかのような、何とも言えない表情を浮かべている。

 こんな彼女見たことがない、そんな雰囲気が月見ヶ丘の面々から漂っているのだ。

 そのせいか、変な沈黙が一瞬訪れたのだが――


「え、ええと、月見ヶ丘高校女子ソフトボール部顧問の里見菜月です。また星見台のみんなとチームを組めて嬉しく思います。いい結果が出せるように頑張りましょうね」


 そんな変な空気を漂わせてしまった月見ヶ丘の面々の中で、部員たちの挨拶が終わったことを思い出したであろうだいが、少し慌てながらも何とか柔らかな笑みを作り、うちの部員たちに向かって挨拶をする。そのおかげで場の空気がやや回復。

 しかし……ほんと変な空気だったな。

うん、この辺の空気感は練習始まったらだいに聞いてみよう。


 そんなことを思いながら。


「俺で最後だな。星見台の顧問の北条倫だ。一応合同チームの監督ってことになるから、よろしくな」


 全員の顔を見回しながら俺もだいに続いて挨拶をする。

 そんな俺に対し既に夏の大会で一緒に戦った月見ヶ丘のメンバーたちからは「よろしくお願いしまーす」という言葉が聞こえたのに対し、うちの奴らなんかは「よっ、監督!」なんてふざけた声があがってくる。

 そんなうちの奴らの対応に、星見台俺たちと今日が初対面となった月見ヶ丘の1年生たちが驚いてるんじゃないかと思ったが……初顔合わせとなった子たちの表情はまばらで、俺が予想したようなことはどうやら思っていないご様子。これはあれか、先輩たちからうちの学校がどんな学校か、先に聞いてたのかな。

 改めて月見ヶ丘の子たちを確認すれば、相変わらず緊張している様子の矢崎さんに、無表情の三宅さんに、ニコニコというか、ニヤニヤと表現するのが適切で、さも何か聞きたげな様子で俺を見てくる石丸さん。

 そしてまたしてもじっと俺を見てくる特に国見さんの視線が不思議だったんだけど――


「はいっ!」

「ん?」


 俺の挨拶の後、何か聞きたげな思いを抑えられなくなったのか、勢いよく手を上げて来たのは石丸さんだった。

 好奇心旺盛そうな目はキラキラと輝き、俺に対して何か聞きたいことがあるのは間違いなさそう。

なので、俺が彼女に対して聞き返す仕草をすると。


「里見先生とラブラブの北条先生ですよねっ!」

「「はっ!?」」

「おおっ! ハモったっ!」


 飛び出た言葉が予想外すぎて、俺とだいは図らずも声を揃えてしまったわけだが、そんな俺たちの反応に石丸さんはなぜか嬉しそう。

 対して、この質問を投げかけた石丸さんに対して月見ヶ丘の2年生たちは皆焦りの表情を浮かべている。

 だが――


「北条先生は里見先生のどこが好きなんですかっ!?」


 慌てた俺たちに向けて追撃を放つかのように投げかけられたのは、部活の話なんかとは一切合切関係のない質問。

 正直月見ヶ丘の子たちって今いる2年生然り、引退した真田さんと佐々岡さん然り、真面目って印象を持ってたんだけど、何この子。まるでうちの学校の生徒みたいなこと聞いてくんじゃん!

 ちなみにどこが好きかったら、そりゃもう色々答えはあるわけだけど……幸いにも俺がその質問に答える場面はこなかった。

 なぜなら。


「紗里。今はふざける時間じゃないのよ?」


 とね、隣から違和感あるにこやかな笑顔を浮かべただいが、それはもう物凄い圧をかけていたから。

 だが――


「えー、だって里見先生と一緒にいても楽しいのかなって思いますし」

「ちょ、紗里!?」


 恐れを知らないのか、これが15,6歳という若さが成せる技か、さらっととてつもなく失礼なことを宣って来た石丸さんへ、飯田さんが慌てて制止をかける。

 でも、焦る生徒と違ってこの発言を聞いても俺は実はそんなに焦ったりしなかった。

 俺が知る限り、こういう質問が来た時のだいの反応は、なんとなく予想できたから。

 オフ会の空気感ならまだしも、ほら、仕事中のだいって元々クールなタイプだし?

 実際ちらっと横を見た感じ、やっぱりさっきの圧をかける笑顔のままみたいだしな。

 とはいえ、内心までは読み切れないところもあったから、俺はだいの口が開きかけるのに気付き、先手を打って――


「石丸さん、自分の価値観で人を計っちゃいけないぜ?」


 と、大人の余裕を見せながら諭すように石丸さんに言葉をかける。

 そんな俺の言葉に、石丸さんは「え?」と少しぽかんとして、何かを口にしかけただいは俺の方を見てから、すっと浮かべていた笑顔をいつものクールな表情に戻し、口を閉じた。

 うん、もしかしたらけっこうきつい言葉を言いかけたのかもしれないし、ここは先手を打って正解だった気がするぜ。

 

「そりゃ顧問同士が付き合ってるとか、普通に考えたらそうそうあるわけじゃないだろうから、どんな風なのか気になる気持ちも分かる。でもさ、自分が楽しくなさそうって思うことを基準に、他人ひとのことを考えるのはどうだろう? 自分の考えを持つのは大切なことだけど、それが絶対に正しい、普通って思い込むのは感心しないな」


 そして俺はさらに言葉を続けて、石丸さんに人生の先輩としてのアドバイスを送る。

 練習開始前のミーティングで話す内容ではないだろうが、ほら、部活って人間教育の場でもあるわけだし? 鉄は熱い内に打てって言うからな。


 しかし、俺がこんなこと言ってると、いつぞやの風見さんには「ブーメランじゃないっすか?」とか言われそうだな。


「ふーん……つまり北条先生は里見先生といるのが楽しいってことですか」


 そんな俺の言葉を聞いていた石丸さんは、さっきまでの好奇心旺盛な表情を落ち着かせ、ふむふむと落ち着いた様子に切り替わっていた。

 でもあれだな、とりあえずは理解してくれた感じだな。

 この辺の理解力は、うちの生徒たちとはやはり違うようだ。


 じゃあここからは切り替えて部活の話に――


「甘いぜ紗里ちゃんっ。里見先生と倫ちゃんには7年っていう長い付き合いがあるんだから、一緒にいて楽しいなんて当たり前なのだよっ」


 部活の話に、そう思った瞬間、俺の真横から聞こえたのは誰もが予想しなかった発言、その発言をした奴の方に目を向ければ……なぜか不思議なくらいのドヤ顔を浮かべている。

 そしてこの発言は、月見ヶ丘の2年生たちを驚きの表情へと変化させ――


「あれ? 里見先生って今25歳ですよね……?」

「7年前っていうと、18歳……え、高校生の時から!?」

「いや、里見先生12月で26歳だから……7年前って……でも大学1年生っ!?」

「でもでも、えっ!?」


 そして市原の発言に驚いた南川さんの言葉を受け、飯田さんと戸倉さんも口早に応答し、3人の表情はまさに困惑の色一色へと変化を遂げる。

 その2年生たちの様子に……話題の中心となっただいさんは……ええ、顔に手を当ててため息をついておられますね。

 そんなだいの様子に、爆弾投下の張本人は、腹立たしいくらい可愛い顔に疑問を浮かべて「あれ?」なんて少し首を傾げているが……こいつ、LAで俺とだいが知り合ったこと、全員が知ってるわけじゃないの忘れてたな!?


「倫ちゃん私たち入学した時は彼女いないって言ってなかったっけ?」

「だよねっ。というか、初めて合同で来た時、倫ちゃん里見先生に怒られてたし……知り合いには思えなかったけど……」


 そして波紋は広がり、うちの柴田と木本も表情に疑問の色を浮かべていく。

 ちなみにこの二人と違って萩原は「里見先生=〈Daikon〉」の図式を理解しているからか、なぜか一人ちょっと得意気な様子を浮かべていた。


「ああもう、俺らの話はいいから! 練習! 自己紹介も終わったんだから練習しろ練習!」


 ざわつくうちの1年と月見ヶ丘の2年、そして先輩たちの様子に不思議そうな様子を見せる月見ヶ丘の1年たち。

 ちょっとこれは収集つかないなと判断した俺は、その場の空気を一刀両断するべく強引にこの話題を打ち切り、チームのキャプテンである市原の背中を押して練習を開始するよう指示を出す。

 そんな俺の対応に、市原もさすがに空気を読んだのか、「じゃあランニングから行こーっ」って鬱陶しいくらい元気に部員たちを引き連れて青空の下走り出して行ったけど……いやぁ、だいの奴ちょっとダメージでかそうだなぁ。

 俺は別にゲーマーってことを生徒たちに知られてるからさっきの市原の発言の意味が知れ渡ってもいいけど、この様子じゃだいはまだ部員たちにゲーマーであることは言ってないみたいだし。

 これまでだいが作って来たイメージとか、そういうのもあるのだろう。

 どうフォローしたものか……いや、しかし……どんまい。


「なんか、その、うちの市原がごめんな……」


 そんなだいに対して俺が言えたのはこのくらい。

 俺の言葉にだいは「さすがにもう隠せないかな」なんてちょっと遠い目をしながら俺にそう言ってきたけど、俺は苦笑いを浮かべるしかできなかった。

 で、でもほら、言った方が楽になることもあるからね、うん。


 俺はちょっと自暴自棄な様子のだいの肩をぽんぽんと叩きつつ、グラウンドを走る生徒たちをちょこちょこ眺めながら、しばらくだいを慰めるのだった。

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