第358話 新生合同チーム、始動?
9月26日土曜日、午前8時28分。
杉並区の都立月見ヶ丘高校の校門前。
「おーっす」
「うーむ、倫ちゃんが最後とは、気が抜けてますなー?」
「いや8時半集合なんだから遅れてねーだろ」
「わたしらは15分前にきたけど、そら先輩その時もういたよー?」
「え」
「ふっふっふ。8時にはきました!」
「マジかよ。いや、うん、じゃあ一応遅くなってごめんなさい。でもあれだな、さすが新キャプテンはやる気が違うな!」
雲一つない快晴の中、俺が集合場所に到着すると、既にうちの部員たちは揃っていた。
で、先に来ていた制服姿のJKたちが俺を見つけるや否や、いじっていたスマホから目を離し、どや顔をしながら俺に対して色々言ってきたので、俺は意地を張ることもなくとりあえずの謝罪をしてから市原を褒めてやった。
これで話は逸らせたし、何より市原がご満悦。
やっぱり新キャプテンとして、意気込みがあるんだろうな。よきかなよきかな。
「じゃあ、今日は向こうの新顔とも顔合わせなんだ。まずはお手柔らかにどんな子たちなのか見てこーぜ」
「「「「はーい」」」」
そして改めて今日も頑張ろうぜ的に4人に指示をだし、俺たちは校門を抜けていく。
そこから先は俺はジャージで来てるので直接グラウンドへ向かい、部員たちは制服からユニフォームへと着替えるべく更衣室の方へ向かい出す。
初めて来るわけじゃないからだけど、この辺はもう分かって動いてくれるからありがたいね。
「おはよ」
「あ、おはよう。昨日はインできなくてごめんね」
「ん? いやいや、リアル優先リアル優先。謝ることじゃねーだろ」
「ん、その分今日頑張ろうね」
「おうよ。って、それよりも先に練習頑張らねーと」
「それは仕事なんだから当たり前じゃない」
で、一人先にグラウンドにやって来た俺は、ラインを引いたり道具を準備したりしている6人の生徒たちを眺めていただいを発見し、すっと隣に立ってだいへ声をかけた。
その会話の最初がLAの話題ってとこに思わず苦笑いだったけど、やっぱり俺もこいつも根っからのゲーマーなんだなって思うと、価値観が近そうでちょっと嬉しかったりもするよね。
それに今は練習用の運動着で、髪を後ろで束ねているスポーツモード。
普段の下ろした髪型も可愛いけど、料理してる時同様後ろで束ねてるのも可愛いよね!
でも、今はそんな甘えた関係を出す場面でもないので、俺は頭を切り替えて。
「えっと、あのライン引きしてる子たちが一年生?」
「ええ。ホームでメジャーを抑えてる子が
「ほうほう」
いや、うん。ぱっと名前だけ聞いてもすぐには覚えられないけどね!
だがそんなことを顔に出すわけにもいかず、俺はさも「覚えた!」って雰囲気で返事をする。
だが、今話題に出た3人の中に、噂の市原の後輩はいないみたいだな。
となると、どこにいるのだろうか、そう思って俺がラインを引いてる1年生たちから目を離し、グラウンドを眺めてみたのだが――
「美奈萌は星見台の子たちのお出迎えするって言ってたから、今はいないわよ」
「あ、そうなの?」
俺がだいから聞いた3人以外を探しているのに気付いたのか、まるで俺の考えを読んだかのような説明が隣に立つだいから発せられる。
そういえば7人いるはずの月見ヶ丘の子たち、今6人しかいないじゃんね。
そんなだいの説明に、俺は少し間の抜けた感じで返事をしてしまったけど、そもそもさ。
「お出迎えって、俺ら来るの初めてじゃないから道迷ったりもしないと思うんだけど……」
「でしょうね」
「いや、でしょうねって……」
「でも市原さんが来るならお出迎えしないとって、美奈萌が張り切ってたから。普段のあの子は寡黙というか大人しいタイプの子なんだけど、ちょっといつもと様子が違ってさ。その……私もちょっとびっくりして、わかったって言っちゃったのよね」
「ふむ……」
何と言うか……ここまでの話だと、正直どんな子なのか全然分かんねぇな。
市原をして「少し癖のある子」と言わせ、だいは「寡黙で大人しい」と言っている。
ううむ、どんな子なんだ?
そんな風に俺がだいと話しながらも、噂の国見さんがどんな子なのか想像を働かせていると――
「きょーつけっ!」
爽やかで元気な声が、グラウンドに響き渡る。
その声の主が誰かなのかは振り向かなくても分かったが、背を向けたままなのも変なので、俺がだい共々声のした方を振り返ると、続けて。
「れいっ!」
「「「おねがいしまーすっ!」」」
と、すっかり形になった挨拶をする我が星見台高校女子ソフトボール部の面々と……1名知らない顔がそこにはあった。
その子は市原の礼に合わせて両手を広げてまるで歓迎の意を示しながら市原の正面に立っている。
恰好が月見ヶ丘の練習着だから、もちろんその子が噂の国見さんなんだろうけど……。
「すげぇ笑顔だな?」
「……そうね。あんな顔は初めて見たかも」
グラウンド挨拶を終えて俺たちの方に向かってくる市原の腕にじゃれつくようにくっつくショートカットの女の子を、だいが何とも言えない表情で見つめている。
その表情に浮かぶは間違いなく困惑の色。
くっつかれる市原本人は嫌がる素振りを見せることもなく、当たり前のようにその子の振る舞いを許してる感じ。
性格が悪そうとかそんな感じの子には見えないから、俺からすればなんでだいがこんなに困惑してるのかいまいち理解できなかったんだけど――
「里見先生! おはようございますっ!」
「うん、おはよう。またよろしくね」
「はいっ!」
俺のそんな疑問をぶつける暇もなく、国見さん共々俺たちの方に寄って来た市原がだいに挨拶してきたので、一旦俺とだいの会話は中断となった。
しかしあれだな、いつぞやはだいと何とも言えない関係だった市原も、すっかり懐いてる感じになってんな。
そんな風に市原とだいの間に漂う平和な空気に、俺もちょっと安心したりしていたのだが――
「この前は倫ちゃんを助けてくれてありがとうございましたっ」
「あ、ううん。あの時は私もどうしようってなってたけど、市原さんが呼んでくれたおかげで身体が動いたから。むしろ呼んでくれてありがとうだったかな」
「この前って……あ、倫ちゃんが怪我したっていう文化祭の話ですかー?」
「あー、SNSで話題なってたやつですよね! くぅ、里見先生が倫ちゃん助けにいく場面、見たかったなぁ! 体育館いればよかったー」
「おい」
市原がぺこっと頭を下げてだいにお辞儀をしたと思えば、話題にしたのは先日の文化祭での出来事だった。
その話題に対しだいが穏やかな表情で市原に言葉を返すと、柴田と萩原がその話題に反応して、俺が怪我する場面に立ち会いたかった的な空気を出してきたので俺はすかさずツッコミを入れる。
ほんとこいつら顧問を何だと思って……ん?
……え?
俺がうちの部員に呆れ顔を見せていたところ、ふと気づけば市原の視界には入らないポジショニングから俺のことをじっと見て来る存在がいるではありませんか。
それはだいに向かって話しかけてきた市原の腕にくっつく国見さんに他ならなかったわけだが……その表情は……さっきまで浮かべていたはずの笑顔とは全く異なる、何を考えているのか分からないような、無の表情だった。
その視線の意味が分からず、俺は俺でどうしたものかと思いながら俺も国見さんに視線を送るけど……ううむ、マジで考えが分からん。
どうしたってんだ……?
俺を見てくる瞳を備えたその顔立ちはけっこう整っていて、短髪だが活発そうってわけでもなく、黙っていれば男子にモテそうな感じのする清楚系。だがそんな顔立ちの彼女の表情に、今色がない。
え、俺君と初対面だよね……?
そんな戸惑いを持ちながら、俺はずっと俺の方を見ている国見さんに対して少し首を傾げてみるが、彼女の表情に変化はなし。
いや、マジで分からん。何なのこの子……?
「みなみ! 1回集合しましょう!」
「分かりました!」
だが国見さんの表情に気づいていなかったのか、だいは市原と少しだけ話したあと、道具の準備やらをしていた月見ヶ丘の新キャプテンである飯田さんに声をかけ、練習準備をしてくれていた月見ヶ丘のメンバーたちを招集した。
そんなだいの指示に応え、駆け足で月見ヶ丘の子たちが集まって来て、俺とだいを中心にするように自然と部員たちが輪を作るように並んでいく。
さすがにその流れを察したからか、ずっと市原の腕にくっついたまま俺を見ていた国見さんも市原から離れ、月見ヶ丘の部員たちの並びに移動していったけど……ほんと何だったのだろうか?
「練習前ミーティングでいいんですよね?」
「ええ。初めましての子たちもいるから、まずは軽く自己紹介から始めましょう」
「分かりましたっ! 星見台2年、キャプテンの市原そらですっ! よろしくねっ!」
と、俺がわけの分からない状況に困惑している間にも、合同チームキャプテンである市原とだいの間でまた会話が行われ、先陣を切って市原がとびきりの笑顔を見せながら元気いっぱいの自己紹介を始めたので、俺もとりあえず頭を切り替えて視線を順に挨拶していく部員たちへと動かした。
ちなみに笑顔を見せた市原に、小さいながら月見ヶ丘の1年生たちから「可愛い」ってささやきが聞こえてきたけど、もちろんスルーだぞ。
「星見台1年、柴田夏美でーす。ショートとピッチャーやってまーす」
「同じく星見台1年の木本理央です。セカンドを守りますっ。よろしくお願いしますっ」
「あたしも同じく1年の萩原珠梨亜ですー。外野守ることになると思いまーす」
で、俺の視線がまずは順にうちの部員たちを追っていく。
真面目な木本以外は、なんとも気の抜けた感じの挨拶だったが、まぁこれがこいつらの性格だからな、うん、いつも通りだな。
「月見ヶ丘2年の飯田みなみです。ポジションはファーストです。今度の大会もよろしくお願いします」
「同じく2年の戸倉奈央です。外野手です、よろしくお願いしますっ」
「2年の南川彩香です! 奈央と同じく外野守ります! よろしくお願いします!」
そして星見台の4人の挨拶が終わったので、今度は月見ヶ丘の子たちの挨拶となるが、まずは向こうも2年生から挨拶が行われた。まぁこの子たちはもう顔見知り同士だから、緊張とかそういうのはなさそうだね。
「つ、月見ヶ丘1年の矢崎晴香ですっ。初心者ですけど、よろしくお願いしますっ」
だが、今日がうちの部員達と初めましてとなる月見ヶ丘の1年生たちはちょっと緊張している様子……かと思ったが。
「三宅麗華、ポジションはサード。よろしくお願いします」
「石丸紗里でーすっ! 中学までは女バスやってました! すぐに先輩たちに追いついてみせるんで、よろしくお願いしまーすっ!」
淡々とした挨拶をした三宅さんに、市原レベルに元気いっぱいの挨拶をかましてくれた石丸さんは、矢崎さんと違って緊張の色なし。
いやぁ、個性豊かな部員だなぁ。
そして、残る最後の一人に俺が視線を送ると――
「そら先輩のキャッチャーの国見美奈萌です。また先輩とバッテリー組めて嬉しいです!」
何とも不思議な挨拶が、その最後の一人から放たれたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます