第356話 昨日の今日
9月25日、金曜日、18時58分。
仕事を終え、土日を迎える人々の笑顔が溢れているような高円寺駅周辺は、金曜ってこんな感じだよなー、という活気に溢れていた。
そんな活気がある中で、俺は仕事終わりに「飲みに行こう」と誘って来た島田先生の誘いを「明日も朝から部活なんで」と断り、現在帰路の真っ最中。
だったんだけど、ふとそういえばと昨日聞いた話を思い出した俺は、先日妹と二人で買いに行ったカステラ屋の方へちょっと寄り道してみるべく、いつもと帰る道を少しだけ変えていた。
我が家への最短ルートからすると、時間にして1,2分遅れる感じ。
その程度の遅れを生じさせるだけで済む場所にある目的のお店は、店舗としてはそんなに大きくないものだったと記憶している。
意識して歩かなければ、そこにあるのに気付かないかもしれない、そんなお店なのだが。
「あ」
目的地としたお店が見えて来そうな距離まで歩いてきて、俺はそのお店の前から看板を片付けている女性の姿に気がついた。
だがここまで来て引き返すというのも傍から見れば変なので、俺はとりあえず何事もなかったかのように、ただただ普通の通行人のように足を進め、目的だったお店へと近づいていく。
そして、目的地のお店の前まで来たところで、少しだけ進める歩を遅め、店内のドアに貼られている営業時間の掲示を見ると……『10-19』という、俺どんまい、としか言えない営業時間が掲示されていた。
で、そんなドアのとこを見ていたら。
「あ、すみません今日はもう終わりなんですー」
営業時間の掲示を見ていた俺に気づいたのだろう、さっきまでお店の前に出していた看板を片付けていた、お店の制服であるエプロンを付けた女性が出てきて少し申し訳なさそうに、おっとりとした間延びした物言いで声をかけてきたのである。
「あ、そうだったんですかっ。じゃあまた今度来ますね」
「はい、ぜひー……」
そんな店員の女性に対して俺は足を止めて、得意の公務員スマイルを浮かべつつ、社交辞令的な言葉を返して立ち去ろうとしたけど……何か言いたげなような、そんな感じの表情で少し首を傾げたまま、店員さんが俺の顔を見てくるではありませんか。
そんな店員のお姉さんの不思議な行動に、俺も合わせて視線を合わせてみるけど……こ、この人……めっちゃ可愛いじゃないですか……!
もしかしてアイドルの職場体験とか、そういう企画の途中? そんな思いを抱くほど。
お店の制服だろう黄色いエプロン姿に茶色のキャスケットを被ったお姉さんは、年齢は明らかに俺よりも下っぽいけど、学生ってほどの若さではない、と思う。
一番印象に残るのは真ん丸で大きな目。長めのまつ毛で強調されてるけど、そこにメイク的な作為感はなく、他のパーツも小顔な輪郭の中でバランスよくまとまっている。美女と美少女の中間というか、そんな感じで表現しても問題ないだろう。
髪色はかなり明るい茶髪というか、半ば金髪に近いというかそんな色で、前髪がパッツンで、輪郭を覆うくらいのボブヘアー。
遊んでそう、って印象はないけれど、大人しそうって感じを受けるわけでもない、いわゆる普通の女の子って感じを受ける、そんな雰囲気。
そんな美女さんと目を合わせていたのはたぶん数秒のことだったと思うけど……じっと俺を見てくる視線に、え、まさか……な考えが俺の中に浮かんだ。
しかしここで「レイさんですか?」なんて聞いてみて、違ったら完全に変な奴だから、俺は冷静にその言葉を飲み込む。
そんな一瞬の逡巡の末、向こうもぼーっと作業を止めてしまったことを思い出したのだろう。改めて俺に対して営業スマイルのような笑顔を浮かべると――
「土日も同じ時間で営業してますので、よかったら買いにきてくださいねー」
そう言いながらぺこっと一礼してから、俺に背を向けて店の前に出していたゴミ箱を片付ける作業へと移っていった。
その姿を見て俺も止めていた足を再度動かして、ちょっとだけ遠回りになった帰路を進みだす。
でも、やっぱり、うん。なんとなくだけど、昨日見た犬耳獣人のあの人とどことなく似てたような気もするよね。
でもしかしまさか、そこまで世の中も狭くはなかろうて。
そんなことを思いながら、俺はすっかり暗くなってきた路地を進み、我が家へと向かうのだった。
☆
同日、20時過ぎ。
帰宅して飯を食い、風呂を終えて完全家モードへと移行した俺がすることといえば、前日に同じ。
俺は慣れた動作でいつもの世界への扉を開き、慣れ親しんだ世界へ我が分身を登場させながら、やはり少し気になったままのさっき会った店員さんのことを思い出していた。
世間が狭すぎる、とは思いつつ、やっぱり見た目も話し方も、昨日出会ったばかりのレイさんに似ていた、ような気がしてならない。
とはいえゲームの中じゃ髪の毛は水色だし、パッツンってわけでもないんだけど……なんというか、ログから感じた雰囲気とあのお姉さんが似ていたように思えてしょうがないのだ。
宣伝してもらったのが昨日だし、今日働いていたとしてもおかしくはないだろうし。
「……考えすぎかな……」
なんて、そんなことを思いながら俺はまだだいがログインしてないことを確認し、トークアプリでいつ頃インするのか聞いてみようと思った矢先――
里見菜月>北条倫『少し残って仕事してたら、理世先生がご飯行こうって誘ってくれたから行ってくるね』20:12
何と向こうからジャストで連絡がきたじゃないですか!
これはやはり相思相愛だな、なんて思ったりしつつ、その送られてきた内容に今日はスキル上げなしかとちょっと残念にも思ったり。
北条倫>里見菜月『金曜日だしな!楽しんでおいで』20:13
でもそんな残念さを伝えるほど俺も自己中じゃないので、ここはもちろん笑顔で送り出す感じの返事をするのである。
里見菜月>北条倫『うん。明日はよろしくね』20:13
北条倫>里見菜月『おう!』20:14
そして続けて返って来た明日の合同練習に対する連絡にもしっかり返しつつ……俺はさて何しようかなとギィっと音を立てて椅子の背にもたれかかる。
〈Zero〉でスキル上げに行かないとなると、〈Nkroze〉で何かするかって気にもなったんだけど、検索してみた感じ今日はシドさんはいるみたいだけどドレミはいない。
となると、ドレミの手伝いって形でこの前は遊んだのだから、シドさんに俺から声をかけるのも何か違う気がする。
こんな時ギルドに顔出せたら誰かしらと遊んだりもできるんだろうけど、今はそれも出来ないから……これはいよいよ〈Nkroze〉でストーリーの見直しでもやるか、そう思って俺はノートPCでログインさせてる〈Zero〉も残しつつ、デスクトップの方のPCも起動しよかと思った、そんな時。
〈Rei〉>〈Zero〉『こんばんはー』
ふとメッセージが届いた音がしたので、動かした目を元に戻す。するとそこには、さっきまでちょっと考えていた相手から、
でも何用だろうか?
フレンド登録している相手とかなら、ログインを知らせるためにメッセージを送ったりすることもあるけど……昨日の良いパーティの思い出から、またスキル上げに行こうって話はしたものの、俺はレイさんとはフレンド登録はしていない。
だからあえて俺にメッセージをするということは、何かしらの意図があるんだとは思うんだけど……挨拶からだけではその意図は見えて来ず。
なのでとりあえず。
〈Zero〉>〈Rei〉『こんばんは』
と、俺は目線だけでなくノートPC の正面に椅子をすっと戻して、送られてきたメッセージと同様のメッセージをレイさんに送り返した。
これで俺がログインし、
となれば、続けて何かしらの用件が伝えられてくると思うけど……何だろうな。スキル上げ行かないのかっていう確認か?
いや、もしかしたら……?
と、俺は2つの予想を立てたりしながら、レイさんからの続報を待っていると――
〈Rei〉>〈Zero〉『今日はだいさんはいないんですか?』
とね、だいのログインを聞いてきたから、俺は浮かんだ予想の前者だな、とレイさんからのメッセージの意図を判断する。
〈Zero〉>〈Rei〉『うん。今日は来てないね。なのでスキル上げ行くのは明日以降って感じかなー』
〈Zero〉>〈Rei〉『気にかけてくれてありがとうw』
そして本当は今日は来ないってことも分かってるのだが、あえてそこを伝えることもなく、当たり障りない感じでメッセージを返したのだが。
〈Rei〉>〈Zero〉『あ、そういうわけで連絡したんじゃないですけど』
なんて応答が来るではありませんか。これは正直予想外の反応だった。
とすれば、レイさんはなぜ俺に連絡をしてきたのか?
……え、まさか予想の後者……!?
なんて、さっきの帰路を思い出しつつ、俺は続けて送られてくるであろうレイさんの連絡を待っていると――
〈Rei〉>〈Zero〉『いないならちょっと好都合かなー?よかったらですけど』
〈Zero〉>〈Rei〉『うん?』
……好都合? って、どういうことだろうか?
意図の見えないメッセージに少し困惑しつつ、俺がじっとモニターに見ていると。
〈Rei〉>〈Zero〉『私のガンナーの動き、見てもらえませんかー?』
ってな連絡がやってきたわけである。
ああ、なるほど。うん、これは予想してなかった!
でもそういやソロでガンナーやったりしてるとかって昨日言ってたもんね!
〈Zero〉>〈Rei〉『おk!いいよ!』
そんな予想してなかった連絡とはいえ、これはガンナーの後進を育てる大事なミッションとも言えるだろう。
そう判断した俺は、レイさんの提案に二つ返事で了承を告げ――
〈Rei〉>〈Zero〉『わーい。ありがとうございますー』
〈Rei〉>〈Zero〉『誘いますねー』
と、送られてきたパーティの誘いに応え、レイさんとの二人パーティが組まれたのである。
〈Rei〉『よろしくおねがいしまーす』
〈Zero〉『いえいえー』
そしてさっきまでの赤紫の文字色が、
昨日会ったばかりの人と二人でなんて……とリアルだったら思うところではあるが、ここはLA。ゲーマーの世界。
その世界で自分が強くなるために貪欲なのは決して悪いことではない。
もちろんあまりに自己中心的なのはマナー違反だが、そんなぐいぐいくるメッセージが送られてきたわけでもないし、暇と言っても差し支えない状況だった俺からすれば、断る道理はない。
そんな思いで俺は動きを教えるために必要なことを考え、とりあえず――
〈Zero〉『ちなみにスキルはいくつなの?』
と、どのエリアで練習するかを考えるべく、レイさんに銃スキルの値を確認すると。
〈Rei〉『279ですー』
〈Zero〉『あ、割と高いw』
とね、俺がサブでちょいちょいだいと上げに言っていた盾スキルよりも10ばかし高いスキル値であるという答えが返って来た。
いつから上げてんのかは知らないけど、だいの銃スキルよりもちょっと上、か。
となると――
〈Zero〉『俺の盾が268だから、とりあえず盾と銃の組み合わせで、空中都市周辺のフィールド行きますかー』
どのエリアが練習もしつつ、それなりに経験値も入るかの知識は主催慣れしている俺からすれば常識レベル。
ということで、俺がそんな風に提案してみると――
〈Rei〉『あ、空いいですねー。好きなんですよねー、あのエリア』
〈Zero〉『やっぱり好きなんだw』
〈Rei〉『あれ?やっぱりってー?』
〈Zero〉『ああ、いやwだいが昨日空中都市でソロでいたところに声かけたらしいじゃん?』
〈Zero〉『あのエリアって他には何もないから、それでもいるったら景色が好きだからかなーって思ってたからw』
〈Rei〉『なるほどー。そですね、好きなエリアですー』
〈Zero〉『綺麗だもんねw』
〈Zero〉『じゃあエリアはそこで決定で。空中都市の門前集合でいい?』
〈Rei〉『りょうかいでーす』
断られることもなく、二人パーティでの行先が決定したってわけである。
ちなみにだが、奇しくも今回狩りに行く場所は、俺がだいと二人でちょっとした空き時間に俺の盾とだいの銃スキルを上げに行ってる場所でもある。
そこに今日は別なガンナーと行くってのも、不思議な縁だなぁ。
っと、集合場所を決めたんだから、俺もぼやぼやしてる暇はない。
俺の動画を見て、昨日の俺の動きも見ていたであろうレイさんは、サポーターとしては一流だったけど、ガンナーならどの程度のガンナーなのか。
ちょっとしたわくわくを抱きながら、俺は待ち合わせ場所である空中都市を目指すのだった。
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