第352話 水をやらねば芽は出ない
帰宅後の着替えやら風呂やらを終え、もういつでも寝れるって準備も終えた、21時15分頃。
俺は昨日と同じ流れで〈Nkroze〉でログインし、とりあえず昨日ログアウトした場所であるユーフォリアのプレイヤーホームを出て、ヒュームのホームタウンであるエスポーワ共和国に戻ろうとした、その時だった。
〈Doremifa〉『のばらちゃん!』
目の前に現れた
白昼堂々……って今は夜だけど、街中で思いっきり名前を呼ばれたではありませんか。
オープンチャットなのでこのログは近くにいた人みんなに見えてしまったわけだが、まぁ別に街中で名前呼ばれることもないわけじゃないけど、今俺を呼んだこいつは、おそらく——
〈Doremifa〉『こんばんは!』
いや、間違いなく——
〈Nkroze〉>〈Doremifa〉『こんばんは。街中の場合、個人的な会話は個別チャットをオススメするよ』
〈Nkroze〉『え、どうやるの・』
ですよね。
〈Nkroze〉>〈Doremifa〉『CtrlキーとRキーを同時に押すと、個別チャットで返信の入力ができるよ』
予想通りの展開に、俺が予想通りの内容を教えて……待つこと1分。
〈Doremifa〉>〈Nkroze〉『あってる?』
おお。良くできました!
しかしまぁ、たった数文字になぜこれだけ時間がかかるのか問いたくなる気持ちももちろんあるけど、新規さんには優しく優しく、ということで。
〈Nkroze〉>〈Doremifa〉『うん。今回は?もちゃんと打ててるね』
ってね。本職よろしく俺はその成果を褒めてあげた。
しかしなんというか……我ながら違和感なくこの喋り方やってるよな……これが、長年MMOでネカマさんやらなにやらを見て培ってきた技術、なのだろうか……。
っと、あれ?
〈Nkroze〉>〈Doremifa〉『隣の方は、お友達?』
そこで気づいたのが、俺の可愛い〈Nkroze〉と向き合ううさ耳獣人のドレミの横に、漆黒の鎧を身に着けた、黒髪で凛々しい顔立ちの女エルフが一人。その鎧はたしか〈
正直、ド素人のドレミと比べたら、経験者なのが一目瞭然、ありありと伝わってくるけど……。
ええと、名前は――
〈Doremifa〉>〈Nkroze〉『うん!シドちゃん!』
〈Nkroze〉>〈Doremifa〉『そうなんだ。じゃあ今日はお友達と一緒なんだね』
ドレミの隣に立つ凛々しい女エルフの名前は〈Seed〉。シドじゃなくてシードだと思ったけど、まぁ〈Nkroze〉をのばらって読む子だもんな。友達の方もその呼び名で諦めたってとこなのかな。
そんな紹介を受けたドレミの友達の〈Seed〉さんへ、俺はお辞儀するモーションを使って一礼すると、向こうからも同じく一礼するモーションが返って来た。
そのモーションの返って来る早さは一般的なプレイヤーのそれと同じくらいだから、なんか安心するよね。
しかし友達がいるとなると、今日はお世話はなし、かな。
そうなれば俺は俺で懐かしのストーリーでも進めるか、そう思った矢先。
『〈Seed〉があなたをパーティに誘いました』
……へ?
現れた黄色いシステムメッセージに、俺は一瞬何のことか理解が出来なかった。
そんな俺へ畳みかけるように――
〈Doremifa〉>〈Nkroze〉『最初のほうのストーリー進めるの、一緒に手伝ってもらったらってシドちゃんがいってるけど、どうかなあ・』
なんてメッセージがやってくる。
いやいや、順番逆だろおい。しかもまた「?」をミスってるし……ってそれはもういいか。
……ふむ。
〈Seed〉>〈Nkroze〉『ドレミが色々教わったと聞きました。もしよければ、手伝ってもらえませんか?』
見た目の判断だが、序盤のストーリーなんかこの〈Seed〉さん一人いれば余裕も余裕だと思うのだが……。
〈Seed〉>〈Nkroze〉『一緒にやったのなら分かると思いますけど・・・その・・・まだドレミはこのゲームに慣れてないので』
……あー。
そうか、一人で面倒見るには、尋常じゃない手間がかかるもんなこの子。
普通についてこさせるだけでも一苦労しそうだし、目も離せないかもしれないとなると、ストーリー進めるどころじゃないだろう。
とはいえ、ストーリー進めれば色々できることも増えるから、純粋にゲームをやりやすくするには、序盤はさくさく進めた方がいいもんな。
特に転移魔法なんかはある程度進めないと使ってもらうことすらできないし、まぁ、かくいう〈Nkroze〉も実は見た目だけは立派だが、ストーリー進めてないし、これは一石二鳥なお誘いか?
そんな判断もあり、俺は――
〈Nkroze〉>〈Seed〉『分かりました。お手伝いしますね』
そう返して、〈Seed〉さんからのパーティの誘いに〈/yes〉を入力した。
同時に展開されるパーティメンバーのステータス画面。
〈Nkroze〉にとっては初の3人パーティだ。
〈Nkroze〉『よろしくお願いします』
〈Seed〉『ありがとうございます』
〈Doremifa〉『よろしくね!』
こうして、見た目だけなら華やかな女3人パーティを組んで、俺たちはさっそくドレミの――俺の分もだけど――ストーリーを進行すべく冒険へと意気揚々と出発するのだった。
って気持ちだったんだけど――
〈Nkroze〉『って、ドレミどこ!?』
〈Doremifa〉『みんなどこー?』
〈Seed〉『今迎えにいきます』
……これ、街から出るだけの操作までのとこだからね?
……うん、分かってたけど、前途多難だな、これ……。
☆
1,2分もあれば街から出れたところを、まさかの10分ほど時間を経過させつつ、どうにかこうにか街を出た、21時30分頃。
〈Nkroze〉『シドさんは大剣ファイターなんですか?』
〈Seed〉『はい。のばらさんはパラディンと判断してよろしいですか?』
〈Nkroze〉『ですね。でも実はこのキャラはセカンドキャラクターなので、本職ではないんですけど』
〈Seed〉『あ、メインのキャラも別にいらっしゃるんですか』
〈Nkroze〉『はい。メインでも一応盾は練習しているので、基本的な動きはできますよ』
〈Seed〉『すごいですね、セカンドキャラでその装備とは』
〈Nkroze〉『あー・・・もらいものというかなんというか、縁あって装備だけはあるだけです。実はスキルなんかは一桁なんですよ』
〈Seed〉『え、もらいもの・・・?す、すごい方もいるものですね・・・』
〈Nkroze〉『あはは・・・そう思いますよね』
俺たちはのんびり会話をしながら、ドレミの動きに注視しつつ、イレモ草原を進んでいた。
その道中で俺はシドさんたちに自分がセカンドキャラであることや装備がもらいものであることを告げたけど、セカンドキャラを育てたり、複数アカウントでプレイするプレイヤーはけっこういるから、特段驚かれたりはしなかった。
いや、この装備がもらいものってのには驚かれたけど……まぁそれは、うん。俺だって聞いたらそう思うだろうから、ここでは敢えて気にしない。
ちなみに最初のメインストーリーはそれぞれの所属の街で色々話を聞いて、周辺エリアでのストーリーを順番に進めることで進行していくのだが、1回目の拡張シナリオだった『森林の誘い』のエリアを開放するには、コタンの丘を抜け、バルドニア要塞でドラキュラ伯爵の討伐フラグも必要になるため、今後さくさくストーリーを進めるためにも俺たちはまずはドラキュラ伯爵を目指しているのが現状だ。
獣人都市ユーフォリアからバルドニア要塞に行くには、ここイレモ草原を抜けた先のヒューリック渓谷を経由し、コタンの丘へと向かう必要がある。
転移魔法なしの徒歩での移動だと、おそらく4,50分ほどかかる長丁場の道のりなわけだが、ドラキュラ伯爵自体はシドさんの装備を見るに一切の苦戦なく倒せそうだから、今回の最難関はそこまでに辿り着く道中だろうというのが俺の予想だぞ。
もちろん俺とシドさんは適当な話をしながら進んでるけど、時折立ち止まって振り返り、ドレミがちゃんとついてきているかを確認したりしているため、進行ペースはかなり遅い。
……今日は寝る時間、ちょっと遅くなってもしょうがないかな……。
なんて、そんなことを思ってると。
〈Doremifa〉『セカンドキャラってなに?』
凄まじい時差をおいて、あ、今そこ聞くんだみたいな質問がやってくるではありませんか。
いやぁ……こうやって目の当たりにすると、タイピングの遅さってMMOじゃ致命的なんだな……。ううむ、こういう子こそ、ボイスチャットとかの方がいいんだろうか? なんてそんなことも思ったりしちゃうよね。
〈Seed〉『普段使ってるキャラとは別なキャラクターのことですよ』
そしてドレミの質問に、シドさんが丁寧に答えるけど……あれ?
〈Nkroze〉『シドさんは、ドレミに敬語なんですか?』
俺にはため口でいいよって言ったドレミが、友達に敬語を使われているのはちょっと違和感というか、不思議な感じがしたんだけど……。
〈Seed〉『私は基本的にタイピングは敬語で行うようにしているんです。その方がミスも少ないですから』
あ、なるほど。
たしかに野良パーティ内で敬語で話してたのに、フレンドとのチャットログと間違えていきなりため口の発言しちゃったりすることあるもんな。
そういうログでこそ本当の性格が見えたりすることもあるから、なるほど、シドさんなりの処世術ってとこなのかな。
〈Doremifa〉『ほうほう』
そんな俺の納得感を代弁するようにドレミのログが現れたけど、こいつのこの『ほうほう』は、たぶんセカンドキャラとは何か、という質問の答えに対してのものなんだろうな、きっと。
しかし、セカンドキャラそのものについては聞かれたけど、メインキャラが誰なのかとか、そこらへんの詮索についてはこなかった。
聞かれたら聞かれたではぐらかそうとは思ってたけど、その辺のこっちから話さないってことは、そういうことなんだよ、ってのを察してくれたのはありがたかったね。
ということで、その後も道中はドレミへのレクチャーを中心とした会話をしたりしながら、俺たちは目的地へとゆっくりと進んでいったのだった。
〈Seed〉『ここがバルドニア要塞ですよ』
〈Doremifa〉『おお』
そして移動開始から約1時間後、時刻として22時半過ぎ、俺たちはようやく目的地だったバルドニア要塞へとやってきた。
久々にやってきた場所ではあるが、いやぁ懐かしいね。
ちなみにある程度円滑なプレイを行うために、ドレミの会話については原則短文にしよう、というのが道中俺とシドさんが出した結論である。
そう決めてからドレミのログは『うん』や『?』とか、そんな感じのものになりだいぶ簡素化されたけど、意思の疎通はけっこうしやすくなったと思う。
いや、それ短文ですらないよね、とかそういうツッコミはなしだからな?
じゃあ、あとはさくっと倒してしまいますか、そう思った矢先――
〈Doremifa〉『トイレ』
〈Seed〉『分かりました。待ってますね』
〈Nkroze〉『行ってらっしゃい』
ってね、短文ならぬ単語が告げられ、突入は少し保留となる。
でも、こういう時ちゃんと離席することを告げるのは大切だ。当たり前のことだけど、勝手に席を離れていなくなられても、他のプレイヤーはその不在に気づくことが出来ないから。部屋には一人でも他の人と一緒にやっていることを忘れてはならないんだよ。
ということで、少しドレミを待つ間。
〈Seed〉『のばらさんは、初心者歓迎のギルドに心当たりはありますか?』
〈Nkroze〉『え?』
〈Seed〉『ドレミもこのゲームを楽しむために、いずれかのギルドに入ったほうがいいと思うんですよね』
〈Seed〉『ワラザリアで初心者歓迎のギルドの募集があるのは見たのですが、あいにく私は01サーバーに来て間もないので、ギルドリーダーの名前を見てもどんなギルドかピンとこないんですよ』
と、シドさんが実は移転組であるという事実が告げられた。
ってことは、シドさんはドレミのために頑張って01サーバーに移転してきたということなのか。
〈Nkroze〉『そうだったんですね』
〈Seed〉『のばらさんのメインキャラはどこかのギルドに入っているんですか?』
〈Nkroze〉『入ってはいますけど・・・私のところは初心者歓迎、とはまたちょっと違うギルドですかね・・・』
〈Seed〉『ですよね。どこかいいところがあればいいのですか』
〈Nkroze〉『私も掲示板を見てみて、知っている名前のギルドがあるか探してみますよ。メインキャラはそれなりに古参プレイヤーなので、このサーバーのプレイヤーについてもある程度は知っているつもりですから』
〈Seed〉『本当ですか?ありがとうございます』
そしてどこかいいギルドがないか聞かれる中で、明確な答えを俺はパッと言えなかった。
むしろ俺が知ってるギルドは初心者歓迎とは真逆なところが多いし、うちのギルドは……職業次第では素人でも歓迎だろうが、うん、リアルの仕事なんか簡単に聞けるもんじゃないから。
そもそもドレミのタイピング技術から察するに、社会人ではないだろう。たぶん、大学生とかなんじゃないかなってのが俺の予想である。
しかしギルドか。
ドレミレベルの面倒を見てくれるギルドったら、それなりに人数も多いとこで色んな層のプレイヤーがいるところの方がいい気がするけど……あるかなぁ……。
〈Nkroze〉『でも、ドレミのために移転してきたんですか?仲良しなんですね』
〈Seed〉『あ・・・そうですね。私にとって大事な人なので。LAを始めた理由はどうであれ、私がLAやっていると知ってからは色々と聞かれた立場でもありますし、ちゃんと楽しんで欲しいなと思っています』
〈Nkroze〉『シドさんは優しいんですね』
そしてまたドレミを待つ間、シドさんの人となりが見えたような気がする会話もしたりしたが、いやぁ、仲良きことは美しきかな、ってね。
……うちのギルドにはない、甲斐甲斐しい感じの友情だなこれは。
と、そこに。
〈Doremifa〉『ただいま』
〈Seed〉『おかえりなさい』
〈Nkroze〉『おかえりなさい』
戻って来たドレミである。
そういやこの会話、堂々とパーティチャットでしてたけど、見られて恥ずかしくなったりしてないかな、なんてことを俺が思っていると――
〈Doremifa〉『ありがとう』
その5文字は、いつもよりも少し早いタイミングでやってきた。
〈Seed〉『いえ。では、行きましょうか』
それに応えるシドさんもまた、文字だけではそっけないようにも見えたが……この二人は本当に仲が良いのだろう。
そんな二人の関係を少しだけ知ることが出来て、俺はなんだか温かい気持ちになりながら、いざドラキュラ伯爵討伐へと向かうのだった。
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