第349話 新規を大切にするのは古参の努め

 街に出た〈Nkroze〉を走らせ、俺は獣人たちのプレイヤータウンである獣人都市ユーフォリアを移動する。

 ちなみにうちの子はヒュームだけど、獣人たちのプレイヤータウンにいるのは、以前に冒険したから……ではなく、以前〈Zero〉のアイテム移動とかでこっちに持ってくる必要があったから。

 転移魔法を使えない状態の移動は面倒だったけど、まぁ〈Zero〉も同時ログインさせて同時に動かしながら護衛させてたからね、危険はなしでかかったのは時間だけだから、ほんとあれは冒険じゃなく作業だったよな。


 しっかし……人いねーなー。

 まぁそりゃそうなんだけど。


 活発なプレイヤーは中央都市とか海上都市とか、ストーリーを進めないと辿り着けない街にいることが多いから、祝日の夜とはいえ初期スタートの街にはプレイヤーはまばら。

 俺もほとんど戻ることないけど、職人たちが製作系ギルドに用がない限り、あんまり戻ってくることもないんだよな、この街って。

 しかも獣人はそんなに選んでる人も多くないし……いてもだいたいね、猫耳獣人が多いんだよね。

 そりゃもうそれが誰の影響かったら言うまでもないわけだけど、可愛いらしい女獣人に対して獣感100%チックな男獣人なんてほんとに数が少ないのだ。

 なのにうちのギルドは二人もいるから、本当にレアなんだろうね!

 

 とまぁ、そんなことを思いながら自然豊かな街を眺めつつ、手近なフィールドにでも行くかと俺は〈Nkroze〉を走らせる。

 一度やってきたのだから、次からは気軽に転移魔法……はまだ使えないけど、転移アイテムさえあればまたこの街には来れるようになった。

 だからすぐにエスポーワ共和国ヒュームの街に戻ってストーリーを進めるって選択肢も俺にはあったのだが……この時は何故かそうしなかった。

 自分でも分からないけど、何だか久々に隣接するイレモ大草原に行きたくなったのだ。


 そこは始めたての獣人でキャラメイクをしたプレイヤーたちが最初に訪れるフィールドエリアで、多くのプレイヤーが初めてスキル上げをするエリアの一つである。

 そして大草原の名の通り、凹凸のない地形だから視野も広く、危険なモンスターも少ない平和なエリアだから、ほんとに初心者向けってエリアなのだ。

 つまり今じゃもうほとんどの人は用のないエリアで、さらに金策になるような素材を落とす敵もいないから……今じゃ訪れるのは俺のようなセカンドキャラを作り始めた人のスキル上げか、ぼーっと地平線に夕日が沈んでいく美しい光景を見たい時くらいの、そんなエリアなんだけど……。


 今ゲーム内の時間は10:47。夕焼けを見るにしてもリアルで30分くらいは待つ必要がある。

 それも分かってたはずなのに、なぜ俺はこの草原エリアに向かっているのだろう。

 このエリアの思い出と言えば……LA始めて間もない頃に、あいつに綺麗な景色あるんだよって案内される形で、遠くの街からやってきて、一緒に夕日を見たことくらい。

 とはいえ、隣にあったモニター越しにあいつがはしゃいで「見てみてっ」何て言うもんだから、俺のじゃないパソコンのモニター越しに既にその時見たことはあって、初見ってわけでもなかったんだけど……でもあの時は、何かすげぇ感動したっけなぁ。

 まぁ今更それがどうとは思わないけどさ。


 でも、それくらいの思い出しかないエリアに向かって俺は進み……そしてエリアチェンジで、いよいよイレモ大草原に辿り着く。


 穏やかなBGMと共に、懐かしき長閑な草原に立つ、重鎧を着た美人騎士。

 その様もそれはそれで絵になってるように見えた、のだが——


「ん?」


 ふと、どこからともなく流れてきたログは、誰かがモンスターと戦っているログだった。


 いや、よく見ればそれは戦っている、ではなく、一方的にやられているログで、やられている側は頻繁に詠唱中断されながら、自身に回復魔法を唱えているようだが……。


 俺は周囲を見渡し、その戦闘をしている人を探し……発見。

 そしてその人の方へ少し近づき、様子を観察してみると……。


 そこにいたのは薄手の茶色いローブをまとった、黒いうさ耳獣人の金髪の女キャラ。

 見た目的に……たぶんスタートしたてなんだろう。

 キャラの名前は〈Doremifa〉か。聞いたことないし、襲われている狼型のモンスターを相手に横を向きながら武器を構えていて、その視点だとそもそもターゲットマークが表示されないから永遠に倒すことはできないから……俺みたいな誰かのセカンドキャラ、ってわけでもないだろう。

 武器は初期装備の錫杖で、ヒーラーで始めたってわけね。まぁこのエリアなら全武器種がソロでスキル上げ出来る設定なってるから、ゲームの仕様が分かってれば倒せる敵だと思うんだけど……。


 ううむ。当然攻撃しないと敵は倒せないんだから、このままじゃ死んじゃうよな。

 いや、でもそれも一つの勉強か? とはいえ、ここで見つけてしまった以上死なれるのも後味が悪い。

 もちろんホームタウンはすぐそこだろうから、死んでもまたすぐ戻ってこれるだろうけど、何と言うか……何をどうすればいいか分かんないままだと、この人また同じこと繰り返しかねないよな?


 ……ううむ。


〈Nkroze〉『敵の方を向かないと殴れませんよ』


 色々迷ったけど、ここは先輩プレイヤーとして教えてあげるのが筋だろう。

 そう結論づけた俺はオープンチャットで〈Doremifa〉さんに声をかけ、アドバイスを送る。

 モニターには当然〈Nkroze〉喋ったタイピングした白い文字が現れるけど、そういやこいつで喋ったの初めてだな。

 喋り方とか気にせず打っちゃったけど、まぁ今の話し方なら変なとこはないし、別にいっか。


 さて、これで倒せるかな?


 パーティを組んでたら俺が攻撃して、武器の性能による攻撃力でこのエリアのモンスターなんか余裕で一撃なのだが、今〈Doremifa〉さんが戦ってるモンスターは彼女――いや、中身の性別は分からんけど――の占有状態なので、俺には手出しすることが出来ないのだ。

 だから俺は助言を送り、彼女がちゃんと動くかを見守ったわけだが——


 自身の右側から攻撃してくる狼に対し、無駄に左回りに一回転したあと、ようやく〈Doremifa〉さんが狼と正面を向いて対峙する。

 だが、正面を向いただけで武器を構えたまま動きがない……。


〈Nkroze〉『モンスターにマークがでてきたら攻撃してください』


 なるほど、これはガチモンの初心者だなと判断し、俺はより丁寧に説明を送る。

 まー、チュートリアルとか無視したんだろうなぁ。


 しかし今この時期から知り合いなしの0スタートとか珍しいな。テレビアニメ化したのやってたのは1年前だし、最近コミックスでも読んだのか?

 

 と、そんなことも思いながら、アドバイスの行方を見守ると――


『〈Doremifa〉はSly Wolfに7のダメージ!』


 ってログが出てきて一安心。

 このダメージ量、うん、やっぱ初期装備だね!

 返事がないのはきっと不慣れだからなんだろうし、とりあえずここは戦闘を見守るか。


 そして待つこと10秒ほどで、『〈Doremifa〉はSly Wolfを倒した!』のログが出る。

 そのログを確認し、俺は彼女を賞賛するコマンドを送り、勝利を讃えてあげてみた。

 すると。


〈Doremifa〉『ありがとうございま


 と、俺の方を向いて数秒後、おそらくたどたどしくタイピングしたのだろうと思われる誤字混じりのお礼がオープンチャットでやってきた。

 なるほど、そもそもパソコンの操作も不慣れなのかな。

 まぁ最近の若い子なんかだとスマホで文字打てても、キーボードのタイピング出来ないって子も多いし、大人でも苦手な人は苦手だしな。

 何と言うか、初々しいもんだ。


〈Nkroze〉『LAは最近始められたんですか?』


 でも、そんな不慣れな人でもLAを始めようと、この世界の仲間としてやってきてくれたことが嬉しくて、俺はすぐに立ち去ることなく彼女に話しかけてみる。

 俺はこの世界の先輩なわけだしね。〈Nkroze〉はこの世界に生まれて間もないし、スキルもあるわけじゃないけど……見た目だけならトップクラスのプレイヤーに見えなくもないしさ!

 

 ちなみに正面から見た〈Doremifa〉は、さっきも言った通り黒いうさ耳獣人の金髪ショートの女の子で、顔立ちは女獣人キャラにしては珍しく、割と凛々しい系フェイス。

 某猫耳獣人さんの影響で大半が可愛い系の顔立ちにキャラメイクされることが多い女獣人において、〈Nkroze〉うちの子系の美人フェイスは珍しい。

 そんな顔立ちなのに、さっきのたどたどしい戦闘や喋りなんかは、ちょっとギャップって感じがあったけど、それもまたこのゲームの面白みだよな。

 

 なんて、そんなことを思いつつ俺はゆっくりと返事が返ってくるのを待ち――


〈Doremifa〉『はい! 友達に誘われて、昨日はじめました!「』

〈Nkroze〉『そうなんですね、ようこそLAの世界へ』


 ああ、Enterの近くにあるもんな、「って。

 10秒ちょっとの間を置いて返って来た返事にあるあるだな、ってことを思いつつ、俺はちょっとどの立場だよって発言をしたことに恥ずかしくもなったが、改めてこの世界へやってきてくれたことを歓迎した。

 しかし友達に誘われて、か。今日はその友達がいなそうだけど、気軽に友達をMMORPGに誘うとか、何となく学生くらいの年齢なのかねー。

 まぁでも友達と二人揃って01サーバーなる確率なんかほぼ0だし、きっとその友達が移転希望を代理でやって、彼女をこのサーバーに引っ張ったのだろう。

 と、なればその友達はある程度の経験者だろうから、彼女のお世話はその友達がするのだろう。


 じゃあこれから合流するのかもしれないし、俺はこの辺で立ち去るか。

 そう判断して。


〈Nkroze〉『じゃあ、頑張ってくださいね』


 と、俺が声をかけた直後——


〈Doremifa〉『あの1』


 1? 1ってなんだ……って、あ、!のミスか?

 よくミスる子だなぁと思いつつも、呼び止められたからには移動しようと変えた向きを、また戻す。


 だが、続きのチャットはすぐにはこない。

 でも一生懸命打とうとしてるんだろうなぁと思えばね、流石に待ってあげるのが優しさだよね。


 そして。


〈Doremifa〉『もしよかたら』

〈Doremifa〉『色々LA』

〈Doremifa〉『nokoto』

〈Doremifa〉『are』

〈Nkroze〉『キーボードの左上の半角/全角ってとこ押してごらん』

〈Doremifa〉『あ直った!』

〈Doremifa〉『教えてください」』


 とまぁ、このやりとりをするのに3分ほどの時間がかかるくらい、何とも間延びした時間を過ごしたわけだが……こうも不慣れな人を見るとね、タイピングから教えるのが先決なんじゃないかと思うけど、始めたてで何をすればいいか分からないのは不安だろうから。

 

〈Nkroze〉『あんまり長くは付き合えないけど、いいですよ』


 ってね、これも何かの縁だろうってことで、俺は〈Doremifa〉さんに向かって微笑むコマンドをして、了承する。

 現在時刻は21:38。

 まぁ小一時間くらい色々教えてあげるかなって感じかな。


〈Nkroze〉『ドレミファさんでいいのかな?』


 そして改めて彼女の名前を確認しつつ、俺も自己紹介をしようと思ったところで、ふと俺は『私』と言うべきなのか『俺』と言うべきなのか、女キャラを使っている事実を思い出して俺が続きのログに迷っていると——


〈Doremifa〉『はい!よろしくお願いしますさん!』


 ……へ?

 え、それ誰?

 俺!?


 いや、どんな風に読んだらそうなるの!? って呼ばれ方に驚きつつ、俺は偶然出会った〈Doremifa〉さんへ、前途多難な予感バリバリの、初心者講習を行うことが決まったのである。






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以下作者の声です。

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 〈Nkrozeのばら〉さんの本人の思ってた呼び方と、そう思われた由来は次回……!

 ちなみにうさ耳は白い耳の方が人気の傾向があるとかなんとか、な世界観です。

 猫耳、うさ耳、犬耳らへんの女獣人がいるみたいですよ。

 

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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!





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