第346話 終わりよければ何とやら

 あーすがいなくなって少し。

 今だにスマホの画面を眺め続ける妹は……きっと寂しがっているのだろう。

 となれば……月並みだけど「またすぐ会えるさ」とか、そんな言葉がベターかな……?

 そう考えた俺は、極力優しい笑みを意識しながら、不安や寂しさを落ち着かせるように、頭をぽんぽんと撫でようと真実の方に手を伸ばし——


「また——」


 と、話しかけたのとほぼ同時に——


「菜月さん菜月さんっ。一回改札出ることなっちゃうんですけど、やっぱりここのご飯が気になりますっ」

「あ、結局そこがいいのね。うん、じゃあお昼はそこに行こっか」

「はいっ」


 ……あ、あれ?

 なんか思ってた様子と違う……というか……あれ!?

 え、お昼!?


「って、あれ? お兄ちゃん手伸ばしてどしたの?」

「え? あ、あー、い、いや! べ、別にね、なんでもないぞっ?」

「んー? 変なのー」

「真実ちゃんの希望だから、これからオムライスのお店行こうと思うけど、ゼロやんもそれでいいよね?」

「え? あ、ああ。うん、大丈夫……だけど」

「じゃあ行こっ! もう混み始めてるかもしれないし、は急げだよっ」


 と、いうことで……俺の思っていた展開と全然違うんだけど、真実とだいと二人に促されては最早俺に何かを言う余地などない。

 そして今度は先頭を歩くだいが真実の手を取って歩き出して行くので……俺も慌てて後に続く。

 前を歩くだいにこれから食べるお昼について聞く真実も、時々振り返りながら答えるだいもお互いが楽しそうな笑顔で、その様子はとても仲睦まじく、見た目は似てないけどまるで本当の姉妹のよう。なるほど、これが未来の義姉妹ってやつね!


 って、いやいやいや!

 え? そのテンション合ってる?

 だってまだあーす帰りたてだよ?

 もう話題がそれでいいの?

 あれ?

 ……この流れについていけてないの、俺だけ?


「……あんだけあーすと仲良くなってたのに、何かえらいドライだな?」

「んー? そりゃしばらく会えないとは思うけど、連絡先も知ってるわけだし、これでお別れってわけじゃないじゃん? それより私お腹すいたよー。お兄ちゃん奢ってねっ」

「え? いや、それは別にいいけど……」


 とは言え、さすがにこの空気があまりにもピンと来ないので、俺は少しでも話題を戻そうとわざわざあーすの名前を出して、真実にその気持ちを尋ねようとしたわけだが——


「そんなことよりさっ、菜月さんって色んなお店知ってるんだねっ! 東京駅周辺だけでもバリエーションが豊富だし、すごい迷っちゃったよーっ」


 そ、そんなこと!?

 え。あーすの扱いが、そんなこと!?


 いやいや! だって一昨日からもうあんだけ仲良さそうにしてたじゃん!?

 というかむしろ、好きかも? って感じだったじゃん!?


 そんな俺の疑問とは裏腹に、真実の手を引くだいの足が止まらないから、俺もガラガラと真実のキャリーケースを引きながら進むのだが……。


「さ、寂しくとかないのか?」


 最早何もオブラートに包むこともなく、ド直球で尋ねた俺の質問は——


「え、なんで?」


 見事なまでに打ち返され、粉々に砕け散るではありませんか!

 いや、もちろんこれは俺が思ってただけで、あーすが何か言ってたわけでも、真実が、何か言ってたわけでもないんだけど……。


「え、だってほら、一昨日からけっこうお前らずっと一緒だったじゃん? 話してる時も楽しそうだったし……」


 お兄ちゃんとしてはね、やっぱり気になるところがあったからね?

 そんな気持ちも込めつつ、段々これはほんとに何も思ってないなって薄々気付きながらも、俺自身がその確信に気付かないフリをしながら一応真実に質問の意図を伝えると……。


「あー、それはほら、どっかの誰かさんが電車間に合わなかったからなー」

「え、あ……いや、その節は何というか……」


 返ってきたのはボールではなく、刃っていうね!!

 ほんと、この子一体誰に似たのかね!!


 もちろんこの刃を前に、お兄ちゃんは視線を逸らして苦笑いしかないよね!


「あはは、別にいいけどさー。あの時に色々話してたら、あーすさんもお兄ちゃんのこと好きみたいだったからさ、お兄ちゃんの話でけっこう盛り上がったんだよねっ。夢の国はまさかずっと同じ班なるとは思わなかったけどねっ」


 だが、そんな俺の苦笑いに何を思ったか、続けられた真実の言葉は正直意味が分からないというか、そんな要素を盛り込んでいて——


「お、俺の話?」


 俺は「どういうこと?」って風に、意味が分からなかった部分を聞き返したのだが……この聞き返しをした時、俺が真実に話しかけだしてからは振り返らずに、迷うことなく人混みを進んでいただいの顔が、一度だけチラッとこちらを向いたのを俺は見逃さなかった。

 とはいえそんなだいに何か言えるような余裕は俺にはなかったんだけどね!


「そそっ。最初はイケメンすぎて緊張したけど、話してたらそれもすぐなくなったしねー。あーすさんお兄ちゃんのこと「面倒見よくて優しくて、顔も可愛くていいよねっ」って言ってたよー?」

「はいっ!?」


 何それ何の話!?

 え、てかあいつ人の妹に何言ってんの!?


 と、聞き返した結果返ってきた言葉は、むしろ聞かなきゃよかったわ、ってレベルの内容だったんだけど……。

 この真実の返事にだいが振り返ることはなし。

 ああ……今どんな気持ちでいらっしゃるのか……!


「ってかさー、私的には昨日お兄ちゃんと同じ班なれなかった方が不満ですっ」

「……へ? いや、それはほら、時の運というか何というか……」


 と、俺が妹が放った刃の余波がだいにもいったのではないかと狼狽えているにも関わらず、今度は頬を膨らましご機嫌斜め全開に、真実が俺を責めてくる。

 その表情は俺が苦手な表情で、昔からこの顔をされると、例え俺が悪くなくても悪いことをしたような、何とか機嫌よくしてあげられないかなという思いに駆られる、俺の弱点の一つだった。

 だが、そんな俺の考えが俺の焦りから伝わるわけもなく——


「ゆっきーが二人班楽しかったって言ってたしっ」

「いや、だからあれは運——」

「今度は海の方連れてってね! 二人でっ」


 そういやこいつゆきむらとも仲良くなったから、当然そういう話も聞いてるんだなぁ、なんてことを思う余裕もなく、次回今度に対する要望を告げられ——


「……はい?」

「はい? じゃなくて、はいっ、でしょっ」

「え、あ……はい」


 俺が気の抜けた声で聞き返すと、その返事の仕方を注意され、俺は改めて「はい」と、要望の承認を強制される。


 ……って、あれ?

 そっちは俺まだだいとも行ったことないぞ? っていうか人生で学生の頃の部活の仲間たちとしか行ったことないぞ?

 え、それを……妹と行くの?


 いや、別に嫌ってことはないけど……せめてほら、だいも——


「ふふ、二人ともほんと仲良しよね。でも私は仲間に入れてもらえないのかしら?」


 と、俺が思ったドンピシャのタイミングで振り返り、歩くペースを緩めながら俺と真実の会話に参加してきただいさん、さすがです!

 でも——


「えー、だって菜月さんはいつでもお兄ちゃんと行けるじゃないですかー。だからその時は私の貸切でっ」


 優しい笑顔を向けるだいに対し、ちょっと悩ましげな顔で答えつつ、最後は「貸切でっ」と笑顔で言い切る妹に、言われた本人は——


「そっか、残念。じゃあ私とは都内美味しいもの巡りでもしよっか」

「あっ、それは是非っ」


 なんてあんまり思ってなさそうな「残念」を口にした後、自分とは別なデートしようね的な提案をする大人の対応を見せ、真実を笑顔に戻すだい。

 もちろんこの流れに対してさっき反射的に「はい」許可をしてしまった俺は、何も言えませんでしたとさ。


「また来る時を楽しみにしてるね」

「はいっ。菜月さんが送ってくれた料理の写真ほんとに美味しそうなのばっかりだし、楽しみですっ」


 そんなことを言ってロックを解除した妹のスマホの画面には、ふわふわ卵のオムライスの写真が写っていて……。


「東京はいいなー。色んなものがあるなー」


 なんて、画面をスクロールしながらどんどんと違う写真を楽しそうに眺める真実さんですよ。

 もちろんその写真たちは、全部食べ物の写真だったんだけどね?


 ……なるほど、だいの家で二人きりの時間も長かっただろうし、この話題で君らは盛り上がってたってわけね。

 で、今日のお昼何食べるかを、真実はずっと考えていた、と。

 ……それであれかな、あーすの新幹線の時間気にしたり、準備急がないととか言ってたのかな。

 ……なんか、こう分かってくると……ま、いっか。


 俺は脳内からあーすのことを切り捨てて、改めてやれやれと妹の顔を眺めてみる。

 その顔は俺が昔から知る妹のもので、贔屓目に見てもまぁ可愛いなと思う。

 ちょっと時々幼すぎない? って思うところもあるけどね。


 真実ももう大人だし、そのうちいい人と出会って俺たちのように幸せになって欲しいと強く思う。

 でも、どこかちょっとだけそれも寂しいような気がするのは、俺に多少なりのシスコン要素があるからだろう。

 ま、今回は全部杞憂だったってことみたいだけどさ。


 楽しそうに写真を眺め、時々笑顔でだいに話しかける妹の姿は、見ていて悪いものじゃない。

 それに笑顔で応えてくれる彼女の存在も、俺にとっては嬉しい限り。


 ま、これでいいんだろうな、今は。


 なんて、そんなことを思いながら俺はガラガラと妹のキャリーケースを引っ張り続け、だいの案内で真実の食べたがったご飯屋さんに到着し、3人揃って食事を囲む。

 もちろんお兄ちゃんのオーダーは、真実が頼む時に迷ってた内の片方で、セットのデザートなんかも付けてあげたりしながらね?


 うん、真実が来るって言ったことから始まったこの四連休のオフ会だったけど、この四日間ほんとに色々ありまくって濃密だったけど。

 最後にこうして笑ってられれば、それでいいか。


 笑顔の彼女と妹がいれば、なんかあれこれ文句言うのも馬鹿馬鹿しい限りってもんですから。


 そんなことを思いつつ、俺たちは3人での食事を終え、新幹線ホームまで入場券を買って入って真実を見送り……久しぶりに二人きりになった俺とだいは、手を繋いで俺たちの街へと戻るのだった。






☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 ぼちぼち新展開、久しぶりのゲームパートも予定しております!、


 本業のハードさの関係から、どんどん更新ペース落ちてますが、気長にお付き合い頂けると幸いです!


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!

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