第345話 お見送りはちょぴり寂しい

 ……チャ。


 何か遠くで音がする。

 その渇いた無機質な音が聞こえたのは偶然か必然か。

 

 その音を確かめようと身を起こそうとするも、なぜかひどく身体が重い。

 前日……というか早朝までの疲労のせいだろうか?

 というか、そもそも今何時だ?


 時間!

 そうだ、時間を確認しなければと、俺は重たい瞼を何とかうっすらこじ開けようとしつつ、枕元に置いていたスマートフォンを手探りで探し出そうとするが——


「おは——えっ!?」


 俺の発見より先に、耳に届いた甲高い驚きの声。

 その声は寝ぼけた頭にも聞き馴染みがあるような、そんな感覚を与えてきたが——


「ん〜……?」

「っ!?」


 寝ぼけたような声の近さに俺は驚いて目をカッと開き、身体を起こそうとして……も起こせなかったから、顔だけ上げてその正体を探るべく視線を向けると——


「お兄ちゃんたち仲良しだねっ」

「いや、なんでだよ!?」

「あれ〜?」


 俺の視界に入ったのは、面白そうに笑ってみせる水色のTシャツに黒のスキニーパンツと、シンプルな格好をした妹と……仰向けに寝ている俺と15度くらいの角度を織りなすように俺の身体を押しつぶす、うつ伏せの体勢で眠そうな顔を見せるあーすの顔。

 いやいやいや!?

 お前にいたはずだよね!?

 寝る前にちゃんと確認したよね!?

 ああもう! 寝起きのそういう系のネタはもうロキロキが済ませてるから!


「ええい! どかんかいっ!」


 そんな奴のせいでね、寝ぼけてた頭も一気に覚醒したよね!!


「あーすさん、おはようございますっ。その格好はお兄ちゃんの服ですかっ? 似合ってますねっ」


 だがそんなあーすへ何事もなかったかのように挨拶し、その格好が俺の貸した服であろうことを見抜いた真実に対し。


「いっちゃんおよ〜……」


 と、俺の上から退く様子もなく、顔だけ真実の方に向けながら、腹立たしいくらいマイペースに眠そうな目をこするあーすくんですよ。

 ……こいつ、殴ったろかな……。


 と、そんなあーすに俺は寝起きから早々優しい指導実力行使を思いついてしまったりしちゃうけど。


「おはよう。ゆっくり休めた?」


 新たに加わってきたその声に、俺の怒りもどこへやら。

 そして声の方に俺が視線を向けると、そこには俺とあーすの体勢を見ても何も気になってませんって感じに、明らかに機嫌のよさそうな雰囲気で俺のことを見ているだいの姿がありました。

 もちろん笑顔の真実と違ってはにかんでるというか、どこか恥ずかしそうな様子もあるんだけど、その恥じらいつつも甘えたそうな雰囲気を感じさせる表情は、ホントのホントに可愛かった。

 しかもほら、俺の一番好きな、思わず触れたくなるようなふわっとした生地の水色ワンピース。

 いやぁ、天使かと思ったね!

 なので俺も当然のように——


「おう! わざわざ来てくれてありがとな」

「わっ!?」


 ってね、ガッと身体を起こしてあーすをどかしつつ、笑顔炸裂でだいに答えてやったよね!

 その代償としてあーすが下半身からズズズっとベッドから落ちてったけど、これはうん、あるべき場所へ還しただけ。それだけだからセーフである!


「も〜……ゼロやんひどくない〜?」


 とまぁ、落ちてったあーすはうざったくも上目遣いに俺のことを睨んでくるが、イケメンだろうがアラサーの男がやるなっつってんだろがおい。

 お前のそれは鬱陶しいだけだからな?


「あ……大地くん大丈夫?」


 そしてそんなあーすにようやく気づいたのか、一瞬「あ」って何かに気づいたような、ハッとした顔をしただいが恐る恐るあーすに声をかけてたけど……それはまるであーすのことが今まで見えてなかったような反応に見えた。

 いや、そういやさっきの第一声も俺の方しか見てなかったし……もしかしたらほんとに見えてなかったのかもな……! 

 まったく可愛い奴めー。


「大丈夫だろって。こいつが下で寝てるはずだったのに、勝手に上がってくるからだし」


 で、俺はそんな風にだいの様子を分析しつつ、あーすに対しては当然の如く冷たく冷たく切り返す。

 ほんとね、昨日……というか深夜から早朝にかけての一件でこいつの評価は鰻下りですからね!


「むー!」

「でも、ちょうどよく起きれたんじゃないですか?」

「そうね。もう10時半だし、大地くんの新幹線お昼頃なんでしょ? 真実ちゃんも13時頃みたいだし、東京駅も混んでるだろうから、そろそろ準備して向かった方がいいんじゃない?」


 そんな俺に冷たくあしらわれ、何歳だよって言いたくなるような膨れっ面を見せるあーすに、真実とだいはある程度優しく対応してあげていたけど……だいの聞いた新幹線の時間に対してあーすは——


「えっ、もうそんな時間なの!?」


 と、膨れてた顔を驚きに変化させ、珍しくもちょっと焦った様子を見せ出すではありませんか。


「はいっ。あーすさん、新幹線何時なんですか?」


 そんなあーすに真実が律儀に発車時刻を尋ねると——


「んとね、たしか11:30!」

「えっ?」

「おいおい、あと1時間しかねーのかよ?」

「じゃあ急いで準備しないとですね!」


 返ってきた答えに、あーす以外の俺たちも焦り出す。

 つーかほんとさ、ノープラン過ぎんだろこいつ!

 寝過ごしたらどうすんだよほんと……って、あれだっけ? 乗車券と特急券あれば、帰るだけなら出来るんだっけかな?


「そうね。じゃあほら、ゼロやんも起きて準備しましょ」


 と、ちょっと脱線しつつ俺が乗り慣れない東海道新幹線のことを思い出そうとしていると、上体を起こしたままベッドに座りっぱだった俺に、だいから優しく指示が出る。

 ほんと何というかね、愛を感じる優しさだね!

 ということでその指示を受けて俺は。


「おっけい。じゃ、あーすは……30秒で支度しなっ!」

「ええっ、せめて3分間だけ待ってやるにしてよっ!?」

「そ、それでも十分早いと思いますけど……」


 ちょっとだけ朝からボケをかましてみたけれど、あーすには伝わるも真実には伝わらず。

 これがジェネレーションギャップなの……!?


 そんな俺らのやりとりに、いつもなら呆れ顔を浮かべそうなだいだけど……今日は隠そうとしてるのかもしれないけど、隠しきれないご機嫌モード。

 ……あれかな? やっぱり新宿でのやりとりの影響、でかいのかな……!


 でも、そんな幸せそうなだいを見たならば、もちろん俺も幸せなのは言うまでもない。


 ということで、俺はあーすに準備を促しながらさっさと行くぞお尻を叩き、寝起きからわずか10分ほどの午前10時40分、はるばる我が家まで迎えに来てくれただいと真実と一緒に東京駅へと出発するのだった。





 そして同日、11時21分。


「うわー、さっすが東京、すっごい混んでるねー」

「しょうがねぇだろ、連休最終日なんだしさ」

「でもほんとすごい人の数ね……」


 到着した東京駅は四連休最終日だけありUターンラッシュが発生し、電車を降りてエスカレーターを下り、お土産屋なんかもあるフロアを移動する時なんかは、それはもう凄まじい人混みとなっていた。

 ほんとまるで何かのイベントかってくらいのね、すごい人の数。

 でも何とかさっさと東海道新幹線のホームまで進まないといけないから、悠長にしている暇はないんだけど……。


「大丈夫か? はぐれないように掴んでてもいいからな?」


 だいがちょっと不安そうな顔になった気がしたのでね、俺はすかさずだいの方に、真実のキャリーケースを引く左手とは反対の、空いた右手を伸ばしてあげるわけですよ。

 そんな俺の腕を、ちょっと恥ずかしそうにしながらもだいが掴んでくれたから、改めてなんか前より仲良くなれた気がして、嬉しくなっちゃうね!


「ええっ!? 僕との扱いの差ひどくない!?」


 そんな俺の言動に、だいの後ろにいる真実の後ろを歩く、つまり遠くにいるあーすがよく分かんないことを言ってきたけど、ええ、もちろん無視です。

 全く何言ってんだかね?


「でもほんとすごい人混みですねー……って、あっ!」


 と、俺があーすに対し無視を決め込み人の流れに合わせて先頭を進んでいると、背後から焦り慌てる声が聞こえたので俺は慌てて振り返る。

 その声は背後というよりは、もう少し遠いところから聞こえた気がした、けど——


「きゃっ!」

「おおうっ!?」


 バッと顔だけ振り返った先に見えたのは、何かに躓いたのか転びかけてる真実の姿。

 だが咄嗟の声に反応しただいが真実を転倒から防いだ、と思ったら……!

 片腕は俺の腕を掴んでたせいか、転んできた真実を支えきれなかっただいがそのまま俺の方に寄りかかってきて——


「あぶねっ!」


 咄嗟に俺はだいの掴んでくれてる腕を泣く泣く振り解き、キャリーケースからも手を離して身体を180度反転させ振り返り、バランスを崩しただいを真実ごと支えようと、二人まとめて両手で抱き止める! ——も!!


「……っ!!!!」

「うおわっ!? ご、ごめん!!」


 転びかけた二人を支えることには成功したものの、支えようと伸ばした俺の手が包み込んだのは……控えめだが存在感がないわけではない、独特な感触!

 その接触に声にならない声が上がり、それが何かに気づいてしまった俺は反射的に手を離して速攻マッハで謝罪を送る!

 だが体勢を立て直した俺から謝罪を送られた当の本人は——


「お兄ちゃんキャリー!」


 と、一瞬の怯みを見せたのも束の間、即座に俺の背中を指差して、逞しくも自分の荷物を死守するよう俺に指示を出してくるっていうね!

 その指示の鋭さに俺は頭を動かす間もなく、パッと振り返って人並みに流されかけていた妹キャリーケースを何とか掴み……セーフ!

 いやぁ何とかひと段落……と思いきや、ちょっとだけ俺を見るだいの視線が……冷たくなったような……!

 だ、大丈夫! 大丈夫だぞ! お前のが一番だぞ!!

 ってああいや! 違う違う!


 と最低にも先ほど鷲掴みする形になってしまったもののサイズ感を脳内で比較してしまった俺は、己が業を恥じて——


「いや、ほんとごめんな!」


 ってな具合に俺は改めて全力で真実に謝罪するわけだが、当の本人はというと——


「別に平気だよっ。……あ、でも……まさか勝手にしてないよね?」


 ドキッ!!!


 ニコッと笑ったその笑顔に走る戦慄。止まらない冷や汗。


「あ、あははー。まさかー」


 そんな内心がバレたりしないか冷や冷やしながら、俺はそうやって全力でとぼけて見せたけど……だ、大丈夫だったと信じたい……!

 真実とだいの視線がなんか冷たい気もするけど、きっと気のせい!

 大丈夫だよね……!


「でもさすがお兄ちゃん。反応早かったねっ」

「そんなことないですよー。お兄ちゃんが助けたのは菜月さんですからっ」


 そんな俺のドキドキとは裏腹に、あーすが笑顔で俺のことを褒めてきたが……にこやかなあーすに対し、真実も冷たそうな表情を一変させ、にこやかにあーすに向き直る。

 あ……そうじゃん! 真実としてはこれはあーすに助けてもらいたかったか……!?

 す、すまぬ妹よ……!


「って、ほら! 急がないとあーすさん乗り遅れちゃう!」


 なんて俺が一人色々と悔やんでいると、さらっと切り替えてみせた真実が我に返ってみんなへ急がなきゃいけなかったことを思い出させてくれる。


「そうね、転ばないように気をつけて進みましょ」

「よーしっ、じゃあ気をつけて行こうねっ!」


 それに呼応するようにだいとあーすも返事をしてるけど……しかしなんだろうな、この急ぐことに対するあーすの他人事感!

 これ一番急がなきゃいけないのお前なんだからな……!?


 と、そんなこんなを思いつつ、俺は改めて真実のキャリーケースを持ち直し、もう片方の腕をだいに掴ませるさっきまでの体勢を取り、だいは真実と手を繋ぎ、最後尾にあーすを置いて人混みをかき分ける移動フォーメーションを再完成。

 ちなみにお兄ちゃんとしては、真実が望むなら最後尾の奴と手を繋いでもいいんだぞ……!

 いや、やっぱ……兄心的にちょっとやだけどさ……!


 なんて、そんな妹の兄離れにちょっとだけ寂しく思ったりしつつ、俺は後ろを気にしながら急ぎ足で新幹線ホームを目指すのだった。




『まもなく、15番線より……』

「おい! 後1分!」


 うっすらと聞こえてきたアナウンスが耳に入り、俺は元々の急ぎ足をさらに加速させ、みんなを東海道新幹線の改札前までみんなを誘導してみせ——


「ダッシュ!」


 と、あーすに指示を出し——


「おっけい! ゼロやんありがとねっ! なっちゃんもいっちゃんもバイバイ!」

「あーすさんまた遊びましょうね!」

「大地くんまたね」

「おつー」


 改札の先へあーすを一人を送り出す。

 さすがにあーすもここで遅れるとまずいと分かってるのか、愛想のいいあいつとはいえ一度だけ振り返って俺らに笑顔を見せながら手を振ったあと、すぐに向き直ってエスカレーターを上りホームへと消えていった。

 入場券とかさ、そんなの買う余裕もまったくなかったからね。

 

 そしてしばし訪れる静寂は、賑やかし担当のあーすがいなくなったからだったのか。


 しかし……なんというか、バタバタと余韻もなく去っていって、まるで嵐のような去り際だったけど……まぁ今回わざわざ遠方から来てくれたわけだしな。

 色々あったけど、心の中では気をつけて帰れよって思ってやるとしますかね。


 ……さて。


 そんなあーすが去っていき、じゃあ今度は真実を送る番かと俺が妹の方を振り返ると……そこにはあーすが去っていった先を、じっと見つめる我が妹の姿があった。

 そしてしばしそのままの体勢を取った後……おもむろにスマホを取り出して、何やらカメラロールを見始める。

 具体的な写真は見えなかったけど……あれかな。昨日夢の国であーすとずっと同じ班だったし、写真とかいっぱい撮ったのかな。

 その写真を見返して……去っていったあーすに想いを馳せてるのかな……。


 ふむ。

 こんな時、兄として俺はこいつになんて声を掛ければいいんだろうか?


 ちらっとだいの方を見てみると、だいも俺と同じくどうすればいいのか分からぬように、何か考えごとをするような表情を浮かべている。

 

 と、なると……。


 ここはやはり、兄として俺がその寂しさを紛らわすように、少しでも明るく話しかけるしかあるまい。

 

 ああ、でももし泣き出したりしたらどうしよう……。

 

 そんな小さな不安を抱えながら、俺は真っ直ぐに真実へ振り返り、好きな人が遠いところへ去って行ってしまった妹へ、かける言葉を探すのだった。





☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 章締めのつもり……だったんですけど、なんか気づいたらこんなことになってました。笑

 

 さよなら、全てのあーす……。

 

 一人しかいないけど……。笑


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!

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