第344話 待ち遠しかった「おやすみなさい」

「……我に返ると、恥ずかしさで死にそう」

「え、あ……いやそう言われると、俺もそうなんだけど……」


 風見さんのお店を出て数分。

 だいが少し足早に歩くから、合わせて俺も無言で歩き続けてたわけなんだけど、近くにでっかいペンギンが目印のディスカウントストアがある大きな横断歩道の信号待ちで、俺の顔を見ることもなく正面を向いたままのだいが俺に話しかけてきてくれた。

 その内容は至極当然で、俺も思うところがないわけでもないんだけど……なんていうか、こう冷静になるとさっきまでのハイテンションの反動がでかいよね!


 でも俺からすれば万々歳な結果を手に入れられたとも思うし、「愛してるし、愛されてるんだよ」なんてだいからの嬉しい言葉も聞けたから……悪い気もしない、って感じなんだけど、俺がちらっと横目にだいの表情を窺えば、そこには顔を赤くして照れる、とてもとても可愛らしい我が彼女の顔があった。


 い、愛おしすぎる……!

 くそっ! 背中にあーす乗せてなかったら手繋いで歩けたのにな!!


 なんで俺の両手は今あーすのこと支えおんぶしてんだろうな!!


「でも……嬉しかったよ」

「え、あ、いや。ほら、当然っつーか、普通っつーか……うん。俺もだいの言葉、嬉しかった」

「……うん。ゼロやんってほんと不思議な人だよね。後ろからギュってしてもらってた時、恥ずかしいって気持ちもあったけど、それよりも今なら何でも出来るって思えちゃった」

「え?」

「何だろうね。今までの私なら自分に自信なくて、さっきみたいなこと言えるはずもなかったのに。ゼロやんがそばにいて、ああやって私のこと好きって言ってもらえて、ギュってしてくれたから、言えちゃった」

「……そっか」

「うん。みんなに優しいゼロやんが、誰よりも私を1番に想ってくれてるって伝わってきてさ、嬉しかった」

「そりゃまぁ……それは事実だし?」

「……うん、そうだね」


 そして照れた表情のまま、はにかんだ笑みを見せるだい。

 ほんともうにやけずにはいられないような会話をしちゃってるけど、今ばかりはね、許されるよね!

 ……うん、重いけど今ばかりはあーすが寝ててよかったぜ……!


「今日さ、大地くんと真実ちゃん送ったら、久しぶりに二人でゆっくりしようね」

「お、おう……!」


 そして背中にあーすがいるというのに、俺同様きっと心が躍ってる気分であろうだいのこの発言。

 まだこんな早朝なのに……って、いやいや!? 変なこと考えたわけじゃないよ!?

 朝から甘えたな感じが可愛いなぁって思っただけだからね!?


 うわ、今すぐにでもまた抱きしめたい!

 せめて手くらい繋ぎたい!


 くそっ、やっぱりこいつあーすさえいなければ……!

 

 ……と思いつつも、この深夜から早朝にかけて発生したイベントの根本原因を考えれば、色んな意味で背中の重みとなってる奴のせいなのが何とも言えないところなんだけど……!

 

 そんなことも考えたりしつつ、俺たち青へと変わった信号を確認し、ゆったりとまた歩き出す。

 こんな時間にだいと新宿をのんびりと歩くなんて思ってなかったし、また誰かを背負いながら新宿歩くなんて思ってなかったけど。


 ……悪い気分ではない、かな。


 すれ違う人々の視線も、今は不思議と俺とだいを祝福してるように感じてしまう。

 ……それはきっと気のせいで、俺に視線が集まるのは俺があーすを背負ってるからだろうけど。 

 でも、早朝の新宿を歩く人たちからすれば誰かが誰かを背負ってるのはそこまで目立つ行動ではないのだろう。

 この前のゆきむらを背負ってた時よりは好奇の視線に晒されてはいない気がするし。

 むしろ視線はあれだな、俺よりも、すっぴんマスクとはいえ色々強調されるところが多いだいが隣にいるからかもな。

 でも残念! だいは俺のものですから!!


 とかなんとかね、俺は街行く人々にそんなことを思いながら、その後もだいと仲良くおしゃべりを交わしつつ、6時間ちょっとぶりに馴染みの黄色い電車に乗り込み、だい+一人と一緒に我が街へと戻るのだった。






「じゃ、真実のことよろしくな」

「うん、分かった。でもゼロやん全然寝てないでしょ? 準備出来たら私たちがゼロやんのお家行くから、少しでも休んでおいてね」

「あー、うん。分かった。ありがとな」

「ううん。じゃあまたあとでね」

「おう」


 そして午前6時40分頃、阿佐ヶ谷駅からタクシーに乗ってやってきただいの家の前。

 そこで先にだいを降ろして、タクシーを止めつつ少しだけ二人で話をし、手を振って別れての、今。


「じゃあまたお願いします。この道真っ直ぐ方向に」


 俺は再びタクシーを進めてもらうべく、運転手さんに声をかけ、勝手知ったる街並みを何気なく窓から眺めようとすると。


「静かな朝だねー」

「そりゃ住宅街だしな……って、え!?」


 ふと聞こえてきた、奴の声。

 しかもその声は寝起きとかそんな様子を感じさせない、何ともはっきりした声で……。


「起きてたの!?」

「いやいやー。ゼロやんがいなくなった後はちょっとだけ寝てたよー? 気づいたらなっちゃんがお怒りモードでお店来てたから、ゼロやんを新宿に連れ出したこと怒られたらやだなってそのまま寝たふりして、起きるタイミング見失ってたけどっ」

「はぁ!?」


 なぜか渾身のドヤ顔を浮かべるあーすに俺は車内にも関わらずガチギレモードで聞き返す。

 いや、ほんと運転手さんには大声出してごめんなさいって感じなんだけど、さすがにこれはキレるよね!


「っつか、怒ってるだい知ってるって……え、お前ほぼずっと俺らの話聞いてたってこと!?」

「それはもうー。ほんと、すごい二人ラブラブだなーって僕まで思わされちゃったよっ」

「え……いや、マジ?」 

「僕といっちゃん帰ったら、存分にラブラブしてねっ」

「あ……あああぁ! ……っざけんなよマジで……!」

「えー? あの流れのラブラブな二人の空気邪魔しちゃいけないかなーって、今の今まで静かにしてたのにー。あ、おぶってくれてありがとねっ」


 ……う、ウザい……! ウザすぎる……!


 そりゃたしかにあの空気の中あーすが起きてたら、少し恥ずかしさとか色々湧き上がって二人の前でだいのことあんなに大好きアピール出来たか分かんないけど……何も言わないように寝たふりしてただと?

 しかもほぼ全部聞いてただと?

 ……百歩譲ってあの対決の場面でだんまりを決め込んでたのは許すけど、こちとらお前のわがままに付き合って新宿行ったんだぞ?

 寝たかったのに寝ないで付き合ったんだぞ?

 ならさ、普通に考えて帰り道くらいは起きるよね?


 それをこいつ、こうもぬけぬけと笑顔で「ありがとねっ」とか……何なのマジで!

 俺の労力を返せ労力を!


「でもゼロやんほんとすごいね」

「あ? 何が?」


 で、俺があーすに対し、これでもかと睨みつつ、ほんともうこいつどうしてくれようかと思ってると、そんな思いに気づくわけもないあーすがそれまでのドヤ顔を切り替えて、普段の表情になって意味も分からず俺のことを褒めてきた。

 そんなあーすに俺は冷たく切り返すのだが。


「この前のオフ会で再会してから、もう僕の知ってるなっちゃんはいないんだなーってずっと思ってたけど、今日のなっちゃんはまるで昔のなっちゃんみたいでさ。『これは私のです』って言ってた時のなっちゃん、ほんと懐かしい感じがしたなー」

「なっ!?」


 思い出せば嬉しかったけど、やはりそれ以上にものすごい恥ずかしい会話を掘り返され、俺は思わず赤面する。

 つーかお前それだいに言ったら殺されるぞ!?


「懐かしくなったってやんねーぞ?」


 で、俺は照れ隠しとばかりにこんな切り返しをしてしまったけど。


「いやいや、そんなつもりで言ってないよー! むしろ何だろ、おめでとうって感じ?」

「おめでとう?」


 返って来たのは純粋な祝福と、あーすご自慢のいい笑顔。

 でも今はその笑顔は俺には効かぬからな。

 って思ったけど――


「うん、なっちゃんはゼロやんに会えてよかったねって感じ! そりゃ僕もゼロやんのこと好きだけどさ、全然敵わないやって思ったよ」

「お、おう……そうか」


 前半部分は別として、その反応しづらいこと言うのはやめて欲しいですはい。

 君の言う俺への「好き」は、たぶん一般的な男友達に使うやつとなんか違う気がしちゃうからね……!?


「リリさんもカナさんもゼロやんのこと好きそうだったけど、あんな風に言われたら、あの場じゃもうどうにもできなかっただろうね」


 だが、あーすは俺の戸惑いなど予想もしてないのだろう。当然の流れのように、今日あったことを振り返ってきたけど。


「どうにもさせねぇし、どうにもならねぇよ。元からさ」


 その言葉にはね、俺は自信をもってこう返すだけである。


「あはは、そだねっ。ほんと、みんなに教えてあげたいくらいのいい光景見れて……東京来た甲斐あったなーって気分だよ」

「……ったく。でもお前あれだから、今後お前がオフ会かなんかでマジで寝落ちしたとしても、俺は絶対に面倒見ないからな?」

「えぇ!? それはひどいよーっ」

「うるせえ! 失った信用は簡単には戻らんのじゃっ」


 とまぁね、散々言われた後だったから今度は俺も反撃しつつ言い返す。

 だいと二人で話してた時の俺と比べたら天と地、いや天国と地獄レベルのテンションの差があるだろうけど、この信用失墜は自業自得ですので、あしからず。



 そしてタクシー内でそんな会話を繰り広げた俺たちは、だいの家の前を出発すること約5分。

 ようやくの俺の家に辿り着き……隣の部屋が水上さんの家だぞなんてことをあーすに話しつつ、数時間ぶりの我が家に入った俺たちは、俺、あーすの年功序列順でシャワーを浴び、俺がベッドであーすが床でと寝床を分けて……とてもとても長く長く長く長かった一日に、「おやすみなさい」を告げるのだった。


 ……まぁ、もう朝なんだけどね!!





☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 今回は何回も書き直しを繰り返し、今に至りました……。

 

 梅雨時期ですね、じめじめにはご注意を……!


(宣伝)

 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る