第341話 くらえ会心の一撃
「俺は――」
それまで黙っていたからか、俺が口を開いたことでだいと敵対していた二人の視線が、だいの顔の少し上に、つまりだいの背後に回った俺の顔に集まっているのが分かる。
でも俺が何を言うのかは全く予想がついていないだろう。二人が俺に向ける表情は、急に俺が会話に入ってきたことにより不思議そう、ってのが適切かな。
でも彼女たちが何を思おうが、そんなのは俺には関係ない。
俺は俺の言いたいことを言う。そう決めたんだから。
何もせずに後で後悔するくらいなら、うまく伝わらなかったとしても何かした上での後悔がいいから。
そしてそれをよりはっきりと伝えるために――
「「「えっ!?」」」
「俺はね、こいつのことが好きなんだ」
小さな悲鳴やら驚きやら、色んな声が混じる中、俺ははっきりと二人に向かってこう言った。
それと同時に、後ろからだいのことを抱きしめて、頭の上にあごを乗せる……はできなかったから、だいの側頭部に顔をくっつけながら、これでもかと仲良しアピールをしながらね。
もちろん恥ずかしさがなかったわけじゃないけど、抱きしめただいの髪からは、ふんわりといい匂いがして、それが俺の心を落ち着かせてくれた。
「え、あ、あの、ゼロやん……!?」
「もちろん付き合ってるから当然なんだけど、俺はこいつが好きだからさ、怒ったりとか、悲しんだりしてほしくない。これが俺の最優先」
そんな俺のいきなりの行動に、一番動揺したのはだいみたい。さっきまでの氷の女王のようだった様子など溶け去って、その声は上ずり、明らかに困惑している。
その慌てようは俺のことを倫呼びから
それに対して俺と正面から向き合う形となった二人は、まだ何が起きたか理解できてないような、驚きに満ちた表情を見せていた。
でも今二人が怯んでいるなら、畳みかけるには好機だろう。
だから——
「俺はこいつの可愛いとこが好き。凛とした綺麗な顔が好き。楽しそうに笑った顔が好き。甘えてくる時のギャップが好き。猫と触れ合う時デレデレなるのが好き。時々天然なとこが好き。こんなに細いのにすげぇ食いしん坊なとこが好き。美味しそうにご飯食べるところが好き。作ってくれるご飯がめちゃくちゃ美味しいとこが好き。食べることに誰よりも真剣なとこが好き。不器用な時もあるけど優しくて思いやりに溢れてるとこが好き」
「あ、あ、あの!?」
「負けず嫌いなとこも可愛くて好き。自分に自信ないけど頑張ろうとしてるところが偉くて好き。LAで出会った頃からずっと俺といてくれて、俺を支えてくれたことに心から感謝してる。……もっともっと色々あるけどさ、そんな大切で大好きな人がさ、俺のこと好きでいてくれるなんて幸せだろ?」
「……恥ずかしいんだけど……」
一気呵成に、息つく暇もないように俺は俺のだいの好きなところを大公開。
そんな俺の言葉を聞いて腕の中のだいが恥ずかしさのせいか話してる途中からちょっとじたばたし始めたけど、俺がギュッと抱きしめる力を強めたら、恥ずかしそうに視線を下げて大人しくなりました。
ちょっとだけ見える頬が赤くなってるのも見えるから、たぶんこれ以上ないくらい照れているのだろう。
でも恥ずかしくても俺の腕を振り解いて俺の言葉を止めたりはしなかったし、むしろちょんって抱きしめる俺の腕に自分の手を置いてきてるくらいだから、少なくとも嫌がってはいないだろう。
うん、やっぱりこんな可愛いんだよ、俺の彼女。
そんな俺の言葉を聞いた太田さんと風見さんは、ぽかーんて感じで硬直状態になってるみたいだけど……そんな二人に向かって俺は本気だよって伝わるように、迷いなく笑顔を浮かべて見せる。
「だからね、俺はだいのことが好きだからさ、他の誰かに目移りすることはない。気持ちを向けることもない。……だからね、自惚れかもしれないけど、俺に対して変な気を持つのはやめて欲しい」
そして笑顔のまま、自意識過剰と思われてもしょうがないってレベルの発言をかましてやる。
でも、いいんだ。俺が変に思われようがなんだろうが、俺の最優先はだいだから。
むしろ変に思われた方が好都合かもしれないし。
だが、俺のこの言葉を前にもまだ二人は硬直が継続しているから……もう一つ、今度は俺個人のわがままの入った箱を開けて——
「でも欲を言えばみんなにも俺の彼女こんなに素敵なんだぞって分かって欲しいし、喧嘩なんかしないでさ、仲良くしてほしいとも思ってる。そうすればさ、だいが笑うことが増えるかもしれないじゃん?」
「……は?」
箱の奥の方にしまわれていた俺の
だがその言葉で、硬直状態となっていた片方の硬直が解け、店内には短くも不満気な声が響き渡った。
その声を受け、俺の腕の中のだいが顔を上げてそちらに顔を向けたのも分かったけど、そんなだいを安心させるために俺は再度抱きしめる腕に力を込める。
そんな俺の腕に触れるだいの手にも少し力が加わり、その温もりが俺に安心感を与えてくれた。
だからこそ、きっと今なら伝えられる、その思いが強くなり——
「そりゃ風見さんがだいのこと嫌ってるって話は聞いたことあるからさ、簡単にはいかないかもしれないけど……ちゃんと話したこともないのに嫌うってのはやっぱり損だと思うよ。同じ部活の仲間で、何より同じLA好きなんだからさ、少なくとも喧嘩相手になるかどうか見極めるため、一回落ち着いて話してみて欲しいと思うんだ」
ってね、今度は俺のわがままを、ピンポイントで風見さんに発射である。
この気持ち自体は前にも風見さんに伝え、それをだいに報告したら「向こうにその気がなかったら無理でしょ」って言われちゃったけど……だいは彼女のことを「嫌われてそうだから苦手」って風に思ってた様子が強かっただけだから、風見さんが分かってくれれば、俺のわがままも実現可能なのではないか、そう思った次第である。
そんな俺の言葉に——
「北条さんが菜月にぞっこんってのは、分かりましたけど……仲良くして欲しいって簡単に言われても、そう簡単に分かりましたってならないっすよ……」
「そっか。でも俺の気持ちだけでも分かってくれて嬉しいよ」
で、風見さんから返ってきた不満気な返事には追及せず、俺がだいのことを大好きってのを分かってくれたことに感謝を告げる。
そんな俺の反応が予想外だったのか、風見さんは何だかバツが悪そうに、俺たちから視線を逸らしていた。
……とりあえず、何かしら思うところは持ってくれた、かな。
風見さんは攻略サイト運営して初心者にアドバイスするくらいにLAが好きみたいだし、そこは俺らと同じだもんな。それに俺は会ったことないけど、〈Star〉って人は二人を繋ぎ合わせる人になるんだし、LAの共通の話題とかについて話してみたら、意外と打ち解けるんじゃないかなとも思うんだよね。
だからあとはちょっと様子見、かな。
となると、次は——
「だいと仲良くなって欲しいってのはさ、太田さんに言われたことで思い出した俺のわがままなんだ。たしかに俺はみんなで仲良くすることが、みんなで楽しむってことが世の中の理想だと思ってたし、思ってる。まずはそれを思い出させてくれてありがとう」
「え? あ……う、ううん……」
次のターゲットは太田さん。
ということで俺はだいにくっついたまま太田さんに向き合い、まずは感謝の言葉を述べた。
その俺の言葉を受け、太田さんは呆然としたまま返事をしてくれたけど、俺の言葉はこの程度では終わらない。
「どんな偶然だよって話だけど、俺の大学時代の元カノとだいが友達なってさ、二人は割と仲良かったんだけど、その子が俺のことまだ好きって気持ち消しきれなくて、それが原因で昨日の夕方くらいにだいと仲違いしちゃったんだ。その時の悲しそうなだいの表情は……見てるこっちもつらかった。だからね、友達になって欲しいとは思うけど、俺と昔みたいに戻りたいとか、そんなことは思わないで欲しい」
「……へ?」
「って、友達になって欲しいって思いもわがままなのに、それにプラスしてさらに自惚れたこと言って、意味わかんないって思われるかもしれないけどさ」
自分勝手な言い分で、俺の言い分を太田さんが聞く義理もないけど……でも、俺は苦笑いはしつつも、はっきりと自分の意思を伝えた。
これで太田さんが難色を示すならそれまで。とはいえさっきの二人の言い合いの様子からして、そう簡単に友達になろっかって結論に至ってくれるのは厳しいかなって思った、んだけど。
「え、あ……そう……なんだ。……何か、変わったね、北条くん」
まるで何かを悟ったように、太田さんは目線は下げつつも、その口元に不思議な笑みを浮かべていた。
その表情の意図は俺には分からなかったけど、それでも俺は変わらず太田さんの方に視線を向けて。
「みんなで仲良くしたいって思いは変わんないけど、大切な人を守るためには、そこに優先順位つけなきゃいけないって、知ったからね」
俺の主張の大前提を改めて伝えてみる。
「……そっか。……今みたいなこと、昔あたしと付き合ってる時にもしてくれてたらな……」
「え?」
「んーん。なんでもないよっ」
俺の主張に対する太田さんの言葉は小さすぎて聞き取れなかったけど、俺が聞き返して「なんでもない」って言う時の彼女は、顔を上げて笑っていた。
「でもさ、それ北条くんの意見なわけでしょ? さっきバチバチに自分の縄張りを主張してきた当の本人は、それでいいのかい?」
そして笑ったまま、今度はニヤニヤ顔に変わった太田さんが、視線で俺にだいのことを示しながらそんなこと言ってくる。
その言葉に俺は——
「え、あ。それはー……」
だいの同意は取ってない、完全な見切り発車だったことをあっさりと露見させられてしまったが——
「……馬鹿なの?」
そんな俺に対し、腕の中に収まっていただいが発するため息混じりの辛辣な一言。
身体を捻って後ろから抱きしめる俺の顔に向けただいの表情は……これでもかと呆れた様子で……でも、確かに小さく笑っていた。
「まー、北条くんって変なとこアホだよね」
「ええ。でもなんか……その馬鹿さ加減が一周回って尊敬に値するのかもって思ってきたわ」
そしてなぜか太田さんとだいの二人が息を合わせたように俺のことを馬鹿にしてきたのだが……その会話の空気には、先程の女王対決のような重さは微塵もない。
「でも、ずっとこういう人だったなっても思うんだ」
「あー……そだね。なんだかんだやっぱり変わってないんだろうね」
え、えーっと……結果オーライ、ってことでいいかな!?
そんな気持ちで、俺は全力の愛想笑いで誤魔化しを試みるが——
「正直あたしは菜月ちゃんとはリアルだと今会ったばっかだし、【Mocomococlub】の時もどっかの誰かさんが代弁ばっかしてたから、あの時もほとんど話したこともないしさ、いきなり仲良くしろって言われても何とも言えないとこもあるけど……あたしもLAに復帰しよっかなって思ったとこでもあるし、とりあえずフレンド登録するとこからでもいいかい?」
先程の何か悟ったような、そんな表情を浮かべた太田さんが語った内容に、俺は正直喜び……よりもびっくりが上回った。
でも——
「こちらこそ私でよければよ。でも……ごめんね、私の彼氏が変な人で」
そんな太田さんの言葉に対してだいは少し申し訳なさそうな声でそう答えていた。
でも、言葉の割に「私の彼氏」って言った時なんかは、俺の腕を掴んでいた手に少し力を込めたりしてきたので、ちょっと嬉しかったりもしちゃったり。
「んー、まぁそこはあたしもある程度は分かってるとこだし? ……その腕の中、落ち着くよね」
「うん。……あっ、代わらないからね?」
「さっきみたいなどんだけ好きなんだよって言葉聞かされたら、今その場所代わってもらったとこでたぶん嬉しくないって」
そしてやっぱりまだちょっとバチバチしてるかな、と思わなくはない会話が少し続き、少し冷や冷やした気持ちもあったのだけど——
「でもほんと、北条くんにここまで感情爆発させるとはおねーさん驚きだよ。今度どうやったか教えてね?」
「うん。〈Kanachan〉と付き合ってた頃の話も聞いたことはあったけど、私もゼロやんの高校生の頃の話、聞かせて欲しい」
って!?
「教えてね」と手を伸ばした太田さんと握手を交わしただいとの会話は和解を示すもの、だったんだろうけど……その中身がどんな内容になり、それが伝え交わされるのかと思うとドキドキが止まらない。
で、でもとりあえず、この二人については一件落着ということで、いいのかな……!
だいをバックハグしたまま、俺はだいと太田さんの会話と握手を確認し、改めて自分の言いたいことを言ってみてよかったと確信する。
じゃあ、残るは……か。
そして今度俺が見据えるのは、先程の不満気な表情のまま沈黙に入ってしまった風見さん。
そして俺がそちらを向いたのに気づいたのか、だいも風見さんに視線を向け、太田さんもそちらへ向き直る。
そんな俺たちからの視線を受けた風見さんは、口を真一文字にして視線を少しだけ俯かせ、複雑そうな表情を浮かべているけど……さて。
さすがにこっちは厳しい、かな。
ならそれはそれで仕方ない。
でももう一回ちゃんと、もう前みたいなことは意味ないからやめてくれ、そう伝えてこの会話を終わらせよう。
そんな思いで俺が口を開こうとしたのと、ほぼ同時。
それまで下を向いていた風見さんの顔が、俺の方に向き直るのが見えたのだった。
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以下
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繰り出した平和主義の一撃。
こんなに主人公がメインで台詞回しした回はいつぶりでしょうか……!
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!
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