第340話 ”俺”が見たい世界
「その件については何回も言ってるけどさ――」
「菜月ちゃんさ、あんたほんとにリンの……あー、北条くんの彼女なの?」
「は?」
「おおっ!?」
俺はもう君とは関わりません、今日で終わりです! そう告げて、風見さんを一太刀に切り伏せようとした瞬間、振りかざした刀が行先を見失う。
ふいに聞こえた新たな声に俺の言葉は遮られ、その声の内容にだいも風見さんも驚いたようだったけど……片や不機嫌に、片や助けを得て喜ぶようにと、その表情は対極的。
っていうか、どういうこと?
正真正銘、だいは俺の彼女だぞ?
「いや、何言って――」
「まー、たしかにあたしが付き合ってた頃とは変わったなーって思うとこもあるけど、人の根っこの部分ってそう変わんないと思うんだよね。北条くんてさ、馬鹿みたいにみんなと仲良くしようとする平和主義者じゃなかった?」
そして俺が「何言ってんだよ」ってツッコミを、加わってきた声の主に言おうと思ったら、またしても被せるような発言を受けて俺の言葉が遮られる。
一度ならず二度までも俺の声を遮ったのはもちろんさっきと同じ人物。
その人物である太田さんは、気づけばさっきまで飲んでいたグラスを空にし、そのグラスをカウンターテーブルに置くと、ゆっくりと椅子から降りて、窓から朝の光が差し込むも相変わらずやや薄暗い店内を歩き出し、俺の方……というか、だいの方に近づいてきた。
そんな彼女を、だいも警戒するように見つめている。
「うわっ、よく見たらすっぴんじゃんマジ? なにこれ世の中不平等だなぁ」
そしてゆっくり歩きながら、生来の勝気というか、挑戦的な目でだいを観察した太田さんは、だいと風見さんが対峙していた距離よりもだいに近づき、この一言。
その言葉を額面通りに受け取れないだいは変わらずの表情のままだけど、俺としては、そこはちょっとやはり自慢したいところ、でもあった。
この場にいる全員が整った顔をしてるとは言えるけど、贔屓目込みでも美人度って点ではやはりだいが上だと思うもんね!
それにほら、だいはさらにさ——
「しかもなぁ、こーれは凶悪すぎんだろー。リンの変態っ」
「いっ!? そ、それは関係ねーだろ今!!」
エスパー!?
え、エスパーなの!?
まさかのタイミングでの発言に、俺は驚きと羞恥心混じりに太田さんへ反論というツッコミをいれるが、まさか俺が今密かに考えていたところと同じ、だいの顔から少し下のあの部位を見る太田さんが笑顔を浮かべて堂々のセクハラを炸裂させるではありませんか!
そりゃたしかに目を引く場所ではあるけど……かこつけて俺に変態はないよね!!
しかも俺のことさっきは苗字で呼び直したのに今度は下の名前で呼んできてるしさ……!
とはいえこのセクハラはさすがにだいも予想してなかったのか少し恥ずかしそう顔を引きつらせてるけど……Tシャツの下にお控えになってるだいのお胸は……Tシャツ破れないよね? って気にさせるくらいに自重してないんだよね……!
しかし今のこの空気の中で触れるとこではなかったと思うけど!
「あっ、ごめんね、またリンって呼んじった。そいで申し遅れたけど、あたしは太田夏波。まーもう聞いたかも知んないけど、リアルでは初めましてだね、〈Daikon〉くん?」
でも、恥ずかしさを落ち着かせ静かに睨み返し始めただいを前にしても太田さんは怯むことなく、むしろ余裕の笑み混じりに自己紹介。
その余裕はさすが元ギャルってイメージを強く感じさせるものだったけど、なんつーかあれだな。
ってその展開だとだいが悪者みたいじゃん!
なんて、俺がくだらないことを考えつつ、太田さんの視線を受けるだいを見てみれば——
「……ええ、そうね。はじめまして〈Kanachan〉。あなたとこんな形で会うなんて、あの頃は想像もしてなかったわ」
太田さんの視線を真っ直ぐに受けつつ、だいが真っ向から新たな敵へも攻撃開始。
二人にそこまでの身長差はなく太田さんの方が少し背が高いくらいなんだけど、少しだけ顎を上げて見下す感じの視線を送るだいは、ちょっと怖いくらい。
その表情はクールそのもので、まるでさながら氷の女王。私は一人で勝てるもの、パーティ加入直後はそんなことを言ってきそうなキャラクターの、いわゆる強キャラって感じのオーラですね、これは!
「わっ、こわー。やー、まぁいきなり失礼なこと言ったのはあたしだけどさ、年上にはもっと敬意を払うもんじゃない?」
だが、だいが氷の女王ならさながら太田さんは風の女王のように、のらりくらりと攻撃を避けつつ、一切引き下がる気配なし。
無表情に冷たい視線を向けるだいと余裕ぶった笑みを浮かべる太田さん。
だが二人の間には完全にバチバチとこう、そんな効果音が発生してるように見受けられる。
そしてそんな二人の雰囲気を前に――
「うわっ、こわっ……」
ちょっと引き気味に心の声を漏らしながら、風見さんがじりじり後退。
いや、でもその気持ちは、ちょっと分かる。
やっぱり俺、喧嘩って苦手なんだよなぁ……。
「敬意を求めるなら、先に失礼なことを言ったことを謝ってからじゃないのかしら?」
「んー、でもほんとのこと言って謝るってのは違くない?」
「ふーん……。つまり、私が倫を悪い方に変えた、とでも?」
「ま、そう聞こえたって自覚してんなら、それでいいと思うけど?」
「付き合ってたのが10年前で、それ以降の彼を知らない貴女に彼の何が分かるっていうの?」
「あたしはリンの優しさは最大の魅力だったと思ってるよ。そりゃ誰にでも優しいとこにモヤモヤするところはあったけど、それでも馬鹿みたいに自分が疲れてでも
だが俺の内心は置き去りに、目の前では二人の
ここで「やめて! 俺のために争わないで!」なんて言える雰囲気はないし、元々だいは風見さんに物申すために来てるんだから、この状況も覚悟の上だったんだろうけど……だいが言い争いをする光景は……俺がだいの彼氏で、だいの味方だって自覚があってなお……少し悲しい。
太田さんが今「俺の魅力」で、「尊敬してた」って言ってくれた、誰にでも優しくすることが正しいって思いは、今も完全に変わるところではない。
もちろん魅力だったり尊敬されるところって思うほど思い上がってないし、そこが言い争いの論点になってるんだったら、元も子もないじゃんって感じなんだけど、その考え方は俺という人間のベースにある考えだとは、自覚してないわけじゃない。
ただ、昔のようにどんな時でも誰にでも優しくすることがベストだとも思ってない。
そのせいで人を傷つけることがあることを知っているから。
今の俺はそこに優先順位があることを知っているから。
だからこそ今だいの隣にいることを俺は選択しているのだから。
でも……やっぱり心のどこかではもしみんなで仲良く出来たらって思いが完全に立ち消えたわけでもない。
これはきっと現実を理解した理性とは別な、俺の本能的な部分の感覚だと思う。
だいが二人と仲良くしたいと思わない以上それが無理だってのは頭で理解はしているけど、折り合うところ折り合ってさ、普通に話すようになっていったら、いつか分かり合える日も来るんじゃないかなって思うところもあるんだよ。
風見さんだってこれまで話してきた感じ、だいのことを分かってくれれば今みたいな関係から改善することができると思った。
太田さんもかつての【Mocomococlub】に所属してた頃、お互いの素性を知らない時は普通に接することが出来てたんだから、今みたいに言い合ったりしないでいることも出来ると思うんだ。
世界中にたくさんの人がいて、たくさんの趣味がある中で、俺ら
しかも向こうの世界では、同じ
もちろん喧嘩するくらいなら関わらない方が何倍もいいけど、でももし……って可能性がないとは、思いたくないんだよな……。
太田さんの言葉を聞いたせいで、少しだけ、そんな
もちろんだいに悲しんで欲しくない、辛い気持ちになって欲しくないって気持ちは最上位だけど、俺の心の奥底にある願望を、俺は消しきれていなかった。
……もちろん独りよがりのさ、甘すぎる理想論って言われればそれまで、なんだけどね。
理想を語るのは誰にでも出来て、それを実現する力がなければそれは夢想に過ぎない。
だからこれは俺が思うだけ、それだけのこと……。
でも、それでいいのか?
昨日今日で既にだいは一人友達を失った。その理由は、今の状況と大差ないと言えるだろう。
その友達と今目の前にいる二人は、重ねてきた状況が違うけど……。
何とか、出来ないのかな。
目の前では、だいの今の俺はこういう人で、今は私の彼氏なんだって主張と、太田さんの昔はこうだった、こんな風にいいところがたくさんあったって主張による言い合いが続く。
その言葉はもちろん今を知ってるだいの方が説得力に溢れてる、と思うけど……太田さんへの決定打にはなり切らない。
そもそも二人とも表情こそ最初から変わらないが、ハッキリと感情が先走る状態になってるし、これではいつまで経っても平行線なのは明白だろう。
このままじゃだいは悪者で、俺が好きな笑顔を見せることもない。
……ううむ。
……「言いたいこと言っていいんだよ」、か。
言い争う二人を見ながら俺の胸に浮かぶ、これまで何度も言われたことのある言葉。
それはだいにも、かつて
俺がこれまで、苦手としてきた思い。
でも。
「だい、ごめん」
「「え?」」
その言葉が俺の胸から脳へ至り、俺の口を動かし出す。
それに伴って、言い争っていた二人が止まる。
「隣にいるだけでいいって言われてたけどさ、ちょっと俺も言いたいこと、言っていいか?」
そして俺はそっとだいの真後ろに移動しながら、言葉を続ける。
力なき理想が夢想に過ぎずとも、口にした言葉には
先程
俺が願うこと、守りたいもの、分からせるには——
「俺は——」
3人の注目が、俺に集まってるのがハッキリと分かる。
そんな中で、俺はそれぞれに視線を配りながら、ゆっくりと口を開くのだった。
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以下
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さぁ、ついに……!!
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!
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