第339話 鞘持たぬ武人のよう

 午前5時20分、独特な雰囲気放つ歌舞伎町エリアを進んだ、雑居ビルが並ぶ路地にて。


「ここ、なんだけど」

「ふーん……」


 辿り着いたボス部屋……ではなく風見さんの勤めるバーの前で、俺は足を止めてあの雰囲気あるウッド調のドアをだいに示した。

 それをだいはマジマジと見つめてたけど、観察するのもそこそこに引き戸のドアの取っ手を握ると——


「お邪魔します」


 と勢いよく、というわけではないが、営業終了の札がかかった扉を躊躇いもなく開け、人んちに入る時のように淡々と挨拶をして入って行った。


 しかしあれだな、閉店してんのに鍵とかかけたりしないもんなんだな……俺が学生の頃のバイトじゃ、ラストオーダー過ぎたら速攻店の鍵閉めてた記憶あるけど。

 まぁ、風見さんだからこの辺適当って感じなのかもしれないか。


「あっ、今日はもう閉店なんす……」


 そして入って行っただいに続いて俺も店内に入ると、だいに対して退店を促そうとしていたであろうカウンターの奥に立つ風見さんが、続けて入ってきた俺の姿に気付いて言葉を濁していき——


「ふーん……。こんな早朝から彼氏のお迎えとはいい彼女やってんじゃんっ」

「……どーも」


 営業用の表情に驚きの色を浮かべつつ、俺とだいを交互に見てから、ニコッと笑って風見さんはだいにこう言い放った。

 そんな風見さんに対しだいは一言だけ答えた後、入り口から二歩ほど進んだところに立ち止まって店内を窺っている。

 で、俺はそのだいの隣に指示通り立ってるわけだが……あれ?

 自分の記憶の位置に、マジマジとだいの方を見ている太田さんはいるんだけど、あーすがいない。

 待て待て待て! え、あいつどこ行ったの!? さすがにこの時間から一人でどっか行かないよね!?

 って、あ、いました。

 俺とあーすが到着した時にカップルのお客さんたちがいたテーブルで、突っ伏した状態で動いてません。

 なるほど、ガス欠ね……ムカつくほど自由だなこいつ……!!


「しっかし早起きだねー」

「おかげさまでね。私の彼氏がお世話になったみたいだから、そのお礼も兼ねて迎えに来させてもらったの」


 で、俺があーすに気を取られている間に、店内を窺っていたはずのだいは、風見さんに声をかけられるとマスクを外して、さも「やれやれ」とでも言わんばかりの感じで風見さんに先制パンチ。

 特に「私の彼氏」って言ったところなんかは露骨な強調がされていて、正直普段のだいからは考えられないほど攻撃的で、敵意を隠す素振りもありませんでした。

 ……元々クールな雰囲気の目つきをしているとはいえ、今はすっぴんでちょっと幼い雰囲気もあるのに、この発する圧の強さったら凄まじいの一言ですよ。

 ギャップハンパないね!


「お世話? お礼? いやいや、一宿のお世話になったのはあたしの方だよ? いやぁ、あの日の北条さん優しかったなー」


 そんなだいに対して風見さんはニコニコした顔のまま、カウンターからフロアの方に移動してきつつ……両手を後ろ手に組みながら一定の距離を置いたところで止まって、反撃開始。

 その中で「あの日の俺」みたいなことを言った時、今度は俺の方にニコって笑いかけてきたからか、数秒ほど俺を疑うだいの視線を受けました。

 いや、何もない何もないって!

 冤罪ですよ裁判長!

 そんな気持ちで、俺は風見さんの言葉には何も答えず、だいに対して全力で首を振って答える羽目になったけど、とりあえずなんとかね、信じてくれたようで一安心。


「無理矢理入ってきたって聞いてるんだけど?」

 

 で、俺を見ていた視線を再び風見さんに向け、だいがまた攻勢に出ると……ニコって笑ってた風見さんの片眉が「ん?」って感じに少し上がり、そのまま俺の方に向き直った。

 とはいえ、それはほとんど一瞬。またすぐにだいの方に目線は戻って行ったんだけど……なんというか今の視線には「よく話したな」みたいな、そんな気持ちが込められていたような、そんな気がしたね。


「いやいや、あたしだってちゃんと名乗ったんだから、合意の上っしょ? それにトイレ漏れそうだったんだし、あれは非常事態だったんだって」

「その後も居座ったって聞いてるけど?」

「そりゃ行く予定の家の奴がドア開けてくんなかったからじゃん? ……それにほら、あの辺なんもないじゃん? さすがにあたしだって新宿とかやってるお店多い中ならまだしもさ、しずかーな夜道を深夜に一人で歩きたくないし」

「タクシーでも呼べばすぐじゃない、そんなの」

「おーおー、天下の公務員様と違ってあたししがないフリーターだよー? そんな贅沢出来ない出来ないって。それにほら、何よりも鍵開けてくれたのは北条さん自身だし、無理矢理追い出したりもしないで話聞いてくれたんだよ? だからさー、あの日は合意の上ってことで、そんなカリカリしなくてもよくない?」

「合意、ね……。ふーん……まぁいいわ。倫から聞いた話を私は信じるから」


 そしてだいに弁明というか、反論をする風見さんとだいが睨み合う形になったわけだけど、何というかツッコミどころ満載だったなおい。

 そもそも俺は何度も帰れって言ったし、合意なんてどこにあったんだよって話じゃんね!

 でも、あえて俺は口を挟まない。

 もうだいには全部伝えてあるから、お前が何言っても無駄だぞって感じにね、愛想笑いも苦笑いも浮かべずに黙って風見さんを見るだけだ。

 つまり俺も今は割と冷たそうな雰囲気になってると思うけど……だいの雰囲気はね、俺の比ではないのだよ。

 努めて笑顔を心がけてる風見さんに対して、淡々と氷のような表情を浮かべるだいの放つオーラたるやほんと絶対零度って感じで、俺に口を挟める気配など微塵もない。

 いつも俺の下の名前を呼ぶ時はだいたい甘い空気なんだけど、今は当然「甘さ」の「あ」の字もありません。


 あ、でもあれだよ?

 口を挟める気配はたしかにないけど、だいが任せてって言ったから黙ってるわけであって、もちろん必要だと思ったら戦う準備は出来てるからね?

 あくまで今はだいに任せるターンなだけだからね?


 風見さんはだいに任せる。

 だから俺は……太田さんが何か動きを見せたりしないかとか、あーすが起きたりしないかとか、そっちにも一応警戒してたりするのですよ……!


「ってかなにー? この前はまだしもさ、今日は北条さんたち普通にお客さんで来ただけで、別にあたしが呼んだわけでもないんだけど? それなのに喧嘩売られるのは、何か違くない?」


 そしてだいと風見さんの睨み合いが続く中、今度は風見さんが攻勢に出る。

 それはたしかに彼女の正論って面を感じる言葉だったけど——


「別に喧嘩なんて売ってないわよ」


 浮かべていた笑顔に少しずつイライラが混じってきた風見さんに対し、見事なだいの右ストレート。

 いや、どう考えても喧嘩売ってる口調なのはだいだけど、こうもハッキリと売ってないって言い切るとね、なんか説得力あるね!


 でも——


「いやいやいやいや! どう考えても吹っかけてんのそっちっしょ? 何? 自分の彼氏の近くに女がいるだけで無理みたいな? あんだけ男に告られてた女がそんなこと言っちゃうわけ?」


 もはやその表情に笑顔要素はなし。

 嘲笑うかのような口調で話す風見さんは、嫌悪感ありありの目でだいを見る。

 それに対するだいの表情は……変わらない。

 入り口付近に立つだいと、そこから4,5メートルほどの距離を置いたとこに立つ風見さんの睨み合い。

 風見さんの近くの椅子に座った太田さんは……何も言わずにだいの方へじっと怒るでも笑うでもない表情を見せながらグラスを傾けお酒飲んでるけど……いや、この店今日はもう閉店してんじゃないのかね?


「好きでもない男の人に告白されたって何も思わないわよ」


 あ……その発言は……!


「はぁ!?」


 風見さんの言葉に反論しただいの言葉に……予想通りに風見さんがお怒りに。

 いや、元々そこが嫌いの始まりって言ってたし……うん、さすがにそりゃキレるよね……!

 対するだいは、今のはたぶん意図なく本音で出た言葉、だったんだろうけど……!


「私は倫がいればそれでいい。だからこれ以上彼に話しかけないで」


 怯まぬだいはさらに追撃。

 なんというか、戦いは既にノーガードの殴り合い化してるなこれ……!

 ノーガードなのにだいの防御固すぎて、何かワンサイドくさいけど……!


「何それどんだけ重い女なのあんた? ってかさー、そもそもなんであたしがあんたの言うこと聞かなきゃいけないわけ?」


 そして殴りかかるだいへ、風見さんもカウンター。

 たしかにそりゃ、風見さんがだいの言うこと聞かなきゃいけないってのは何か義務的なものではないけど……倫理観としてって話しだからね、強制力はたしかにない。

 けど。


「倫に迷惑」

「いやいや、それは北条さんが決めることじゃん。さっきだって自分からあたしに話題振ったりもしてたしさ、自分のわがまま押し付けてんじゃねーよ」

「自分から話題振った?」

「ねっ、なんだかんだまだあたしと話したいっすよね!?」


 風見さんの一言から、だいの視線も俺を向く。

 いやいや、関わらねーって何回も言ってんだろーがよ。

 ほら、言ってやれっ!

 って……あ、これはあれか?

 俺が答えていい場面?


 だいの視線が告げてくる「早く答えなさいよ」が、何とも冷たい感じにも見えたけど……。

 

 ふっふっふ、そうかそうか。そんなに斬られたいならしょうがないよな。

 よし、可哀想だけど、ここで引導を渡してくれようぞ……!


 そう思って、俺は改めてまっすぐ、風見さんと目を合わせるのだった。






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以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 主人公がエアーすぎる件。


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!

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