第338話 情報共有は作戦前の基本
「……あのさ」
「何?」
残暑の季節とはいえ、早朝の空気はまだ暑さをはらんではいない。
散歩するにはそこそこ快適な気温だし、午前5時台というあまりにも早朝な時間だから、平時は人間ジャングルの新宿でも人はまばら。
なんか朝まで飲んでたっぽい奴とか、路上で酔いつぶれたように眠ってるような奴もいないわけではないが、普段の新宿と比べたら割と歩きやすいとも言えるそんな状況の中、俺は隣を歩くだいに恐る恐る話しかけた。
「あの……なんで?」
「何が?」
いや、何がって……。
マスクをつけてるから確証はないけど、たぶん真顔で聞き返しているのだろうだいの声はあまり温かい感じではない。
とはいえさっき会ったばっかりの頃とか、その前の電話の頃に比べればまだマシなんだけど……ううむ。
「わざわざだいが会いに行く必要あるのかなって思いまして……」
「言ったでしょ? お世話になりましたって言わないとって」
で、色々思うところはありつつも、俺が質問の内容をちゃんと伝えると、返って来たのはさっきも聞かされた言葉だった。
俺からすればね、その言葉の意味を聞いてんだけどね!
ちなみに今でこそこうやって一緒に歩いてるけど、最初にこれを言われた段階でおそらく1分弱の硬直状態を食らった俺である。
その硬直はだいの「行くわよ」の一言で解除させられるまで続いたので、あの時は質問すら出来ず。
だからこうして改めて今聞いてみたわけだなんだけど……いや、だって「あーすを迎えに行く」って表現なら百歩譲ってまだ分かるとしても、「お世話になりました」ってさ……。
「それ、喧嘩売ることにならないか……?」
向こうからすれば、こういう風に取られかねないよね?
たしかにだいとしては向かう先にいる風見さんが先に仕掛けてきたって認識があるんだろうけど、だからと言ってそれをわざわざ正面から受けて立つ必要もないんじゃないかと俺は思うわけですよ。
特に今日は向こうからやってきたわけでもなく、あーすのせいで
そう思って俺はだいに不安というか、心配な気持ちを抱えて尋ねたわけなんだが――
「その気がなかったらそもそも改札出てないわよ」
「あ……はい」
そう言われれば、それはたしかに……!
そしてだいの雰囲気はやる気満々喧嘩上等。
目が笑ってるのが怖いです……!
ううむ……でも喜怒哀楽の中で一番怒を見せることのないだいが、ここまでなるとは……!
「私はね、怒ってるの」
でもまた真顔というか、普段の目つきに戻っただいの声は……あまり聞いたことがない調子の声だった。
いや、聞いたことがないトーンではない。
その声の調子はまさに今日……日付的には昨日。
あの非日常的なエリアの中で聞いた声と、似ていたから。
まさか同じ日の中で——だいからすれば別日だろうけど——二度も怒ってるだいを見る日が来るとはな……。
ほんとなんていうか……ちょっとなんとも言えない部分もある、かな……。
「今日連絡をもらったからじゃなく、この前ゼロやんから話を聞いた時から、ずっと怒ってる」
「……うん」
「私のこと嫌ってくれるのは構わないけど、そこにゼロやんを巻き込もうとするのは間違ってるでしょ」
足取りは変わらず、表情も落ち着き、口調も淡々ではあるんだけど……だいが口にしている言葉は、少し悲しい。
もちろん言ってることは分かるし、逆の立場なら俺だって同じことを思うかもしれないけどさ、やっぱりだいが誰かに嫌われるってのは、嬉しくないんだよな。
……だからと言って、俺に風見さんの感情をどうこうできるわけじゃないんだけどさ。
「だからこれをチャンスだと思って話をつけるの。それにどんな偶然よって思うけど、
そんな俺の内心をよそに、だいの調子は変わらないまま。
ただ……太田さんのことをあいつと重ねて話す時は、「怒」よりも「哀」のような感情が浮かんでいたような気もした、けど。
「ごめんな、俺がばったり会っちゃったばかりに」
「別にゼロやんが謝ることじゃないわよ。新宿に来たのは大地くんのお願いだったんでしょ? ……ゼロやんが奇跡的な確率引き当てるのも、今に始まった話じゃないし」
「まぁ、うん……」
否定できない自分が虚しいです、はい。
「……でもそうね、風見さんたちと会ったんだったら、お店変えるくらいして欲しかったなとは思うけど」
「あ……う、うん。その、ごめんなさい」
「ううん。でもそれも難しかっただろうなってのも思うもの。ほら、大地くんは事情を知らないし、誰とでもすぐ仲良くなっちゃう人だから一回話し出したら止まらないでしょ?」
「いや、まぁそれはたしかにそうだったけど……」
「それならってことでさ、あとは私がケリをつける」
「お、おう……」
正直俺としては非常にバツが悪い会話だったけど、そんな俺に対してだいは淡々と言葉を紡ぎ出していた。
さっきは少し寂しそうな気もしたけど、それに気を取られたのもほんの一瞬の感情だったのだろう。
なら……。
「俺に出来ることは何でもやるから、言ってくれな」
なんか、展開的に男の立場としてどうなのって思いもあるけどね!
それでもだいのために何もしないわけにはいかないから、俺は色々覚悟してだいにそう言ったんだけど……。
「隣にいてくれればそれでいいよ」
「え、それってつまり――」
「何もしないで、隣にいてくれるだけでいいから」
まさかの「何もしないで」、ですと!?
え、俺ってそんな頼りならない!?
と、俺に対する期待のなさに正直ちょっと泣きそうになりつつも——
「ただ私の横に立って、私のものだって伝えてくれればそれでいいから」
……あ。
「お、おう。分かった……!」
そう言ってじっと俺を見てきただいの言葉の意味が分かったから、俺はちょっと顔を赤くしてしまったかもしれない。
当たり前のように、隣にいる。
自然に、そこにいるのが普通のように。
特にだい側のポジションを経験したことがある太田さんからすれば……その意味はきっと伝わるだろう。
なるほど。だから俺は隣にいるだけで、か。
うん、二人に伝わるように、隣にいてやるぜ……!
そして俺のやる気も高まった、そんな時——
「元カノさんは初対面だし、ゼロやんに対してどう思ってるか知らないから、なんかいきなりで申し訳ない気もするけどね」
「あ」
「ん?」
そう言えば大事なことを言い忘れていたことをようやく思い出す。
だいは太田さんのことを初対面って今口にしたが……対面ってのがリアルで顔を合わせることならたしかにそうなんだ、けど。
「あー……っとね、太田さんとは、話したことがないわけじゃない、みたいだよ。もちろんリアルで会うのは初めてってのは間違いないだろうけど」
「え? というか……リアルで、って言葉を使うってことは……」
俺がちょっと曖昧に、苦笑いしながら俺もびっくりだったあの事実をだいに伝えようとすると、察しのいいだいは皆まで言うまでもなく、俺の言わんとすることを理解してくれたようだった。
でもほんとね、マジ? って思うよねこれ……!
「うん。予想してた通り風見さんは現役で、太田さんも元LAプレーヤーらしい。つーか太田さんの方は、昔俺らが組んだことある相手でさ、向こうも俺らのことちゃんと覚えてたよ」
「……元カノのLAプレーヤー率100%?」
「いや!? お、俺だって確率の定義を疑いたいところだって……」
「でも、私たちと組んだことあるってわざわざ覚えてるってことは野良とかじゃないだろうし……【Teachers】絡み? ……じゃないわよね。もし実はちょんとかかもめでしたって言うならもう少し違う言い方するだろうし……となると……別なギルド……? ってことは、つまり【Mocomococlub】?」
おおう……!
少し考え込む素振りを見せただいが十数秒で至った結論に俺は正直舌を巻く。
何という洞察力!
あえて俺が「俺ら」って表現したパーティ経験から、そこまで推測するとは……!
しかも——
「【Mocomococlub】……太田夏波さん……カナさん……カナ……もしかして……あのウィザードの?」
「うわっ、マジか! すげぇなよくそこまで繋げたな……」
「正解なの?」
「ああ。そうみたい。太田さんが、【Mocomococlub】の元選抜ウィザード、〈Kanachan〉だってさ」
「……なんかほんとゼロやんといると世界がどんどん縮小してるんじゃないかって錯覚するわね」
「いや、俺のせいじゃないって!?」
こうしてだいは見事に太田さんのキャラを言い当てるって言うね!
でもその繋がりに対し呆れるような目を俺に向けるだいだけど、それについてはほんと俺のせいではないと主張したい!
俺だってさ、どんなレベルの偶然だって思うところだし!
冤罪! 冤罪である!
裁判長! 俺は冤罪を主張する!!
「たしか清楚系の可愛い黒髪ヒュームの女の子だったわよね」
「え? あー……そんな感じだったっけ? 正直そこまでは覚えてねーや」
と、心の中でくだらないことを考えている俺に対し、自慢の記憶力を辿って〈Kanachan〉のことを思い出すだいだけど……すげぇなこいつ。俺全然覚えてな——
「ゼロやん昔可愛いよなって言ってたわよ」
「えっ!? 嘘っ!?」
「ホント」
「マジか……」
「うん。こういう見た目の子がタイプなのかなって、昔思ったことあるし」
「あ……あはは……なんかごめんなさい」
「別にいいわよ。私は男だと思われてた頃だし」
「いや……まぁ、それは……そうだけど……!」
や、やばい! こ、これは有罪!? 冤罪を主張した矢先の確定有罪!?
い、いかん……! く、空気が……!
空気が重い……!!
な、何とか話題を変えねば……!
「あっ、ええとあれ! か、風見さんは【The】ってギルドらしいぞ……!」
内心の変な焦りを受け、話題を変えねばと思って俺が咄嗟に口にしたのは、風見さんが所属するギルドの話。
ほ、ほら! よく考えたらさ、俺だいと【The】の話をしたことない気がしたから。
でも俺もだいも【The】のメンバーなら
こっちの話題にシフトすることも出来るかなってね、そう思ったんだけど——
「え」
「え?」
だいの反応は、俺の思っていた反応とは全然違った。
少しばかり目を見開き、びっくりしたご様子で立ち止まって、俺を見ていた。
そんなだいの反応は予想外で、俺も俺で間の抜けた声を出してしまったわけだが——
「ってことは、私たちと同じサーバーなの?」
……あれ?
なんで【The】が01サーバーのギルドって知ってんだ?
「え、俺だいと【The】の話したことあったっけ……?」
なぜ知ってるのかって疑問が頭に浮かんだから、俺はだいにこう尋ねると。
「ゼロやんから聞いたことはないけど、そこのギルド知り合いがいるもの」
「えっ、そうなの!?」
今度は俺がびっくりする羽目になったではありませんか!
っていうかさ、だいのLAの知り合いって、ギルドの仲間以外となると相当レアだぞ?
自分で言うのもなんだけど、こいつほんとに俺としか冒険してきてないってレベルの奴なんだし……。
「一緒にパーティ組んだことはないけど、時々お話する人が、ちょっと前にそのギルドに入ったって話を聞いたことがあるもの」
「え、だいに話相手いたの!?」
「失礼ね。0じゃないわよ」
「あ……いや、ご、ごめん。でも、組んだことないけど知り合いって……どういう経緯なんだ?」
「私は防具製作スキル持ちだけど、その人は武器職人でね、私の名前はバザールの出品者でよく見るからって知ったみたいだけど、中間素材の買い取りのお話から話すようになったのがきっかけで、今は出品価格の相談とかも受けたりするようにもなったの」
「武器職人……?」
「うん、名前は——」
「〈Star〉って奴?」
「え、知ってたの?」
「あ、いやさっき初めて聞いたくらいだけど……そうだったのか……」
「……? でも、星さんはいい人だよ。私ゼロやんがインしてない時に素材
「ほーほー、って星さん?」
「そう呼んでって言われたの」
「おー……まんまだな。でも、分かりやすいか」
「うん。……でもそっか、風見さんのギルドだったんだ。同じサーバーか……リアルと違って、LAの中の接触だと防ぐのは難しいわね……」
俺からすればなるほどなるほど、って感じのだいの説明に、「そうだったんだなぁ」で終わりかけた話の流れが、だいの「ふむ」という様子によって戻される。
でもLAの中の接触って……あっちの世界なら別に身体的に何されるわけでもないし、最悪
……そんな不安に思うことじゃない、とは思うけど……。
「そこも含めて話をつけないとね」
「あ……はい」
「じゃあ早く彼女がいるところまで行きましょ」
そう言ってだいが俺の手を取り引っ張って、〈Star〉さんの話からの流れから立ち止まってた俺たちの足に再び動かし出す。
その足取りには……迷いはなさそう。
「ちなみに風見さんのキャラクター名は?」
「あ、〈Hideyoshi〉だって」
「ふぅん」
「知ってる?」
「知らない」
「そっか」
ま、さすがにそんな何回も実は繋がりありました! なんてことね、起きないよね!
しかし……ほんとだいと会わせて、どうなるのかな……。
これで風見さんが色々諦めてくれたら、万々歳だけど……。
遠目に見えてきた、一軒のバーなのに。
なぜか今は高難度コンテンツダンジョンに見える不思議。
でもここまで来たらもう引き返すことはできないから。
俺は意を決し、だいをそのバーの前まで案内するのだった。
まぁ俺の役目、隣に居るだけなんだけどね!!
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以下
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だいの中で、囚われ(?)のあーすは最早忘れ去られてそうです。
最近忙しくて更新速度落ちてます。
気長に待っていただけると幸いです。
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!
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