第337話 合流地点は……


「電話?」

「こんな時間にかけてくるとか非常識っすねー」

「誰からー?」


 鳴り響く振動音。

 薄暗い店内で光る画面。

 この空間における異質なそれに、全員の視線が集まっている。


 おそらく現在時刻は午前4時半くらい。たしかにこんな時間に電話かけてくるとか普通に考えれば非常識って思うとこだけど、言ったのが風見さんだとこれ何の説得力もないな。


 って、そんなことは置いといて……画面に表示されたその名前が見えるのはスマホ近くに座ってる俺一人のようで、誰もが表示その名に気づいていない。


 でもそこに表示された名前を見て、俺は——


「も、もしもし!?」


 まさかこの時間に連絡が来るなんて思ってもみなかったから。

 見間違いかとも思って、反応するまでに間を置いてしまったよね!


 けど、そこに表示されている名前を、他ならぬ俺がスルーすることなんか出来るわけがない。

 なのでちょっと慌てながら席を立った俺は、店内の隅っこへと移動して電話を受けたわけだが——


『今どこ?』


 声が聞ける、ちょっとだけ嬉しいような気持ちも抱きつつ電話を取った俺に対するその第一声は、まさに氷。

 たった一言なのに、そこに世界中の全ての不機嫌が詰まっているような、背筋がゾッとするような声、でした。


「あ、え、えっと……まだ新宿……です」


 そんな恐怖感のせいか、無意識に俺は敬語で話しちゃったけど、たどたどしくも答えた俺の言葉に電話越しの相手は——


『なんで?』


 たった3文字で俺にさらなる恐怖をお与えになるというね……!


「え、あ、その——」

「誰から電話なのー?」

『……大地くん、酔ってる?』


 そんな怖さから上手く言葉を口に出来なかった俺に、少し離れたところにいるあーすから声がかかる。

 その声の調子から察するところがあったのだろう。あーすを大地くんと呼んだ電話相手……そう、もちろんもうお分かりだと思うけど、俺の愛しのだいが、電話越しに怪訝そうな感じで俺に疑問を投げてきたわけである。


 いつもならまだ寝てると思うし、なんで今に限って起きたのか分からないけど、とりあえず今だいが起きて俺に電話かけてきてるのは紛れもない事実。


 なので俺に出来ることと言えば——


「う、うん。酔ってますね、はい」


 聞かれたことに正直に!


『そっか。……というか、なんで敬語なの?』

「え、あ、いや、その——」


 すみません前言撤回!

 怖いから、なんて言えないよね!


『まぁいいわ。じゃあ私に位置情報送っておいて』

「え?」


 で、結局俺は敬語の理由を言えないまま、だいから告げられた意味の分からない単語に聞き返したところで、何か大きな音が聞こえたとともに切られた電話。

 え? 位置情報? えっと、つまりそれは、俺が今いるところ教えろってことだよね?

 え、でも俺もうすぐ帰る予定よ?

 ……いや待て。

 今のだいの電話、呼吸も少し乱れてたような気がするし、それより最後に聞こえた音……?


 え、てことは……え!?


「なんか慌ててたけど……もしかして彼女からの電話ー?」

「マジすかっ!? え、北条さん完全に怯えてたじゃないすかっ!」

「あっ、なっちゃんからだったのー?」


 混乱する脳をなんとか落ち着かせようとする俺へ、背中側から続々と投げかけられる言葉たち。

 だがその言葉に返事をする余裕が自分にない。


 つまり、あれだよな。

 だいが今、こっち向かってるってことだよな……?

 

「おいリンシカトかー?」

「焦ってるってことは、ガチで菜月ってことっすかこれ?」

「なっちゃんも来ればいいのにーっ」


 背を向けている3人から聞こえる声は変わらず気楽なもんだけど、あーすのセリフはちょっとイラッとしたよね!

 どう考えたって今この場に来たら修羅場じゃろがい!


 と、とりあえずあれだ!

 阿佐ヶ谷発……新宿行きの始発……は……4時44分!?

 え、なにこの数字不吉かよ!?

 いや、でも現在時刻は……4時45分か。ふむ……ってもう発車しとるやないか! つまりさっきの音は電車が来た音か!

 で、到着が4時59分……となると、あと14分!?

 え、えっと、とにかくあれだ!

 こんな始発くらいの時間の新宿とか、どこにどんな酔っ払いがいるかもわからんし、歌舞伎町方面まで一人で来させるわけにはいくまいて!!


 そんな結論に辿り着いて。


「これ会計! 足んなかったらあーすに言って! あと、マスターにお騒がせしましたって言っといて!」

「えっ、あっ」


 とりあえず新宿駅に向かわねば、その使命感に燃えた俺は財布から野口英世を3枚ほど取り出して有無を言わさず風見さんに渡しに行ってから、踵を返して店外へダッシュ。


 俺のいきなりの行動にびっくりしたのか、風見さんはあっけに取られたままお金を受け取ってくれたけど、太田さんに至っては顔を見る余裕もなし。

 とはいえ、あーすのことをあとで回収しなきゃいけないけど……まぁあいつには勝手に駅まで戻って来いって連絡しとけばいいだろ。

 他の二人はもう会うことがなくても構わないからな!

 

 今は何よりだいのこと……!


北条倫>里見菜月『今新宿駅向かってる!東口改札行く!』4:47


 そんなことを考えつつ、お店を出て駅へ向かいながらスマホをぽちぽち。

 位置情報送れって言われたけど、もうあの店にはいないんだし、うん。この方がどこ行けばいいか分かりやすいよね!


 しかし来た時は真っ暗だったのに、もうすっかり朝を迎えてんだな、世界ってやつは。

 上る朝日がまさに黎明を告げるって感じだよ。

 天から降り注ぐ明るさは、疲れた身体に染み込むようで、なんかドッと疲れたようなそんな気持ちにさせてくるけど……よく考えたらこれほぼ完徹だもんな。

 そりゃ疲れてるわけだって。

 

 でも今はだいを迎えに行かねばなのだ……!!


 そんな疲れた身体に鞭を打ち、俺は気持ちだけは少し昂る心を抱きながら、だいに会うために駅へと足を動かすのだった。






 そして迎えた4時59分、から少し過ぎた5時3分。

 さっきまでいた店も既に閉店の時間を迎えた頃。


「あっ、こっちこっち!」

「……おはよ」


 連絡に対して既読は付いてたから俺の連絡を受け取ってくれたのは分かってたけど、いざ現れただいは……さっきの電話同様、ご機嫌斜めな雰囲気を隠してもいなかった。

 ラフな黒のTシャツにジーンズ、髪は後ろで束ねて顔にはマスクと、寝起きすっぴんでコンビニに行くOLみたいな見た目はそれはそれで素朴で可愛い、はずなんだけど……それを補って余りあるその目の不機嫌さがね、俺には痛いよね……!

 やっぱりあれか? 眠いとかもあるのか?


 でも改札付近で待ってた俺が声かけると、挨拶は返してくれたから、手がつけられない、とかってわけじゃないとは思うけど……。


「間もなく始発動く時間だからもうすぐ帰るつもりだったけど……どうしたんだ?」

「……別に」


 視線こそちょっと怖いものの、いつまでもビビってるわけにもいかないので、俺がそもそもどうしてここに来たのかってのを聞くと、改札を抜けただいが割と俺の至近距離まで近づきつつ、そっぽを向いてこの一言。

 ちなみに近さで言えば腕を伸ばさなくても届くくらいの近距離で、なんだかだいの髪の毛のいい匂いがするような、そんな気にもなった気がした。

 対する俺は当然風呂にも入ってないわけなので、汗臭かったらしないかなって不安もあったんだけど——


「なんかあったらすぐ行くって言ってたのは私だし……」


 ってなことを言いながら、さらにだいが俺に接近。

 というか、もうこれは……ほぼ密着、が正解じゃないでしょうかね!?

 え? あれ? ど、どういう流れ?


 たしかに始発の時間だし、周辺には人少ないけど……え? ここ公の場所だよ!?


「……今日はくっつかれたりしてなさそうね」

「はいっ!?」


 って、ちょっと焦った俺に対し、なんだか匂いを嗅ぐようなそぶりを見せ……そんなことを言ってきたんだけど、え、匂い!? いや今の俺絶対いい匂いなんかしてないから恥ずかしいんだけど!?

 ってかそうじゃなく! よその女の匂いがついてるかどうかってこと!?


「冗談よ。さすがに匂いなんて分からないし」

「え、あ……はい」


 そして焦る俺に、ようやくだいは一歩離れて淡々とそんなこと言ってくるんだけど、気づけばその目はさっきまでの不機嫌さが多少は和らいでいるように見えた。

 とはいえマスクしてるせいで表情が全部分かるわけでもないから、だいの気持ちも考えも読み取りづらいんだけど……!


 まぁいつぞや風見さんの襲来を受けて、それをだいに報告した時に「いつでも呼んで」とは言われてたけど……そこまで風見さんを警戒してるって感じなのか……?

 とはいえ、寝てる間にきてた俺の連絡に不機嫌なったけど、いざ俺に会ったらちょっと落ち着いたとか、そんな感じもなくはないんだろう、きっと。


「じゃあ」

「うん」


 まぁ後は帰るだけだよな。あーすもあの店閉店時間だし、連絡すればそのうちこっちに戻ってくるだろう。だいも真実を残してきてるんだろうし、早く帰らないとだもんね。

 って思った矢先――


「ゼロやんがお世話になりましたって挨拶に行かないとね」

「うんうん。……って……へ?」


 な、なんですって!?

 いやいやいや、え!?

 聞き間違えじゃないよね!?


 あとは帰るだけ、完全にそう思い込んでいた俺は、だいが何を言ってるのか理解できず。

 最早完全に唖然茫然口ポカーン。


 なのに。


「さ、案内して」


 だいのその目は笑ってる。

 でもなぜかちょっと好戦的な気もするようなしないような……。

 

 そんな目で俺を見てくるだいを前に、俺は何をどうするべきなのか、どんな顔を向ければいいのか、何も分からず頭が真っ白になるのだった。






☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 3人が集う時、その空間は……! 


(宣伝)

 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る