第334話 やっぱりあいつは悪い奴

「あっ、ゼロやんおかえりー」

「リンおかえりー」


 変わらず薄暗い店内にいるのが俺らだけになってもうどれくらいだろうか。

 っていうかマスターの姿も全然見なくなったけど……もしやあれか? 暇でバックヤードの方で寝たりでもしてんのか?

 まぁお店の経営に対して俺が何か言うこともないけど……おかげでほんと、俺ら用の貸しスペースなってるよな、この店。


 とまぁ俺がそんなことを思ったりしつつ元の席に戻ると、にこやかな笑顔をあーすが浮かべ、それに合わせて太田さんも俺に「おかえり」って言ってくれたけど……風見さんはご機嫌ななめって感じで、そっけない。

 俺からすればその態度は今後距離を取ってくれそうで悪くないって気もするんだけど……って、おいこの女マジかっ!?


 ふと気づけば3人それぞれの側に新しいグラス。

 そう、3人、なのだ。


「仕事中じゃねーのかよ……」

「もう今日の新規入店はおわりでーす」

「おいおい、いいのかよ?」

「んー、リリがいない日はマスター一人でやってるようなお店だし、たまにマスターも疲れたってお店閉めることあるし、いんじゃん?」

「人間だもんねっ、そんな日もあるよねっ」


 まさか勤務中に、と正直引き気味の俺の言葉に、風見さんがグラスを仰いでから俺に答えてくれたけど……いや、何という自由経営。

 ううむ、魔境新宿のバー恐るべし……。


「ってか、リンは全然お酒飲んでないけど、飲まないの?」

「そーだよー、ゼロやんも飲めばいいじゃーん」

「いや、俺はいいよ。今飲んだら寝そうだし……それにまだ、ちょっと聞きたいことがあるから」

「聞きたいこと?」


 で、引き気味の俺に太田さんとあーすがザ・悪ノリって感じで飲酒を進めるが、それをあっさり断って、俺は改めて、さっきからそっぽ向いた状態のもう一人に視線を向ける。

 そんな俺の視線と言葉にあーすが俺と風見さんとをいったりきたりしながら視線を彷徨わせるけど――


「なんすか?」


 あらゆる提案を俺が断り続けたからか、その不機嫌さを隠しもしてないけど、俺の聞きたいことの相手が自分ってことは分かってくれたようで、そこでようやく風見さんが両手でグラスを持ったまま、俺の方に向き直ってくれた。

 しかしまぁ、ほんとにこいつ店員かよって思うよね。

 今浮かべてる表情はあれだ、それとなく深夜にうちに侵入して来た時の、だいに対する自分勝手な恨みを話してた時と、ちょっと似てる。


「ああ、【The】についてなんだけど」

「うちのギルドについて?」


 でも、そんな表情に対しても怯むことなく、俺は聞こうと思っていた話題を切り出すべく口を開く。

 まぁ今さらこの子に対して何を気にする必要もないしな。


「よくない噂を、聞いたことがあるんだけど」


 だからこの言葉もね、躊躇わずにすっと出すことができた。

 だがやはりその言葉は予想外だったのだろう。


「よくない噂?」

「僕は聞いたことないけどー?」


 風見さん、ではない二人が俺に聞き返してくるけど、俺はとりあえずそちらは無視。

 大本命の返答を待つ。


 だが。


「RMTの件とかって言うんでしょ? どうせ」

「え?」


 返って来た答えは、正直予想外すぎて。

 そんな素直にそのワードが出てくるとかさ、思わなかったじゃん?

 だから思わず俺は露骨に目を丸くしてしまった、気がしたけど。


「RMT?」

「って、えっと、現金でゲームのお金買うやつだっけ?」

「うっわ、久々に聞いたなーそんな単語。って、え? リリのギルド、やってんの?」

「いやいや、カナさんまで人聞きの悪いこと言わないでくださいよー。あたしがリーダーだし、攻略サイト運営するようなLA愛溢れたギルドっすよ? やってるわけないじゃないっすかっ」


 風見さんの発した言葉を聞いて、太田さんとあーすも少しびっくりしたようだったが……俺の質問と風見さんの言葉から【The】がRMTをやってるって予想したであろう太田さんの「やってんの?」って質問に対して答えた風見さんは、俺に向けていた表情とは打って変わって、笑っていた。

 しかも堂々と「やってるわけない」って言ってるけど……ってことは、デマ、なのか?


 まぁたしかに彼女がそんなことしそうってのは、なかなかイメージしづらいところではあったけど……。


「北条さんそれ、あのウザいギルドの奴らから聞いたんすか?」

「え? ウザいギルド?」

「決まってんじゃないすか、【Vinchitore】っすよ」

「え? 【Vinchitore】が?」

「そっすよ。マジあいつら適当な言いがかりつけてきやがって……別にあたしは大人だから何も言わないっすけど、正直大っ嫌いなんす、あのギルド」

「言いがかりー?」

「うーん、あたしやってた頃から廃人ばっかだったけど、汚いってイメージは一部除いてほとんど思ったことなかったけど……リリは何かされたことあんの?」


 そして続けられた会話の中で明らかにされる、風見さんの【Vinchitore】に対するヘイトの高さ。

 あのギルドに対して妬みや嫉みを持ってる人には会ったことあるけど……ウザいって表現をする奴は、初めてだった。

 でもそのヘイトを表すように彼女の表情は先ほどまでの俺に対する不機嫌すらも吹き飛ばし、今はちょっと怒りの色を浮かべている。

 どうやら何かあったって感じなのは、間違いないみたいだけど……。


「さっき話したうちの〈Star〉ってグラップラー、元【Vinchitore】なんすよ」

「あ、そうなんだ。その人がなんか関係あんの?」

「それがですよー? 上司に当たる幹部と揉めて抜けたらしいんすけど、その揉めた原因が言いがかりみたいで。〈Star〉ってサハスラブジャヤ持ちなんすけど、それが原因なんすよね」

「ほうほう……ってごめん、あたしそれ分かんないや。リン知ってる?」


 何だ……と!?


 【The】の強いって言ってたグラップラーが元【Vinchitore】で、その人にとっての幹部ったらもう奴のことだろうから、それと揉めたって話は正直「あー」ってなってた俺だったが、その流れの中で風見さんが口にした噛みそうな単語に俺は絶句。


「あっ、なんかすっごい格闘装備じゃなかったっけ?」


 で、絶句する俺をよそにさすがにその名は知ってたか、あーすが「そういえば」みたいに閃いた感じで言ってくるけど。


「すごいかどうかで言ったら、相当すごい装備なのは間違いない」

「ほうほう。どんな装備なのそれ?」

「いやぁ、一緒に戦えば分かるっすよ! 敵は選びますけど、あれは正直あたしもぶっ壊れてんなって思いますもん!」


 内心の驚きを抱えたまま、俺が静かにその装備を褒め、どんな武器かって太田さんがさらに聞いてきたけど、俺に続いて風見さんもその武器がいかにすごいかを興奮気味に伝えてくる。


「いや、うん、すごいのは分かったけど、どんな性能か聞いんてんだけどー?」


 でもその興奮に具体性がなかったからか、太田さんは少し呆れ顔になってしまったけど――


「ステータス自体はそこまで高いわけじゃないけど、その代わりに攻撃が常時5回攻撃扱いになるんだ」

「は?」


 そう、その武器サハスラブジャヤとは2年前に実装されたの格闘武器。スキル補正は+50程度だし、ステータス上昇も俺が言った通りそこまでではないのだが、攻撃が常時5回攻撃扱いになる、つまり1発殴れば全部命中判定されれば5回殴った分のダメージを敵に与えることができるという、まさに神性能を持っているのである。

 元々サブ盾役を担うグラップラーだったが、もっとアタッカーをしたい! というユーザーたちの要望から当初は運営がネタ的に実装してきた装備なのだが、性能はネタどころかほんと神がかったぶっ壊れ性能で、その武器の通常攻撃は、攻撃上昇スキルや魔法をもらった通常攻撃最強クラスの斧使いの通常攻撃のダメージに匹敵する威力を発揮すると言われている。

 通常のサブ盾の役割をするには性能は心許ないけど、アタッカーとして活躍するのであればそれはもう最強クラスの武器なのは疑い得ないところだろう。

 俺も運営が発表した動画でその武器を見たことがあるけど、少なくともその動画では明らかに普段はサブ盾に甘んじるグラップラーが、圧倒的なDPSで敵を撃破していく光景を見せつけてくれていた。

 でもそんな性能なだけあり入手難度も狂っていて、格闘スキル250以上のキャラがソロで挑める「拳の頂き」というシリーズものの長編クエストに挑み、その最終クエストボスが超低確率で落とす素材武器に、集めるのにどれくらいの時間がかかるの? ってレベルの素材アイテムを投入した結果完成されるのがサハスラブジャヤなのである。

 集めなきゃいけない素材アイテムは基本が万単位の個数が要求され、それがたしか5種類ほど。しかもその素材アイテムも普通のプレイヤーなら1日10個集められれば十分くらいの確率でしか手に入らないアイテムで、素材アイテムはバザールで取引もされてるけど、1個当たりの単価がそれなりに高額。だから全て購入しようと思えば数千億リブラというゲーム内通貨を要することが確定。

 まだ数年は入手プレイヤーが現れないんじゃないかと思われ、その途方もなさに諦める人の方が圧倒的多数だった、そんな武器なのである。


 正直俺もプレイヤーでそれを持ってる人がいるって話は初めて聞いたんだけど……そんなプレイヤーが【The】にいる、だと……!?

 ……使ってるとこ、見てみたいなおい……!


「それを持ってるとしたら強さは【Mocomococlub】だと〈Yakob〉ファイターくんの比じゃないし、【Vinchitore】の〈Richard〉よりも上になれるんじゃないかって思うよ」

「え、ヤコブだって強かった記憶あるけど……でもそんな人を【Vinchitore】は手放しちゃったの?」


 で、俺が簡単にサハスラブジャヤの性能を太田さんに説明し、その強さを具体名を出して例えたけど、出てくる名前たちに対し「それ誰ー?」って呟くあーすよりも、現役じゃない風見さんの方が俺が出した名前にピンときてるあたりがどっちもさすがって感じだよね。

 でもほんと、そんなプレイヤーを【Vinchitore】が手放したってのは、俺も腑に落ちないところがあるんだけど……。


「いやー、ほんと〈Star〉の話聞く限り、グラップラーの幹部の奴はクソみたいな奴だったみたいなんすよねー」


 どうやらその原因は、やっぱり奴、なのか……。


「えーっと、【Vinchitore】のグラップラー幹部って……あたしが現役だったころはたしか、〈Mobkun〉とかじゃなかったっけ? まだ一緒?」

「そいつっす! ほんとモブって名前らしく引っ込んどけって思いますよ!」


 そして太田さんが出した名前に、風見さんが露骨に激昂。

 しかしモブと揉めたって、何があったんだ?

 いや、すぐに誰かと揉めそうな奴だってのはさ、ジャックの話からも知ってるし、俺もあいつ嫌いだけどさ……。


「〈Star〉が武器完成させて、それをクソ野郎に報告したら、そんな簡単に出来るわけない、データ不正かRMTでリブラ大量買いして買い付けたに決まってる、って言われたらしいんすよね! ひどくないすか!?」

「えー……おめでとうもなく、そんなこと言い出したのあいつ……。……でも、たしかにあたしも直接関わりはないけど、【Mocomococlub】のメンバーがスキル上げで狩場かぶったら、公開チャットで露骨に「邪魔」って言われたって話も記憶にあるから……嫌な奴ってイメージあるけど……」

「いやいやイメージじゃないっすよ! 嫌な奴でクソ野郎なんすよ! 報告した〈Star〉に弁明させることもなく不正疑惑があるって仲間内に周知して、幹部権限で一方的に追放処分されたって〈Star〉言ってましたし!」

「えー、それは一方的すぎだよー! 僕も嫌いだなもぶくんってやつ!」

「まぁ俺もあいつが悪い奴って意見には同意だな……。でもルチアーノさんがその〈Star〉って人がサハスラブジャヤ持ちってこと知ったら、引き留めそうな気もするけど……」

「あ、報告して装備してること見せたのはクソ野郎相手だけみたいなんすけど、なんかいきなりの言いがかりに加えて追放って言われたとこで〈Star〉もキレたらしく、他の誰にも言わなかったみたいなんすよね。さらにあいつ人前で使うこともないんすよ。うちらの前でも占有コンテンツ挑む時以外は使わないですし、使った時の動画はバレると色々面倒だからサイトにあげるなって言われてるんで、公開もしてないんす」

「うーん……そんなすごいのほんとに持ってるなら、もっと堂々としてもいいってあたしは思うけどなぁ」

「まー、あたしらからしても、そんな武器持ち抱えてコンテンツクリアしてる動画UPしたところで攻略サイトとして参考にならないっすから、公開する気もないんすけどね」


 ……ふむ。

 まぁレアな武器手に入れて面倒なことなるのは、どっかの誰かさんのコラムの時に俺も経験したけど……なるほどね。


「〈Star〉も〈Star〉で追放って言われた時言い返さなかったからか、元【Vinchitore】の仲間たちもクソ野郎の言ったこと信じちゃったみたいで、そっからどんどん悪い噂広められてんすよね。武器使ってない時のうちの動画には名前隠してるけど〈Star〉っぽいキャラが映ってるんで、所属ギルドも特定されちゃって、あたしもクソ野郎から「不正ギルド」ってメッセージもらったことありますよ」

「えー、ひどすぎ!」

「〈Star〉ってうち唯一の高レベル武器製作職人なんで、所持リブラもうちのギルド内で圧倒的なんすけど、そういうわけでお金持ってる理由もちゃんとあるんすよ。それにほんとに不正してたら一気に集められるリブラ量としては異常すぎる量だろうし、さすがに運営に見つかると思うんすよね。でも何だかんだあのクソ野郎もLAの世界じゃ実績と知名度あるから、あいつが作った噂に一定の信憑性が帯びちゃってんすよ」

「……なるほどね。いや、うん、変なこと聞いたのはごめん。謝るよ」


 ということで、俺の質問の答えはどうやらデマ、というか作為的に生まれた悪意ある嘘、だったらしい。

 ほんとに所持しているプレイヤーがいるとは思えない武器の話が登場したけど、自分のことならまだしも仲間のことで嘘つく必要もないだろうから、この話もきっと本当、なんだと思う。


 だからこそね、俺は失礼なことを聞いてしまった件についてはしっかりと謝罪の意を込めて頭を下げた。

 俺だってもし仲間の誰かが関わる悪い噂の話されたらさ、絶対怒ると思うし、今の話をしてくれた風見さんの気持ちは分からないでもないからね。


「えー、人のギルドのこと悪く言っといて、謝罪はそれだけっすか?」

「え……」


 仲間を大切にするあたり、やっぱ風見さんも根は悪い子じゃないんだろう、なんて。

 そんなことを思った俺に、10分ほど前までの不機嫌さはどこへやらみたいな、悪い笑顔を浮かべる女性が一人。

 その笑みの口元には、相変わらず活発で悪戯好きそうな印象を与える八重歯がちらり。


「いやぁ、せっかくカナさんが復帰するギルドなのにいきなり悪い印象持たせようとしてきたわけですし、これは何かしてもらわないと、名誉棄損の保証としては割に合わないっすよねー?」

「え、あ、いや……」


 そ、そんなつもりで聞いたわけじゃないんだけど……!?


 これぞまさに蛇に睨まれた蛙の如し。


 真実が明らかになって誤解へ謝罪し一件落着、それで終わりたかっただけなのに。

 ニヤニヤとした笑みを浮かべる風見さんの前に、俺は嫌な緊張感を覚えずにはいられないのだった。





☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 久々に名前出した気がします。笑


(宣伝)

 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!



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