第329話 忘れられないってのは意外としんどい
「あのさ。よく分かんない流れなってるから、とりあえず一つ言わせてもらうけど、俺と太田さんの話は過去の話であって、今となってはそれ以上でも以下でもないし、俺は風見さんとは関わる気もないからな?」
「一つって、それじゃ二つじゃん?」
「はい、細かいこと気にしない!」
「えー、あたしの扱いひどくないすかっ」
「やかましい!」
「僕とは――」
「お前は今は黙ってろっ」
……はぁ。
マスターのおかげ、って言うべきかよく分からんけど、いったん3人が落ち着いた感じになったので、俺は最初に頼んだカクテルを一口飲んでから、移動させてきた椅子に座る茶髪コンビに自分の意思を告げる。
それに合わせてそれぞれの反応があったわけだけど、俺にだって自分の立場があるんだからね、彼女たちとこれ以上のことなどあるわけないってのは、最低限理解して欲しいとこだよね。
そりゃ久々に会った太田さんは相変わらず綺麗だと思うし、風見さんだって可愛いとは思うけど、それは一般論的な感覚であって、それを越えた何かがあるわけではない。
今俺が言った言葉、それが全てだ。
ん? あーす?
あーすくんはもういいです、ありがとうございます。
って感じで、俺がイライラした空気感をちょっとだけ発すると——
「ま、そだね。リリの話はよく分かんないとこもあったけど、リンが好きな子に一途ってのはこの中の誰よりもあたしが知ってることだし、さっきはあたしも悪ノリして悪かったって」
さすが俺と同い年の最年長ってところなのか、太田さんが俺の気持ちを理解してくれた感じで、こう言って笑ってくれた。
そして座り直す際に元々彼女が飲んでいたであろうカクテルを取りに行ってたので、それを一口。
彼女がお酒飲むのを見るのは……時効だと思うからカミングアウトするが、初めてじゃない。だからなのか、笑いながらお酒を飲む彼女の姿はどことなく懐かしさを与えてくれるものだったけど……この中の誰よりも俺を知ってる、か。
そこは……どうなんだろうな。
たしかにリアルで接した時間の合計数はこの3人の中じゃ考えるまでもなく太田さんが多いけど、俺だってもうあの頃と同じ自分じゃない。
太田さんと付き合って別れて、亜衣菜……いや、武田さんと付き合って別れて、社会人なって、だいと付き合って。
この10年、何も変わってないのはあり得ないだろう。
10年ってそれだけの期間じゃん?
とはいえ俺に対して謝ってくれたのも事実なので、わざわざその言葉に突っかかるのは野暮だからさ、そこは俺も大人の対応って感じにね、合わせて軽く笑って見せたんだけど。
「……あれ? でもカナさんいつぞや……」
いい具合に大人が締めて一件落着かなー、なんて思った矢先、口元に手を当てながら何かを思い出そうとする風見さんが口を開き——
「前に酔ってた時に何か元カレの話してませんでしたっけ……?」
その発言に、俺含めて全員が風見さんの方へ視線を向け——
「たしか、東京出てから付き合った男は風景写真だけど、高校の時の元カレ一人だけ人物写真なんだよねー、とかって……」
「んーと、それどういう意味なんだろ?」
たどたどしく思い出しながら話す風見さんの言葉に、あーすが質問。
でも、あ……。
「あれっすよ。風景写真だと背景がフォーカスされて、人が写ってても写真全体の中の一部でしかじゃないっすか? だから細かいとこまで覚えてないっぽいんすけど、人物写真はその人にピントが合うじゃないっすか? その人を写してるわけですし。つまりその人のことだけははっきりくっきり、ちゃんと覚えてるってことだとあたしは理解したっすね!」
「ほうほう」
あーすの質問への回答はどうやら風見さんなりの解釈だったようだが、実はあーすが質問する前くるいから、既に太田さんの顔が赤くなってってたんだよね!
……でも、こんな恥ずかしがったりする人だったっけ?
っていうか……え、もしかしてそれって……?
風見さんが来る前の話を考えると……。
俺が少し予想外のことに驚きながら、ちらっと太田さんの方に視線をやれば、ちょうど彼女もこちらを見ていたようで一瞬目が合った。でも、その視線はあっという間に逸らされる。
いや、もちろん元カレの手前、風見さんが言った話が恥ずかしいわ、俺に悪いわでバツが悪いのかもしれない。
うん、その人物写真の人が俺なんて考えるのはね、自意識過剰かもしれないよね。
と、自分の中でそう判断を下そうと思うも……。
「あれ? カナさんどうしたんすか?」
「な、なんでもないよっ」
「……追いかけて欲しかった人ですもんねー」
「え、そんな話してたんすかっ! ふふ〜ん?」
あー……この反応見たら、さすがに……俺でも思うところは、あるよね……。
顔を赤くした太田さんは俺から目を逸らした後、ぐいっとグラスを仰いで空にしてたけど、顔の赤さはお酒のせいってわけではないだろう。
で、そんなさっきまでは少し大人の余裕を見せる感じだった彼女の変化に、風見さんは最初こそ「あれ?」みたいな表情だったけど、太田さんとは別な意味で顔を赤くしながら少し悪い顔をしてるあーすがズバッと切り込むと、風見さんも一緒に悪い顔へ。
そんな悪い若者二人とは反比例するように、太田さんは恥ずかしそうに口を真一文字にして、膝を揃えて空のグラスを両手で持ち、少しぷるぷると震えてるように見えたけど……。
「……だって」
「え?」
少しの間を置いて、太田さんの震えが止まると彼女は視線を下に向けながら、ゆっくりと口を開く。
その声の小ささに誰かしらが聞き返したようだが——
「だってめっちゃ好きだったんだもん!!」
何か観念したのか、下を向いたまま、心の内を叫ぶ太田さん。
その言葉にあーすも風見さんも隠すこともなくニヤニヤと笑ってるんだけど、これ叫ぶ方もあれだけど、聞かされる方も辛いからな?
あ、あのテーブルの人たちまたなんかメモ取ってやがる!
てかマスターもちょっとニヤニヤしてんじゃねーよ! そこはキャラ守っとけよ!
……はぁ。
「えっと、つまりカナさんの忘れられない元カレってー、この人ってことでいいんすよねっ?」
「はいそこ、いちいち触らない」
「えー、ケチッ」
「やかましいわ」
顔を真っ赤にしながらまだちょっと恥ずかしさに震えてる太田さんをいじる風見さんが、この人って言いながら俺の腕を掴んで来たので俺はそれを振り払う。
そんな俺に風見さんはちょっと拗ねた様子を見せるけどそんなん無視無視。
とりあえず今は、さ。
「太田さんもさ、もう10年も前なんだし、そんなに気にすることないって——」
って、太田さんのフォローに入ったんだ、けど。
「——気にするでしょだって!」
「え、へ?」
なぜか強い語気で攻められる俺。
……いやいやいや、なんでやねん!?
え、だって10年前だよ!?
もう今さらすぎるでしょ、色々!
って、思ってたのに。
「だって、だってさ……好きだったのに、めっちゃ好きだったのに自分で暴走して傷つけて終わらせたんだよ? しかもその後一回も会えなかったし……後悔重ねすぎてマジ富士山より高くなってるってこれ。そんな後悔するくらいなんだよ? ……忘れらんないじゃん、さすがに」
「え、ああ……っと、そ、そっか……」
とまぁ、ちょっと涙目になってるか、なってないか分かりづらい感じの太田さんが、如何に今日まで後悔してきたかを俺に語る。
たしかにあの日は俺も相当ショックだったなぁって何となく覚えてるけど……でもその痛みを今でもずーっと引きずってる、なんてことはない。
たしかに、意図せず相手を傷つけた時って、ちゃんと相手に謝れないままだといつまでも胸の内にモヤモヤが留まったりするけど……。
「富士山って何メートルでしたっけ?」
「3776だよー」
そんな太田さんの話を聞いてる若者二人は、なんかよくわからんとこの話してるけど、とりあえず今は放置放置。
しかし、ううむ……。
太田さんが何を言おうと、今の俺には何も出来んからな。
彼女がいるってことも伝えてるわけだし、そんな俺から中途半端に共感みたいなこと言われるのも嫌だろう。
ならばここはあっさり、もう謝ってもらったから大丈夫、それくらいを伝えるくらいでいい、よな?
ということで、俺はとりあえず俺を見てくる太田さんに苦笑いを浮かべながら。
「でもそれもほら、今謝ってもらったからそれでいいって。そもそも俺はとっくに時効のつもりだったしさ。これで太田さんの中でも綺麗に整理しちゃってよ」
そう言って、太田さんに気にする必要ないよ、俺も風景写真の一人にしてよって気持ちを伝えたわけだが。
……あれ?
そう言う俺に返ってくると思った、太田さんのサッパリした返事が、来ない。
「うわー、カナさんでもそんななることあるんすねぇ……」
で、代わりに返ってきたのは、まだダメージ受けっぱなしって感じの太田さんをまじまじと見ている風見さんの声。さっきまでのニヤニヤも今はなく、純粋にちょっと驚いてる、って感じもあったんだけど。
「でもダメっすよー。結局世の中って自分が変わりたいって思わないと変わらない仕様なんすからっ」
「あっ、リリさんいいこと言うねっ」
「まぁ、これでもあたしも色々ありましたし?」
まじまじと見つめた後の風見さんは、何だかちょっと意味ありげに、そう太田さんに言い放ったわけだが……それを賞賛したあーすに対する返事から察するに、これたぶんこの前俺が聞いた話のことか?
たしかこの子も自己嫌悪を重ねて来た、って話だったよな。
「自分に嘘つかないで、やりたいことはやる! 結局これ最強っすよ!」
で、今度は渾身のドヤ顔を見せそう言い切ると、なぜか賞賛するように拍手を送るあーすがそこに。
いや、でもさ?
「人に迷惑かけるのは間違ってると思うぞ?」
清々しく言い切る姿がちょっと腹立たしかったので、俺はじとーっとした目線を風見さんに送りながらそう言うと。
「満更でもなかったくせにー」
「なわけあるかいっ!」
てへぺろ☆ みたいな感じでとぼけてきたので、俺は渾身のツッコミ返し。
だが風見さんの言葉に何を思ったのか、あーすがなぜか椅子を俺の方に少し寄せてくる。
……もういいや、こいつは無視しとこっと……。
「年下のリリに言われると、くるものがあるなぁ」
「でもいうて2個しか違わないじゃないっすよー?」
「あははっ。そういやそうだったね」
だがどうやらこの風見さんの言葉は太田さんに一定の効果を与えたようで……気がつくと太田さんも、笑っていた。
その笑顔はまだ弱々しい感じで……どことなくあの10年くらい前のバレンタインの深夜を彷彿とさせるような、そんな笑み。
でもいつまでも後悔してて欲しいわけじゃないし、俺も違う道進み出してるんだからね、太田さんにもしっかりと自分の道を歩いて欲しい。俺のことなんか、もう綺麗さっぱり忘れてさ。
そんなことを密かに思っていると——
「さっすがリーダーって肩書きを持ってるだけあるねぇ」
「あっ、リリさんバイトリーダーか何かなんですかっ?」
さらっと太田さんが口にした「リーダー」という言葉に、あーすがまさかまさかの「バイトリーダー」って思ったみたいだけど……いやほら、あのマスターが嘘だろ、みたいな顔してるぞおい。
どっからどう見てもそれはねぇだろって。
でも、だとすると何のリーダーだろう?
そう思いつつ、俺は誰かしらの言葉を待ったわけだが。
「ま、伊達にギルドリーダーやってないっすからね!」
「えっ!?」
そう胸を張ってドヤって見せる風見さんに、俺は思わず声を漏らす。
いやいやいや、こんな自由人がギルドリーダーとか、ギルドとして成り立つかよ?
うちらのリダ然り、ルチアーノさんやモコさん然り、リーダーってのはこう、もっと落ち着いて、ドンって構えてるもんだと思うけど——
「あっ、北条さん何疑ってんすか!?」
「えっ、あっ、いや、別にそんなギルドやだなって思っただけ——」
「うわっ、ひどっ!」
あっ、しまった。心の声だだ漏れた。
……まぁいいか。
「まぁリリは自由人だから信じらんないかもしんないけど、あれらしいよ、LACにも負けない攻略サイトとかも運営してるらしいよ? あたしもサイト見せてもらったけど、昔ながらの記憶に分かりやすいなぁって思ったもん」
「……え?」
「おおっ、サイト運営ってすごいですねっ」
だが俺の反応とは真逆に、太田さんは風見さんの実績を俺に伝え、それにあーすがまたしても賞賛を送るけど……え、攻略サイト?
しかも
そんなんさ、最近聞いてる話の中じゃ、一個しか浮かびないんだけど……。
「北条さん古参だからLACばっか見てそうっすけど、知って——」
「LAノススメ、ってやつのこと……?」
「あっ、なんだ見てんすかっ!? よくご存知でっ」
俺が驚きのあまり変な顔をしてたからだろう、風見さんが少し顔をむくれさせて俺に知ってるかどうかを聞こうとしてきたから、少し食い気味に答えた俺。
で、俺の言葉を受け風見さんは少し嬉しそうな顔をしてたけど……。
マジかよ。
え、だってそのサイトの運営ギルドって……。
「……君が、【The】のギルドリーダーなの……?」
まさかまさかまさか?
もしかしたら違うかもしれない、そんな思いを込めて、俺は風見さんにそう尋ねるのだった。
☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
ついに名前だけやたら出してきたギルドのリーダー、明らかに……!?
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!
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