第328話 絶望の宴が今始まる

「リリナイスじゃーんっ」

「それほどでもー? あ、っていうか! カナさんなんで北条さんと知り合いなんすか!?」

「え? ってかそうじゃん! むしろあたしからしたらなんでリリがリンと知り合いなのって感じなんだけど?」

「え、リン?」


 マジで怪我する2秒前。

 そんな俺に八重歯眩しい笑顔を見せる、背後から俺の転倒を防ぐために抱き止めてくれた人と見つめあったのは、おそらく数秒。

 その数秒後、俺が見上げる女性を太田さんが賞賛したことで見つめ合う時間が終わったわけだが、名前を呼び合ってるあたり、太田さんと俺を抱き止めてくれた人はどうやら知り合いだったらしい。

 俺を助けてくれた人は、太田さんからの賞賛にそちらを向いてドヤって見せるが……話す時にもちょいちょい見える印象的な八重歯からも分かる通り、そう。


「か、風見さん……!? あ、ええと、まずは、うん。ありがとうございます……」


 俺を助けてくれたのは、あのはた迷惑な深夜の来訪者だった風見さんその人だったのである。

 でも俺のお礼も無視して、太田さんも風見さんもなぜそれぞれが俺を知ってるかに疑問を抱いたようだけど――


「ゼロやんを助けてくれてありがとうございましたっ」


 きょとんとした顔を浮かべる二人をよそに、あーすが俺を引っ張って態勢を立て直させてくれる。

 そのあーすの動きに、風見さんは俺から手を離し、さっきからずっと立ったままだった太田さんの隣に移動して、2人揃ってあーすのことを見たりもしてたけど。


「ゼロやん?」


 次に浮かんだ疑問はどうやらこれ呼び方のようで、風見さんはあーすを見ながらきょとん顔。

 まぁ、そりゃそうだよな。普通に考えたら意味わからんもんな。


 でも、ナイスあーす!

 混乱して忘れてたけど、俺後ろから抱きしめられたままだったわけだよね! しかも手の甲が……あれに触れてたわけだし……!

 でもなんか、柔らかそうな素材のつけてたなぁ……って、いやいやいや!


「えっと、あの、助けてくれたのは感謝なんだけど……なんで風見さんがここに?」


 手の甲に感じた柔らかさという雑念を払拭しつつ、俺は改めて彼女へ問う。まさか会うとは思ってなかったし、うん、出来れば会いたくない方の人だからね、この人は!


「あれ? あたしバーで働いてるって言わなかったっすか? ここがあたしの職場なんすよー。でもまさか北条さんから来てくれるとは思わなかったなー」


 で、ゼロやんという呼び方も気になっただろうが、一旦それは置いておいて俺の質問に答えてくれた風見さんは、再び俺に笑顔を向けてそう答えてくれた。

 俺からすりゃあの日の出来事が色々脳をちらつくから、警戒心は消えないんだけど……まぁこうやって普通に笑ってると、うん、普通に可愛い。


 今日の彼女は白無地のシャツを着て、お洒落な細身の黒ネクタイに、黒のベストとスラックス。

 髪質の柔らかそうな茶髪を後ろで束ね、この前会った時よりも落ち着いたメイク。

 イメージ通りのバーテンダーの恰好をしてるんだから、何でここにって質問は、ほんと聞くまでもなかったって感じでしたわ。


「あっ、もしかしてあたしの働いてるとこ探してくれたんすか? 別に連絡くれたら教えたのになー」

「いや、探したわけではない。うん、決してない」

「えー、なんだよっ。探せしっ」


 で、俺がわざわざ来たと勘違いというか、都合よく解釈しようとする彼女に俺は「違うぞ」ってのを強調すると、ちょっと唇を尖らせて拗ねたりと、ちょっとあざと可愛いポーズをしたり。


 あっ、ていうかそうだ! とりあえず報告、だいに報告しとかなきゃ!

 今からだいが来るとかは出来なくとも、避けるべきって結論なった相手に会っちゃったわけだし、とりあえず連絡だけいれとこう……! ついでに太田さんとも遭遇してしまったということも。

 って、もう25時だから寝ちゃってるかもしれないけど……!


 と、俺がスマホの操作をしていると。


「なんか仲良さそうだけど、リリとリンは何で知り合いなの? あ、もしかしてLAフレフレンド?」

「へ?」


 俺と話す風見さんの関係が不思議に見えたのか、太田さんが風見さんに問いかける。

 あ、リリってあれか。たしか下の名前が莉々亜だからか。

 でも、その質問の中で出てきたLAって単語のせいか、今度は風見さんが少し驚いた顔を見せる。


 とはいえその話は、正直ちょっと予想もあったから俺はそこまで驚いたわけでもないのだが――


「なんでLAなんすか?」

「え、だってリンもLAやってるって言うからさ。そこのイケメンお兄さんが今ゼロやんって呼んでたじゃん? 01サーバーの〈Zero〉ってキャラらしいけど、あれ? そっちで知り合ってるわけじゃないの?」

「えっ、北条さんもLAやってんすか!?」

「え、あ……まぁ、うん。俺はこの前風見さんが送ってきたスタンプで、君がLA知ってるかやってるかってのは、ちょっと想像してたけど……」

「マジすか!? え、しかも01って!」

「すごいっしょー? しかもリリがうちのサーバー来る前、あたしも現役だった頃にあたしと一緒に【Mocomococlub】にいたこともあるんだぞー」

「うっそ! 世界せまっ!」

「今はそっちのイケメンお兄さんと一緒のギルドで、今日はオフ会だったんだってさ」

「にゃんと……あっ、ってか待てよ? 〈Zero〉ってあれじゃないっすか? いつぞやセシルのコラムで名前出た人じゃないっすか?」

「え、そんなことあったの?」

「そうなんすよ。この前の6月くらいじゃなかったかなー」


 喋れば喋るほどお互いにとっての新情報が飛び出すせいか、トントン拍子に進む会話。

 そして話の中で確定する、風見さんもLAプレイヤーで、しかも俺らと同じサーバーにいるという事実。

 いや、もうLAサプライズは太田さんだけで十分っつーか、何なら今日の昼に古河さんに会った時点で既にサプライズだったからね。

 何これ、一日で3人もリアルの知り合いが実は同じMMORPGやってて、同じサーバーでした! とかあり得る?

 いやないない。普通に考えてあり得ない。

 あり得ないことなんてあり得ない、って言葉をひっくり返せるくらいに、どう考えたってあり得ないだろこれ。

 でも……なんかもう一周どころか周回しまくって逆に冷静になってきた俺は、その会話を淡々と聞いているわけなんだけど……とりあえず俺はもう亜衣菜のその件については触れないからね。


 あ、ちなみに連絡はしたけどだいの既読がつきません。寝ちゃったか……。


「ってことは、ギルドあれっすよね? 【Teachers】ってとこ。……あっ、そう言えば北条さん学校の先生って言ってたっすもんねっ。そうか、なるほど繋がったっ」

「何それ?」

「LAやってる学校の先生たちのギルドらしいっすよ」

「へー。リンが先生かー、お似合いったらお似合いだけど、【Mocomococlub】抜けた後そんなとこ入ったんだ。……あれ? そういえばいつも一緒にいた子も一緒に抜けてったよね? なんだっけ名前……だ……だ……」

「〈Daikon〉だと思いますよっ。今も二人は公私共に一緒ですからね!」


 そしてそのまま俺とあーすをよそに会話が続き、俺はあんまりこの会話に参加したくないなぁと思ってたのに。

 色んな情報を整合させていく中で太田さんがかつて【Mocomococlub】時代でも俺とコンビを組んでいただいの名前を思い出せずにいたら、見事にアシストをするあーすですよ。

 その表情は初対面の相手二人に対してもニコニコで、人当たりの良さを感じるものだったけど、公私共に一緒って表現はどうなんだろう?

 オンとオフそれぞれで一緒にいるけど、でもそれ両方私じゃね?

 なんて思ったりしちゃったり——


「「公私共にっ!?」」


 していたら、そのあーすの発言にダブル茶髪が鋭く反応。

 いや、でも俺が彼女持ちなことは、二人とも知ってるし——


「うっわー、そうだそうだ、だいこんだっ。うわっ、懐かしい! あの喋らない奴! あいつと付き合ってんのかー。なんだー? ってことは、元々カップルでLAやってたのー?」

「いや、え、北条さんの彼女って菜月っすよね……? え、ってことは、あいつもLAやってんの? うわ、なんかうざー」


 そんな驚くことじゃないだろって思った俺だったのだが、少し苦笑いでだいのことを懐かしそうに思い出す太田さんと、露骨に嫌そうな顔を見せる風見さんがそこにはいたわけである。

 っていうか。


「いや、うざいはないだろ。普通にゲームやるのも誰と付き合うも、個人の自由だろって」

「うわっ、でた北条さんの普通!」

「またかよっ! そのくだりめんどくせーな!」


 俺がここにいないだいに対してひどいことを言う風見さんに苦言を呈する時、しれっとあの日もやたら突っ込まれた普通って言葉を使ったらね、またしても彼女が敏感に反応してくるっていうね。


「菜月って……あれ? えっと、お姉さんもなっちゃんのこと知ってるんですか?」

「あ、あたし風見莉々亜っす」

「あっ、だからリリさんなんですねっ」

「そっすそっす。って、あれ? お兄さんなっちゃんって……?」

「あ、僕は上村大地、LAだと〈Earth〉ですっ。本名でも、あーちゃんでもどっちでもOKですよっ」

「上村さんっていうんすね。で、上村さん菜月のことなっちゃんって言うんすか? あれ? オフ会ってキャラ名で呼んだりするもんじゃなかったっすっけ?」

「あ、僕はなっちゃんと同じ中学校通ってたことあるんで、LAより先にリアルで会ってたからなっちゃん呼びなんですよー。ゼロやんはLAが先だから、だいって呼びますけど」

「え、そうなの? 変なのー。ってか、え、なんでリリはリンの彼女の名前知ってんの?」


 とまぁ、俺が風見さんの反応にげんなりしている間にもぐいぐい進む、このややこしさの極みのようなやりとり。

 うん、なんていうか……帰りたいね!!


「えっと、じゃあ整理しましょ! まず僕はお二人とは初対面で、ゼロやんとはギルドの仲間で、ゼロやんの彼女とは中学時代の同級生です。はい、じゃあ次はリリさんっ」


 って、段々と面倒くさいが全てを凌駕していきそうな中、なぜかあーすが仕切り出し、まずは自分の情報を整理して伝え、発言権を風見さんに譲る。

 この仕切りっぷり、さすが先生だね! ……はぁ。


「え、うちっすか? えっと、あたしとカナさんはここの従業員と常連さんって関係で、北条さんはあたしがよく仮宿に使う家の隣人さんで、この前バッタリ出くわしたとこから秘密の関係って感じっすかね! ちなみに菜月は高校の同級生っす」

「え、秘密の関係?」

「いや、嘘を混ぜんな!」

「えー、でもチューはしたじゃないっすかー」

「えっ、嘘!?」

「だああ! 俺はお前が襲ってきたせいだろうがっ!」


 そしてあーすの仕切りに応えた風見さんも、あーす同様簡単に自分の立場とか、ここにいるメンバー+だいとの関係を説明したわけだが、その中で使った「秘密の関係」という言葉にあーすが真顔で驚き、それを否定した俺の発言からさらに爆弾発言が飛び出ると、なぜか太田さんがやたらと驚く。

 そんな風見さんを睨みながら俺はその出来事が不当だったことを主張するけど……。


「ゼロやん、それはよくないよ」


 改めて俺の方を向き直ったあーすが、真剣な顔つきを浮かべそう言ってくる。


 それはきっとだいに対する不誠実を咎めるような雰囲気を感じさせて、その表情に俺は申し訳ないというか、不甲斐なさが浮かぶけど――


「しかも知り合って間もないんでしょっ!? 僕の方が知り合って長いのにっ!」

「はい!?」

「え……?」

「おお……!?」


 だいへの罪悪感を与えてくる発言かと思いきや、飛び出たあーすの発言はまさかの発言で、俺含めて3人全員が驚天動地ですよこれ。

 え、何こいつ正式に俺にカミングアウトした途端それなの!?

 いやいやいや、やめろ! 少なくとも今この場でそういう発言はやめろ!


 って、あ!


「マスター、おかわりください!」

「畏まりました」


 俺は全然お酒飲む暇もなかったのに、何こいつちゃっかりずっと飲んでんの!

 店内薄暗くて気づかなかったけど、こいつちょっと顔赤くなってんじゃん!

 ってかマスターもさ、平然とあーすの注文受けてるけど、この会話に一人従業員入ってんだから、ちゃんと働かせてあげてもらっていいですかね!?

 

「やっぱ、そういう関係なの……?」

「え、北条さんどっちも……って人だったんすか……?」

「ああもう! 違う! 変な勘違いすんなっ!」


 そして案の定勘違いしてくれた二人が、恐る恐る俺に尋ねるが、圧倒的断固否定だからねそれは!

 もううるさくしてすみませんも通り越しそうだよ俺!


 っていうかあれじゃん! 向こうのテーブルの人たちも、あれ明らかに俺らの会話に耳傾けて楽しんでそうだなおい!


「僕とゼロやんは仲良しですからねっ」

「ええい、肩を組むなっ! お前さっきまで素面感出して仕切ってたじゃねえかよ! 水! 水ください!」


 くっそ、こいつこんな酒弱かったの!?

 ……たしかに宇都宮の時も昨日も、そんなに飲んでるなぁとは思わなかったけど……!

 ああもう、めんどくせえ!


 そしてさっきあーすが頼んだカクテルに続いて出してもらった水をあーすに飲ませつつ、俺が今日何十回目か分からないため息をついていると。


「なんかこの発言の後じゃ何のインパクトもなさそうだけど、あたしとリリの関係はさっきリリが言った通りで、リンは高校時代の元カレでーすっ。いわゆる初めての人ってやつだよっ」

「えっ、マジすかっ!?」


 あーすの様子がひと段落したところで、三度投下される爆弾です。

 太田さんが俺の元カノってのはすでにあーすは知ってたから大した反応もなかったけど、それを聞いた風見さんはやたらと大げさに驚いていた。

 でもさ、まぁお酒入ってるし、深夜ってのは分かるけど……プライバシーに関わりすぎる発言はどうかと思うなぁ俺は。


 ……はぁ。


 あ、向こうのテーブルの人たちなんかメモ取り出してやがる!

 やめい! 見世物じゃねんだわ!


「えー、カナさん北条さんとヤったことあるのかー。いいなー」

「あの頃は若かったからねー。いやぁ、思い出すとニヤけますなぁ」

「僕だけ何もないのひどくないっ!?」


 うわ、これ消えてぇえええええええ!

 

 はぁ。


 ……ため息つくと幸せが逃げるって言うけど、逃げるんじゃなくて不幸になるだよね、これもう。

 でも、ため息つかないとやってらんないよね、これ。


「あっ、じゃあ今からみんなでホテルに――」


 そんなハイパーネガティブモードの俺なのに、俺とは全然空気感が違う三人の内の一人が、無邪気に八重歯を見せた笑顔でそう言いかけた時。


「ごほんっ」


 聞こえたのは、小さいけれどもはっきりとした咳払い。

 なぜかその音は物凄くクリアに聞こえ、その音のした方へ全員が視線を向けると――


「リリちゃん、君は今仕事中だからね? お客様が少ないから話しててもいいけど、シフト分は店にいてね?」

「あ……はぁい」


 にこやかな笑顔を浮かべてグラスを拭きながら、淡々と喋るマスターの姿。

 その言葉に、盛り上がってハイテンションだった風見さんが大人しくなり、そそくさと太田さんと自分の椅子を運んできて、ちょこんと座り直すではありませんか。


 そして水をかけられた気分になったのは太田さんもあーすもだったのか、二人ともなぜか合わせてちょっと静かになったけど……いや、マスターも普通に「話してていい」とか言っちゃうの!?

 勤務態度不良にもほどがあるだろこの店員!


 ああもう……。あーすのお願いなんか聞かなきゃよかった。

 なぜあの時俺はあんなに全力で走ってしまったのか。


 今となっては後悔ばかり。

 これならまだあーすと一緒に風呂入る方がマシだったわ。


 帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。


 テーブルも置かず、なぜか4人で向き合って座る形になるという異様な状況の中、俺の心はただひたすらにこの5文字かえりたいを唱えるのだった。








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以下作者の声です。

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 あらすじ:フルボッコ。


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!

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