第327話 若気の至りは若い頃には気づけないから恐ろしい

「そのびっくり顔、悪くないねっ」


 唖然とする俺に、あの頃を彷彿とさせる無邪気な笑顔を見せる太田さん。

 そして彼女が口にした「悪くない」って言葉は、彼女がよく口にする言葉だったなぁ、なんて思うけど……。


「えーっと、つまり……太田さんはゼロやんの元カノで、別れた後知らずにLAで会ってたってことですか?」


 あ、そういえばあーすもいたんだった。

 ここまでずっと放置状態だったあーすがそこで久々に口を挟み、太田さんの視線も久々に俺から別な方へ移動。


「そうことだねっ」


 で、あーすにもばっちりと笑顔を向けてるけど……いや待て待て待て。

 冷静に考えろ俺。

 たしかに既にあの頃の記憶を忘れるには十分な時間は経ったし、俺もさっき「時効」っつったけどさ、俺らの別れ方あれだぞ? 自分でも「印象最悪のまま?」って聞いてきたレベルの別れ方だったじゃん。だから普通に考えたら、俺に対して申し訳ないとか、気まずいとかってなるもんじゃないのか? 

 その後に和解とかがあったならまだしも、ほんと会うのあの日以来なわけだし。

 なんかLA繋がりで俺もちょっと「おおっ……」ってなりかけたけど、さっきまでの気まずさ、どこにいったんだ……?


 たしかに元々さっぱりしてて、細かいこと気にすんなよみたいな人では会ったけど……さすがにこれは図太過ぎないか……?


 とまぁ、あーすの参入により少し冷静になった俺はそんなことをパーッと思考するも――


「付き合ってたのって、いつ頃なんですか?」

「高校生の時だよー。1年くらいだっけ?」

「え、ああ。そんくらい……」


 急に話を振られて、俺はちょっと言い淀んだけど……やっぱり太田さんには、気まずさなんか欠片もなさそう。

 それとは逆に俺は改めて考えれば考えるほど、彼女の感覚が理解出来なくなっていくのだが……。


「じゃあまだ地元にいた頃に付き合ってたんですねっ。ってことは、進学でゼロやんが地元離れちゃうから別れちゃった、とか?」


 俺の戸惑いなんか一切気づく様子もなく、あーすはさっきまでずっと黙ってた反動なのか、ぐいぐいと太田さんに切り込んでいくっていうね。

 でもその質問は……ちょっと地雷だぞ……!?


「ううん、そんな別れ方じゃないよー。進学で東京に上京って、あたしも同じだったしね。別れたのは、あたしが幼かったからだよー」

「おおっ、なんか青春の香りっ」

「……へ?」


 いやいや、別れたのは君の浮気やったやないか、それ以外の言葉が浮かばない俺は、太田さんのあーすへの答えに思わず間の抜けた声を出してしまったけど――


「リンを試すようなことして、そのまま捨てられちゃったんだ」

「むむ、ゼロやんがフッたの?」

「え、いや……ごめん、ちょっと自分の記憶が混乱しそう」


 さらに続けた太田さんの言葉に俺の脳はさっきから理解不能を示し続けているのである。

 試す? 俺を?

 捨てた? 俺が?


 ……いやいやいや! 捨てられたのは俺だったはずだよね!?


「中学の同級生だったけどさ、あたしら高校は別でね? リンが通ってた学校には、リンが告ったのフったくせに、明らかにリンのこと好きな子がいてさ。あの頃はリンがあたしのこと好きだって分かってたのに、それでもその子の影がずっと頭の中ちらついちゃってねー。リンが言ってくれる「好き」って言葉だけじゃ弱いあたしには足んなくて、リンを試しちゃったの。今考えると超黒歴史のスーパーメンヘラモード以外の何者でもないんだけど、ほんとにあたしのこと何があっても大事にしてくれるかなって、友達の彼氏借りて浮気ドッキリしちゃったんだっ。笑えるよねー」


 ……はい?

 今、なんつった?

 俺がほんとに大事にしてくれるか確かめるために、浮気ドッキリ……?


「ふむふむー。好きだから不安になる、高校生くらいの頃ってそんな時期ありますよねぇ。で、そのドッキリにゼロやんが怒って、別れちゃった感じですか?」

「あっ、上村さんけっこうぐいぐい聞いてくるじゃーん? ま、別にもう今さらな笑い話だからむしろ聞いて笑ってくれって感じなんだけど」


 正直太田さんの言ってる言葉が本当なのか嘘なのか、その判断もつかないほどに俺の頭は混乱中。

 だが、そんな俺をよそにあーすと太田さんの会話は続く。

 不快な感じを与えない笑みを浮かべるあーすに、太田さんは「しょうがないよね」みたいな、諦めのついた苦笑いをしてるけど……。


「怒られ……はしたかな。あの時のビンタ痛かったなー。リンが本気で怒ってるからさ、冗談でしたー、なんてもう言えなくてね。別れたいわけじゃなかったのに、別れるって言っちゃってそれっきり。追いかけてくれるかなーなんて少しだけ期待もしてたけど、追いかけてこなかったことにも一人ショック受けて……ぜーんぶ自分でぶっ壊して終わらせちゃったんだ」

「あー……面と向かって話し合えなかったわけですか」

「そだねー。……でもあれかな、面と向かって話したら、優しいリンが何を言ってくれるかは予想ついてたからなぁ。だから試すようなことしちゃったんだろうな、あの頃のあたし」

「あ、その頃から変わらずゼロやんは優しいんですねっ」

「そこは今でも変わらずなのかー。まーそこが取り柄だったもんね。あとは顔と、あれの大きさ――」

「いや、やめい!!」


 混乱する俺を置き去りに進んだ二人の会話をただただ聞くだけの俺だったが、明らかに変な流れの話が聞こえてきたので、そこはさすがに聞き流せないよね!


「あー、たしかにゼロやんのは――」

「いや、お前ものっかんなっ」

「え、やっぱ二人そういう――」

「だーかーらー!」


 って、せっかく止めに入ったのにあーすが天然なのか悪ノリなのか分からないけど、危ない発言をしそうになったからそれを止め、続けてちょっとマジで引いた顔をする太田さんにもツッコむけど――


「ごほんっ」


 と、再び聞こえた背中側の咳払いに、俺は理性を取り戻す。

 いや、ほんとごめんなさい。


 ……帰る前にちゃんと謝ろ。あと、ちょっとお高めのお酒も次頼みます。ごめんなさい。


「ああもう、意味わかんねーよ。俺の記憶と太田さんの話、全然違いすぎるし……」


 うるさくしてしまったことへもう何度目か分からない謝罪を心の中でした後に、俺は髪をくしゃくしゃしながら太田さんの話を問い返す。

 でもほんと、俺の気持ちは今言った通りに「意味わかんねーよ」だからな。


「まー、そだよね。リンからしたら、浮気したあげくいきなり別れるって言ってきた嫌な女だもんね。いやぁ、あの時はごめんねー」

「いや……色々知らなかったことだらけだったからびっくりしてるけど……とりあえずもういいよ。さっき言った通り時効ってことで」


 でも、こんな話を聞かされたからと言って、今がどう変わるわけでもなし。

 いや、そりゃ一切合切何も思わないってわけじゃないけど……まぁうちの学校でも恋愛相談とかで、好きすぎて不安なるみたいなこと言ってくる女子生徒いるし、そういう感じだったんだろ、きっと。


 ……俺としては相当食らって、クズ落ちまで経験する羽目になったけど……まぁ、うん。後悔して反省して、それも今さらっては思えるようにはなったからな。

 改めて「時効」って言葉を口にして、俺もちょっとは落ち着いた、と思ったら。


「でも、あの日ほんとは追いかけてきて欲しかったなぁ、って今あたしが言ったら、どうする?」


 なぜかマジマジと俺を見つめてくる太田さん。

 その眼差しに、俺は少しの間言葉を失うが――


「今言われても、そんなん気づくかよバーカ、って感じかな」

「うわっひどっ! そんなこと言う奴じゃなかったのにっ」


 今の俺に言われたってね、今の俺にはあいつがいるから、「ああそうだったんだ」で終わりです。

 だが、半笑いでそう答えた俺に、太田さんは割とマジのリアクションをしたあと……笑っていた。


「まっ、でもほんと今さらって感じだよねー。まー、あたしもあの後勢いに任せてリンと別れちゃったって、後悔して死ぬほど泣いたけど、今馬鹿って言われてもうざーって思うくらいであの時みたいな感情出てくるわけでもないしっ」

「時の流れの効果ですか?」

「だねー。さすがにあれから10年でしょ? あたしだって東京出てきて大学入って、就職して、色んな人と出会って付き合ってってしてきてるしね」

「あ、太田さんは何のお仕事してるんですか?」

「保育士だよー。この辺の企業内保育所で働いてんだー」

「おおっ、なるほどっ」

「オフィスで働いてる人と付き合えるかなーって思ってたけど、意外とそこは上手くいかないもんなんだけどねー」

「あ、じゃあ今は彼氏いないって感じなんですか?」

「そうでーす。それもあってね、あ、ちょっと懐かしいって思ってこんな偶然会ったリンに声かけてみたけど……リンはあれだね」

「ん?」

「今彼女いるでしょ?」


 そして笑いながらまたあーすと話し、俺と別れた後の話や、今の近況を話す太田さんだったが、その流れでなぜか俺に「彼女いるでしょ?」と聞いてくる彼女の目は、どこか確信を持っているように自信に満ちていた。

 もちろんその質問に対する俺の答えは。


「うん、いるよ」


 ってね、もちのろんで「Yes」のみ。


「だよねー。うん、なんか警戒されてんなーって感じするもん」


 そんな俺の答えに、太田さんはまた笑いながらそう答える。

 でも俺の警戒は、昔の別れ方のせいってのが大きかったからだと思うけど……まぁ太田さんがどう思おうが、俺に彼女いるって分かってもらえればそれでいいか。

 

 そんなことを考えつつ、だいぶ自分の頭も落ち着いてきたかなって思った時。

お店の入口ではないところから聞こえた、ギィって音。

 音の出どころ的にカウンターの奥、マスターがいる方だと思ったけど……。


 その音にちょっと視線を動かせば、マスターは変わらず近くにいる。

 ってことは、別な従業員か誰かか?


 そんなことを考えてたけど。


「でもなー、久々の再会に、LAでも知り合ってたって偶然重なっちゃったじゃん? これも何かの縁だしさ、どう? これから久々に火遊びしちゃう?」

「いや、何言ってんだって!? っだっ!?」

「「あっ!」」


 ニヤッと笑いながら、冗談っぽく悪の誘いを投げかけてきた太田さんに俺は視線を戻し、ガタッと椅子を揺らして後ずさり。 

 だがそのせいで足元が不安定になった椅子共々バランスが崩れ——

 自分の視界が天井の方に向けられていくのが、やたらスローに感じられるではありませんか。

 あーすと太田さんの焦った声を聞きながら、うわー、やばいなー、なんて他人事に思いつつ、俺はとりあえず頭だけは打たないように、自分の手を頭部を守るように動かして衝撃に備えたけど――


「……あれ?」

 

 ガタァァァン! と椅子共々俺が倒れることも、頭に衝撃を受けることも、どちらもなし。

 というかむしろ、もふっって何か柔らかいものに手の甲が当たるとともに、誰かに背中から抱きしめられてる気がするんですけど……。


「あっぶなー。ほんと、よく転ぶ人っすねー」


 それはどこかで聞いたことがあるような声で。

 

 その声のする方へ、俺が顔を上げてみれば……そこには。


「これは貸し1ってことでいっすかね?」


 そう言って目を細めて笑う、八重歯が印象的な笑顔が俺を見つめているのだった。








☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 そして怒涛のラッシュ!

 ゼロやんVS♂・元カノ・痴女(?)のトリオ。

 果たして彼は生きて帰れるのでしょうか……!

 


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!

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