第326話 何この世界線
「えっと……ゼロやんの知り合い?」
知り合いかどうか、それを尋ねるあーすの声が耳に入る。
きっと今あーすは不思議そうな顔をしている、と思うけど今の俺にそれを確認する余裕はない。
いや、だってさこれどんな確率だって?
ふらっとあーすに連れられてきたバーで一人飲んでた人が、知ってる人?
いやいや、この人間ジャングル東京で、アホみたいに人が多い街で、そんなことある?
しかもただの知り合いってわけじゃない相手だぞ?
「……うん」
「あっ……そっか。あたしの印象最悪なまま? もしかして」
で、俺は目線を俺とあーすに割って入ってきた女性に向けながらあーすに答えたわけだが、その俺の表情から何かを察したのだろう、話しかけてきた女性が苦笑い。
その笑い方は、あんまりイメージにないものだったけど……どこか懐かしさもあるそんな笑みだった。
ベージュのロゴTシャツに、淡い水色のダメージジーンズを履いて、両耳には少し大きめのピアス。セミロングで伸ばした茶髪を毛先にかけて巻き、可愛いよりも美人寄りの整った顔に施された、ちょっとギャルっぽいメイク。
俺が知ってる頃よりも年を重ねつつも、それでも今でも十分綺麗だなって思う、そんな女性。
そんな女性を前に、俺は――
「いや、もう色々時効ってことでいいけど……まさかこんなとこで会うとは思ってなくて、びっくりしただけだよ。太田さん」
会いたいか会いたくないかで言えば、まぁ会いたい方の人じゃなかったから。
俺も彼女同様少し苦笑いを浮かべて、そう答えた。
太田夏波、それが彼女の名前なのは知っている。
会うのはほんと、あの日以来。地元が同じだったのに、あの日以来全く会うこともなかったのはある意味すごいことだと思うけど、ほんとそれ以来の再会に、俺は苦笑い以外の表情を浮かべることができなかったのだ。
「うわ、太田さんかー、なんかちょっと寂しいな」
「いや、だって俺らもう、そう言う関係じゃないじゃん?」
「まぁそうだよね。リンからしたら最悪な女だろうしね」
「……太田さん? ……リン? え、リン呼びっ?」
10年前に別れた元カノだぞ? しかも浮気されて一方的に別れるって告げられた相手だぞ?
いい思い出で終わってないんだから、しょうがないよね。
で、そんな俺の出す空気にあーすがきょろきょろと俺と太田さんとで視線を行ったり来たりしてるようだけど、彼女が俺のことを「リン」と呼んだことには一番驚いたようだった。
先週のオフ会のメンバーなら彼女が誰かを察することもできただろうけど、あーすはそこも知らないもんな。ホント「誰?」って感じだろうなぁ。
「あっ、もしかしてその影響で、リンはそっち系になったの……?」
「へ?」
「え、だって……さっきちらっと聞こえちゃったけど、そこのイケメンお兄さんと手繋いで歩いてたんでしょ?」
「いや! 違う違う違う違う! 変な勘違いすんなっ!」
「えー、でも手繋いでたのは事実だよ?」
「いや、お前もいらんこと言うな! 繋いでたんじゃねぇ、掴まれてたんだっ!」
そんなちょっとシリアス、不穏な空気だと思ってたのに。
割とマジな顔で太田さんが俺とあーすをそういう関係だと疑ってきたので、俺はさっきまでの苦笑いとか苦い思い出を思い出すモードが強制解除され、全力弁明モードへ移行。
なのにあーすと来たら誤解しか生まないこと言ってくるから、そこで俺はあーすの方に振り向きビシッと頭にチョップをかましツッコミをいれる。
……いやほんと、初対面で変な連携すんなアホ!
ほらもう……向こうのテーブルの人たちもびっくりちゃってるじゃん……! ごめんなさい!
「あっ、これは勘違い失礼っ」
そんなツッコミ連射の俺に太田さんは少しおどけた顔で笑いながら両手を合わせて謝ってきたけど……さっきまでと違うちょっと楽しそうな表情は、俺の10年前の悪くなかった頃の思い出を、ちょっとだけ彷彿とさせた。
そんな、ちょっとだけセンチメンタルな気持ちも抱いていると。
「話聞こえてきた時はちょっとびっくりしたんだけどさ、そういう関係の二人なのかと思ってちょっと様子見てたら、まさかまさかのリンじゃん? いやぁ、超びっくりだったよー。……でもあれだね、リンはなんか、ちょっと変わったね。昔より言いたいこと言える感じなってんじゃん?」
「え?」
「あっ、もしかしてあたしにフラれて悪の道に……?」
「いや、なわけあるかい!」
「むっ、フラれて?」
以前亜衣菜にも言われたようなことをまたしても言われ俺が少し驚くと、続けてボケなのか天然なのか分からない勘違いが炸裂したので、再び俺はツッコミモードに。
だが、俺がフラれたという情報に反応したあーすが少し驚く様子を見せると。
「あっ、ごめんねイケメンお兄さん、リンとのサシ飲みにいきなり割って入っちゃってさ。あたし太田夏波、リンの中学時代の同級生で、何となく話も見えてきたと思うけど、元カノでーす」
「あっ、そうなんですねっ! すごいなぁ、地元の知り合いとこんなとこで会うなんてっ。僕は上村大地、ゼロやんの友達ですっ」
今度は太田さんがあーすの方を向いて自己紹介し、それにあーすも返すという不思議な展開へ。
二人ともニコニコしてるけど、うん、俺からするとこれ全然笑えないね!
あーす一人でも手一杯だってのに、そこに元カノ参入とかさ!
しかも亜衣菜との関係を完全に断ったと思った今日という日に再会するとか、誰かドッキリって言ってくんねぇかな!
「上村さんかー。ふむふむ。で、ずっと思ってたんだけどさ」
「ん?」
そんなメンタルお疲れモードの俺は、なんかもう色々どうでもよくなってきて投げやりな感じで何か聞きたそうな太田さんに顔を向ける。
「リンたちの呼び方、それあだ名なの?」
ああ、なんだそんなことか。
さっきまではちょっと色々と思い出の影響で警戒と言うか、そういう感覚もあったけど気づけば昔のことを引きずる様子を見せない太田さんに触発されたか、俺もだいぶラフに向き合えるようになった、気がした。
なので。
「あだ名ったらあだ名だよ。俺ゲーマーだったのは知ってるだろ? 俺とこいつはゲームの知り合い。今はオフ会終わりで、大阪から来たこいつの要望で新宿まで出てきたとこなんだ」
「そうなのですっ。ゼロやんの元カノさんってことは、太田さんもゲームは好きだったのかな? 僕らLegendary Adventureってオンラインゲームで知り合ったんですよー」
「え、LA?」
「あっ、太田さんLA知ってますか?」
「う、うん……え、待って、ちょっと待って……」
「ん?」
俺とあーすの関係をざっくりと話し、それにあーすが補足する。
で、その補足の中であーすがLAの名を出したわけだが……なぜかその単語を聞いて、露骨に驚く太田さん。
え、まさかやってるとか、そんなことある? なんてそんな予想をしていると……。
「リンは、ゼロやんって呼ばれてるけど」
「うん」
「それはつまり、LAのキャラが〈Zero〉って名前ってこと?」
「うん、そうだけど」
「あっ、僕は〈Earth〉ってキャラでやってまーす」
「……マジか。え、リンが〈Zero〉なの……いや、マジか」
さらに太田さんは俺のキャラネームが〈Zero〉であることになぜか露骨に反応。
あーすが自分のキャラを〈Earth〉って教えたのなんかガン無視で、何か考え込むような、そんなそぶりが止まらない。
「……そう言われると……なんか似てる気がしてくる……」
「あ、あの、太田さん……?」
「ガンナー」
「えっ!?」
「いつも一緒の子いたよね……なんだっけ……ロバーの……」
「あ、あのー……?」
なんかもう、聞き捨てならない単語のオンパレードなんだけど……。
「世の中ってどうなってんだよー」
そう言って太田さんは、愚痴るような口調をしつつ、今日一番の笑顔を俺に見せ――
「会ってたんだね、あたしたち!」
「……へ?」
「あー、なんか久々にまたやりたくなってきた!」
「え? いや、え?」
「うん、これも縁だろうなぁ。しょうがない、あいつの期待に応えるとするかー」
「会ってたんだね!」って、よく分からんことを言った後、そのまま独り言のように、ずーっと何か呟いてるだけど……。
何々? 何なの? 壊れたの?
会ってたって、LAで……? いや、誰だよ?
そんな風に訝しがる俺と、不思議そうに太田さんを見つめるあーす。
「ああ、そっか。あっちじゃあたしどっかの誰かさんをイメージしてキャラ作ってたから、まだ思い出せてないかっ」
「いや、思い出すも何も――」
「なんだよー。そろそろ思い出せよっ。リンは昔あたしのことなんて呼んでたー?」
「え……カナ、だけど……」
「でしょっ? それっぽい名前のキャラと、一緒に遊んだことないかい?」
「え……カナ……カナ……あ」
どうやら彼女がLAをやってたのは確定のようだけど、彼女っぽい人なんか会った記憶がない。そう思ったんだけど……カナという呼び方から、思い出した
話し方はカナ……いや、太田さんほどラフじゃなく丁寧な感じもあったけど、でも思い出せば気遣いに優れ、仕切ったり周りを引っ張る力に優れてた、今はもう引退してやってないプレイヤーが、俺の記憶にいる。
それはかつて俺がだいと共にあの廃ギルドに入るための加入テストでも一緒になり、その後も時々一緒に組んでスキル上げやらコンテンツ参加していた、当時のトッププレイヤーの一人。
「〈Kanachan〉……?」
「だいせーかーいっ!」
それは元【Mocomococlub】の幹部ウィザードとして名を馳せた、可愛い系黒髪ヒュームのキャラクター。
「やっばいね! こんなことってあるんだね!」
その記憶に引っかかった名前を口にした俺に、太田さんは嬉しそうに俺の肩をバシッて叩いてくるけど。
俺の脳は数秒のフリーズをした後。
「マジ!?!?!?!?」
嘘だろおい!? そんなことあんの!?
あまりの驚きに脳が爆発するかと思ったね!
そんな大声を出してしまった俺に、再び別テーブル二人がびっくりし、今度はマスターの咳払いも聞こえ、ごめんなさいって感じなんだけど。
俺、北条倫27歳。過去の交際人数2人、現在彼女あり。
その交際歴のある3人とも、同じオンラインゲームの、同じサーバーに所属歴あり。同一パーティも経験済み。
……こんなことってあるんですか?
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以下
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初期プロットから変更なく登場です。
誰だっけ、と思う方は第3章と第10章の回想シーンあたりをご覧ください!(宣伝)
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!
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