第325話 心は既に完敗です

「えっと、こっちで合ってるよね?」

「……ああ。東口の出口はそっちだ」

「おおっ、よかったー」


 あーすに引っ張られること数分。新宿駅の東口から地上に出た俺たち。

 空は完全に星と月のオンステージとなっているというのに、ビルや街灯やらの明かりに照らされた新宿の街はまだまだ輝きをまとい眠る気配を見せていない。

 酔っ払った若者を中心としてまだまだこれからって空気もあるし、スーツを着込んだ茶髪の兄ちゃんたちもここからが本番って空気を出して声かけを行なっている。

 すごいな新宿、体力お化けかよ。

 

 って思ってるのに。

 駅構内からずっとあーすに引っ張られる形で進む俺たちは、見事に誰からも声をかけられない。

 ……うん、きっと色んな勘違いをしてくれてるんだろうね! 普通なら男二人組なんて速攻で声かけにくるであろう兄ちゃんたちが、俺らには「あ……」みたいな視線を送っただけでスルーなんだから。

 たぶんこれ……行ったことないけど噂の新宿2丁目を目指してると思われてんのかな……。ぬ、濡れ衣ですよ……!


「ってか、俺らこれ目的地あんの?」

「え、まっさかー。あるわけないじゃん?」

「え? その割には迷うことなく歩いてたけど……」

「あー、それは勘だよー。ほら、キャッチのお兄さんのいないところこそ、穴場のお店があるんじゃないかとさっ」

「え、勘!?」


 おいおいマジかよ。

 東口を抜け、歌舞伎町に入りさらに進んでいくあーすは、正直目的地があるんだと思うばかりだった。

 そりゃゆきむらとは違って社会科の教員だし、イメージで街を歩くことも出来るとは思うけど……すごいな、ほんとなんかそれっぽい店の前着いちゃったし。


「ここのバーとかなんか、通のお店って感じしないっ!?」

「あー、まぁうん。気持ちは分かる」


 そう、今俺たちの前にあるのはいかにもな感じの、石レンガが積まれた外壁にアンティーク感あるウッドドアという外観を持つバーだった。

 一応小さい窓から店内の様子も見えるけど、中はぼんやりとした明かりに照らされているだけで薄暗く、カウンターに立つバーテンダー風なマスターっぽい人の姿と、その背中側にある棚に無数に並んだ酒瓶が見えるくらい。

 店舗面積的にそこまで広くもなさそうだし、いわゆるしっぽり飲むってことが出来そうな、そんな雰囲気だった。

 なんていうかあれね、ドラマとかで傷心の女性が一人飲んでて酒が空いた時に、マスターがその人に「あちらのお客様からです」とかって言うシーンが浮かびそうな、そんなところ。

 うん、こういうところ入ったことないけど、ちょっとわくわくはする、かな……。


「じゃあ入ってみよっ」

「おー……」


 で、さすがにお店に着いたからか俺の手を離したあーすが何の躊躇いもなく店内に入ると。


「いらっしゃいませ」


 あ、よかった。常連以外ダメでーす、なんてことなく静かな声音で中年男性のマスターっぽい雰囲気の男性が俺たちを迎え入れてくれました。

 お客さんは……数人か。

 2つだけあったテーブル席は片方だけ男女のカップルと思しき二人組がいて、カウンターにはセミロングの茶髪の女性が一人。

 いやこんな時間に女性の一人客とか、何それちょっとカッコいい。


「カウンターでもいいですかっ?」

「ええ、どうぞ」


 そんな風に俺が店内の様子を観察している間にテーブルとカウンターを両方見比べた末、あーすがカウンター席に座ったから俺もそちらに移動することに。

 でも別にテーブルでもいいと思ったけど……。


「やっぱカウンターの方がバーって感じするよねっ」


 あ、なるほど。

 ……まぁ、気持ちは分からなくはない。

 何かその方がカッコいい気はするもんね。

 と、あーすの男の子っぽい部分にちょっと共感しつつ、あーすが見始めたメニューを一緒に眺めるけど……。

 あ、すごい氷磨いてる。すっげー久々に見たなー、あの真ん丸の氷。たしかあれだよな、表面積の関係で丸い方が溶けにくいとか、なんかそんな理由なんだよな?

 

 と、俺はメニューもそこそこに再度店内の様子を観察したりっていうね。

 でもあれかな? マスター一人でやってるタイプのお店なんだろうか?

 たしかにこのくらいの客数なら一人でも大丈夫そうだけど……。


「ゼロやん何にするー?」

「え、あー……ジ、ジントニックで」

「おっけー、じゃあ僕はモヒートにしよーっと。すみませーんっ」


 ちゃんとメニュー見てなかったから、とりあえず俺の中のバーといえば、という当たり障りないカクテルを選んだけど……こういう専門的なところならあれか? ウイスキーロックでとかの方がいいのかな……!?

 そんな細かなことを考える俺をよそに、あーすはテキパキとマスターの人にオーダーして、マスターもにこやかに頷いたあとすぐにカクテル作りに入ったけど……すごいな、なんか大人って感じ。いや、アラサーが言う言葉じゃないけど、うん、何と言うかこういう落ち着いた人って、やっぱカッコよく見えるよね!


「いいねー。なんかこの雰囲気、大人って感じー」

「いや、でもこれ新宿感あるか……?」

「ここに来るまではすごい新宿感堪能したよー。でも、あれかな? 僕ら手繋いでたから、キャッチのお兄さんたちも声かけなかったのかなー?」

「え、おま――!?」


 か、確信犯!?

 ってか、手繋いでたって言うな!

 お前が掴んでただから! そこはキッチリしてほしいんだけど!?


 そしてさらっと爆弾的発言をかましてくれたあーすに俺が焦り散らすと同時に、ガタッと聞こえた音。

 うん、2つほど席を空けてあーすとは反対側に座っていた女性にも今の発言が聞こえたからな気がしてならないけど、怖くてそっち向けねぇよ! 絶対そういう関係って勘違いされたよねこれ!

 マスターは……動じてないみたいだけど。


「えー、だってゼロやんさ、もう知ってるんじゃないのー?」

「へ? な、何を?」


 だが、そんな焦る俺をよそに、きょとんとした顔をして俺の目を見つめてくるあーす。

 その目はほんとキラキラで、少年みたいだなぁなんて思うけど……もう知ってるんじゃないのって……え、まさか?


「何をって、なっちゃんから聞いてないの?」

「え、あ……えっと……それは……」

「あっ、その反応ってことはやっぱ知ってるじゃーん。ま、そうだとはずっと思ってたけどね?」


 何一つ確証的なことは言ってないのに、そこでバチッとウインクかますあーすは、なんかもうほんとアイドルみたいだったけど……え? 君の話……だよね? それを知られてると思ってた上での、昨日今日だったの……?


「いや、でもほら。俺らはほら、友達。うん、ただの友達じゃん?」

「あははっ。ゼロやんがフリーだったらなー、なぁんて」

「いや、変なこと言うな!」


 ほんともう勘弁してくださいの極みなんだけど、俺が「ただの」を強調して友達だって言ってんのに、それを軽く踏みつぶして「フリーだったらな」って言って笑うあーすくん。

 この話題から逃げるそぶりなし。

 いやー、背筋がゾッとしたね!


「ほんとだよー? 僕どっちでもいけるタイプだけど、どっちかって言うと同性の方が好きだし」

「……おおう」


 いや、いざそれを面と向かって言われると、何てリアクションすればいいのかわかんねーな……!

 そりゃ俺だってね、ジェンダーのついての知識はあるし、それは否定されるものじゃないって思ってるけど……何だろう。理解は出来ても俺は違うよって線引きがあるからさ、うん。

 俺にその線は超えられないですはい。


「せんかんも彼女できちゃったしねー」

「あ、うん、そうだね」

「でもやっぱり、ゼロやんの方がSっぽいっていうか、けっこう言い方ひどいなーって思う時あるから、僕はギルド内ならゼロやん派だけどね?」

「いや、聞いてないよ?」


 そしてあーすが話す度に、自分の心が無になっていくのをひしひしと感じる俺である。

 なんか盗み聞きして知ってた頃より、こうやって面と向かって公言された方がヘヴィだね!


 帰りてーーーーー!!!

 でももうそれも能わず。


 く……せめて何か話題を……。

 ……あ、そうだ、こいつがこんなざっくり来るなら……!


「……なんかもうこうやってぶっちゃけた話されたからさ、俺からも聞きたいんだけど」

「ん? なにー?」

「昨日今日と、真実とはけっこう仲良くしてくれたと思ってたけど……」

「あれ? 嫉妬?」

「いや何でだよ!? 普通にそこは兄として気になるところだろっ」

「あははっ。でも僕さー、年下はあんまり興味ないんだよねー。でも会った時も言ったけど、ゼロやんに似て可愛いなーっては思ってたよ?」


 ……おおう。

 正直真実はあーすのこといいなって思ってんじゃないかなって思いつつ聞いてたみた質問だったけど、何と言うか、もうね。

 結局戻ってくるとこ一緒だし、聞いたこっちがげんなりだわ。


「もちろん僕がマイノリティだってのは分かってるけどさ、でもこれが僕だからねー。ロキロキみたいに超オープンにはしてないけど、隠すことでもないしさ? でもほんと、ロキロキはすごいなーって思ったなー」


 あ、そこらへんの感覚はあるのね。


「ちょっとだけ、近いものも感じたし」

「へ? 近いもの?」


 だが、あーすとロキロキの近いものって……はて?

 いまいち浮かぶところがなかった俺は思わず聞き返したけど――


「うん。ロキロキは心が男ってのは嘘じゃないと思うけど、好きになる人は僕と同じ方向な気がしたからさー」

「へ? えっと、つまり?」

「んーと、身体は女の子だけど心は男。でも好きなのは男の人。トランスジェンダーのゲイって感じ? この場合はたから見たら普通に見えるけどねー」

「え、でも昔女の子好きになったとか、彼女いたって言ってたけど……」

「じゃあそれこそ僕と一緒のバイとか」

「……おおう」

「心は男だけど男の人が好きで、男の人に好かれるには……って難しい葛藤がありそうだよねー」

「いや、もうわけわかんねーわ……」

「ま、つまりゼロやんは人気者ってことだよっ」


 聞き返した結果、笑顔で言われるには何とも重い回答なことよ。

 ほんと、さーって話してくるけど……いやぁ……マジか……。


 いや、もう別に誰が誰を好きになってもいいけどさ……とりあえず俺はほら、彼女持ちだからね?

 とにかくそこだけはご理解いただきたい。

 いや、ロキロキの件はあーすの分析なだけだから、分かんないけどさ。


「お待たせしました」

「あっ、ありがとうございまーす。じゃ、乾杯しよっ」

「おー……」


 そんなことを考えながら、なんか精神的に疲れたなーって、俺がぐったりしてる中、ようやくやってきた二人分の飲み物。

 そして俺とは真逆で超絶元気そうなあーすに促されるまま、俺もグラスを持って――


「僕らの出会いにかんぱーいっ」

「もうツッコむ気力もねーわ。……って、あれ?」

「あれ?」


 キンッっと乾いた音を響かせる、3つのグラス。

 いや、なんで3つ?


 そしてその謎の3つ目のグラスを持つ手は俺とあーすの間から伸ばされていて、その手から腕を辿り、見上げた先には――


「やっ! こんなとこで会うとかやばくない?」

「え?」


 耳にピアスをつけた、見覚えのある笑顔が浮かんでいたのだった。







☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 きっと誰かは、想像ついちゃうかな……!

 


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!


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