第324話 平静をカモフラージュ……出来る気がしません!

 目と目が合って指が触れ合うその時、全ての謎が解け……るかい!!


「いや、何だよ?」


 もうすぐ日が変わるという深夜の路上。

あーすの真剣な眼差しと見つめ合い、なぜか言葉を失って数秒後、ふと冷静になった俺はバッと掴まれた手を振りほどきつつ、ちょっと冷たくあーすに聞き返す。

 もちろん無視も出来たけど、やっぱり何か言いたげだし、また掴まれんのも嫌だからね。

 男同士が立ち止まってるってのも変な話だけどさ。


「ゼロやんってさ」

「あ?」


 で、俺が振りほどいた手に一瞬だけ目線をやったあと、再び聞き返した俺を変わらずじっと見てくるあーすが口を開くけど……じっと見てくるとかゆきむらかよお前。

 とりあえずいいから、用件を話してくれませんかね?

 そんな風に俺は俺で早く話せよなんて視線を返してたんだけど……。


「あ、ううん。なんでもない! それよりさー、電車ってまだ動いてるの?」

「いや、なんだよ……って、へ? 電車?」


 なんとも意味の分からないことを言われるじゃありませんか。

 えっと、現在23時48分だから……まだ下りならそこそこ、上りはまもなく終電だと思うけど――


「新宿行ってみたい!」

「はぁ!? 今から!?」

「お願い! 一生のお願い!」

「いや、行くったって終電まであとちょっとしかねーし……」

「じゃあ走ろっ!」

「いや、でも俺帰りた――」

「だって僕そうそう東京なんて来れないんだよ!? みんなはすぐ会える距離にいるのにさ、仲間外れも多いし、可哀想だと思わない!?」

「え、でも俺は眠――」

「お願い! この通り!」


 急に何を言い出すんだこいつはと思ったけど、いや、思ってるけど。正直俺は今日はすげー疲れたし、さっさと風呂入って寝たいんだけど。

 両手を合わせ、今まで見たことないくらい真剣にお願いしてくるあーすに、俺は――


「ああもう、分かった分かった。でも終電ギリなのは変わんねーからな、間に合わなかったら諦めろよ?」


 自分の頭に手を当てて、一度ため息をついてから、あーすにそう答えていた。

 ……いや、だってさ、冗談っぽい言い方だったまだ断れたけど、あーすの頼み方マジなんだもん。


 ……何でもかんでも引き受けちゃうの、俺自身自分でどうかと思うけどさ。

 でも、発した言葉には責任を。

 今度は撤回を求めてくるやつもいないしね。


「ゼロやん! うん、ありがとっ!」

「はいはい。じゃあこっちだ、ついてこい」

「え、そっち逆じゃ?」

「バーカ。うち方向行ったらもう間に合わねーよ。だいんちからならこっちだ」

「えっ、あ、うんっ!」


 そして俺は来た道を引き返さずに、だいの家の最寄駅である阿佐ヶ谷駅を目指して走り出す。

 そんな俺に少し遅れてあーすも続くけど、おせーなおい。スピードは調整してやるか……。

 しかしまぁほんとさ、なんだってこんな時間に男二人で走ってんだって話だけど、乗りかかった船……いや、乗せてしまった船は止まれない。

 行ったら最後、始発まで帰って来れないのはほぼほぼ確定だけど……明日の真実の新幹線はたしか昼って言ってたし、うん。

 なんとかなるだろ。


 ということで、俺はあーすがついて来れる速度くらいの駆け足で駅へと向かい――


「おい、いそげっ!」

「ま、待ってって!」

「いや、電車は待ってくれねーから!」


 駅のホームに向かう階段を上りかけたところで、ホームに到着した上り方面最終電車を目撃し――


「あーす、はやく!」

「う、うんっ!」


 転んだら死んでたな! って思うような勢いで階段を駆け上がり、一足先に電車に乗った俺は、閉まりそうなドアに飛び込んでくるあーすの腕を掴んで引っ張り……ギリギリセーフ!

 あっぶなかったー!

 って?あ! あれだぞ! 良い子のみんなは駆け込み乗車は危険だからやっちゃダメだからな!


「はっ、はっ、はっ……ったく……残りHPギリギリの時にやるこったねーな……」

「はっ、はっ……あはは……でもちょっと、楽しかったね……っ」


 で、こんな時間に上り電車に乗る人もほとんどいないようで、スカスカだった電車の席によろよろと向かい、ちょっと贅沢に座りながら、俺とあーすは整わない呼吸をしつつ言葉を交わす。

 もちろん俺は苦笑いなのに、あーすの奴は笑ってる。

 それはさっき見せた真面目な顔つきとは違う、俺がイメージするいつも通りのあーすの笑顔だった。


「あー、もうこれ明日筋肉痛だわ……」

「それはお互い様だねー。でも、ゼロやん足速いんだねっ」

「もう昔みたいには速く走れねーけどな」

「あ、昔はもっと足速かったの?」

「まぁ、一応運動会でクラス代表リレーとか選ばれるくらいにはな」

「おおっ、カッコいいなー。いいよね、足速いとモテるっていうし」

「いや小学生かよ……」


 で、二人して少し呼吸を落ち着けてから、しょうもない会話を繰り広げるけど、ほんとこいつはいつも楽しそうですげぇなぁって思うよ。


 って、それよりもだ。


「そういや、あーすは新宿行って何がしたいんだ?」


 新宿に行きたいとは言われたけど、その目的を聞いてない。

 そもそもさ、なんかすごい熱意で頼まれたから引き受けはしたけど、これで二丁目に行ってみたいんだって言われたらどうしよう……。


 と、俺は内心焦りながら聞いたのだが。


「あれ? 言ってなかったっけ?」

「いや、聞いてねぇよ」


 当の本人は、あれ? みたいな感じで首を傾げながら見事にとぼけて見せるではありませんか。

 ほんと……お前それ素でやってんのか……?

 絵になってるのがちょっとムカつく……このイケメンめ。


「あ、そっか、ごめんごめん。何したいってわけでもないんだけどさ、日本一の歓楽街の夜ってのを、この目で見てみたくてさっ」

「ほお……っつっても、もうこの時間じゃ閉まってるとこは閉まってるぞ?」


 あ、でもよかった。二丁目って単語出なかった。

 少し安心。


「んー、でもどっかしら飲めるとこはあるでしょー?」

「あ、お前飲みたかったの?」

「そだねー。ゼロやんと二人で飲むことなんてなかなかないだろうしさっ」

「え?」


 ……いや、なんで名指し?

 そりゃたしかに大阪に住んでるあーすがこっち来た時に会うったら、きっとみんなでオフ会やる時くらいだとは思うけど……。

 でも、なんか直接二人で飲みたかったって言われると……ううむ。

 そりゃ、大和とあーすに比べたら、俺とあーすの方が付き合いは長いけど……。


「あれ? 迷惑だった?」

「いや、迷惑も何もねーだろ今さら。たしかに着いてすぐ引き返せばまだ帰れるだろうけど、それじゃお前の目的達成できねーだろ?」

「あはっ。ありがとねっ」

「でも始発では絶対帰るからな?」

「そこは大丈夫だよっ。なんだったら眠くなったらどっかホテルで休んでもいいしさっ」

「え、ホ、ホテル!?」

「え、新宿とかならビジネスホテルとか、そういうのいっぱいあるんじゃないの?」

「あ、そういう……」


 あ、焦った! 変な意味のホテルかと思った!

 めくるめく新体験、秘密の花園。一瞬脳裏をよぎった想像に、俺は全力で動揺です。

 そんな感情をもろに顔に出した俺へ、あーすは不思議そうな顔を向けてるけど……ん? 待てよ?


「あれ? お前ホテルでいいんだったら別にうちに泊まんなくても……」

「あ」


 そう、ビジネスホテルがOKなんだったら、元々うちに来る必要なんかなかったのだ。

 っていうかその方がこいつも今日は寝て、明日ゆっくり新宿観光できたと思うんですけど!?

 そんな俺の指摘に、あーすは思いっ切り「しまった!」みたいな顔をした後――


「てへっ」

「てへっじゃねえ!」


 ペロっと舌を出して、あざといウインクをかまして誤魔化そうとするっていうね!

 それが許される人、限られてるからな!?

 

「まぁまぁいいじゃん、せっかく会えたんだしさー」

「っくそ……荷物預かるんじゃなかったわ」

「あはは、じゃあせめて今日は始発までどっかで飲むってことにしよっかっ」

「はぁ……俺もうオールできるほど若くないんだけど?」

「大丈夫だってー。ゼロやんまだまだ大学生でいけるからー。お肌もきれいじゃーん」

「ええい、つつくな、触んなっ。それにお前に言われたって説得力ねぇから」


 ほんともう、何なのこの残念イケメン。


 だが、俺が何をどう返そうと結局はニコニコ笑顔で突破してくるあーすに、俺はもう脱力するのみ。

 そもそもあれだからね? 俺だって新宿でオールとかしたことないからね?

 ゲーマーの家大好きっぷり舐めんなよ?

 ……なんか、これは自分で言って悲しくなるけど。


 だが、俺が何を思おうとも電車は止まることなく俺たちを運んでいき――


「よしっ。じゃあどっか飲めるとこ探しにいこー!」

「いや、手を掴むなおい! そういう奴らだと思われんだろ!!」

「大丈夫大丈夫! 知り合いなんてもうこんな時間じゃいないでしょっ」

「いや、大丈夫じゃないのは俺の気持ちねっ!?」


 到着した新宿駅で下車する時、意外にもしっかりと俺の手を取り、引っ張っていくあーすくん。

 もやしボーイのくせに、何だろう今度は振り解けないんですけど!?

 いや、何て言うかさ、みんながいた時よりも君色々オープンすぎるよね!?


 え、これ俺ほんと、大丈夫だよね!? 色んな意味で!


「たしか歌舞伎町は、東口なんだよね!」


 そんな心配と不安を隠し切れず、ひたすらため息ラッシュをかまし続ける俺をぐいぐいと引っ張るあーすは、ホームに設置された案内板を頼りにひたすらに進んでいく。


 嗚呼……やっぱ行かねぇよって断ればよかったかな……。


 そんな今さらの後悔を覚えつつハイ&ロー両極端なテンションの俺らは、一路歌舞伎町を目指して夜の新宿駅を進むのだった。







☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

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 冒頭はモじゃなくムですけどね!

 ……GWに私は何を書いているのだろうか、とふと思う今日この頃。

 ★が1000を超えました。喜びの極み……たくさんの方、評価ありがとうございます!

 評価に恥じぬよう、精進します。


 そしてあえて投稿を、2人の時間軸に合わせて……(2021/05/04,23:48投稿)

 


(宣伝)

 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!



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