第323話 この胸の高鳴り……いやいやいやいやいや!?

「東京って言ってもマンションとかいっぱい立ってるわけじゃないんだねー」

「そりゃな。さすがにどこの駅も新宿みたいってわけじゃねえからな」

「それでも家同士の距離とかすごい近いですけどねっ」

「そうね、私も初めて東京に来た時は実家との違いを感じたわね」


 電車を降りて駅を抜け、現在進むは勝手知ったる住宅街。

 既に時刻は23時15分ほどで、そろそろ身体が休みたいって訴えてくるように感じるけど、俺が休めるのはもう少し先。

 あーすが来なかったらこのまま家帰って一昨日の夜みたいにだいと真実と3人でさっさと寝れたのにとかね、そんなこと思ってないよ? うん。


「で、うちここね」

「おー。普通のアパートだねー」

「うるせーわ。一人暮らしの男の家なんてこんなもんだろ」

「あははっ。今日はお世話になりまーす」


 で、みんなで喋りながら辿り着いた我が家を前に、あーすがわざとらしく感動したフリをするけど、言ってることとやってることが違うからね君?

 そしてとりあえずみんなで2階の我が家へと続く階段を上がり、俺とあーすのでっかい荷物を置いて、真実の必要な荷物を持って、滞在2分ほどで再出発。

 久々となった我が家の懐かしさに少し後ろ髪引かれる思いはあったけど、まぁ今は優先順位があるからね。


 で、身軽になった俺とあーすだったから、自然とだいの荷物は俺が、真実の荷物はあーすが運ぶ形になったけど、すんなりあーすに荷物を託した真実の姿を俺は見逃さなかったのである。

 でもあーすの反応な感じ、矢印は片方からな気もしないけど……どんまい妹よ。


 あれかなー。

 友達の妹って、俺も自分の妹みたいに思えてた頃あるし、そんな感じなのかなー。

 とはいえあーすはあーすで、うん、そういう奴だし……ううむ、複雑な兄心よ……!


 とかね、俺は再び歩き出した夜道でそんなことを思ったりしちゃったり。


「でもすごいねー。ゼロやんちとなっちゃんち、歩いていける距離なんて」

「まぁそこは、うん。俺も正直最初はびびった」

「そうね、初めて会った日の帰りは本当にびっくりしたし、緊張したわね」

「おおっ、それって菜月さんとお兄ちゃんが付き合う前ですよねっ? いいなぁ、なんか初々しいですねっ」

「いや、でもお前そう言って寝てたじゃねーかよ?」

「う、うるさいわねっ」

「ははっ、その頃からなっちゃんがゼロやんのこと信頼してた証拠なんじゃないのー?」


 そしてまた四人で歩きながら、もう何人に言われたか分からない俺とだいの家の距離について触れてきたあーすの言葉から、ちょっと懐かしい話が思い出されたけど、うん。俺は忘れもしないからね。初オフ会の帰り、横浜から帰って来る時だいが寝ちゃって、結局俺は高円寺で降りずに阿佐ヶ谷まで行ったこと。

 あの時はまだだいが俺のこと好きなんて夢にも思ってなくて、でも俺はいいかもって思ってドキドキが止まらなくて。

 付き合ってもないのに送っていくなんて、してもいいかどうかすごい迷ったのも懐かしい。

 結局はあれで正解だったとは思うけど。

 いやぁ、思い出すだけでもちょっとにやけちゃうね、あの時のだいも可愛かったなぁ……。


「何変な顔してるのよ?」

「へ?」

「お兄ちゃん、思い出し笑いは気持ち悪いよー」

「きもっ!? いやひでえな我が妹ながら……」


 とまぁ、俺が麗しき思い出の余韻に浸っていたというのに、投げかけられたのは何とも辛辣な言葉たち。

 ああ伝わらない俺の想い。

 その言葉に俺は苦笑いを浮かべるしかないけど……何だろう、もうちょっと優しい言葉でもよくないかね?


 そんなことを思いながら歩く夜道ってのもね、なんか寂しい限りだけど。


「ほんと、みんなゼロやんのこと好きだよねー」

「いや、今のどこでそう思ってんだお前……?」


 そして俺へのフォローは一人だけっていうね!


「でも夜は涼しくっていいねー。今日はいっぱい歩いて汗かいちゃったし、早くお風呂入りたいねー」


 と、俺が彼女と妹の冷たさにしょんぼりしている間に飛び出すのはあーすの油断ならない発言ですよこれ。


「そうですねっ。あ、菜月さんのお家ついたら一緒に入りますかっ?」

「え? あ、うちのお風呂そんなに大きくないけど、それでもいいんだったら大丈夫だけど……」

「はいっ、ぜひ!」

「あっ、じゃあ僕らも一緒に入るー?」


 はい、言うと思ったー。でもな、いいか?


「入るわけねーだろっ! 気持ち悪いわっ」


 即断即決一刀両断。

 お前と入るのは温泉だけで十分だわ!

 誰が好き好んで狭い単身用世帯で男と風呂に入らにゃならんのだ。

 ……だいと真実はほら、きっと絵になるからいいけどさ、俺らは絶対ダメ。NGです。

 うちの風呂に一緒に入るのはだいだけで十分だってーの!


「ちぇー」

「唇とがらせんないい年して!」

「分かりましたよーだ」


 ……はぁ。ほんと何なのこいつ。


 とね、ほんとこのやり取りと比べたら本棚の漫画につけたままの帯を全部綺麗に整えた方が益があるんじゃないかと思うようなやり取りをしたりしてる内に、辿り着きましただいの家です。

 時刻は……23時35分か。

 こりゃ寝るのは1時過ぎだなー。まぁ明日も休みだからいいけどさ?


「おー、ここがなっちゃんのお家かー。ゼロやんのお家よりも綺麗だね!」

「やかましいわ」

「同じ一人暮らし用のお家だけどね」


 そしてだいの家の前に立ち止まって、家側にだいと真実、反対側に並ぶ俺とあーす。

 そんなだいの家をまじまじと眺めるあーすだが、まぁ君がまた来ることはないだろう、たぶん。


「じゃあ今日は真実ちゃんをお預かりするね」

「おう。よろしく頼むわ」

「今日はほんと、ありがとうございましたっ。お兄ちゃんまた明日ねっ」

「おう。連絡もらったら迎え来るわ」

「僕も楽しかったよー。なっちゃん、いっちゃんまたね!」

「はいっ。あーすさんもお兄ちゃんのことよろしくお願いしますっ」

「二人仲良くね?」

「……おう」


 で、かつてはなかなか超えられなかったオートロックを今日は久々に超えることなく、だいと真実の二人を見送る俺たち。

 しかしまぁだいの奴笑って「仲良くね」なんて……ほんと立派に成長したもんだなぁおい。


 ま、でも今日はほんと色々あったからな。

 今日はとにかくゆっくり休めよと、俺はだいの頭をぽんってしてあげるんだけどね。

 その時のだいは一瞬だけ二人きりの時のような甘えたそうな顔をしてくれたけど、それはまたの機会ってことで。

 うん、次の休みは二人でゆっくりしような。


「じゃ、帰るか」

「んー」

「ん?」


 そしてだいと真実が姿が見えなくなったところで、ついに俺とあーすは二人きりに。

で、俺は来た道を引き返そうとあーすを促したのだが……何やらあーすの様子が変。

 何か言いたげなような、そんな表情でじっと俺を見てくるではありませんか。


 街灯に照らされた相変わらずのぶっ壊れイケメンフェイスは、今も変わらず美しい。

 いつもならにこにこと当たりのいい笑顔なのに、今はちょっと真面目な顔つきでこちらを見て来るけど……なんだろう、その眼差し、男でもちょっとドキドキしちゃうんだけど。


 って、ないないないない!


「ほら、寝る時間遅くなっちまうぞ?」


 でもね、そんな顔を向けられることに耐え兼ねて、俺は何か言いたげなあーすを無視して帰路に向け足を動かそうとしたのだが――


「あのさ」


 振り向いた俺の手が掴まれ、止められる。

 男に手を掴まれるとかちょっと勘弁してほしいんだけど、さすがにこうなっては俺もまた振り向かずにはいられない。


「なん――」


 そう思って振り向いたのに。

 変わらず俺を見てくるあーすの目に、俺はなぜか、言葉を失うのだった。

 





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以下作者の声です。

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 見つめられるとドキドキしちゃう。不思議ですね☆


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!

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