第318話 ずっとそばにいたもの

 俺の言葉を受けた3人は、しばし何も言わずに俺を見ていた。

 果たしてそこにはどんな感情があったのか、それは俺には分からなかったけど――


「はぁ……」


 その沈黙を破った大きなため息が、俺の斜め前から聞こえてくる。

 その音に視線を送ると、そこには……まるで呆れるように額に手を当て首を振るぴょんの姿が。


 いや、俺だって相応の覚悟でこれ言ったんだけど? ってね、その姿にはちょっと思う所があったけど。


「ゼロやんがセシルと関わらない? どーぞどーぞ、そこはお二人さんの問題だ。あたしは何も言わねーよ」


 ひとしきり呆れ切って、少しうざったそうにしながら話し出すぴょんの言葉はどこか諭すような、そんな雰囲気を抱かせた。


「元々セシルは部外者だからな。昨日今日とたまたま参加することにゃなったけど、別にうちのギルドのメンバーってわけじゃねえだろ? そいつと揉めたんだとしても、それは個人個人の話で、別にあたしらにゃ関係ねーよ。ゆめがセシル追いかけたのだってゆめ個人の判断で、せんかんは追いかけてないじゃん? ってことは、ギルドの一員としてやるべきことだったってわけじゃない。分かるな?」

「まぁそうだな。俺もセシルを追いかけることはできたけど……俺まで行かなくてもいいかなって思ったのは本音だな」

「だろ? そりゃあのセシルと知り合えたことは光栄なことだけどさ、正直個人的な付き合いが多いゼロやんとだいに比べて、あたしらはそんなもんなんだよ、セシルのことは」


 そしてそのまま大和共々淡々と語るぴょんなわけだが……その言葉に俺はどう返せばいいか、正直返答が分からなかった。

 俺からすればせっかくのオフ会に水を差してしまったって思いがどうしても強いのだけれど……。


「冷たいって思うかもしんねーけど、スポット参戦のNPCが戦闘でやられた、そんくらいだわ正直」


 いや、NPCて……。ううむ。

 何ともまぁひどい例えだとは思いながら俺がぴょんに視線を返すと、俺に向けられていた視線が今度は、だいへとシフト。


「むしろ、あたしらの可愛いだいを泣かせたってんなら、そっちのが問題なんだわ」

「え、べ、別に泣いたわけじゃないけど……」

「んなもん泣いたも悲しませたも同じだろうがって。同音異義ならぬ異音同義だよ異音同義」


 そしてだいに向けて発せられた言葉を受け、当のだいは何とも言えない顔をしてたけど、そんなだいを見てもぴょんはあっけらかん。

 でも、異音同義なんて言葉ないからな?

 なんてツッコめる空気じゃないんだけどさ。


「国語の先生、それただの同義語ですぜ?」

「うっせーな、こまけーんだよっ」


 あ、すごいな大和。この空気でツッコむのかよ。

 ツッコんだ大和の腕にはぴょんの細腕によるグーパンが飛んでたけど、それを食らっても大和はノーダメージ感を出して笑ってる。


 ……っていうか、何だろうこの空気。


 俺とだいの二人の時は、それはもう暗く落ち込んだ空気に包まれて、俺が何とか明るく振舞ってみせることでギリギリの雰囲気を保ってたのに。

 ぴょんと大和は、最初からそんな空気感ないような……?


「せんかんが初めて参加したオフ会だっけか。あの時のゼロやんのヘタレっぷりったらひどかったじゃん? それでだいが悲しんだ。だからゆめがあんなに怒ったわけじゃん? ウチとソトじゃねーけどさ、あたしらは身内のだいが悲しむのは許せないけど、だいとセシルじゃ元々天秤にかけるまでもねーんだよ。ま、もしゼロやんがだいほっぽってセシル追いかけてたら、それこそギルド辞めろっつってキレてたかもしんねーけどな」


 そう言ってぴょんがケタケタ笑う。

 でも、その笑い声は俺には響かない。苦笑いすら、浮かばない。


 ……ああ、そうか。

 そもそもが違うのか。


 出来ることなら関わる人みんなで笑ってられればいいなって思う俺と、仲間を守りたいって思うぴょんたちと、そもそもが違うんだ。

 でも俺の考えのせいで、だいが悲しむ結果になったんだよな……。


 じゃあ、そもそも俺が近くにいないほうが……?


「まー、俺らと倫じゃセシルに対する感覚が違うのは分かる。ゲスな話、うん……やっぱすげー可愛いとは俺も思ったし。でもだからってな。別に全か無かじゃないんだしさ、とりあえず倫も落ち着けよ」


 と、俺がどんどんと暗い方向に思考が向かう中で、ぴょんを援護するように大和の意見も届けられる。

 亜衣菜のことを「可愛い」って大和が言った時なんかはぴょんが「おい」って睨んでたけど、俺に「落ち着け」って笑いかける大和は、いつも学校で話す時のような穏やかさを感じさせてくれた。


「それにあれだ、さっきゼロやん「今後起きる何か」っつってたけど、それあれだろ? 現状だとゆっきーの話だろ? たしかにあれもなぁ、困ったもんだとは思うけどさ、ゆっきーもあたしらの仲間だし、そっちはあたしらもフォロー入れるじゃん? だいだって、ゆっきーにはセシルみたいな怖さってやつはねーだろ?」

「あ、うん。そうね。ゆっきーにはそういう気持ちじゃなく、可愛いって気持ちを持ってるのが事実かな」

「ってことはさ、そこはゼロやんがちゃんとすりゃ、何も起きねーだろ」

「うむ。そこは倫次第だな」

「他はまぁ、ないと思うけど、つまりだ。あたしらにとってはだいもゼロやんも仲間なんだから、二人の意思で別れるって話でもならない限り応援するのが当たり前なんよ。ゆめだってそこは分かってるから、セシルに泣きつかれたとしても諭してくれてんじゃねーかな」


 ……ふむ。

 俺は相当な覚悟を持って「ギルドを抜ける」って口にしたのに、正面に座るぴょんと大和からは、まるで駄々をこねた子どもの相手をするような空気が出されている。

 俺としては、俺が迷惑かけた責任を取るべきだと思うけど……。


 ううむ。


 そっか、わかった! って、そう簡単には俺の内心は動かないんだけど……。


「第一よー」


 気づけば今回の一件の説明から俺の「抜ける」発言を止めるための会話、となってるのは重々承知だけど、俺としてもそう易々と口にした言葉を撤回する気にならない。

 だからこそ俺はさっきからずっと口を噤んだままだったのだが、改めてぴょんがため息をついたのを俺は見逃さなかった。


「このギルドがなかったらさ、オフ会なんてやってなかったわけじゃん? ってことはさ、ここがなかったらお前ら二人とも出会ってなかったかもしれないってこったろ? そんな大切な出会いの場所をさ、軽々しく抜けるなんて言うなよ」


 ……あ。


 そのぴょんの発言に、俺は思わずハッとさせられた気になった。

 そしてそれは隣の席のだいも同じだったようで、俺と同じくハッとしたような顔をぴょんに向ける。

 そんな表情を見て、ぴょんは苦笑いで、大和は目を閉じ「うんうん」なんて頷いてるけど……。


「【Teachers】あってのゼロやんとだいなんだから、二人とも死ぬまで【Teachers】にいるべきだろ」

「死ぬ前にLAが終わるだろーけどな」

「だからっ、お前はこまけーんだわっ」

「はははっ。まっ、俺らも【Teachers】ここあってだからな。そこはほら、一蓮托生でいこうぜ?」

「ったく。ま、せんかんの言う通りってこった」


 軽口を叩いた大和がぴょんに小突かれてるのはもう見慣れた光景として、【Teachers】あっての俺とだい、その言葉はたしかにどうやっても否定できるようなものではなかった。


 そして思い出す、まだギルドとして旗上げされたばかりで、ろくすっぽまともな活動が出来なかった頃から、このギルドの仲間としてLAの世界に刻まれてきた〈Zero〉〈Daikon〉だいの関係を。

 フレンドリストにお互いの名前があるだけの関係から、俺とだいの居場所として存在してくれていた場所だったことを。

 

 旗上げされたばかりの、リダと嫁キングとジャックしかいなかったギルドに、俺より1日早くだいが入り、俺が入り、その後に大和やちょん、かもめが入って少しずつ活動が活発化した記憶。

 その後脱退するメンバーもありながら、ぴょんとゆきむら、ゆめ、あーす、真実にロキロキと新たなメンバーが増えていった思い出。

 人数こそそれほど多いわけじゃないけど、みんなで知恵を出しながら難関コンテンツをクリアし喜びを分かち合い、時には誰かの仕事の相談に時間を費やしてきた日々。


 気づけばみんなと会える火曜と土曜の活動日は、俺にとってかけがえのないものになっていたのに。


 俺はそれを捨てようとしていたのか。


 ……でも。

 だからこそ。


「でも、やっぱり俺みんなに迷惑かけたのは事実だし……」


 そんな大切な場所に迷惑をかけたことが許せないのも、また事実。

 だからこそ俺は差し伸べられた手を、目の前まで伸ばしてもらって手を、取れない。


 そう思いながら俺は俯いた、のだが。


 バンッ


「だー! もう女々しいなおい! おいだい! お前も彼女なら言うことあんだろ、言ってやれ!」


 ぴょんがテーブルを叩いた音で俺を始め多くの人がぴょんの方へ視線を向けていたが、ぴょんはそんなことお構いなしに後頭部をかきむしりながらイライラした様子を見せ、発言権をだいに譲る。

 その流れに俺がゆっくりだいの方に顔を向けると――


「そうね、今回のことはやっぱり私に責任があると思うし、ゼロやんだけ責任を取るっていうのは違うと思う。亜衣菜さんと私の関係がゼロやんを困らせちゃってたところもあるよね。だから……ゼロやんが抜けるなら、私もそうする。ううん、私はLAも辞めるよ」

「え?」「は?」「いや――」


 淡々と語るその美しい顔に目を奪われながらも、それ以上の驚きと理解を超える発言に、俺たち全員が絶句。


「あ、待って。ゼロやんが責任を取るならって話だから、最後まで聞いて」


 だがそんな俺たちにむしろだいが困惑したようで、だいは両手を広げて俺たちに制止をかけながら続きの言葉があると言ってくるので、色々と言い返したい言葉を抑えて、まずはだいの話を聞くことに。


「私今まで自分から壁を作ることが多くてさ、仲のいい友達って呼べるような人、ほとんどいなかった、のは、知ってるよね? 高校でも大学でも、一人ぼっちってわけではなかったけど、学校がない日に会って遊ぼうっていう友達もいなかったし、卒業後も会おうねなんて友達もいない。でも私が寂しくなかったのは、学生の頃からずっと一緒にいてくれたゼロやんがいてくれたのと、【Teachers】ここがあったから。今ぴょんに言われるまで当たり前すぎて感じてなかったけど、みんながいてくれてすごい助けられてたって、気づいたの」


 そして話し出しただいの言葉に、俺たちは黙って耳を傾ける。


「そして今は、みんなとリアルでも知り合って、みんなと仲良くなって、心から友達って呼べるような人たちと出会えた。特にぴょんとゆめは初めて会った時からすごく良くしてくれて、相談にも乗ってもらって、おかげで今はずっと好きだったゼロやんと付き合うことも出来てる。こんな私でもちゃんと友達作れるんだって、嬉しくて、私幸せだなって思ってる」


 だいの言葉は、嘘偽り本心だと分かるような、そんな声。

 聞いていて、ああそうだな、よかったなって思うような、そんな声。


 その言葉にぴょんもまんざらではなさそうな表情へと変化していたが。


「思ってるからこそ、舞い上がってたとこもあったと思う」


 続けられた言葉で、少しだけぴょんの眉がひそめられた。


「初めて亜衣菜さんと会った時、ライバルだねって言われて、負けたくないって思った。その勝負は私が勝ったけれども、それでもさっき話した通り、亜衣菜さんが怖いと思って、だから友達でいることを選んだのは本当。でも心のどこかで、もしかしたらって思いもあったと思う。ゼロやんのこと抜きにして亜衣菜さんと話すのは楽しかったし、今までと違って仲のいい友達が出来るようになった私なら、本当に亜衣菜さんと友達になれると思った。思ってしまった。それでその結果が今じゃ、ほんとただの自意識過剰だったなってオチなんだけどさ」


 そしてだいが、弱々しく笑う。

 

「だからね、ゼロやんが私を庇おうとしてくれてるのは分かるけど、私からすればゼロやんだけのせいじゃないんだ、今回のことは。もし私がもう亜衣菜さんと関わらないで、ってお願いしてたら、ゼロやんはきっと私の希望を叶えてくれてたでしょ?」


 弱々しく笑いながらも、そう言って俺を見るだいの目には、どこか確かな想いがあるような、そんな様子が感じられた。

 その力強さに少し気圧されながらも、俺はだいの言葉に頷きながら。


「え、あぁ……うん。そうだな。そうだと思う」


 と、同意を示す言葉を返す。

 たしかにだいが望むなら、俺はそれを何よりも優先していたのは、間違いないだろう。

 俺の希望よりだいの希望。それが俺の中の優先順位で上なのは、たしかだから。


「でも、私がそう言わなかった。ゼロやんがみんなと仲良くいたいってことを望む人って分かった上で、友達でいることを選んだ。それで今日、こうなった。せっかくみんなで楽しむために来たのにさ、その空気に水を差すようなことをしてしまった。それでゼロやんがみんなに迷惑をかけたって言って責任を取るって言うなら、やっぱり私も同罪だと思う」

「いや、でもギルド抜けるどころか、LA辞めるとか――」

「まだ待って。もう少しだけ聞いて」

「ん、うん……」


 でもやはり「そうだな」とは言えないとこもある。

 そう思って思わず口を挟んだ俺の口を、再度がだいが制止するべく指を当ててきたので、俺もそれに従い口を閉じる。


 気づけばだいの表情は、先ほどまでの弱々しい笑みではなくなっていた。


「ゼロやんと二人だけで話してる時は、今言った通りね、私も同罪だって思ってた。でもさ、ぴょんとせんかんの話を聞いて、そこに他のみんなを巻き込んでいく方が違うのかもって、思った。今回の件は私たち3人の問題で、みんなは関係ない。それでもゼロやんが責任取って抜けるって言うなら、一人だけに責任を取らせるわけにはいかないよ。だからその時は私も一緒にみんなの前からいなくなる。そうじゃないとフェアじゃないもの。ここで出会ったことをきっかけとして付き合えたんだから、この場所に対する責任は一緒だと思うし。でも、二人は今回の件はギルドには関係ないって言ってくれてる。だから私は今なら選べる。亜衣菜さんのことは好きだけど、やっぱりこの場所には代えられないって。ずるい女だって思ってもらっても構わない。でもやっぱり私は、ゼロやんも一緒にみんなといたい。そのためなら、せっかく仲良くなれた友達一人、失っても構わない」

「だい……」

「だからさ、抜けるなんて言わないで。私のために自分だけ引こうとしないで」


 そしてそう言っただいの目が、真っ直ぐに俺を見つめる。

 その眼差しは、今まで見たことがないくらい強い意志が込められているようで、葛藤する俺の心を見透かすような、そんな迫力を感じさせた。


「私と一緒に、思い出あの人だけ捨てて」


 その眼差しを向けられたまま、そう告げられた言葉に、俺は――






☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 様子見で休暇を命じられたため、執筆がちょっと捗るという……。

 前話のコメントたくさんありがとうございました。

 

 こんなに期待されない主人公で、なんかごめんなさい……笑


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停中……!

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