第317話 そして今告げる覚悟

「悪いな、座ったばっかだったのに」

「ううん、合流しようって言ったのは私だし。飲み物代後で払うね」

「いいよ。そんな細かいこと気にすんなって」


 だいの手を取ってそのまま移動……と決めたかったとこだったけど、さすがにお会計を無視するわけにも行かず一旦そこで俺たちは手を離した。

 でも、会計を終えて店外に出たところで今度はだいからそっと手を繋いできてくれて、その行動に密かに喜ぶ俺。

 外の気温はまだ高めで暑いくらいなのに、握っただいの手はほんのり冷たい。

 冷たい飲み物飲んだからかもしれないけど、今はこの手を温めたい、そんな気持ちが俺の中で高まっていた。


「ゼロやんさ」

「ん?」

「あ、ううん。……何でもない」

「何だよ? あ、トイレ行きたいとかか?」

「なっ、もうっ! デリカシーないわね」

「あ、違ったか」

「違います! ……でも、ありがとね」

「別に?」


 そして大和がいる可能性の高いお店を目指し歩く道中、少しだけさっきまでより元気になったような気がするだいが、俺に何かを伝えようとしてくる。

 それに俺はトイレか? なんてとぼけてみたけど、もちろん本気の発言でないのは言うまでもない。

 それにツッコんだことでだいの表情もまた少しほぐれたし、これはこれで効果あり、だな。


 そしてだいの「ありがとう」の意味も分からない俺ではないけど、元を正せば……だし、これは俺の贖罪でもある。

 そんな態度に見えないかもしれないけど、ほら、俺まで暗くなってたら余計にだいが落ちちゃうし?

 今日のことを、だいにはいつの日か笑えるようになってほしいから。

 もしかしたら、だいにとっては亜衣菜と仲直り出来た方がいいのかもしれないし。

 こいつ友達少ないじゃん?


 でも、俺はもう戻れない。

 重くのしかかる後悔は、俺一人で抱えていけばいい。

 今日で色んな色々に、けじめを付けるから。


 その結果は俺が受け止める。

 それをだいがどう受け止めようと。


 とはいえだいが重い雰囲気に飲み込まれないように、軽やかにいかないと、だけどね。

 

 そんな覚悟を持って、俺はだいとともに大和がいるかもと予想した方へ歩くのだった。






「……えっと、外の席にはいないか」

「そうね。せんかんは目立つから、いれば分かりそうだけど……」


 そして歩くこと数分、俺たちは目的のカフェの近くにやってきた。

 そこは店内席と店外のパラソルの席とでそれなりの客席が用意された場所だったが、店外の席に見えるのはカップルや女の子同士の客ばかりで、パッとみた感じ黒くてでかい大和の姿はなし。

 どれちょっと店内でも見てこようか、そう思って俺はだいの手を引き、中を確認しに行こうとすると――


「お? なんだ事件でも起きたのかと思ったけど仲良くやってんじゃん」


 背中側から聞こえた軽口は、不思議と安心してしまうような、そんな声に感じられたけど。


「ごめんね、せっかく遊んでたところなのに」

「いいっていいって。まーあれだ、あの班じゃあたし引率の仕事してる気分だったしな。それより、だいこそ大丈夫か?」

「うん、私は平気……でも、ゆめにも迷惑かけちゃったね」

「あー、まぁ気にすんな、って言いたいとこだけど、状況わかんねーからな。とりあえず中にせんかんいるはずだから、合流しようぜ」

「うん」


 その声に俺より先に振り返って、返事をしたのはだいだった。

 それと同時に俺と繋いだ手は離してしまったけど、さすがに仲間内の前で堂々と手を繋ぐのは俺も気恥ずかしいし、気にしない。


 でも、気にすんなって風に言ってくれるぴょん、けっこう汗かいてんじゃん。

 ……大和のためか、だいのためか、いずれにせよ急いでくれたんだな。

 やっぱいい奴だなぁ、ありがたい。


 そんな風に心の中で日焼けた肌が印象的な我らが盛り上げ隊長&気配り隊長に感謝しつつ、俺も店内に入って行く二人の背中を追う。

 でも、やっぱこの店で合ってたんだな。

 なんて、ちょっとだけ自分の探偵ぶりを自画自賛したりね。

 

 そんな気分も持ちつつ入った店内は空調が効いていて涼しく、外の湿度高めな暑さを拭ってくれるような心地よさを感じさせてくれた。

 ま、あれか。ゆめと一緒だったんだから、屋内なのは当たり前よな。

 

 そんな店内の席の一角に、場違いみたいな存在感を放ちながら、少し居心地悪そうにスマホをいじってる一際ガタイがよく、肌がこんがりと焼けている男を発見。

 そいつも俺らがやってきたのに気付くと、最初こそ驚いた顔をしていたけど、すぐに笑って手を振ってくれた。

 驚いたのはぴょんが先に来ると思ってたからだろうけど、笑ったのは、きっと一人で店内にいるということへの居心地の悪さから解放されたから、かな?

 ……いや、ぴょんに会えたからかもしれないけどね。


「おっす! いやぁ、いきなりゆめがぴょんと連絡取っといて〜、つって走ってくもんだからさ、焦ったわ」

「とりあえずセシルと何があったか教えてくれよ」

「ごめんね、巻き込んじゃって」

「その、俺からも色々ごめん」


 で、大和の方に俺らが揃って近いて、焦ったという割には笑顔を浮かべる大和の隣にぴょんが腰掛け、その向かい側に俺とだいが座る。

 そんな俺とだいのことを、まじまじと見てくる大和だったわけだが。


「ん? だいと倫が謝るってことは、なんだセシル含めた3人で、2対1の喧嘩でもしたのか?」

「ううん、喧嘩したというか、亜衣菜さんを帰らせちゃったのは私」

「いや、あの場面だけ切り取らず、これまでの経緯を踏まえて一番悪いのは俺だって」

「ふむ。とりあえずま、説明よろしくー」


 まずは二人へのごめん謝罪の理由を伝えるも、詳細を知らない二人はいまいち要領を得ないみたい。

 ということで、再度適当に飲み物を頼んだりしてから、俺とだいは何があったのか、夕日差し込むカフェの店内にて、頼もしく見えるカップル仲間の二人に説明をするのだった。




「なーるほどねー」

「ま、そりゃだいが怒るのも最もだろうが……」

「困った奴だなー」


 一通りの説明を聞き終えて、大和とぴょんは少し考え込むような振る舞いを見せた。

 そして何とも言えない顔を浮かべたまま——


「ゼロやんはさー、そのだいを選んだからって話をした時、どんな風に言ったんだ?」


 聞かれた質問はまさかの今日のこと、ではなく、俺が亜衣菜との決着をつけたと思った日。

 たしかにあの日のこともちらっとだいが触れてたけど、まさかのそこが引っかかるとは、どういうことだろう?

 そんなことを思いつつ、俺は聞かれるがまま、あの日を思い起こしてぴょんに答える。


「え、えっと、だいと付き合うから、もう亜衣菜の気持ちには応えられません、って言ったぞ?」

「……それだけか?」

「え、それだけかって……?」

「ぶっちゃけあたしさ、自分のこと好きな相手を振るって簡単じゃないと思うんだわ。しかも自分がそいつのこと嫌いだったらまだしも、そうじゃない相手を振るったらさ、なんかもったいない気もするじゃん?」

「いや、もったいないって……」

「だって上手く状況利用すりゃ、二股だっていけんじゃん? ……あ、なんだよおい。あたしがそんなことすると思ってんのかー?」


 で、俺がぴょんの質問に答えたら、今度はぴょんの持論が展開されたわけだけど、その会話の中で二股って言葉が出てきたから、ちょっとだけ大和が眉をひそめた。

 もちろんそれは例え話であって、別にぴょんが二股してるわけじゃないのは明白だろうけど、大和にニヤニヤして反応したぴょんはちょっとなぜか嬉しそう。

 うん、こいつらに限って二股とかあるわけねーだろうな。


「で、だ。振られた側だってさ、好きだった相手が自分のこと嫌いなわけではないって分かってたら、望み薄くても多少なり期待はしちゃうじゃん?」

「そうな。俺もそれは同意するわ」

「うむ。だからこそさ、振る側ってのはけっこうな覚悟持っていかないと意味ないと思うんだよねー。二度と姿見せんじゃねぇぞ、とかさ、そのレベル」

「え、いやそんな言葉は……」

「言えなかったわけだろ? だからこそ、セシルも未練残っちまったままだったんじゃねーかな」

「うーん……」

「もちろんだいを選んだからって理由だけで納得してくれる女もいるとは思うけどさ、だいはだいでセシルと友達なったから、そこの点でもゼロやんと繋がりが残ったままだったじゃん? 姿形が見えなくなるならまだしも、半端な距離感に居続けられたらさ、そりゃやっぱ綺麗さっぱりって、簡単じゃないんじゃねーの?」


 そして、大和にニヤッと笑ったあと、少し真面目な雰囲気に戻ったぴょんは再度その持論を展開。

 その話を大和は頷きながら、だいは少し俯きながら聞いてたけど……俺からしてもその意見は否定できるところがなく、あの日はちゃんと話したつもりだったけど、甘すぎたのか、と思わざるを得ない気持ちが強かった。

 ううむ、しかしその後の対応よりも、あの日自体だったか……。


 出来ることなら人を傷つけたくない。

 そう思って生きてきたけど、俺が見てたのは目先ばかりで、本質じゃなかったてことなんだと改めて痛感。

 そして今という時間は、その今までが重なって繋がった結果、なんだと。


「まー、だいとセシルの関係とか、もこさんだっけ? その辺の絡みもあるからゼロやんがズバっといくのは難しかったとも思うけどなー」

「いや、でも俺が甘かったと思ってるよ」

「んー、でも彼女持ち相手にうろちょろするセシルもどうかと、俺は思うけどねぇ」

「まー、セシルをそばに置いといただいもだいだし、登場人物全員残念ってこったろ」

「返す言葉がないわね……」

「うむ……」

「とりあえず、だ」


 そんな、俺もだいもひっくるめて残念認定してくれるぴょんのサバサバした感じが、いっそ清々しくてありがたいなんて思いつつ、俺はぴょんの「とりあえず」の続きを待つ。

 そして。


「なっちまった現実は変えらんねーからな。ゆめがセシルと何話してんのかわかんねーけど、とりあえずゼロやんから改めてセシルのことズバッといくしか——」

「うん、それはもう俺の中で覚悟してる。いや、それだけじゃない」

「ん?」


 ぴょんが続けた言葉が、ある程度予想通りのものだったからこそ、俺は今こそタイミングだなと判断し、ぴょんの言葉を遮った。

 それはたぶん、今までの俺からしたら珍しいことだったからか、ぴょんだけじゃなく、だいも大和も俺の方を顔を向けていた。

 やはり、言うなら今しかない、な。


「俺はもう亜衣菜と関わらない。それはもう決めたんだ。でも亜衣菜だけじゃない。俺はだいと一緒にいたい、これが一番だからさ。今後起きるかもしれない何かを、俺は防ぎたいと思う。だから」


 そこで浮かんだ顔を思えば、心苦しいような、そんな気持ちもなくはない、けど。

 俺の覚悟は、もう決まってるから。


「みんなとオフ会する前の状態に、俺だけ戻ろうと思う。もちろんみんなと出会った事実は変えられないし、みんなにはそれぞれの出会いを大切にして欲しいと思う。だから、俺だけが戻る」


 これは弱り切ってただいを見て、俺が心に決めたこと。

 俺のせいでだいをあんな風にしてしまったし、その責任は取るって決めてた通り。

 そしてせっかくのオフ会にも迷惑かけちゃったから。

 そっちの責任もね、俺が引き受ける。


「今回の件も、いつぞやのだいの落ち込みも、俺がいなかったら起こらなかったことだしさ」


 そんな俺の言葉を聞く三人の表情が、俺が何を言うかを予想して固まっていくのが分かった。

 でも、俺の言葉は止まらない。


 そして。


「迷惑かけてごめんな。俺、このギルド抜けるよ」


 世に出た言葉には責任が生じる。

 その覚悟を持って、俺は驚く三人に向かって穏やかに、だが真剣に、自分の覚悟を伝えるのだった。






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以下作者の声です。

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 体調崩して死んでました。

 皆様もご自愛くださいね!


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停中……!








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