第315話 あれかこれか

「何か食うか?」

「ううん。今はいいや。ありがとね」


 亜衣菜が去って二人となった俺たちは、一同入園してすぐのエリア付近にあるカフェにやってきた。

 少しだけ入店に待ったけど、他に何かする気にもならなかったから、待つのは別に苦にならず。


 ……いや、嘘。

 だいの重たい空気を何とも出来なかったから、正直ただただ待つのは辛かった。

 前後近くに他のお客さんもいて、重いこと話すのも躊躇われたから、話したいこと話せてなかったし。


 でも、他の人たちから少し離れた今なら、テーブルで向き合う今なら、話せる。


「じゃあとりあえず飲み物だけでも頼むか」

「うん。私はレモンティーにするね」

「ん、おっけ。すみません! レモンティー1つと、アイスコーヒーをお願いします」


 亜衣菜が去ってからここに来るまで、話したいってか、聞きたいことが1つあった。

 こんな機会だからこそって言ったら変な話だけど、こんな機会だからこそ、聞きたいこと。

 それは俺がずっと避けてきた、聞いたらだいと亜衣菜の関係が壊れてしまうのではないかと心配だったこと。

 でも、今は逆にしっかり聞いておかなきゃいけないことなんだ。


 でも、その前に。


「さっきは亜衣菜のことかばってるなんて思わせて、一方的に仲直りしろよなんて言ってごめんな」

「別に……それはゼロやんらしいなって思うし」

「俺らしい?」

「うん。だって……出来ることならみんな幸せに、でしょ?」

「あ……うん、お見通しか」

「うん。むしろゼロやんからしたら、今日まで普通に話してたはずなのにって、不思議だったんじゃない?」

「あ、それは……うん。思ってた。なんか変だなってのは、3人になってからちょいちょい感じてたけど」

「うん。そうだろうね」


 先に謝るべきところは謝っておこうと、そう思った俺に、逆にだいが伝えてきた言葉は少し投げやりな感じで、だい自身今抱えてる気持ちをどう消化すればいいかわからないんだろうなって感覚を俺に与えてきた。

 こんなだいは珍しい。

 過去の出来事から、言いたいことを言うことを、自分の気持ちを表に出すことを避けてきたんだから、たぶんそれを出してしまったことへの戸惑いもあるんだろう。

 そんな戸惑いも含めて、今は吐き出させないとな。

 とにかく今は、だいに話をさせていこう。


 俺になら、心の内を話してくれるはずだから。


「あのさ」

「うん?」


 そして頼んだ飲み物が届き、お互い一口だけ口にしてから、グラスを置く。

 グラス表面についた結露はじわじわと粒を大きくし……やがて重力に従い続々と垂れていく。

 それはまるで耐えて耐えて耐えていただいの許容量が限界を迎えたような、そんなだいの心を彷彿とさせた。


「さっきのも気になるけど、先に質問。でも答えづらかったら何も言わなくていいけど……だいはなんで、亜衣菜と友達なったんだ?」

「……友達、ね」


 そんな、許容量を超えたストレスをぶちまけ切って、それでもなお残った感覚に消化不良を見せるだいに、俺はゆっくりと尋ねてみる。

 その質問を受けただいは、俺の使った友達という言葉を口の中で転がすように呟き、少し自嘲気味に笑っていた。

 でもこの質問は、ずっと疑問だったこと。

 二人が友達じゃなかったら起こらなかったこともあったんじゃないかなって、思うこともあったから。


「聞いたら幻滅するかもしれないよ?」


 自嘲的な笑みを浮かべたまま、だいの投げやりな言葉は続く。

 でもその感情から、負の感情に囚われるだいから俺が逃げるわけにはいかない。

 

 亜衣菜が去って行った時、たしかに俺は反射的に追いかける方向に踏み出した。

 でも、だいが何も言わなくても、だいが動いてなかったらそれ以上追いかけることはなかったってのは断言できる。


 俺がこいつの側を選んだんだ。

 だから、俺はこいつの感情を受け止める。

 それが俺の役目。

 

 傷ついた彼女見てその感覚を強めるってのも、ほんとクソダサい話、だけどさ。


 でも。

 だから。


「しないよ。俺はお前に幻滅なんてしない」

「……そう」


 真っ直ぐにだいを向いた俺が自分の気持ちを伝えると、だいは目を伏せ、少しの間を置いてから、ゆっくりと口を開き——


「……怖かったの」

「え?」


 一言、そう呟いた。

 それは俺の予想外の一言で、思わず聞き返してしまったけど——


「もちろん可愛くて優しくて明るい亜衣菜さんのことは好きだよ。一緒に話してても楽しいし、人としてすごい魅力的な人だと思う」

「でも、怖かった?」

「うん。ライバルだねって言われたあの日からずっと怖かった。ゼロやんのこと取られるかもしれないって、ずっと思ってた。いつも明るくて、余裕そうで、ゼロやんと仲良くて、私の知らないゼロやんを知ってて……亜衣菜さんと話すゼロやんも楽しそうで、怖かった」


 俺の聞き返しの直後、堰を切ったように話し出すだいの言葉は、正直驚きしかないものだった。

 だって、亜衣菜と話す時のだいはいつも楽しそうだったから。

 俺と亜衣菜が話していたとしても、むしろもっと焼きもち焼くのが普通じゃないの? って思ってたくらいだし。

 だから、だいは望んで亜衣菜と友達でいるんだと思ってた、だけど。


「付き合ってからも、友達でいた方が亜衣菜さんも気を遣うかなって思って距離を置かなかった。あの日ゼロやんがちゃんと亜衣菜さんに私を選んだんだって話してくれたのは知ってるよ。でも、一緒に亜衣菜さんのお家行って、亜衣菜さんが諦めきれてないのは分かった。言葉では私に「任せた」って言って、私と連絡取り合ってる時も気にかけてくれてたけど……ゼロやんのことずっと気にしてるのは分かってたんだ」

「……ふむ」

「だからずっと怖かった。私はつまらなくて面白みのない人間だから、あの無邪気で明るくて優しくて可愛い亜衣菜さんにいつかゼロやんが取られちゃうんじゃないかって。やっぱり昔付き合ってた人なんだし……私なんかよりずっとずっと魅力的だもん」

「そっか」

「うん。……幻滅するでしょ? 仲のいい友達って思わせておいて、ほんとはそんな打算があったんだからさ」

「いや……うん、教えてくれてありがとな」


 ……はぁ。なるほどね。

 ったくこいつは……。


 打算がない人間なんて、そんな聖人君主みたいな人なんて果たしているだろうか?

 清廉潔白な人なんて、世の中にいかほどいるだろうか?

 いないと断言はしないけど、俺はそんな奴とは仲良くなれる気がしない。

 水面下で清濁併せ吞んで、それを抱えながら生きてる奴の方がよっぽど人間らしいって思うよ俺は。


 だからね、だいに幻滅したりはしない。

 こいつが弱っちい人間で、自分に自信がない奴だなんて昔から知ってたことだしな。


 それに、俺がはっきりともうダメだよって、あいつを突き放すことが出来てなかったのも今回の要因としては大きすぎることも分かってる。


 ほんと俺ら、まだまだだな。


「意外だなって思ったけど、むしろ人間らしいって思うよ」

「……そっか」

「うん」

「でもこれまでは平気だったんだけど、今日は……我慢できなくなっちゃった」

「それがさっきの話、だよな。ゆきむらと3人だった時にもなんかあったのか?」

「うん。亜衣菜さんに悪意がないのは分かってたけどさ、ゆっきーが色々聞く中で、亜衣菜さんにゼロやんとここに来た時の思い出色々聞いてね、昨日のことみたいに覚えてる亜衣菜さん見てたら、やっぱりゼロやんのこと好きなんだなって思い知らされて……あの日もお揃いの被り物したんだよって言われたりしてさ。自分の中で受け流したかったけど、受け流せなかったの」

「……ふむ」


 なるほど。ゆきむら、か。

 たしかにあいつなら、あれこれ聞く姿が目に浮かぶ。

 純粋な好奇心でそれを尋ねていたんだろうし、それはだいにも分かったんだろう。

 だからその時は我慢できても、いざ俺も一緒にいるようになったら、ってことか。


「ごめんな、あいつを連れて来ちゃって」

「ううん。びっくりしたって亜衣菜さんも言ってたし……もし私が逆の立場だったらって考えたら、私も無理矢理ついて行くと思うから。それにみんなも亜衣菜さんに会えて楽しそうだったし、ゼロやんが謝ることじゃないよ」

「ううん、だいがそう思っても、あいつが俺のこと好きだって思ってるのに気づかず……いや、そう思わないようにしてただけで、ほんとは気付いてたんだろうな。でもそれを見ないフリして、かわし続けてればいつか諦めるだろって思って、何もしてこなかった。俺が蒔いた種だよ、これは」


 そう、種はゆきむらの亜衣菜への質問じゃない。亜衣菜の行動を御さなかった俺だ。

 だいがこうなることを予想し切れなかった、俺とだいならもう大丈夫って思いこんでた、俺が蒔いた種。


 だから俺は、責任を取らなきゃいけない。


 亜衣菜だけじゃない、だいは平気って言ってても、やっぱり根本的に他の女性と話すだけでもいい思いにはならないんだから……ここで動くべきは、俺なんだ。


「あのさ——」


 責任を取る。

 これ以上だいを悩ませる要因を物理的に取り払う。

 これは……時折冗談で口にしてたことのある考え、だけど……本気で口にするのは少し抵抗もある。

 でも、解決できる方法、でもある。


 結局俺への信頼の問題なんだよね、全部。

 だいを不安にさせないくらいの信用がなかったんだ。

 もちろん元々のだいの性格も、自信ない性格もあるんだろうけど、それでもそれを安心させるだけの力がなかったのは、俺のせいなんだよ。

 

 だいとなら、みんなで仲良く出来るって、そう考えてきたことが招いた状況なんだ。

 大和みたいにね、ハッキリと一線を画す振る舞いをすべきだったのに、だいに甘えて自分の考えを優先してしまってきたツケが回ったんだ。

 

 だから、決める。

 これ以上こいつを悩ませることがないように。

 人生ってのはあれもこれもじゃなく、あれかこれか、なんだから。


 そう思って。


 色々と言葉を吐いて、少しだけ落ち着いた様子を見せるだいの目を真っ直ぐに見る。


 そして俺は――








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以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 緊急事態宣言、東京はまた出るんでしょうね。

 早く世の中が落ち着きますように。

 GWはGatturi Writing……!?(2021/4/22投稿)



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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!

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