第314話 味方になれるのはただ一人

「あ、これ」

「おお、おめでとうございます! はい、こちらパーフェクト賞のメダルですっ」


 ゲームを終え、出口の方に向かう途中、ささっと自分のスコアカードをキャストさんに見せ、ちゃっかりメダルをもらう俺。

 そんな俺に連れの二人はというと、なんだか悔しそうというか、そんな空気を出してるけど、あれ、これ今貰うタイミングじゃなかった?


 いやいや、せっかく俺パーフェクト出したんだし、うん、これは権利だよね?


 そう思いつつ、メダルを受け取ってからちょっと進んだところで立ち止まり。


「いやぁパーフェクトは俺だけ、かな? あはは、いやぁ今日は調子がよかったぜ!」


 なんて、内心ドキドキしながら二人に笑いかけるけど、薄水色のワンピース美女はクールな表情のまま、水色ブラウス姿の美女はじとーっとした目で俺を見て、一切合切賞賛の空気なし。

 いや、さすがにそれはひどくないかね……?


「え、ええと、じゃあ二人の勝負の結果発表といこうか!」


 それでもね、どんな空気だろうとあえて空気を読まずに進めねばならぬこともあるのだよ。

 それは教員という仕事の、特に担任という業務をしていれば必ず訪れる場面だからね。だからこそ俺はあえて二人の空気を読まずに、早速結果発表いこうぜって二人にスコアカードを出すように促した。


 で、何も言わないまま二人は手を差し出し——


「あ」


 その結果をそれぞれが確認したわけだが……。


「なるほどー、こういう結果か! うん、平和的でいいんじゃないかな!」


 二人のスコアカードに示されていたのは、9発的中という結果。

 奇しくも二人ともそれぞれのトラブルの時に外したのみで、それ以外は全的中だったらしい。

 でもだいはほんと不可抗力だけど、亜衣菜の件については……。


「りんりんが声出さなかったら勝ってたのになー」

「いや、だからそれは——」

「でも、私はあの声を聞いても外さなかったけど」

「むうっ!?」


 ……む?

 亜衣菜の件については、これだけお客さんがいるんだし、当然俺以外の声もたくさん聞こえてたはずだから正直自己責任だろう、そう思ってたんだけど……改めて俺のせいって主張し出した亜衣菜の言葉に、予想外にも冷たい反応を見せただい。

 その反応には亜衣菜も驚いたみたい、だが。


「そもそも思ったけど、勝ったら亜衣菜さんがゼロやんと手を繋ぐっておかしくないかしら?」


 え、今さら!? いや、それもっと前に言えよ!

 って思うのだけれど、それをツッコむことなんか俺にはできず、だいの冷たい態度が続くのを見るばかり。

 その様子はこれまでの仲良かった二人からは想像も出来ない姿、と言っても過言ではなかったと思う。

 たしかに今日のだいが不機嫌なのは感じてたけど――


「ゼロやんの腕を掴んで引っ張るのもそう。彼女なのは私なんだけど?」


 その不機嫌を一切隠すことなく、続けて言い放っただいの表情は――


「……ごめん」


 体感を下げてくれるのではないかと錯覚するほど冷たく、まるで色というものを感じさせないような、そんな表情だった。

 その冷たさを受け、先ほどまでのむくれた様子から一転、しおらしく謝る亜衣菜。


 いや、たしかにだいの言ってることは何も間違ってないし、俺だって亜衣菜の奴の言動には驚いたというか、意味わかんねぇなって思ってたけど……。


「ま、まぁまぁ。うん、亜衣菜も謝ってることだしさ、もう調子乗らないって約束してもらって、落ち着こうぜ?」


 不機嫌なだいの姿にも、悲しそうに俯く亜衣菜の姿にも、どちらにも心が痛むから。

 優先順位をつけるならもちろんだいだけど、理解できねーなって思ってたこともあるけれど、この二人が仲良くしてた姿を知ってるから。

 いい友達として笑い合う二人を見るのは気が気じゃないときもあるけど、それでも楽しそうな笑顔が見れるのは俺も悪い気はしなかったから。


 だからね、俺はこれ以上ヒートアップしかける前にだいに制止をかけたわけなんだけど――


「調子? 調子乗るとああなるって言うの?」


 俺の言葉を受けて、今度はだいの視線が俺を向く。

 その目線は攻撃的なように見えつつも、深い悲哀を孕んでいるような、そんな様子にも見えた。


「え、あ、いや……でもほら、今までもこいつが軽口叩くことはあったじゃん?」

「私とゼロやんが付き合う前ならしょうがない。この前の、亜衣菜さんのお家にお邪魔した時も、ゼロやんから話聞かされたその日だからしょうがないって思えた」

「う……」

「昨日もまだ平気だった。他のみんなとは初対面だし、ゼロやんか私くらいしか気楽に話せないかなって思ったから」


 昨日……そうか。だいは昨日から、思うところがあったのか……。


「でも今日は違う。やっぱり亜衣菜さん…………じゃない」

「あ……」


 囁くような後半の言葉は俺には聞き取れなかったが、そのフレーズに一瞬だけ亜衣菜が顔を上げる。

 だが一瞬見えた苦しそうな顔は、すぐにまた俯いたことにより見えなくなり——


「……あの日、亜衣菜さん「私に任せた」って言ったじゃない」


 それまではほぼ亜衣菜に対して睨むと言っても差し支えなかった目線が、下を向く。

 その会話はたしかに俺も聞いたものだったけど……。


「私の知らない思い出が二人にあるのは分かってるし、亜衣菜さんがゼロやんのこと好きだったのもよく分かってるつもりだけど……でも、今日はちょっとひどい」


 俯いたまま、だいの言葉は続く。

 先ほどまでのような冷たい口調ではないけれど、その言葉を聞く亜衣菜は変わらず俯いたまま。


「今の彼女は私なの。一緒に来たことある思い出の場所に来て、同じカチューシャつけて嬉しいのかもしれないけれど、もう亜衣菜さんはゼロやんの彼女じゃないんだよ」


 そしてそう言って、だいは心を訴えるように顔を上げて亜衣菜を見るが。


「……うん。……ごめん」


 その言葉を受けた亜衣菜は、まだ変わらず俯いたまま。

 頭の上のダルメシアンは変わらずニコニコしているのに、亜衣菜と一緒に下を向くとなぜか寂しそうに見えたのはどうしてだろうか?

 その姿は、見ていて悲しい気持ちになるものだった。


「うん、ほら。亜衣菜も謝ってるし、だいの気持ちも分かったと思うからさ。この話はここまでにしようぜ? そもそも今回のオフ会に連れてきちゃったのは俺にも責任があるし、俺がもっとビシッとこいつに言っておけばよかったんだし――」

「そう言ってゼロやんは亜衣菜さんをかばうの?」

「え?」


 悲しい気持ちになるからこそ、この会話を終わらせたい。

 その思いでだいに俺からも謝ったのだが……亜衣菜に向けられていた視線が、今度は俺に突き刺さる。

 その目には、いつもだいが俺に向けるような感情が、見えなかった。


「いや、かばうってわけじゃないけどさ、俺はせっかく友達になれた二人が喧嘩してるところを見たくないっていうか――」

「もういいよりんりん」

「え?」


 そんなだいへ俺が決してそんなつもりで言ったわけじゃない、仲直りして欲しいって思いを伝えようと思ったところ、これまでほのんど俯いていた亜衣菜が、悲しくも儚い笑みを浮かべて、俺を見ていた。


 その表情は、あの日俺が気持ちに応えられないと伝えた時以上に、悲しく見える。


「ごめんね、勝手に舞い上がって、調子乗って、菜月ちゃんに嫌な思いさせちゃったね」


 そんな悲しみを帯びた表情のまま、今度はだいの方に向き直り、いつもの元気さなど微塵も感じさせない声で、亜衣菜が言葉を紡ぐ。

 それを受けるだいの表情は、冷たいまま。


「うん、これはあたしが悪いんだ。あの日りんりんの言葉を聞いて、自分の気持ちに蹴りをつけようって決めたのに。……全然出来てなかったのはあたしが招いたことだから」


 その言葉を聞き、俺の脳裏に浮かぶあの日。

 だいの気持ちに応えたいから、亜衣菜の気持ちを断ったあの日。

 俺自身も、あの日で亜衣菜への気持ちは断ったつもりだったのに。


 やはりどこかで未練に似た何かがあったのかもしれないと、そう痛感する。

 別れてからと長い間その未練を抱いていた記憶が、心が、どこかで亜衣菜に気を許す部分を生んでいたのだろう。


 だからこそ亜衣菜の言葉には、俺も申し訳ない気持ちが浮かんでくる。


 俺がもっとはっきりと線を引いていれば。

気持ちに蹴りをつけられず、甘えようとするこいつにもっとはっきりとダメだって言っていれば。


 こんな状況にはならなかったのかもしれないのに。


 どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からない亜衣菜に流され、許してしまっていた自分に、今はただ後悔するばかり。


「友達と好きな人がかぶったらさ、幸せになれないなんて分かり切ってるのにね」


 いっそ泣きながら言ってくれたほうがよかったかもしれない。


「ごめんね、ダメダメで。りんりんの優しさに付け込んで、誰にでも優しいりんりんに甘えて、それで友達を傷つけるなんて、あたし最低だよね」

 

 震える肩に堪えながら、亜衣菜はただただ、笑っていた。


「こんな嫌な女、好きになってもらえるわけないのにね。あたしのわがままに二人を巻き込んじゃって、ほんとごめんね」


 そんな亜衣菜を、だいはただただ見つめるのみ。

 その表情からだいの気持ちは、分からなかった。


「ああもう、好きになってもらえたらとかさ、ほんと、ダメダメすぎるよね。ごめん。ごめんね」


 そしてついに、亜衣菜の目が潤みだし。


「あの日覚悟を決めて話してくれたりんりんにも申し訳ないや……。ごめんね」

「あ、いや……」


 つーっと頬を伝う線を見て、俺はなんと言えばいいのか分からなかった。


 いや、あの日話をしてもなお、こいつに俺のことを想ってる部分があるのを、俺はきっと知っていた。見えてるのに見えないフリをして誤魔化してきただけだ。

 知っていて、でもだいが亜衣菜に気を許してるってことに甘えて、何もしてこなかったのだ。


 非は俺にもある。


「今日はもう帰るね。他のみんなに、先に帰ってごめんねって言っておいてくれるかな? それと、【Teachers】のみんなと知り合えて楽しかったよって。友達が増えたみたいで嬉しかったよって」

「え、あ」

「ごめんね。じゃあ、さよなら」


 俺にだって非があるのに、そう言って亜衣菜はそっと頭のカチューシャを外し、俺とだいに背を向け歩き出す。

 その背中に向け、咄嗟に俺が一歩踏み出すと。


「追いかけたかったら追いかければいいじゃない」

「え?」


 俺の動きを止める、静かな声が耳に届く。

 その声を受け俺はそれ以上を足を動かせず、声の主へ顔を向ければ――


「……軽蔑してくれてもいいよ。心が狭い女だって」

「え、いや、そんな」

「付き合う前は私の知らないゼロやんのことを教えてもらえるのが嬉しくて、亜衣菜さんの話もすんなり受け入れられたのに……ゼロやんと付き合えた今、亜衣菜さんが楽しそうに思い出を話してるのを聞くと、私の知らないゼロやんと亜衣菜さんの思い出に嫉妬してどんどん心が狭くなるの。……嫌な女よね」

「いや、それは別に普通、だろ……」

「でも、友達でいようねって話もしてたのにだよ?」

「それはちょっと普通とは違う関係だったかもしれないけど……でもやっぱ、好きな人の自分じゃない奴との思い出聞かされたら、誰だってそうなるだろって」


 再び少し俯いて、淡々と話すだいから離れるわけにもいかず、俺は去って行った亜衣菜を追うことはできなかった。

 その俯いた表情に浮かんでいたのは、おそらく後悔。

 感情のままに思ったことを言ってしまって、友達だと思っていた相手を傷つけてしまったことへの後悔が、辛そうな表情となって表れていた。


 そんな顔をされてはね、当然俺が話を聞いてあげるべき相手は決まっている。


 天秤が掲げた方が選ばれることはない。

 人生とは取捨選択の連続で、二兎追う者は一兎も得ず。


 俺が選択すべきは、今この場に留まることなのだ。

 だいの心に、寄り添うことだ。


「……ごめんね、せっかくパーフェクトだったのにおめでとうも言わなくて」

「え? ああ、いいよそんなの」

「うん……なんか、遊ぶ気持ちじゃなくなっちゃったね。いいんだよ、亜衣菜さん追いかけて?」

「いや、いいよ。今の気持ちじゃ仲直りなんてできないだろうし、俺は……だいと一緒にいたいからさ」

「……うん、ありがとう」

「うん。……そのうち色々落ち着いたらさ、きっと亜衣菜の方から謝ってくるって」

「そう、かな?」

「そうだって。あいつ友達少ないしさ、だいと遊んでるの楽しそうだったじゃんか。だからそのうちまた会って話すこともあるさ」

「……うん」

「だから今は、どっか座れるとこでも行って、ちょっと休憩しようぜ? 甘いものでも食べたらさ、少し気も落ち着くかもしれないしさ」

「……うん。そうする」


 そしてその場に留まった俺は、だいと少し言葉を交わしてから、元気なく俯くだいを伴い歩き出す。

 奇しくもこれで望んだデートって状態ではあるのだが……今はそんな気分でもないのは、しょうがないよな。

 亜衣菜のことも心配だけど、今はそれよりも友達を傷つけてしまったと落ち込むだいの方が心配だし。

 亜衣菜がいた時は感情のぶつけどころだったから、セーブも効かず言いたいことを言ってしまったんだろうけど、言いたい相手がいなくなった今、冷静に振り返って後悔が押し寄せてるんだろうな。


 とりあえず今は、だいを連れてどこかで休もう。


 3人で始まった班が、今は2人。

 彼氏と彼女、夢の国らしい男女ペアになれて、本来なら嬉しいはずなのに、今はこれを手放しで喜ぶことは出来ない。


 沈みゆく夕日が、間もなく来る夜の訪れを告げる中、俺はだいの歩調に合わせ、ただただゆっくりと、何も話さずに園内を進むのだった。







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以下作者の声です。

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