第313話 本気の顔は美しいけど本気すぎるとちょっと怖い

「え、えーっと、目的地はあれ、ですか?」


 先ほどから感じる何とも言えない空気に当てられたせいか、なぜか思わず敬語になってしまった俺だけど、俺が尋ねた瞬間、少し前を歩く二人がほぼ同時にパッと振り返って——


「そうよ」「そだよっ」


 ってね、ほぼほぼシンクロした一言がそれぞれが返ってきて、俺はどっちを見ればいいのやらと視線をオロオロ。

 しかしいつもはなんでそんなに仲良いの? ってレベルの二人なのに、今日はなんだか対抗意識というか、笑顔の裏でバチバチしてるような、そんな感じが否めない。

 いや、たしかに今向かうところは、この前俺とだいが勝負したところで——


「さっきは私が9発当てて勝ったの」

「むぅ。次は負けないもんっ」


 あ、なるほど。

 どうやら既にそこではこの二人のバトルが行われていたらしい。

 って、たぶん同じ班だったんだから、ゆきむらもやったと思うけど。


「9って……すげぇな」

「ちなみにあたしが7でゆきむらちゃんが1だったよっ」


 あ、よかった。ちゃんとゆきむらもいたのね。

 って、1発て。いやはやゆきむららしいけど。


 でもあれか、7発ってことは。


「ほうほう。7ってーと、この前だいときた時に俺が当てた数と同じだな」

「えっ、同じっ?」

「いや、俺もそれで負けてんだから喜ぶな」


 そう。もうお分かりだろうが、今俺たちがやってきたのは、夏休み中にだいと二人で勝負を演じた射的ゲームのところ。

 あの時俺は10射中7発的中で、8発当てただいに屈したわけだが、今日のだい対亜衣菜も9-7でだいに軍配が上がったらしい。

 とはいえ、たぶん亜衣菜はこれやるのは初めてだったと思うし、経験ありのだいの方が有利だったとは思うけど。


「やっぱさー、菜月ちゃんやったことあったのはずるいよー。昔、あたしがりんりんと来た時にはこれやってないもんっ」


 で、その1回目の勝敗について、やはり経験の有無の有利不利があったため納得がいかない様子の亜衣菜ってわけなんだけど……昔俺と来た時やってないとか、その情報いる?

 今はさ、この雰囲気なんだから……。


「でも亜衣菜さんはあの世界LAの凄腕ガンナーじゃない?」


 あ、ほら。笑ってるように見えるけど……やっぱりちょっと、なんかだいも穏やかじゃない気がするぞ?

 なんというか、言葉の裏に「言い訳すんなよ」って感情がさ、見え隠れしてるような……。


「でもりんりんも初めての時に負けたんだから、あの世界のスキルと相互連関性はないと主張するっ」

「そう。じゃあ次はお互い経験ありなんだから、条件は対等ってことでいいかしら?」

「もっちろん! 次の勝者こそ真の勝者だよ!」


 あー……。

 あれか? だいも亜衣菜も負けず嫌いだし、なんか今日のちょっとしたバチバチ具合にはこの背景があったのか?

 しかしまぁ、うん。

 二人ともたかが遊びにそこまで本気とは、心から頭が下がる思いだよ、マジで。


 でも、あのさ。


「出来れば、そろそろ手は離して欲しいんですけど?」


 この会話を列に並びながらずっとされてる俺、けっこう周囲の視線集めてるの分かってる?

 そして君らは自分がいかに目を引く存在か理解してるかい?


 なんというか、特に男性客から刺さる視線が痛いよ俺は。

 そりゃね、すっげぇ美人の、しかも大きなお山持ちの二人に腕掴まれて引っ張られてる状況とかね、なんだこの男はって思いますよね!

 ええ、ほんと、ごめんなさい皆さん。

 でも俺にはどうすることもできないんです。


 だが、そんな俺の切なる願いが聞こえたからか、二人が同じタイミングでパッとこちらを振り向いたため、だいのワンピースと、亜衣菜の肩のフリルがふわっとなびく。

 その光景ははたから見ればきっと可愛らしい光景だったんだとは思うけど……二人がそれぞれ、俺の両腕に視線を送り、俺の腕を掴んでいるのが自分だけではないということを改めて確認すると。

 

「じゃあ勝ったほうがこの後の行動で、りんりんと手を繋ぐ権利ゲットってことでどうだい?」

「え?」

「いや、お前それは——」

「あれあれ? 菜月ちゃんは勝つ自信がないのかにゃー?」

「え、シカトっ!?」

「何なのよもう……。……いいわ。その勝負受けて立つわ」

「はいっ!? なんでっ!?」

「言ったかんね?」

「もちろん。二言はないわ」

「あ、あの、俺の話は……」

「じゃあ決まりっ」


 お互いに目を合わせ、微笑み合う二人。

 ぱっと見平和そうな様相を呈しながら……言ってる言葉はアンビリーバボー。

 いや、っていうか亜衣菜よ、ほんと何が「決まりっ」やねん。

 俺の言葉を無視するにもほどがあるじゃん?


 まずそもそも、その権利を亜衣菜が主張する理由が分からない。

 君、俺のこと諦めた、んだよね? 俺がだいと付き合ってるから、もう気持ちには応えられないって俺が言って、君は「さよなら」って泣きながら言ってたよね?

 え、まだあの日から1ヶ月くらいしか経ってないけど、もうお忘れなのか?


 だいも煽られて勝負受けてるけど、冷静になればそれを亜衣菜が主張するのは間違ってるって分からないか?

 なんかもう……盲目的すぎだろ君……。


「りんりんはどっちかに肩入れとかしちゃダメだよっ」

「いや、あのさ——」

「見ててね。完膚なきまでに私が勝つから」

「あ、あの……」


 だが、そう言って俺の腕から手を離した二人は、俺の言葉には無視を決め込み、両者一言も発さずに静かに勝負の時を待ち始める。

 ……うん。まるで戦場に行く前の戦士たち。

 精神集中、イメトレ中ってこと、なんだろうか。


 かたや薄い水色のワンピースを着た、どこかの令嬢のような美女。

 かたや肩方がフリルになったブラウスと、ベージュのショーパンを履いた活発さを感じさせる美女。


 その二人が静かに時を待つ姿に、なぜか俺まで緊張してきちゃうっていうね。


 でも、とにかく、うん。

 亜衣菜と手を繋ぐのはごめんなので、だいに頑張って欲しいところです。


 とりあえず心の中で俺は「頑張れ」と、だいに向かって唱えるのだった。




 そして。


「じゃあ勝負だよっ」


 しばし無言のまま列に並び、やってきた順番。

 それぞれがマスケット銃みたいな銃を持ち、真ん中を俺として右にだい、左に亜衣菜の順番で、スタンバイ完了。


「結果は終わった後に出てくるスコアカードで確認ねっ!」

「ええ。じゃあ集中するから話しかけないでね」

「え、あ、はい」


 そして俺を置き去りに、早速両サイドの二人は射撃体勢で、狙いを付け出し……パタンと2つの的が倒れたから、たぶん的中させたんだろう。ほら、このゲーム弾は目に見えないし。

 もちろん他のお客さんもいるからそっちかもしれないけど、何となく二人とも悔しがってる感じじゃないし、幸先はいいんじゃないかね。


 しかしなんともまぁ二人して真剣な表情をしていることよ。

 一人構えるのが出遅れた俺は、銃を構える美しき女兵士さながらの二人を見ながらね、そんなことを密かに思う。テンガロンハットなんかかぶせたら、それはそれで似合っちゃうんじゃなかろうか。

 

 ま、欲を言えば亜衣菜なしで、だいと二人だったらよかったなって思うけど、やっぱりこう、可愛いものは可愛いじゃん? だからまぁ、見てる分には亜衣菜がいるのも……ね。

 もちろん今みたいな空気だとちょっとあれだけど、これまでみたいに二人が仲良くしてくれてればなぁ、なんて思いもなくはない。

 だからこの勝負が終わったら、結果関係なく二人には仲良くしてくれよって話をしようと思う。それが俺の思いである。


 さて、と。

 二人が集中してるところだし、俺は俺で自分の腕を磨きますかな。

 この前は7発だったけど、既に経験を積んだ俺はもう当て方を知っている。


 そう、目標をセンター照準いれて合わせて……スイッチ引き金を引く

 

 はい。見事的中さすが俺。

 まぁ冷静にやってけばね、動かない的を狙うなんてそう難しくはない。

 こちとら戦闘中に移動するモンスター相手に毎度照準合わせてんだから、そう、わけないのだよ。

 ……まぁあっちの世界LAで動かしてるのは指先だけだけど。


 そんなことを考えつつ、2射目、3射目と黙々と撃ち続ける俺。

 この間両サイドの二人も特にリアクションはなし。

 ううむ、なんだろう……遊びに来てるはずなのに……なんだかなぁ。


 この前だいとやった時と違い過ぎて、ね。

 構え的に右側にいるだいしか見えないわけだけど、その姿は始まった時から変わりなし。時折銃口の向きが動いてるくらいってね、ほんと全集中って感じだからもちろん声をかけられるわけもない。


 とりあえず今は二人の勝負が終わらないと、何も出来ないから、俺も撃つか……。


 もうここは無心。そう、無心よ。


 そう心に決め、パタン、パタン、パタン、パタン……と。

 あれ、もしかして俺も調子いい?

 そういやなんだっけ、動く的当てればメダルかなんかもらえんだっけ?

 となれば、あと3発。そっち狙ってみるか。


 えーっと、的は……あ、あれか。動いてるやつ。

 どれどれ……いざ、来るタイミングを見極め……。


 ショット発射! ――パタン


「おっ」

 

 思わず声を出してしまったけど、見事に俺の8射目が動く的に命中。

 この段階で前回の俺越え。やったね、って思ったら。


「あっ! もー……急に声出さないでよーっ」


 的中を喜ぶ俺の背中から聞こえる不満げな声。

 その声に振り向けば、ご機嫌ななめを訴える目つきで俺を睨む美女の姿。


 だが、その言葉と表情から、何が起きたかはお察しだろう。

 とはいえ、そんな集中力を阻害するほど大きな声を出したつもりはないんだけど……。


「ご、ごめん」


 とりあえずここは謝っとこう。うん、不機嫌な女性に言い訳をしてもいいことなんかない。これは経験則だからね、理屈じゃないんだ。


「むー……いい感じだったのに……」


 だがそれでも納得いかない様子の亜衣菜は、むくれた表情のまま射撃体勢に戻り、パタン、と的を倒していた。

 なんか雰囲気的にここまで全部当たってたのかなって思うと申し訳ない気もするけど、とりあえずこれ以上謝るために声をかけてもまた集中力を乱すだけだと思うので、俺は黙って自分の残る2発を撃つため身体の向きをだいの方へ戻し、構えを取る。

 すると、俺と亜衣菜の会話に聞き耳を立てていたのか、横顔だけ見えただいの口元が少し緩んでいるのが見えたではありませんか。


 あ、さてはこいつここまで全部的中させてるな?

 つまり、あと残りを全部当てれば勝てると、そう確信したわけですね。

 だとすると図らずも俺はだいのアシストをした、ということになるのだろうか。

 でも、油断大敵だぞ?


 そんなことを思いつつ、再び射撃体勢に戻って狙いを定め、引き金を引くだいを見ていたら――


「楽しかったー! って、あ! ごめんなさいっ!」

「ああもう、すみませんすみませんっ」


 低い位置から聞こえた「ごめんなさい」とだいの姿勢が崩れたのはほぼ同時。

 そして続けざまに聞こえた大人の謝罪に、だい共々俺も視線を向けてみれば、そこにはまだ小学校低学年くらいであろう男の子とその母親らしき女性の姿。

 二人とも申し訳なさそうな顔をしているけど、どうやら遊び終わって出口に向かおうと駆けだした男の子が、目測誤ってだいの足にぶつかってしまったようである。

 ぶつかった衝撃にだいは姿勢を崩し、射撃も外してしまったと思うけど、その正体に気づくと。


「い、いえ。大丈夫です。走ったら危ないから、気を付けてね?」


 一瞬茫然とした表情をしていたようにも見えたけど、ぶつかったのが子どもと分かるとね、さすが教員。すぐに優しい表情を浮かべてかがみ、子どもと目線を合わせてそう注意をしてあげていた。

 うん、優しい。


 そしてまた親子の「ごめんなさい」に軽く手を振って応えつつ、銃を構える姿勢に戻ったわけだが、さっきまでの余裕はどこへやら。

 下唇を嚙んで、ちょっと悔しそうっていうね。

 とはいえ今のは事故だからしょうがないと思うけど……奇しくもこれで外的要因により亜衣菜に続きだいも1発外してしまったわけだな。


 これで二人のパーフェクトはなくなった。 

 パーフェクトなら負けはないけど、外した以上は負ける可能性も増える。

 となるとこの先は、いかに集中力を取り戻すかの勝負か。


 ……うん、触らぬ神に祟りなし。

 声はないけど、両サイドからは鬼気迫るものを感じるからね。


 俺は俺で、さっさと終わらせとこっと。

 そう思って俺も銃を構え、狙いを定め、パタン。狙いを定め、パタン。


 と、合計10回のパタンを達成して密かにパーフェクトを達成である。

 うん、集中すれば俺だってそれなりのガンナーって自負はあるんだ。

 見事にやってやったぜ、ひゃっほう。


 ……でも、さすがにさっきの今だから、声を出して喜ぶのはやめときました。

 とりあえずスコアカード確保して、後で見せよっと。

 キャストさんに見せてメダルもらうのも忘れないようにしないとね。


 で、俺が撃ち終わり、そっと射撃体勢から銃を下ろしたところで、パタン、パタンと両サイドが命中させたったぽい的の動きが見え、同時に二人が銃を下ろす。


 そして二人のポジションからそれぞれ出てくるスコアカード。


 二人をそれを取り出して……それをじっと見つめている。

 その表情に色はなし。


 え、何それどういう感情?


 夢と魔法の国に遊びに来たはずなのに、まるでここだけ戦場のよう。

 敵を倒し、残った感情はただの虚無、的な?


 いや、ええと、うん!


「よし、じゃあ終わったなら向こうで結果確認しようぜ!」


 なんで俺が気を遣って仕切ってんだろうか?

 そんな疑問を抱きつつも、俺は勝負を終えた二人を誘導し、二人の結果にただただドキドキするのであった。








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以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 ちなみに作者はパーフェクト取ったことありますが、ラッキー的の基準は知りません。笑


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