第312話 両手に花ってより両腕にリード
「りんりんはさっきの班では何乗ったのー?」
「さっきの班は乗り物ってより、ショーとか座って見れるの中心に回ったぞ」
「あれ? なんださっきのあたしたちと一緒じゃーん」
「あ、そうだったの?」
「うん。ゆっきーがジェットコースターは怖かったですって言ってたから。アトラクションも、怖くないのいくつか乗ったくらい」
「ほうほう」
「まったくー、怖がる女の子連れてジェットコースター乗るなんて、悪い大人だなぁ、りんりんは」
「いや、ゆきむらが苦手かどうかなんて、乗る前は分かってなかったからな?」
「でも迷子の女の子を助けてあげたんだってね。ゼロやんがわんわん言ってて可愛かったですって言ってたよ」
「いいなー、あたしも見たかったなーっ」
「……いや、それを言われると、恥ずかしいんだけど……」
新しい班になって移動を始めた16時20分頃。
雲なんかほんとまばらで、まだまだ暗くならなそうなくらいご機嫌なお天道様の下、俺は右腕をだい、左腕を亜衣菜に引かれながら、一人どこへ向かうかも分からぬ方向へ足を動かしていた。
脳内地図で考えるには、俺とゆきむらが迷子の子を見つけたり、大和とロキロキとカレー食った西部開拓をイメージしたエリアみたいだけど……果たしてこいつらはどこへ向かってるというのか。
たしかにそっちにはジェットコースターという目玉的アトラクションもあるけど……なんか雰囲気的に、それじゃあない気がするんだよな。
じゃあ何に向かってるのかって言われると「分からない」しか言えないんだけど……ううむ、聞いても答えてくれなさそうだよなぁ。
とね、そんなことを思っていた俺だったわけだが、道中の会話でさっきまでだいと亜衣菜と一緒の班だったゆきむらから午前中の話を聞いたって話題が出て、俺がゆきむらと一緒に「わんわん」喋ってた話をされたりしたもんだから、正直今は恥ずかしさでいっぱいです。
「あたしも若い頃はにゃあにゃあ言ってた気がするにゃあ」
「いや、聞いてない聞いてない」
だが、その恥ずかしさに浸る時間もなく、亜衣菜から爆弾が飛び出るもんだから、俺は間髪入れずツッコミを余儀なくされるっていうね。
お前が「にゃあにゃあ」言ってた頃の話題はもう時効でNGだから。
ほんと、だいもいるんだから察せよこいつ。
とはいえ……「にゃあ」っつって空いた手で猫の真似をしながら、顔の近くにその手を持ってく動作も、ちょっとだけ上唇を下唇にかぶせて上目遣いしてくるのも……くそ、やっぱなんだかんだ可愛いんだよな……!
あざとさとか、自分の見せ方とか、なんだかんだ亜衣菜もその辺はゆめと同類というか、むしろ仕事としてる分格上か……!
「菜月ちゃんは、にゃんにゃん言わされてないー?」
「え? あ……ひ、秘密」
「おーおー、これは言わせておるなー?」
「ええい、やめい!」
だー!!
どんなメンタルでそれをだいに聞いてんの!?
いや、そりゃそういう場面ならね、そういう空気にもなりますし、俺が喜ぶって分かってるからこそだいも割とノリノリだけど。
あ、でも最近あんまり耳はつけてないか……せっかく可愛いの買ったのに……って、あ……え、ええと、この辺の話はプライバシーに関わるからね!
聞かなかったことにしてください!
「まったくー、りんりんは変わらないなー」
なんて、ニヤニヤした顔で俺の顔を覗きこんできたと思えば、今度は伊達眼鏡の奥の目を細め、形のいい唇の口角を上げて、ニコッと楽しそうに笑う亜衣菜。
その笑顔を前に俺は苦笑いしかないんだけど、チラッと反対側にいただいも穏やかに笑って……るように見えるけど、何だろうか。
なんかその笑顔に覚えたのはちょっとした違和感。
まぁでも、笑ってはいる、か。
「あっ、でも今はあたしもわんわんか」
「は?」
と、俺がだいの様子に少し気を取られていると、またしても亜衣菜が訳の分からないことを言ってくる。
なので今度はそちらに向き直らざるを得ず。
「一緒のつけよーねって言ったけど、まさか別々に買ったのに同じの付けてるとは思わなかったよねー」
「あ? あー、そういうことか。……まぁ、俺のはゆきむらが選んだんだけど」
「らしいねー。でもやるなぁゆきむらちゃん。りんりんにこんな可愛いのつけさせるなんて」
「うん、可愛いよね」
今度はわんわんなんてね、一瞬なんか意味深な言葉なのかと焦ったけど、どうやらただの頭の上のカチューシャの話題だったみたいで一安心。
俺が可愛いかどうかは別として、実際亜衣菜の頭の上にいる——つまり俺の頭の上にもいる——伏せ状態のダルメシアンのキャラクターは普通に可愛いと俺も思う。
そこはだいも同感のようで、右腕は俺の腕を掴んだまま、目線を俺の目より高い位置に向けて、空いた左手で俺の頭……の上のダルメシアンを撫で撫で。
くそう、可愛いかよ……!
……クールそうなくせして、可愛いものには目がないもんな。
あー、抱き枕あげた日が懐かしいぜ……!
「菜月ちゃんも同じのだったらよかったのにねっ」
「え、うん。それは……そうだね」
「いや、でもだいのヘアバンドだってすげー可愛いじゃん」
そんな俺の頭の上のわんこを愛でるだいに俺が密かにデレていると聞こえた、悪意のない弾んだ声。
いや、ほんとに亜衣菜が三人一緒だったらよかったなって思っただけなのは、顔見れば分かるけど……さすがにその言葉はいらん言葉だろう。
だいもほんのわずかな変化だけど、ちょっとしょんぼりした、気がしたし。
ということでね、ここは俺の立場をはっきりさせる意味も込め、すかさずだいをフォローです。
「真実がそれがいいって言ったんだろ? それ」
「あ、うん」
「なら俺からすりゃ、妹のわがまま付き合ってくれてありがとうだよ。真実も喜んでたし、だいはそれでいいんだよ」
そしてさらにね、ちょっとだけ、ほんの少しだけ亜衣菜に釘を刺すようにそう伝えると、だいは少し嬉しそうな顔をしてくれたけど——
「別にそんな嫌味のつもりで言ってないんですけどー?」
「ってっ!?」
こ、この野郎……!
俺のフォローを聞いた亜衣菜は、予想以上にお拗ねになられたようで、露骨に膨れ顔になりながら俺の左腕を両手思いっきり握ってくるっていうね。
その思った以上の痛みに俺は思わず足を止めてしまったわけだけど、その手加減ない攻撃にはさすがの俺もちょっとイラッとした。
でも。
「あー、誤解だったなら悪かったって」
「ほんとだよっ」
「いや、悪かった悪かった」
ここで俺が亜衣菜と喧嘩するなど愚の骨頂。
さすがにだいはそんなこと望んでないだろうし、こんなとこで言い合うとかね、不毛以外の何ものでもないし。
なのでここは男らしく、潔く俺が折れてあげようではないか。
だが、ご機嫌斜めになった亜衣菜は頬を膨らましたままそっぽを向いてしまう。
なのに両腕は俺の腕掴んだままっていうのが、何とも言えないところだけど。
「亜衣菜さんに悪気なかったのは分かってるから大丈夫だよ。それに……そのわんちゃんはきっと私には似合わないし」
「えっ!? そんなことないよっ! 絶対似合う! ゆきむらちゃんも可愛かったし! りんりんもそう思うでしょ!?」
「え、ああ。そりゃもちろん似合うと思うよ。……あ、じゃあ俺のと交換す——」
「しない」
「へ?」
そんな面倒くさい亜衣菜に今度はだいからの優しいフォローが入り、それと共に私にはそのぬいぐるみ乗せは似合わないなんて言葉が告げられると、今度は猛然と亜衣菜がだいに反論するっていうね。
おかげで亜衣菜はあっという間にお拗ねモードを解除させていた、けど。
だいもきっと似合うっていうのは俺も同感だったので、俺が自分がつけてる奴をだいのヘアバンドと交代しようと申し出ようとしたのにさ、それは即答で拒否られるっていうね!
「バカだなぁりんりんは。りんりんが付けてるからいいんじゃん?」
「うん。可愛いから外さないで」
「……真顔で言われると何て言えばいいのかわかんねーな……。じゃあ亜衣菜がだいと交換してやれば?」
「え?」
で、俺が即答の拒否に唖然として間の抜けた声をあげるや、亜衣菜とだいからそれぞれ伝えられたのは、おそらくほぼ同義の言葉たちだった。
しかも二人とも真顔。嘘偽りない、真剣さ。
いや、そんな顔で可愛いって言われても……。……まぁ付けてて欲しいって言うなら外さないでけどさ。
だから、ならば俺じゃなく亜衣菜が交換したらどうか、そう思った俺は何気なくそう聞いてみたわけだが、言われた本人は何やら段々と困り顔というか、何か言いたげな顔に変化していき——
「今日くらいは同じのつけさせてくれてもよくない?」
「は?」
「今日くらいってどういう——」
「ううん、私は大丈夫だよ。それにほら、これは真実ちゃんとお揃いだし、私は今日は真実ちゃん優先だから」
俺の方をじっと見ながらよく分からないことを言ってきた亜衣菜に俺が怪訝な顔をするも、その意味を察したのか、俺に代わってだいが亜衣菜に交換しなくて大丈夫って意思を表明していた。
で、今度はそんなだいに対して、亜衣菜が一瞬何か言いたげな様子を見せたが——
「そっか! さすが未来のお義姉ちゃんだねっ」
たぶんだけど、何らかの言葉を飲み込んでから、そう言ってニコッと笑う亜衣菜。
その瞬間ね、少しだけ浮かんでいた雲がちょうどよく太陽を隠したのか、僅かに生まれる陰り。
その陰りが、かえって亜衣菜の表情を鮮明にさせた気がしたんだけど……何だろうか、その表情が俺に覚えさせたのは、違和感だった。
二人ともニコニコはしてるんだけど、なんか、うん。
「未来のお義姉ちゃんって……それはまだ気が早いよ」
だがだいの微笑みからは、亜衣菜が与えてくる違和感を察してるのかどうか判断がつかない。
むしろ、その微笑みにも何か違和感が拭えない。
……ううむ。
だがそれは上手く言葉で説明出来ない感覚で、俺にはそれをどうすることも出来ず。
で、でもほら、この二人、友達だし?
そこを信じるしかない、よね!
「ほら、先に進も? あれまでもう少しだよ」
「あっ、そうだねっ。まっ、今度は負けないけどねっ」
「次も私が勝ってみせるから」
そしてなんかよく分からない空気のまま、止めていた足を再び動かしだした二人に合わせ、俺は何も言わずにただただ二人に腕を引かれていく。
まぁこの状態にはもう慣れたけど……なんか……なんか……。
そんな、どうしたものか分からぬ空気の中、そんなに長く歩いたわけでもないのに、永遠にも感じた移動の末。
掴まれる両腕に感じる温もりは、既に熱さと変わってるようなそんな気分も抱えつつ。
進んだ先に見えたその場所から、俺はようやく二人が目的としていたところを理解するのだった。
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以下
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久々の連日更新……!!
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!
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