第308話 呼んでませんよ?

「こんなとこで奇遇だねーっ。えっ、でも男だけでディ……あ、いや、女の子……か。何々、三角関係デートっすかっ?」


 俺と目が合ったまま、饒舌に語り出した女性は、ぱっと見おひとり様。

 おいおい俺にそんなこと言える立場かよ?

 って思ったんだけどね、

 でも三角関係とか的外れにもほどがある。こちとら男しかいないのに。

 とはいえ……第三者視点なのだからしょうがないとこもあるだろう。

 そんなことも思いつつ女扱いされたロキロキを心配して見てみれば。


 いやグロス塗ったレベルで唇テカテカやん!

 肉の脂だってのは分かるけど、いや、うん。なんかそのせいで小さく可愛い唇がアピールされちゃうからさ、女って思われたのだろうかね。

 片手に肉持ってても、ワイルドってわけじゃあねぇしな。


「ゼロさん知り合いっすか?」


 そんなツヤツヤした唇を振動させてロキロキがこそこそと俺に聞いてきたから、俺はそれに小さく頷く。

 そして改めて俺らと同じ木陰に入りつつ話しかけてきた女性は、年は俺と同じくらいで、さらさらとした黒髪が胸の高さくらいの長さまで伸ばされ、少し毛先を巻く感じ。

 身長はロキロキより少し小さい160センチ届かないくらいで、体型は割と細めだな。

 顔立ちもすごい美人ってほどではないが、笑うとくっきりするえくぼが特徴的で、黒目の大きな眼力ある目も印象的。

 じっと見られるとね、なんとなくプレッシャーを受けるような錯覚を覚えるタイプなんだよね。


「元同僚だから、俺らの同業者だよ」

「あっ、そーなんすか!」

「ほほう」

「あれ? 同業者? あ、北条くんは……今星見台だっけ? ってことは、そこの先生たちで遊びに来たの?」


 ロキロキの質問に答えるや、返ってきた3人のリアクション。

 同業者と聞いて大和も何やら興味を示したようだが、とりあえず言葉を返すのは、突然ばったりの元同僚。


「いや、先生仲間ではあるけどこれは趣味の集まりだよ。こっちのデカいのは職場も同じだけど」

「ほうほう。あ、申し遅れましたが私は練商練馬商業で北条くんと同期だった澤北星奈さわきたせいなでっす! 今年から都立烏山からすやまで働いてまーす。ほんとはもう一人一緒なんだけど、なんかのキャラ見つけたらしくいきなり走ってどっか行っちゃてんですよねー」


 で、俺が元同僚の澤北さんに大和とロキロキを紹介するや、澤北さんが自己紹介をしたりしたもんだから。


「ほおほお。俺は今倫と一緒に星見台で働いてる田村大和っす」

「俺は常陽の岩倉亜樹っす! ゼ……じゃないや、北条さんの同期ってことは、先輩っすね!」

「ぜ?」


 大和もロキロキも、さすが社会人で教員。初対面でも臆することなくね、普通に名を名乗っていた。

 で、ロキロキが俺のこと「ゼロさん」って言いかけたもんだから、澤北さんはそこが引っ掛かったようなので。


「あー、ほら。俺ずっとオンラインゲームやってたじゃん? その仲間なの」

「おお、オフ会ってやつかっ」

「そう。なので基本そっちの名前呼び」


 ロキロキの「ゼ」について説明したところ、あっさりと理解を得られたのである。

 まー、この人ともう一人は俺が趣味でMMORPGやってるって話はしたことあったからな、一応覚えててくれたってことだろう。


 だがそんなことはどうでもいい。

 さっき澤北さんは、もう一人一緒と言っていた。

 それが彼氏とか旦那さんならいいが、たぶんそれはない。パートナーが相方置いて駆け出すとか、普通あり得ないだろ?

 いや、まず彼女の場合そもそもってとこがあるし。


「それよりもさ——」

「あ、オンラインゲームと言えばさ、めぐちゃ——」

「せーなあああぁぁぁ!!」

「うわっ!?」


 澤北さんが一緒に来ている人は誰なのか、俺がそれを聞こうとしたのを遮って澤北さんが何か言いかけたのに、さらにそれを遮る大きな声。

 その怒声とも言えた大音量にロキロキが驚きのあまり俺の腕にくっつき、大和もビクッとなっていた。もちろん周囲のお客さんたちもそれなりの人数が何事かとその声の主に視線を向けたりしていたが……。


「いらんこと言うな!!」


 周囲の視線など欠片も気にすることなく、真っ直ぐに澤北さんを睨みつけるのは、新たな登場人物。

 ……いや、こんな人たくさんいるのにさ、知り合いに会うとか、普通あり得るかね?

 うん、そろそろ俺肉食って大和たちとどっか回りたいんだけどなー?


 だが、目の前に現れた人物を見上げながら、俺は思いとは裏腹に身体が萎縮。

 いや、だってこの人さ……。


「おい北条、こんなところで何をしている?」

「見りゃわかんだろ……」


 そして今度は視線が俺にロックオン。

 まるで獲物を狙うように俺を見下ろす眼鏡の奥の眼光は、俺の記憶と変わらず鋭かった。

 いや、もう見ろすってか見くだすだね。


「めぐちゃん北条くんがビビってるよー?」

「いや、ビビってねーから!」


 ええ、断じて俺はビビっておりません。

 今ビビってるのはロキロキと大和です。

 ロキロキなんか俺にくっついたままこそこそ背後に隠れてるし、大和も2歩は後退したな。

 俺はもう……あの4年間で慣れたからな……。


古河こがさんこそ、澤北さんのこと放り出してどっか行ったらダメだろって」

「いや、それはこいつがちっこくて見えなくなったのが悪い」

「いやいや、その身長で見えなくなるわけ——」

「あ?」

「あ、なんでもないっす」


 うわ、こわっ!

 またしても見下ろすように睨みつけられ、俺は余計なことを言いかけた口をつぐんだわけだが、そう。

 俺のもう一人の前任校同期である女性で、ついさっき思い出してた晴れ女とはこの女のことなのだ。

 身長は大和より少し小さい、とはいえ180近くあるであろう高身長で、もちろん俺よりでかい。さらに高いウエストの位置からも分かる長い足。

 いわゆるザ・八頭身。

 髪は輪郭を覆うくらいのショートカットだがシルエットならモデル体型間違いなし。

 それがこの女、古河恵こがめぐみなのだ。

 ちなみにシルエットならって言ったけど、決して顔だって悪いわけじゃない。

 パーツパーツは悪くないし、美人さんっても括ることは出来る、と思う。

 ただね、眼鏡の奥に控える三白眼の眼力が強く、高身長と合わさって見下されてる感がハンパないから、どうしても印象が怖い、で固まってしまうのだ。

 澤北さん含めてこの二人が並んだテーブルと向き合うとね、会話してないのに圧を感じたってのは忘れないよね。


 ちなみに新卒ですぐ教員になった俺や澤北さんと違って、古河さんは2年間の非常勤講師経験があるため年齢も俺より2つ上。

 最初こそずっと敬語で話してたけど、採用2年目には一緒の学年団に入ったから、話す機会も多かった分気づけば今はもうタメ口です。


 でもやっぱ圧かけられると、今でも少しビビっちゃうよね!

 何というかさ、色々決めつけてくるから苦手なんだよなー、この人。


「しかしあれか? お前の後ろに隠れてる子、彼女か? えらいサッパリした髪してんなー」

「ち、違うっすよ!」


 で、俺が身長の話をはぐらかしたと思えば、今度標的となったのは俺の後ろのロキロキくん。

 彼女か? って聞かれて俺の横に出てきて首振ってるけど、なんでだろね、今日の君すぐ女ってバレてるね。


「めぐちゃんめぐちゃん、あれなんだって、北条くんがやってるオンラインゲームのオフ会なんだってっ」

「え、LAの?」

「あっ、知ってるんすかっ?」

「あ、ああ。昔そいつに聞いたからな!」


 あれ? 言ったことあったっけ……?

 

 だが、勝手知ったるLAの名が出たことで少し気も和らいだか、ロキロキの表情が少し明るくなる。

 そんなロキロキとは対照的に、大和くん何お前一人でモグモグしとるんじゃ。ズルい。


「ま、じゃあそういうことで俺ら行くから。せっかくの夢の国。お互い楽しもうぜっ」


 でね、さっさとこの二人と別れたかった俺なので、大和には察してついてこいよと思いつつ、ささっとロキロキの腕を掴んで横を抜けようしたんだけど。


「おい、どこ行くんだよ?」


 ガシッとね、ほんとその言葉が適切なくらいガシッと。

 梟でも来たのかな? ってレベルの強さ。


 そんな力が、俺の肩を掴んで移動を阻害。


「いや、俺らほら、見たいやつがあるからさ、うん」


 だがそう簡単には諦めない。

 この人らといてもね、絶対いいことないし。


「なんだよ、せっかくこんなとこで会ったんだから一緒に回るぞ!」

「いやいや! 俺らほんとはもっと大所帯だから! 今は班に分かれてグループ行動してるだけだから!」

「いや、でも男2に女1じゃ可哀想だろって!」

「そんなことないから! そいつは大丈夫なんだって! ああもう、澤北さんも何か言ってやってよ!」

「え、そだなー。めぐちゃんめぐちゃん、こっち、北条くんと同じ職場の田村さん、で、そっちの可愛い子が常陽の岩倉さんだってっ」

「いや、何か言うってそこ!?」

「ん? オフ会じゃなかったのか?」

「あ、俺ら全員教師のギルドなんすよ!」

「えっ、ティっ……マジ!?」

「すごいねー、そういう集まりもあるんだー」


 いや、何興味持たせてんねんロキロキよ……!

 ってか、それより今……古河さん「ティ」っつったか?

 ……もしやうちのギルド、知ってんのか……?


 いや、まさかそんなことないか。

 そもそも古河さんゲームとかしなかったはずだし。


 って、そんなことはいいから、とりあえず何とかこの人たちを撒かないと。


「とりあえず、俺らは俺らでまわっから。ほら、行くぞロキロキ。……で、お前はもう食い終わってるんかい」


 突然の再会だが会いたかったわけじゃないし。

 そんな思いで俺は掴まれた肩を振り解き、綺麗に完食し紙ナプキンで手を拭いてる大和に呆れつつ、再度ロキロキの腕を掴んで移動しようとするも——


「おいおい、女の子はもっと丁重に扱えよ?」

「あ、ぜんぜ——」

「いや、岩倉さんも失恋したからそんなバッサリいったのか知らないけど、こいつじゃその隙間は埋まんないって。とりあえず話聞くから、一緒に行こう。うん、行くべきだ!」

「え、え?」


 俺が掴んだロキロキの左腕とは反対の右腕が古河さんに掴まれ、再度移動ストップへ。

 ああもう、ほんとうぜーな!!!


「勝手な想像すんなよ。そいつはそいつの判断でその髪型してんだから」

「そ、そっす!」

「いや、でもあたしは一緒に回りたい!」

「いや、なんでだよ!?」


 そしてついぞやってきた感情アタック。おいあんた今年で30だろってね、ほんと喉元まで言いかけたよね!

 しかし「回りたい!」って言われてもさ、こっちは男3人でのんびり回りたいと思ってたとこだから気乗りしないし、もう一度言うが俺はこの人が苦手なのだ。


 だから何とか逃げられないか……じゃなくて断れないか俺が言葉を探していると——


「ああもういいじゃん、ケチケチすんな!」

「いや、だからな?」


 まるで駄々をこねる子どものような言葉に、俺は辟易してため息をつくが——


「ああもう! せっかく【Teachers】のメンバーに会えたんだから、少しくらい話聞かせろよ!!」

「「「え?」」」


 なぜその単語が、今?


 きっと俺ら、今同じこと考えたんだろうな。

 驚く俺と大和に、なぜか少し嬉しそうなロキロキで、その先の感情は違いそうだけど。


 聞き捨てならない単語の出現に、俺は再び足を動かすことなく、古河さんたちに向き直るのだった。






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以下作者の声です。

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 通勤電車again

 更新ペースゆっくりなっても続けますので、お付き合いいただければ幸いです。


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停中……!


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