第306話 エスコートタイムも終了です

「……どうしてぴょんさんはあんなものに乗りたがったのでしょう……」

「いやー、あの落下する時の浮遊感が好きな奴は割と多いんじゃないかなー」

「理解できません……。分かっていても怖かったですし」

「まぁまぁ、でもあんまり濡れなくてよかったな」

「うーん……せっかくゆめさんにやってもらったのに、前髪が濡れてしまいました」


 のんびりと園内を散歩して迎えた、ファストパスの利用時間。

 並んだら2時間近くなりそうだった列をスイスイと進み、たった今俺たちはあの滝を落ちるジェットコースターを終えたわけだが、落ちる落ちると分かっていてもダメなものはダメだったようで、隣を歩くゆきむらはちょっとグロッキーモードになっていた。

 服まで濡れることは避けたものの、つけていたダルメシアンは落とさないよう外していたから、髪が濡れるのは防げず、ゆめに巻いてもらったというふわっとしていたゆきむらの前髪が今ぺたり。

 元々ものすごい直毛だからね、しょうがないんだろう。


「ほら、タオル使えよ」

「物持ちがいいですね」

「まぁ、備えあればってことだよ」

「では、お言葉に甘えて」


 そんなゆきむらに鞄から取り出したハンドタオルを渡しつつ、濡れた髪を拭きながら出口を移動したわけだが。


「お、でもちゃんと前見てるじゃん?」

「むむ、いつのまに写真が? ゼロさん、よく平気そうにしてますね……」

「まー、俺は苦手ってわけでもないからな」


 道なりに進んだところで見えた、落下の最中に夢の国側が撮影してる写真には、見事に前を向いたまま、表面上微動だにしていないゆきむらと、楽しげに笑ってる俺の姿が写っていた。

 実際落ちる時声もなかったからね、固まってたんだろうね!


「タオル、洗ってお返ししますね」

「ああ、いいよ。また次の班でも乗るかもしれないし」

「そう……ですか」


 その写真は購入もできたわけだが、ゆきむらが写真を見てあまりいい反応をしなかったからね、俺はあえて買えることは伝えなかった。

 まぁ、なんだかんだスマホで写真は撮ってんだし、わざわざ高いお金払って買う必要もないだろ。

 そんなことを思いながら、洗って返すと言ったゆきむらから大丈夫だと伝えてタオルを受け取り、何の気なしにまた園内を歩き出すが、班行動開始直後のぎこちなさはもう既にない。

 なんていうかね、ゆきむらもだいぶ普通になったなぁって思うしね。


「しかし、なんか昨日今日とだいぶ普通だったな」


 そんな思いもあったから、まだ歩いてない方向に向かって進みつつ、俺はついついそんなことを口にしたわけだが——


「なんだか少し腑に落ちない思いもありますが、恋愛というものについての相談をお友達にしたところ、色々とアドバイスをいただきましたので。曰く私は押しすぎだと」

「あー……」

「でも、たしかにいつもよりゼロさんが笑ってくれている気はしましたね。なかなか難しかったですけど、作戦は成功したのでしょうか?」

「え? いや、それ俺になんて答えて欲しいんだよ……」


 まさか友達とやらからアドバイスがあったとは。

 押してダメならってことは、引いてみた、ってことだよな。

 いや、最初の方はたしかにそんな感じもなくはなかったけど、なんだかんだ完全に引いてたようには思えなかった、とも思う。

 けどいつもより接しやすかったのはたしかだし、何というか格好も合わさって、正直かなり昨日今日と高評価なんだけど……でもほら、俺にはだいがいるからね?


 彼女いなかったら、って思わなくもないが、うん。


「いい子だな、とは……思ったけど……」


 俺にできた返事はこれくらい。

 いい子の意味は、想像にお任せ。


「いい子、ですか。なんだか子ども扱いされた気分ですけど……」


 そんな俺の「いい子」発言にゆきむらはほんの少しだけ不満気な様子で、上目遣いにじとっとこちらを見てくるが。


「いや、まぁそりゃ5つも年下だし? 俺が小6なら、ゆきむらは小1だぜ? 縦割り遠足でおんぶしてたあげた世代じゃん?」


 「いい子」の意味ははぐらかし、俺はそう言って、年下なんだぞとゆきむらに言い聞かせたせいか、無意識に――


「あ」

「あ……」


 こう、ぽんっ、とね。

 ゆきむらの頭に手を、やってしまってたよね!


「……これは……子ども扱いとしてもやっぱりちょっと嬉しいです」


 やった直後、慌てて俺は手を引っ込めたわけだが、それと呼応するようゆきむらは俺から目線を外しつつ、両手で自分の頭にそっと手を置いたけど……い、いかん!

 

 可愛い……!


「あ、ほら! せ、せっかく買ったんだしさ、頭のは付け直さないと!」

「あ、それもそうですね」


 でもこの可愛さに食らい続けるわけにはいかないから。


 俺はなんとか話を逸らすように、ジェットコースターへ乗るために外していたダルメシアンを再び付けるように促し。


「やっぱりゼロさんにお似合いですね」

「いや、ここ以外じゃつけれないけどな?」


 二人揃って、頭の上にわんこアゲイン。


 でもなんとかね、さっきまでの会話を途切れさせられたから、これでよし。

 ……いや、今の話題に繋げたのは俺だったから、ただの自爆なんだけどさ。


「もう1回同じ班になれたら嬉しいです」

「まぁ、そこは確率次第だけどな」

「あ、何出すか打ち合わせしますか?」

「おいおい。それはルール違反だろ」

「そうでしたね。では、ゼロさんが何を出すか予想しておきます」

「色んな奴とも回るのも楽しいと思うけどな?」


 実際この数時間が楽しかったかどうかったら、正直楽しかったって言えるけど。

 それを俺からは言えないからね。


 そして残りの時間も、適当な会話をしながらゆっくりと園内を一周し、「まさか」という気持ちで始まった俺とゆきむらの二人班の時間は、終わりを迎えるのだった。






「えっ、ゼロやんとゆっきーお揃いじゃん!」

「俺らもお揃いっすけどね!」

「お兄ちゃんとゆっきーのも可愛いねっ」


 午前11時50分頃、第2回の班決めの集合場所である園内中央にそびえるお城の前の広場に俺とゆきむらが着くと、すでにだいたちの班だった4人が揃っていた。

 真実の写真で見せてもらってたから知ってたけど、4人はダルメシアンをイメージした白黒まだらのヘアバンドをつけていて、ぱっと見は4人組で来た仲良しグループって感じ。

 だが、そんな自分たちのことは置いておきながら、あーすが俺とゆきむらに「お揃いじゃん」なんて言ってきたからね、すかさずロキロキがツッコミをいれてたけど、雰囲気的にだいたちの班も楽しく回れたんだろうな。


「ちゃんと案内してもらえた?」

「はい。おかげさまで楽しかったです」

「そう、ならよかったわね」


 で、だいはだいで真っ先にゆきむらに感想を聞いてたわけだが、なんだろう、やっぱり姉ポジションなんですかね。


「真実も楽しめたか?」

「うんっ! めっちゃ楽しかった! あ、ほら見てみてっ、可愛いでしょっ」


 そんでもって俺は俺で真実に楽しめたか確認するけど、俺はほら、リアルお兄ちゃんだから、普通だよな。

 俺の質問に真実も笑顔で答えて、スマホで撮った写真を何枚も見せてくれたけど、道中出会ったであろうマスコットキャラクターたちと撮った写真やら、写真スポット的なとこで撮った写真など、どの写真にもみんなが楽しそうにしている写真が写っていた。

 うんうん、真実もだいも楽しめたようで何より何より。


「真実のことありがとな」

「ううん。楽しんでる真実ちゃん見れて、私も楽しかったから」


 ということで、俺は朗らかな気持ちでだいの隣に行き、妹の面倒見てくれたことのお礼を言う。

 そんな俺にだいもいつもの調子で返事をくれるけど、なんだか視線がちょっと高い。

 あ、俺の頭の上のダルメシアンが気になるのかな?


 とまぁ、そんな風に集合場所で俺たちが話をしていると。


「おっ、もう揃ってたかー、みんなはえーな!」


 俺とゆきむらの到着から遅れること5分ほど、でも決して遅刻ではない時間に戻って来たぴょんたち一行。


「あっ、りんりんとゆきむらちゃんもそれ買ったのっ!? 奇遇だねっ」

「だね~」


 そして赤いリボンつきのネズミ耳をつけたぴょんに続くように、頭に犬を乗せた亜衣菜とゆめが言葉を続けるが……。


「セシルさんとゆめさんも、お似合いですね」

「これ可愛かったよねっ」

「普段は猫キャラのくせにね~」

「あっ、別にいいじゃん今日くらいっ」


 まさかカチューシャかぶりとはね!

 午前中に園内を回ってる間、1回もどの班とも遭遇しなかったわけだけど、まさか全班がそれぞれ耳なりヘアバンドなりのかぶりものを購入し、しかも買ったものがかぶるとは正直驚き。

 そう、亜衣菜とゆめも、俺とゆきむらと同じく頭にダルメシアンを乗せていたのである。


 普段は猫キャラのくせにってのは俺も思ったけど、それをツッコめるくらいには亜衣菜とゆめも仲良くなってるみたいだし、この班もきっと楽しい時間を過ごしたのは間違いないだろう。


 あ、ちなみに。


「4人で回ってたっていうよりも、カップル+二人組だったみたいだねー」


 そう言ってあーすが茶化すが、そう、ダルメシアンかぶりしたのは亜衣菜とゆめだけで、さっきも言った通りぴょんの頭には赤いリボンのついたネズミ耳。

 ってことは、つまり。


「せんかんさんとぴょんさんお似合いっすよ!」

「ですねっ」

「いやぁ、俺はみんなで同じのいいんじゃねーかっつったんだけどな」


 少しだけ照れる大和の頭には、リボンなしのネズミ耳。

 カップルのド定番とも言える耳をね、大和とぴょんで付け合ってるみたい。

 いやはや初々しいですなぁ。


「……私たちもそれにすればよかったな」


 だが、そんな和やかなムードの中でぼそっと聞こえた小さな声。

 たぶんその声は隣にいた俺しか聞こえなかったと思うけど、声の方を見れば、再び俺の頭上に視線を送るだいの姿。


 たしかにだいもこれだったらね、大和とぴょんみたいに俺とお揃いだったけど、でもこれ付けてるのは俺だけじゃないし、同じキャラクターグッズって点では一緒だからさ、そんなに気にしなくてもいいじゃないかなぁ。


 そんな風に思ったから。


「次は同じ班なれたらいいな」

「うん」


 って、俺は小さく声をかけたに留めたんだけど、返って来た言葉は小さくとも、だいの表情は真剣そのものだった。

 ……うん、これは本気だな。


「うっし、じゃあ第2回班決めすっか!」


 そして伝えられるぴょんからの指示。

その指示に従い再び車座になった俺たちは、周囲のお客さんたちの少し不思議そうな視線を受けながら、それぞれ片手を突き出して。


 ええと、さっきのじゃんけんで、だいはチョキで俺がパーだったから……。


「じゃん! けん!」


 俺が出すのは、あれだ!!


「ぽん!!」


 きっとだいなら、俺が「同じ班なれたら」って声をかけたことで俺が合わせると思うは……ず……。


 ……あれ?


「おっ、今度は僕がハーレムじゃーん」

「あーすさんまた一緒ですねっ」

「またぴょんと一緒か~」

「おいおいほんとは嬉しいんだろー?」


 拳を突き出した結果、真っ先に嬉しそうな声をあげたのはあーす。

 で、それにまたしてもあーすと同じ班となった真実が続き、あーすのハーレムを構成する残り二人、ゆめとぴょんはまた同じ班になったことにリアクション。


「菜月ちゃんとゆきむらちゃんよろしくねっ」

「うん、よろしくね」

「よろしくお願いします」


 で、手のひらを大きく広げた亜衣菜が同じくパーを出していた二人に声をかけ、楽しそうに話し出したけど……くっ、だいも俺と同じことを考えていたのか……!


 ……とはいえ、うん。今回も俺パー出さなくてよかった。

 だいと一緒になれるのはよかったかもだが、亜衣菜とゆきむらもいたら、さすがにそれは辛すぎるし……!

 すまんなだい……!


 ということで。


「ハーレムから一転今度はチームメンズかー」

「男同士、気楽にいきましょーよっ」


 俺が出したチョキは、大和とロキロキとの3人班ってことで決定です。

 まぁ、うん。たしかに男同士なのは気楽だけど……昨夜とか今朝の感じのロキロキを思うと、ちょっとめんどくさいって気もしなくはない。

 いやパー出してた時のメンバー考えたら、全然いいんだけどね!


「そうな。男同士適当に遊ぶか。……最後こそ、一緒なろうな」


 ということで、俺も気楽にメンズチームに応えつつ、自分の胸に拳を当てて隣に立つだいに笑いかける。

 そんな俺にだいも頷いてくれたのを確認し、それぞれの班が、それぞれ集結。


 しかしまぁ、メンズチームとはいえやっぱ大和とロキロキの体格差はすげぇな。

 ほんと大人と子どもっていうか、ロキロキの華奢さが目立つっつーか。


 ダルメシアン模様のヘアバンド付けた姿は、正直ボーイッシュな女の子寄り。


「午前中は激しいのばっかだったからな! ショーとか座ってみるのとか、そういうの中心に回ろうぜ!」

「あー、昨日そういうのがいいって言ってたもんな」

「じゃあルートはせんかんさんにお任せするっす!」

「うん、俺も任せるよ」


 でもま、午前中と代わって今度はだいぶ気楽だな。


 ということで、各班それぞれ打ち合わせを終えて。


「じゃ、また16時な!」


 ぴょんたちの班を先頭に、それぞれの班が出発進行。

 ……だいたちの班も、仲良さそうに話しながら移動してったな。


「とりあえず、なんか腹にいれとくか!」

「了解っす!」

「あいよっと」


 そして他の班を見送って、地図を広げた大和を中心に俺とロキロキが横に立って行動開始。

 ま、ここは大和に任せるってことで。


 だいと同じ班なれなかったのは残念だけど、誰かと二人とかね、そんな気まずさもないからよしとしよう。

 そんな気持ちを抱きつつ、俺は午後の部前半戦へと踏み出すのだった。








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以下作者の声です。

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 週中も更新できるよう頑張ります……!


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停中……!

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