第305話 子どもの素直さ最強説
「おねーちゃんとおにーちゃんは、パパとママなの?」
浴びる日差しに段々気温が上がってきたなと思う午前10時頃。
さて迷子ちゃんのご両親はどこかなと捜索開始の30秒。
なんか口にいれてたら危うく噴き出しかねなかったような言葉が、幼い口調で告げられた。
パパとママなのって、いやいやそれ色々すっ飛ばしてるからね?
って言っても分からないだろうし、さてなんと言うかなと思った矢先。
「お姉さんとお兄さんはね、同じわんわんでしょ? だから、パパとママじゃなくて、仲間なんだわん」
足を止めて再びしゃがみ、頭の上のダルメシアンを示しながら、そう答えるゆきむらに、俺はちょっとびっくり。
さらっと、自然と、この小さな子でも分かるように伝えたその言葉は、なんて答えるか迷ってた俺には浮かぶことのなかった答えで。
でも、たしかに適切な答えで。
パパとママ、つまり結婚してるって意味でもなく、そもそも俺たちは恋人同士なんかでもない。
同じギルドメンバー。
だから、最適解は仲間がベスト。
それをさらっと紡ぎ出したゆきむらに感心しつつ。
「そうなんだわんっ。お兄さんたちは仲間で、友達なんだわんっ」
「おともだちなの?」
「そうだわんっ」
「じゃあ、なかよしなの?」
「そうだわんっ」
合わせるように、俺もしゃがんで笑顔で続く。
うん、さらっと返したけど、仲良し……は、間違ってはないよな?
「じゃあパパとママにはならないのっ?」
「え?」
しかし子どもとは何と素直なものか。
素朴な疑問を浮かべた目線を受け、俺はそこまで続けていた笑顔に困惑を浮かべる。
そこに。
「お兄さんは別なお姉さんのパパなんだわん。実はお姉さんも……あ、えっと……君と——」
「めいだよっ」
「あ、うん。だから、実はお姉さんもめいちゃんと同じ迷子さんなんだわん。今はお兄さんに助けてもらってたところなんだわん」
「めいはまいごじゃないっ。パパとママがまいごなのっ」
「そっか、パパとママが迷子なんだ」
「そうだよっ」
「じゃあ、見つけてあげないとわん」
「うんっ。でも、おねーちゃんのパパとママもさがさないとっ」
「ありがとうだわん。めいちゃんのパパとママを見つけたら、お兄さんに探してもらうわん」
「あっ、だからおにーちゃんがひーろーなのっ?」
「正解だわん」
いやはやもう……このゆきむら、他のみんなに見せてやりたかったな。
何これこいつ、こんな頼もしかったのか。
なんつーか、普段から子どもと接してるようにしか見えない、まるで保育士さんみたいにしっかり対応してるじゃん。
……すげぇな。
話してる内容は置いておいて、俺はまずゆきむらと迷子……めいちゃんとのやりとりを黙って聞いているしかなかった。
いや、間に入る必要がね、なかったんだけどね。
でも、たしかにゆきむらはよく迷子になって、俺が見つけに行くこともあるし、うん。
あながち間違いだらけの言葉でもないなー。
でも、何だろ、普段とこの違う感じ……見直したというか何というか。
「じゃあ、探しにいくわん」
「うんっ」
今までゆきむらに感じたことのない感覚に、何だろうと思っているのも束の間、再びゆきむらが立ち上がったので、俺もそれに合わせて立つ。
最初こそ俺たちに少し警戒もしてたけど、ゆきむらのおかげでもうすっかり信用されたみたい、だな。
「あっ、アイスっ」
そして俺たちはゆっくり歩きながら、子どもを探してる親かキャストさんがいないかなと辺りを見回していると、聞こえてきた足元からの元気な声。
その声を受けて目線を下げ、めいちゃんが向いてる方向を見れば、そこにはたしかにアイスの露店。
何人かが並んでるようだが、あのネズミのキャラクターの顔型アイスキャンディーはね、有名だよね。
「アイスたべたいっ」
そしてそちらの方に駆け出そうと繋いでいた手を振りほどかれ、俺は慌ててめいちゃんの腰を両サイドから抑えて――なんとか確保成功。
でも。
「アイスたべたいのっ」
さっきまではあんなにいい子だったのに、子どもはほんとに難しい。
俺に抑えられながらもじたばたと暴れ、いきなり喚き出すではありませんか。
これ、はたから見たら子どもに泣かれる夫婦の図だよね!
気づけば周囲の視線が俺らに集まってるし。
なんとか静かにさせないと。
その喚いている姿に俺は正直テンパって、アイス買ってあげればいいんだな、ってなったから。
「わかったわかった。買ってあげるわんっ」
ってね、両手で抑えてるめいちゃんに向かって言ってあげたんだけど——
「ダメです」
「え?」
俺の言葉を否定したのは、予想以上に強い口調だった。
同時に俺の「買ってあげる」発言に喚くのをやめためいちゃんも、びっくりしたように固まっている。そして俺ともども視線は眼前に立つゆきむらに。
「何がアレルギーかも分からない子に、大丈夫だろうって食べ物をあげるのは危険です。なので、ちょっと待っていてください」
「え、あっ」
俺にアイスを与えてはならない理由を伝えてきたゆきむらが、さっとどこかへ走っていく。
いや、今度はお前が迷子に……!?
なんて不安もなんのその、目的地はすぐ近く、さっきめいちゃんを見つけた自販機の前だった。
そこで何かを買ってきて、すぐに戻ってきたゆきむらが、まためいちゃんに視線を合わせる。
ちなみにこの間、俺とめいちゃんは二人して無言のままゆきむらの動きを追ってました。
たぶん、ゆったりした雰囲気のゆきむらが素早く動いたからびっくりした、のかな?
「これも冷たくて可愛いわん」
で、しゃがんだゆきむらは買ってきた、夢の国のキャラクターがフィルムに印刷されてるミネラルウォーターのボトルを、少しだけ微笑みを浮かべた表情で、めいちゃんのほっぺたに当てていた。
さっきのダメって言ってから駆け出した時の、何というか鬼気迫った姿はどこへやら、って感じです。
「アイスは、パパとママを見つけてあげたらご褒美に買ってもらえるわん。だから、今は我慢できるわん?」
「あ……うんっ。おみずつめたくてきもちいいよっ。ありがとっ」
「うん、パパもママもアイス食べたいかもしれないわん。一緒に食べたら美味しいわん」
「そうだねっ」
とまぁ、そんなやりとりの末、あんなにアイス食べたそうだっためいちゃんがあっという間に笑顔に切り替わってらじゃありませんか。
その笑顔にゆきむらもホッとしたように嬉しそう。
でも何というか……すごいな、ゆきむらのやつ。
最初こそ何考えてるのかよく分からなかったし、思考回路も理解不能だったけど……こうして見てると子ども好きな普通な子じゃんな。
しかも子どもにも好かれそうな雰囲気に感じてきたし……いや、むしろ頼もしい、か。
と、そんなことを思いながら楽しそうな二人の表情を見ていると——
「あっいたっ! めいっ!」
どこからか聞こえた、大きな声。
そしてその声に気づいためいちゃんも——
「あっ! ママっ! どこいってたのーだめでしょっ」
なんて言いながら、ママらしき女性の元へ走っていく。さらにその後、空のベビーカーを押した男性も登場。
その登場した二人を理解して。
「見つかってよかったですね」
「だな。……ん?」
ゆきむらはホッとしたようにそう言ったんだけど……あれ? なんかちょっと、寂しそう?
「わんわんのおねーちゃんとおにーちゃんがねっ、まいごのパパとママさがすのてつだってくれたんだよっ」
「ああもうっ、ほんとご迷惑おかけしました!」
だが、お母さんの元へ駆け寄って抱きついためいちゃんが、俺たちの方を振り向いてこちらを指差し、それを受けてお母さんがペコペコとお辞儀をしてきたので、俺もゆきむらも二人揃って恐縮ですみたいなね、そんな対応をするばかり。
まぁ、人さらいとか勘違いされなくてよかったよかった。
「ほんと、ありがとうございました。ちょっと目を離した隙に……すみません、デートの邪魔してしまって」
「あ、いや――」
「パパちがうよっ。おにーちゃんのママはちがうひとなんだよっ」
「え!?」
「ああああああ、いやいや! 友達! 俺ら友達なだけですからね!?」
ほんと、よかったよかったと思った途端ね!
人のよさそうなお父さんが、俺とゆきむらをデート中と勘違いされたのはしょうがないにしても、めいちゃんが「ちがうよっ」から告げた言葉でご両親の表情が一変。
その表現じゃね、俺がまるで不倫中の男みたいだよね!!
なので俺は全力でその言葉を否定し、友達ってのを強調したのだが……何だろう、俺に対する目がちょっと怪訝になった気がするぜ。うう……。
「めいちゃん、ばいばいだわん」
「うんっ、おねーちゃんもはやくママとパパみつかるといいねっ」
「うん、ありがとだわん。もうパパとママから目を離したらダメだよ?」
「わかったっ」
ということで、最後の挨拶はゆきむらに譲ることに。
最後まで目線をめいちゃんに合わせたゆきむらが、にこやかに手を振り、満面も笑みのめいちゃんも手を振り返す。
その光景にね、俺もご両親もなんかほっこりって感じ。
いや、まだ内心ダメージあるけどね!
そしてめいちゃん一家見送り、また俺とゆきむらの二人になったところで。
「子ども好きなんだな」
「え」
「正直意外だったよ」
「塾で小学生に教えることもありますから。……でも、可愛かったですね、めいちゃん」
「そうだなぁ」
「でも、ゼロさんの犬語も可愛かったですけど」
「は? いや、それはお互いさ……」
「え?」
「あ、いや……!? いや……うん、子どもの相手してるゆきむら、頼もしかったし、犬語も可愛かったよ」
俺がゆきむらの子どもとの接し方について褒めたつもりでいたら、俺の恥ずかしさの極みだった犬語が可愛かったなんて返されるもんだからね、お互い様って、思わず無意識に言いかけたんだけど。
少しびっくりしたゆきむらの顔を見たら、取り繕うのもなんか違うなってなったから、俺は改めて思っていた言葉を口にした。
いい意味でね、見直したしね。
「ありがとうございます……」
そんな俺の言葉が意外だったのか、珍しくゆきむらが語尾を濁してたけど、まぁ嘘じゃないしね。うん。
でも、その後なんだかちょっとだけ、俺たちの間に変な空気が流れた。
どちらも、何を言えばいいか分からないような、そんな空気。
とはいえ、ここは俺が年上だし、なんとかせねば……と思った矢先。
「わん」
……え?
さっきまでは自然に使っていたはずの「わん」を、恥ずかしそうに上目遣いで繰り出すゆきむら。
その可愛らしい薄い唇から紡がれた言葉は——
「むむ?」
不意打ち込みの可愛さ直撃の俺は、その一撃に耐えられず。
思わず顔を逸らして、そのまま顔を手で抑えるしか出来なかったのだ。
そんな俺の顔を不思議そうに覗き込もうとするゆきむらだけど……ああもう、こいつ全部天然でやってるのはズルいだろ!!
さっきまであんなに頼もしかったのに、いきなり
「どうしたんだわん?」
あ、その口調敬語の代わりなんのね。
って、いや、このままだとまずい。
色々まずい。
と、とりあえずでもなんとか、何とか話を変えないと……。
ちらっと時計を見れば時計が示すは10時25分頃。
たしかファストパスのジェットコースターは11時、か。
間に何か乗るには、半端だなぁ……。
「よ、よし! 迷子の両親発見クエスト報酬はアイスだ!」
「え?」
「報酬だから奢りだよ。で、大人なら、食べれるのは自分で決めれるよな?」
「あ……そうですね。ではお言葉に甘えて」
「おうよ」
ということで、パッと思いついた考えで何とかこの窮地からの脱出に成功。
そして俺たちは、めいちゃん一家を見送った場所の近くにあったアイス屋に向かい、列に並んでアイスを購入。
「可愛い形のアイスですね」
「うむ。こぼすなよ?」
で、一緒にアイスを食べながら、ゆったり時間をかけつつ移動再開。
ゆきむらの様子も今まで通りに戻ったし、ちょっと名残惜しいけど、これでよし。
そんなことを思いながら、道中ゆきむらの提案で一緒に写真撮ったりしながら、最初こそマジかと思った班だったけど意外と悪くなかったな、なんて思いつつ、俺たちはあの名物である滝から落ちるジェットコースターの方へと、歩調を合わせてのんびりと歩くのだった。
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以下
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新年度ですね!
皆様にはスタートになりましたでしょうか?
通勤の電車内での執筆が増えた作者です。
気づくと着いてる。すごい。笑
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停中……!
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