第304話 やっぱり育ちはお姉ちゃん
「本物の動物みたいでしたね」
「うむ。キャストの人も演技上手いよなー」
「はい。本当に水かかるのかと伏せてしまいましたし」
「いやぁ、あの動きしてもらったらキャストの人も満足だろうよ」
「でもゼロさんは勘違いされてしまいましたね」
「え、あー、まぁ男女二人だったら、そんなこともあんだろ……っ」
ゆきむらとのボートに乗ってジャングルを探検するアトラクションを終え、充実したクルージングの感想を伝えてくるゆきむら。
象に水をかけられそうになる時なんか、しゃがんで避けようとして船内に笑顔をもたらしてたし、一緒に乗ってた俺も思わず笑ってしまったよね。もちろん本人は「むむ?」ってその空気に疑問を抱いていたようだったけど。
で、俺が勘違いされたってくだりは、同じように避けてー! ってなるような光景の際に、キャストさんが「お兄さん彼女さん守ってー!」って同乗してるみんなの前で俺に言ってきたのだ。
その時の俺は、恥ずかしさに「いやいやっ」くらいしか言えなかったんだけど……ううむ、思い出すとまた少し恥ずかしいな……!
「でも楽しかったです。ありがとうございました」
「う、うん。楽しかったなら、よかったわ」
でもそんな俺の恥ずかしさなど理解している感じもなく、じっと俺の目を見てお礼を言ってくるゆきむらに、俺は少し照れたまま言葉を返す。
いや、照れてるのはあれね、思い出し恥ずかしのせいだからね!?
「では次はどちらへ?」
「そ、そうだな、とりあえずアプリ見て待ち時間確認してみるわ」
「おお、なるほど……でも、あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん?」
そんな恥ずかしさを何とか隠しつつ、スマホを見ながら時計回りにゆっくりと歩き出す中、ふいに感じた重み。
何かと思えばゆきむらが俺のシャツの裾を掴んでたわけだが、その視線は俺に向いてるわけではなく——
「皆さん色んな頭装備をつけてらっしゃいますが、私たちはつけなくても平気なんですか?」
「え?」
そ、装備……?
あ! 耳のことか!
いや、たしかに耳だけじゃなく、かぶりものも色々あるけど……。
辺りを見渡すゆきむらに合わせ俺も周りを見渡せば、そこかしこに色んなキャラクターの耳をつけたりかぶったりの人たちが。
男女カップルならそれ用の、友達同士や家族ならみんな合わせて、あるいはそれぞれが好きなのを。
俺もだいと来た時は明らかにカップル感出して耳つけたっけ。
いや、でも今はゆきむらとだし……ううむ。
だが、キョロキョロし続けたゆきむらは露店形式で耳なんかを売ってる売店を見つけたようで、ふらふらとそちらの方に歩いていくではありませんか。
いや、お前一人で行ったら近距離でも迷子リスクあるやん!?
ということで俺もはぐれないようにそちらに移動し——
「これ可愛い……」
ゆきむらの隣に移動したや否や、一つの商品を手に取り、何やら少し目をキラキラさせている、あまり見たことがない表情のゆきむらが。
ちなみにそれはテンプレ的なあの耳ではなく、頭にダルメシアンのあの犬が乗っかっているように見えるタイプのカチューシャ、だった。
「うん、可愛い……」
そして他のもちらちらと物色したものの、やはり最初に手に持ったものを超えるものはなかったようで、なぜかそれをもう一つ手に取り、颯爽とレジの方へ向かうではありませんか。
この間俺の方に視線を送ることもなし。なんというか、全部独り言チックだったよね。
え、ってか、待て待て! 2つ!?
「お、おいっ」
「あ、ゼロさん見てください、可愛いです」
「え、あ、うん。それは分かるけど、なんで2つ?」
「え、ゼロさんも装備なしじゃないですか。ですので案内してくださってるお礼にプレゼントしようかと」
「え、俺もそれ付けるの……?」
「あ、違うものがご希望でしたか。すみません……」
「あ、いや、そういう意味でなく……」
「むむ?」
それ、つまり……俺と二人お揃いにするってことだよね?
昨日亜衣菜も耳つけようなんて言ってたけど……いや、でも俺とゆきむらの二人だけ付けるのは、さすがに変じゃないか……!?
と、思った矢先。
アプリを見るために握っていたスマホから感じた、振動。
何かと思って確認すれば。
Mami>北条倫『見てみてー。菜月さんやみんなとお揃いだよっ』
Mami>北条倫『Mamiが画像を送信しました。』
何というタイミングだろうか。
俺がゆきむらと同じカチューシャをつけるか付けないかで悩んでいる時に妹から送られてきた画像。
そこにはたしかに真実の班であるだい、真実、あーす、ろきろきの4人が、白黒の斑点模様に黒い犬耳がついたヘアバンドを付けた姿が写っていた。
それはたぶん真実の自撮りだったんだろうけど、笑顔の真実と、笑顔に加えてピースしてるあーすとロキロキとは異なり、恥ずかしそうなのが一人。
いやぁ、照れてるだい可愛いな……!
でもまさかの、あのいっぱい犬が出てくる作品かぶり……!
「どうしました?」
「あ、うん。真実たちも……装備買ったってさ」
「おお。ではやはり私たちも」
「あ、でもこいつら付けてるのないかな?」
「むむ、ゼロさんはそれがご希望なんですね。……うーん、でもここにはなさそうです」
「そうか……」
どうせなら、だいたちと同じにした方が変な感じもないよね、って思ってんだけど……まぁ、作品同じならいい、か……?
俺の見せた画像を元に商品を探してくれたゆきむらだったが、大事そうに犬が乗っかっているカチューシャを持っている光景が、俺の心へ訴える。
「じゃあ、俺らはその装備にするか」
初めての夢の国で、いいなって思ったもの見つけたんだからね。
ここは俺が合わせてやるか。
ということで、俺はゆきむらがお気に入りのカチューシャを、ゆきむらの手元から奪い取り。
「あ」
「これください」
「私が出しますから」
「いいからいいから、気にすんな。あ、すぐ付けます」
お金を出したがるゆきむらを制止し、俺が2つまとめて装備を購入して、片方をゆきむらへ。
それを両手で受け取りつつも、俺の目を見ながら何か言いたげなゆきむらなわけだが。
「ほれ、装備は持ってるだけじゃ意味ないんだぞ?」
「何のチュートリアルですかそれは」
茶化す感じで笑いながら俺が先に付けると、その様子をじっと見ていたゆきむらも、少し遅れて俺と同じように装備完了。
二人して頭の上に可愛らしいダルメシアンを乗せる、お揃い装備となりました。
「でも、やはりお似合いですね」
「え、やはり?」
「はい。ゼロさんに似合うかなって思ったので」
「え、基準そこだったの!?」
「そうですが何か?」
そう言って俺を見つめながら、「むむ?」と首をかしげるゆきむらに、俺はもうなんていうか苦笑い。
てっきりゆきむら自身が可愛くてつけたいなって思ったんだと思ったのに。
でも。
「ゆきむらも可愛くなってんぞ?」
言われっぱなしなのも癪なので、俺が冗談っぽくそう伝えると。
「あ、ありがとうございます……」
あれ?
予想以上に恥ずかしそうに照れてるではありませんか。
珍しく、俺から目を逸らしてるし。
……ううむ、出会った頃とは別人だなぁ。
ちょっと前ならね、何だかんだいつもの真顔のまま「ありがとうございます」だった気がしたんだけど。
以前よりも感情の幅が広がった、のかな。
それはきっと、ゆめの言葉を借りれば「変化」で、いい意味での「成長」、なんだと思う。
そういや俺も、ゆきむらのほとんど変わらない表情から感情読み取れるようなったしな。
これも俺の「変化」か。
「じゃ、次のなんか乗りに行くか」
「はい。お供します」
「いやお供って……まぁいいか」
変わる部分もあれば、変わらない部分もある。
後は、これで誰か他に好きな人が出来たら――
そんなことを思いながら、カチューシャを購入した売店から次のアトラクションへと向かう途中。
「ゼロさん」
「ん?」
「あの子、一人ですかね?」
「あ、そうっぽいな……」
自動販売機のすぐ近くで、何やらキョロキョロと周りを見渡す3歳くらいの女の子が一人。
いや、あんな小さい子が一人とか、ありえないよな。
でも、近くに親っぽい大人の姿はなし。
けっこうな人混みだからね、もしかしたら近くにいるのかもしれないけど、それでもぱっと見子どもを探してそうな人は見当たらない。
それは簡単に言えば、迷子に見えた。
「ちょっと様子を見てきます」
「俺も行くよ」
そんな女の子を心配したように、真面目な顔つきになったゆきむらとその子の方へ近づいていくと。
「ワンワンッ」
やって来たゆきむらに気づいた女の子が、頭に乗っているダルメシアンに気づいてパッと笑顔を浮かべてくれた。
「こんにちわん。お父さんとお母さんはどうしたのかわん」
えっ!?
そしてその女の子の目線に合わせしゃがんだゆきむらは、表情こそいつも通りだけど……まさかのなんちゃって犬語になって話し出すではありませんか。
「う~……」
だが、そんなゆきむらの言葉を聞いて、というわけではないだろうが、それまでずっとキョロキョロしてた女のこの目に涙が浮かび始め――
「パパもママいないの……っ」
同じ目線になるようしゃがんでいたゆきむらにしがみつきながら、めそめそと泣き始めてしまった。
なんかちょっと
でも偉いな、泣き叫んだりしないなんて。
「どこではぐれちゃったわん?」
でも、そんな女の子に対して怯むことなく、優しく頭を撫でてあげるゆきむら。
その姿は、ちょっと予想外というか……すごく自然な光景に見えて、不思議な感じがした。
でもそっか、こいつも妹がいて、お姉ちゃんなんだもんな。
仲間内だと最年少だからって、まだ子どもだなぁって思うところもあったけど、うん、きっといいお姉ちゃんなんだろうな。
「お城のほう……っ」
そんなゆきむらの姿に少し感動というか、感心している間に返って来た女の子の言葉。
それを聞いたゆきむらは顔を上げてお城を探すけど、たぶんしゃがんでると見えない、かな。
となると、この子の身長じゃどこにお城あるか分かんねぇよな。
っつーか、大人の足ならすぐでも、こんなちびっ子が一人でそっから来るには遠いし……なるほど、はしゃいでたら迷子なった口だな……?
俺とゆきむらが今いるのは、何となく西部開拓時代を彷彿とさせるエリアだから、城は隣のエリアに該当するんだけど、こんな小さな子に一人で自販機行かせるには遠すぎる。
「そっち戻りがてら子ども探してる人探しつつ、キャストの人いたら迷子ですって伝えるか」
「そうですね。じゃあ、パパとママ探しに行こうわん」
ということで、俺は迷子ちゃんを連れて親御さん探しをゆきむらに提案し、ゆきむらも女の子の頭を撫でつつ、俺に了承。
そして女の子に探しに行こうって伝えるも――
「でも、知らない人にはついて行っちゃだめってママが……」
おおう。そうだよな、それは正しい教育ですよご両親。
特に俺の方を向いて正論を言ってきたので。
「大丈夫だわんっ。怖くないわんっ」
こうなってはやむを得ず、俺もしゃがんで、頭の上のダルメシアンを外して女の子の前にもっていき、ゆきむらの真似をしてなんちゃって犬語を繰り出しながら、全力で怖くないアピールの笑顔を浮かべてみることに。
すると、ダルメシアンではなく俺の顔をじっと見つめてくる女の子。
その目の不安が、少しずつ、消えていき——
「……こわくない?」
「大丈夫だわん。このお兄さんは、ヒーローなんだわん」
「ひーろー……?」
おずおずと怖くないか確認してきた女の子へ、ゆきむらがヒーローとかちょっと不思議なことを言うけど、「お兄さん」の部分が聞き返されなくてちょっとホッとしたのは秘密ね!
「パパとママを探しに行こうわんっ」
そんな安堵をしつつ、俺がさらに犬語を駆使して声をかけると……しばし俺の目をじっと見つめてから。
「パパママ、探す」
そう言って涙を拭い、ゆきむらの手と俺の手をぎゅっと握ってきてくれた。
あー、よかった。怖がられなくて……。
「えらいわん」
そんな女の子の頭を、空いた手で撫でるゆきむらは、すごく母性に満ちたような、そんな雰囲気を感じさせた。
って、あれだな! この光景、はたから見たら俺らが親子やんな!
まぁ、今は人助けだし、そんなこと言ってる場合じゃないけどさ!
「じゃあ、パパママ探しに行こうわん」
「うんっ」
ということで、俺とゆきむらの二人パーティに、一時的に
あれだな、なんかちょっとした護衛系のクエストみたいだな。
でも、お姉ちゃんモードのゆきむらが頼もしいから、きっとクリアも大丈夫。
そんなことを思いながら、俺は女の子の不安定な足取りに合わせながら、ちょっとした疑似パパモード気分で、クエスト攻略に向けて歩き出すのだった。
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以下
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令和2年度、コロナ元年度も終わり、ついに明日から次年度ですね。
春は出会いと別れの季節。
新たな環境が始まる全ての方々にエールを送らせていただきたいです。
私事ですが、自分も明日から人事異動で職場が変わり、割と激務なところに行くことになりました。なので、ある程度更新頻度が落ちると思われます。
とはいえ執筆をやめることはありませんので、今後もお付き合いいただけると幸いです!
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停中……!
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