第303話 視覚がもたらす影響だよね
「日差しないとけっこう楽だな」
「そうですね。でも、なんだかプールの匂いがしますね」
「いや、そんなこと言ったら身も蓋もないぞ……」
「むむ?」
園内に入って最初のお土産屋ゾーンを抜け、中央にそびえる集合場所であるお城を確認し、時計回りに移動を開始。
そうやって俺たちが辿り着いた最初のアトラクションは、海賊がテーマの乗り物で、作品の世界観をボート調の乗り物に乗りながら鑑賞するものだった。
とりあえず待ち時間は25分とのことで、前回だいと来た時よりも長く、さすが連休中日と思わざるを得なかったけど、それは言ってもしょうがない。
少し並んだら屋根のあるとこで列に並べるようになったし、うん、今日は遊びたいっていうみんなの気持ちが伝わったのか、呆れるくらいの快晴で、まだまだ秋というより夏を感じさせてくるからな。
ゆきむらもたぶん暑さは苦手だろうし、ちょうどよかろう。
でも一応このアトラクションの水は海のイメージだからね?
「これのモチーフなった映画は観たのか?」
「いえ……観てないとダメでしょうか?」
「いや、まさか。ここのアトラクションは元の内容知らなくても全部楽しめるから大丈夫だぞ」
「そうなんですか? 安心です」
そして屋根の下に並び出して、とりあえずまずは会話のジャブ的にね、この作品を知ってるか聞いたわけだが、観てないだろうなってのは予想通り。
ゆきむらと
騙し裏切るのが当たり前のイメージな海賊と違って、ゆきむらはなんてったって武士なわけだし。
とはいえ、今日の格好は……どちらかってーと西洋の攫われる令嬢なんだけど。
「昨日も似合ってたけど、今日の格好も似合ってるな」
「あ……そ、そうでしょうか?」
そんな、いつもなら武士扱いのゆきむらだけど、昨日も今日もちょっとその要素が薄くなってるから。
その理由の一つたる服装について考えたせいか、気づけば俺はゆきむらの格好を褒めていた。
そんな俺の褒め言葉を前に、当の本人は少し顔を赤らめるんだけど……あれ、そんな反応するんだっけ?
いや、昨日も照れた気はするけど、よく考えれば今までなら自分から「可愛いですか?」って聞いてきたんじゃないだろうか?
となると、やはり何か心変わりが……?
「でも、本当は青にしようと思ったのですが……すみません、意地を張ってしまいました」
「へ? ど、どういうこと?」
だが、俺が何かしらのゆきむらの変化について考えていると、照れるゆきむらから、まさかな言葉が続けられた。
え、なんで青って……?
「ゼロさんは、青色がお好きなんですよね」
「え、あ、それはそうだけど……」
「前々から思ってはいたんですが、昨日の夜にだいさんたちと今日の服装のお話になった時に、だいさんから正式に教えていただきましたので」
「あ、なるほど……。でも、前々から?」
「はい。だってだいさん、ゼロさんもいるオフ会ではいつも青いワンピースを着られているじゃないですか」
「あー、それはそうだね」
うん、亜衣菜から聞いたって話を受けてから、だいは基本青が多くなったね。
でも、そうか。そんな話してたのか。
「なので私も青にしようかとは思ったのですけど……でもやはり真似をするのはいかがなものかと思い、友達と話した結果これを買ってみたわけです」
「そうなのか」
真似するのはいかがって、いやそれを言ったらモデルって仕事は成立しないぞ?
まぁ仲間内の関係って考えたら、あれなのかもしれないけど。
でもなんか、ゆきむららしいなぁ。
「その色もいいと思うよ」
「あ……そうですか。ありがとうございます」
そんなゆきむらを見ていて、何というか少しほのぼのした気持ちになったのでね、またしても俺がゆきむらの恰好を褒めると、ゆきむらは少し恥ずかしそうに俺から目線を外して少し下を向いてしまった。
……ん?
待てよ、色のくだりはそれとして……だいがワンピースが多いってことも気づいてたってことは……。
「あ、進みましたよ。行きましょう」
「あ、おう」
いや、でもなんか昨日今日と、いつもと少し違うんだよな。
……ううむ、分からん……。
ゆきむらの声に俺も進んだ列を前に進み、やっぱり俺のこと……? みたいなことを考えつつ、それでもいつもよりはなんか楽だなって気もしながら、俺は自分たちの順番が来るまで、またゆきむらと他愛もない話を続けるのだった。
「お二人ですかー?」
「はい」
「番号7番へどうぞ」
そして並ぶこと十数分、自分たちの番がやってきて、俺たちはボート型の乗り物に並んで乗船した。
横並びになればもっと座れるけど、とりあえず座ってる列には俺とゆきむらのみ。
ボートに乗ってからのゆきむらは、初めての物を見るようにまた辺りをきょろきょろしていて、ちょっと可愛い。
「向こうにテーブルがたくさん見えますけど」
「ああ。あっちはこのアトラクションやってるの見ながら食べれるレストランがあるんだよ。予約制だから、今日はたぶん入れないだろうけど」
「ほうほう。色々あるんですね」
で、ゆきむらが近くにあるレストランに気づき、俺に尋ねてきたわけだが、そこはあれだね、この前来た時は、俺がだいと食事したとこだね。
今はまだ8時台だからやってないけど、うん、あれはいい思い出だ。
「あ、動きましたね」
「おう。これは怖い乗り物じゃないから、色々周り見てみるといいよ」
「分かりました」
そんな会話をしながら動き出したボート。
イメージ的には夜の海を進む、って感じなんだけど、その薄暗さの中でぼーっと色んなとこを見るゆきむらに、微笑ましい気分です。
さらにボートはそのまま進み、海賊らしい髑髏から「この先は危険だー」みたいなことを言われた直後、少し身構えるゆきむらが。
そこで俺も思い出す。
そういえば、ここちょっとだけ、ほんのちょっとだけ落ちるんだっけ。
「あ、ここ最初は――」
「きゃっ!」
それを伝えようと思ったが、時すでに遅し。
不意に訪れた落下感に驚いたのか、ゆきむらは無意識にだろうけど、俺の腕にしがみついてきて――
「……びっくりしました」
一瞬の落下が終わるや、上目遣いになりながら恥ずかしそうにそんなこと言ってくる始末。
そしてすぐに俺から離れてたけど、いや、俺も言っておけばよかったね、すまぬ。
……でも、今の悲鳴ゆきむら、なんだよな……?
そんな、何と言うか絵に描いたような女の子らしい反応に――
さらに普段とは全然違う装いに――
そして気づけばゆめから施されたのであろう、ナチュラルだがたしかにされている、普段にはないメイクを意識してしまい――
あれ?
……いやいや、違う違う。
「ご、ごめんな」
自分の中に現れた感情を、とにかく俺は押し込める。
いや、たしかに可愛いなっては思ったけど。
なんでドキッとしてんだおい……!
「落ちるなら落ちるって言ってください」
「も、もうないから、うん。大丈夫」
だが、恥ずかしそうにした直後、少し怒ったような感じも出しつつじっと俺を見てくるゆきむらに、今度は俺が狼狽える。
その目はいつもよりもまつ毛が強調されていて、いつもよりちょっとだけ目が大きくも見える。
あれ、こんな可愛い目してたっけ……?
って、いやいや、どうした俺?
いつものゆきむら。いつものゆきむらだから。
「むむ、この骨はどうして動いているのでしょうか?」
そして気づけば、ゆきむらは俺の方を見るのをやめて、またアトラクションの景色に目をやり、素直に思ったことを口にしてるけど。
俺はなんだかゆきむらが気になって、あまり周りを見れなかったのは、なぜだったのだろうかね。
「面白かったです。最初はびっくりしましたけど」
「いやぁ、悪い悪い」
1つ目のアトラクションを終え外に出て、再び日差しを受けることになった俺たちだが、外にでてまずゆきむらの第一声は感想と非難。
ボート乗ってた時よりも、その表情はいつも通りって感じではあったけど、そのじっと見てきた視線にね、俺はさっきのくっつかれた時のことを思い出し思わず目を逸らす。
っていうか、こいつやっぱ可愛いんだよな。
じっと見られると、なんだか少し恥ずかしい気がしてしまうくらいに。
「次は何がおススメですか?」
「え、あっと、そうだな。ジェットコースター系は11時からのがあるし……またボート系の乗るか?」
「ゼロさんのおススメですか?」
「うん、割と好きかも」
「ほほう。では行きましょう」
そんな俺がなぜか平常心を失いかけてるというのに、ゆきむらの方はいつも通り。
年上だし、エスコートする立場なんだから、俺がちゃんとしなきゃいけないのは、分かってる。
その気概のみで俺はなんとかまたゆきむらと顔を合わせ、次の行先を決めて、移動再開。
うん、俺の目的はゆきむらにいい思い出を作ってもらうこと。
それだけなんだからな……!
雲一つない快晴の下、俺は改めてその目的を再確認。
で、さほどもかからず次のアトラクションの所に到着。
待ち時間は……40分か。
「じゃ、また並ぶぞ」
「はい。でもすごいですね、こんなにたくさんの人が」
「だなー。でもまだ早い時間だし、もうちょっと経ったらまだ増えるかもよ」
「大人気ですね」
「どんなご時世でも利益出す場所だからなー」
「ふむふむ」
で、並び始めての会話は、また日常的なものだったから、俺も普通モードに戻ってね、会話を始めたけど――
「そういえば」
「ん?」
「昨夜ゼロさんとロキロキさん、何してたんですか?」
「あ」
そうだった!!
その話は俺から聞こうと思ってたのに、忘れてた!!
完全なる不意打ちで、ゆきむらの方から「見てましたよ」をカミングアウトされた俺は、思わず絶句。
でも、見られてたのが確定したなら、俺は事実を述べるだけ……!
「ええと、なかなか寝付けなくて、ロキロキと喋っててさ、俺とだいの写真ないのか? って聞かれて、見せてたら、ロキロキもみんなと写真撮って思い出作りたいって言いだしてね」
「ほうほう」
「今回のオフ会中に全員と写真撮るんだーってことで、まずは俺と写真撮ってただけだよ」
「なるほど。ロキロキさん明るくていい人ですし、そういうことを言いそうな気もしますね」
「いやぁ、変なタイミングだったけどな……。ってか、ゆきむらは何であの時こっち来たんだ? すぐにドア閉められたから、見間違いかと思ってたけど」
そして俺が告げた真実を受け、ゆきむらは特に疑問も抱かずに納得してくれたようで一安心。
それならばと今度は俺がゆきむらに何してたのかを聞いてみると。
「少し寝ぼけていたようで、お手洗いの場所を間違えてしまいました」
「あー……なるほど。ゆきむららしいな」
「むむ、どういう意味ですか?」
返って来た答えに、俺は当然の納得である。
どういう意味って聞き返すけど、君自分がどれだけ方向音痴か自覚してるのかい?
そんなことを思いつつ、俺が笑っていると。
「じゃあロキロキさんではありませんが、私も思い出を作ってもいいですか?」
「え?」
ふと話を変えたゆきむらが、手持ちの鞄からスマホを取り出し、操作開始。
あ、ちなみにみんなのおっきな荷物は入園前にロッカーに預けました。
それは置いといて、スマホを操作したゆきむらはどうやらカメラを作動したようで。
「むむ、自撮りというのはなかなか難しいですね……」
なるほど、カメラをインカメにして、どうやら俺との写真を撮ろうとしている様子。
だが全くその操作に慣れていないのだろう、レンズの位置がうまく調整できず、なかなか画面に俺と二人で写らない。
「あ、ほら進んだぞ」
でも、今は写真撮る場所じゃなくて、並んでるわけだからね。
カメラと悪戦苦闘するゆきむらに、俺はゆきむらの肩を押して列が進んだことを教え一緒に少し前進。
そして再び止まったところで、ゆきむらが写真を撮ろうとするが。
「むむ、どうしても私が見切れますね……」
やはりうまくいかないようで、俺は思わず苦笑い。
まぁ自撮りとかするタイプじゃないのは分かるけど、ほんと、やったことないんだろうなぁ。
って、見切れるのは普通俺の方じゃないのかね? なんてことを思うんだが。
「しょーがねえな、ほれ、貸してみ」
「あ」
再度動いた列に合わせて少し進み、また止まったところで、俺はゆきむらからカメラを預かり、手を伸ばして俺とゆきむらを画面に写しながら――
パシャっとな。
「むむ、今どこを押したんですか?」
「おいおい、横の音量変えるボタンでもいいこと知らねぇのかよ」
「なんと……」
普段から若い奴らと接してる俺は、この手の動作は慣れている。
サービス業だし、って違うか?
で、その俺が撮った写真の中では、俺は軽く笑ってて、ゆきむらは俺からスマホを取られたことで「あ」って言ってた時の、ちょっと驚いた感じの表情だったのだが……なんだかそれはとても自然な感じで、悪くない写真だった。
背景とか、全く夢の国感ある写真ではなかったけどさ。
でも。
「ありがとうございます。次は私が撮ってみますね」
そう言って僅かに喜んだ感じになるゆきむらに、俺もなんだかいい気分。
やっぱほらここは夢と希望の国だしね、このくらいは許されるだろう。
ゆきむらの今日の恰好に免じて、ってことで。
そんな、今までと違っていきなりの居合切りも、突然ど真ん中にぶっこんでくる直球もない、
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
ジャック・スパロウが好きです。
あの歩き方は真似したくなります。笑
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停中……!
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