第299話 「言わないと分からない」は「言えば分かる」
「なんで君らはレディより遅いかね?」
「や、悪い悪いっ」
「でもまだぴょんといっちゃんしかいないじゃーん」
「菜月さんたちはまだドライヤーしてるんですよー」
「あ、そうなんか」
予想以上の盛り上がりを見せた俺と大和とあーすによるしょうもない会話は色々なテーマで盛り上がりをみせいたが、その中の一つ『恋人に言って欲しいセリフ選手権』をやってる最中に幕を閉じた。
そのくだりの中でね、大和が「もう……(自主規制)」っていうセリフを言い出した時、なぜか二人ともハッとするものがあったのだろう、奇跡的なシンクロで二人揃ってそろそろ風呂からあがらないと時間やばいかも、とか言い出したんだよね。
だから、その時は思わず今思い出すの!? って笑ってしまったけど、実際にぴょんが集合をかけてた時間までそんなに時間が残ってなかったため、俺たちは少し急ぎめに男湯からあがってきたってわけである。
でも、今真実が教えてくれた通り、先に来ていたぴょんたちと違って、髪が長めな三人は、まだ姿を見せていない模様。
俺はそれを教えてくれた妹に簡単に相槌を打ちつつ、とりあえずぴょんや真実が座っているのに合わせ、真実の隣の座布団の上に腰を下ろした。
ここの待合室はいわゆる和室タイプで、久々の畳はどことなく気持ちを落ち着かせてくれるものだった。
そして俺が座ったのに合わせ、テーブルを挟んで向かい側にいたぴょんの隣に大和が、真実とは反対側の俺の隣にあーすが座ってくる。
ちなみにぴょんと真実はそれぞれ缶チューハイやらお茶を飲んでるみたい。
そんな飲み物がある状態を羨ましく思ったか——
「結局牛乳買ってねーし、飲み物じゃんけんでもするか!」
「おっ、いいよー。負けないぞーっ」
「かかってこいよ」
ふと、大和がそんなことを切り出してきた。
それを見るぴょんは少し呆れた感じで、真実は変わらずにこにこしてるけど、二人とも何か口を挟むこともなし。なんかあれだね、そこまで興味なしって感じなんだろうな。
……なんか、おつかれなのかな?
「っしゃ、じゃあいくぞっ。おっとこぎっじゃんけんっ、じゃんけんしょっ!」
だがよそ見をしてる時間はなし。
大和の勢いのあるじゃんけんコールを受け、俺も気合いれて我が手を拳の状態から大きく開いた結果――
「お兄ちゃん強いねー」
「くそー、倫の男気に負けたわー」
「ねー、やっぱ兄貴だなー」
「……ま、まぁな」
俺以外の手は、そのまま握りしめられたまま。
でもほら、これは男気じゃんけんだったからね、ここで悔しがることは出来ない。
そんな俺の勝利という名の敗北を見て真実が笑い、大和とあーすはわざとらしさ120%で悔しがるそぶりを見せるも、表情は笑顔。
……くそう。
「何飲むんだ?」
ということで、ルールに則り俺は財布を持って立ち上がり、座ったままの二人へご所望の商品を確認すると。
「お茶!」
「同じくっ」
「はいよっと」
あ、誰もぴょんの真似はしないのね。
そんなことを思いつつ、敗者という名の勝者のために俺は待合室に来る途中に見つけた自販機の所へ移動開始。
なんとなくいつもの様子なら真実がついて来るかなって思ったけど、やはり風呂上りのまったり感には敵わないのか、立ち上がる様子もなし。
で、空いた俺のスペースにはあーすが詰めて、真実に「いいお兄ちゃんだよねー」なんて話しかけてたね。
大和は大和でぴょんの缶チューハイを一口もらったりしてたけど、それにぴょんが何を言うこともなし。なんか、いい信頼関係って感じだなぁ。
……だいの分も、なんか買っといてやろうかな。
そんなことを思いつつ、俺は一人のんびりした空気の銭湯内を移動し、自販機の所へ到着。
何か今日は妙に自販機と縁があるなぁ、なんて思いつつ、千円札をいれて小さ目のペットボトルの緑茶を1本、2本と購入したとこで――
「あ」
「ん?」
聞きなれた声が、俺の耳に届く。
2本目のペットボトルを取り出しながら、その声のした方を見上げると。
「ほれ」
「えっ、わっ」
湯上りの浴衣姿、というわけではないけれど、髪にはまだいくらかの水分が残り、化粧を落としながらも風呂上りで頬が少し赤い状態の、すっかり幼い雰囲気になったTシャツにワイドパンツのラフな私服モードで、お風呂用の荷物が入っているであろうトートバックを肩にかけただいの姿が。いや幼いって言っても胸のあたりは言わずもがな凶悪な山がそびえてるんだけどね。
で、その手には財布が握られていたから、おそらく目的は俺と同じだったのだろう。
ということで、大和の分かあーすの分か、まぁどっちでもいいやと思いながら、俺は今買った分の内の1本と、だいの方に
片手には財布を持ってたし、俺が投げてくることも予想してなかったのだろう、それをだいは少し慌ててキャッチしてたけど、さすが俺と同じソフト部顧問。落とすことなくね、ちゃんとキャッチしてくれました。
「え? なんで?」
「なんでって、ここで会うってことは、目的はそれだろ?」
「あ、そうだけど……って、なんでそんなにたくさん?」
「大和とあーすの分。ってかさ、彼氏のこと見つけて、第一声が「あ」ってどういうことよ?」
「え? あ……ご、ごめん」
「いや、別にいいけどさ?」
こうしてだいと話すの、なんか久しぶりだな。
今朝はだいが先に出て行ったし、その時は真実もいたから、二人きりじゃなかった。
二人で話したってなると、あれか、昨日の真実が風呂入ってる時の、俺がちょっともやもやモードだった時以来か。
1日ぶりなのに、なんかすげぇ久々な気ぃするなぁ……。
と、何気ない会話をしながらも、俺はだいに渡したため不足した大和かあーすの分を買い足し、残る俺の分はミネラルウォーターを購入し、任務完了。
そして自販機の取り出し口に手を伸ばすためしゃがんでいた姿勢から起き上がり、合計3本のペットボトルを手に持ちながら、俺が買うのを眺めていたであろうだいと目を合わせた。
……うん、やっぱり可愛いなこいつ。
でも、久々って思ってるのは向こうも同じなのか、なんかちょっとよそよそしいような気もした。
……緊張してるのか? いや、まさかな。
「顔赤くなってんぞ?」
「ひゃっ!? もうっ、お風呂上りなんだから当たり前じゃない」
そんなだいに対してね、いきなり「ごめんな」って言うのもなんか違う気がしたから、俺は左手でお茶のペットボトルを2本持ちつつ、右手に持った俺分のペットボトルをだいの頬に当ててやった。
そんな動作すら予想外だったのだろう、その冷たさに驚いただいが、少しだけ怒ったような口調で俺に言い返してきたけど、言い返す最後の方はね、なんかちょっと笑ってた。
その笑った感じに、何か色々と思ってたことが吹き飛んでいくのが自分でも分かった。
やっぱりこいつが笑ってると、落ち着くなーって気持ちが俺の胸の中で大きくなった。
だから俺も、笑ってたのかもしれない。
「……何よ? ニヤニヤして」
あ、やっぱ笑ってたみたいです。
そんな俺の表情に、だいはまだ少し赤い頬のまま、じとっとした感じの目で俺を睨んでくるけど、甘えたいけど拗ねてもいる、そんな感じがして、だいのことを思い切り抱きしめたくなったのはしょうがないよね?
けど、他のお客さんも自販機で飲み物買いに来たのでそれは断念。
でも、俺が自販機の真ん前から少し壁際に寄ると、だいもそれに合わせて俺の隣に移動。
手を伸ばさないと頬にペットボトルを当てられなかった距離に比べると、さっきよりも少し俺の近くに来てくれた感じである。
「今日あんまり話せなかったからさ、今だいと二人で話せて、ちょっと嬉しい」
「え?」
で、「早くみんなのとこ行きましょう」とかも言われなかったからね、俺は気が付けば後で思い出せば恥ずかしくなりそうなことを、さらっと言ってしまっていた。
その言葉に、だいは恥ずかしそうに俺から目を逸らしてしまったけど、でもたぶんこれは、照れだと思う。
「……ごめん」
「え?」
だが、そんなだいから返って来た言葉は、俺の予想外の一言で。
思わず俺はその言葉に聞き返してしまったのだが、どうしてだいが謝るのか、その理由は分からなかった。
「ちょっと意固地なってたから……」
「え? そうなの?」
「気づいてなかったの?」
「え、あ、いや、そもそも俺が謝ろうと思ってたくらいだし」
「え?」
で、その理由を告げるだいに俺が「何が?」みたいな反応をすると、それを聞いただいが少し呆れる感じになるが、俺が謝りたかったというと、今度はだいは少しぽかんとした感じに。
「いや、全然だいの方に話に行かなかったからさ。他の奴らとばっか話してたし」
「あ……うん。そうね」
だが、このまま二人してぽかんとするのも変な話なので、俺はまず自分が謝ろうと思っていた理由をだいに告げた。
それを聞くや、だいは「たしかに」って感じで、いつものクールな感じに変化。
反応からして、やはり思う所はあったのだろう。
「でもゼロやんの方に行かなかったのは私も同じじゃない」
「や、それはそうかもだけど……」
「だから、私もごめんね」
「いや、だいが謝ることじゃないって。俺がたまたま亜衣菜に会っちゃって、連れて来ちゃったのがいけないんだし……」
「別に、亜衣菜さんと会えて私は楽しかったよ?」
「あ……そ、そうですか」
そんな謝罪の応酬という変な会話の中、俺がくもんさんに言われた通り、亜衣菜と話しすぎてたことに触れると、またしてもだいが「それが謝ること?」みたいな、そんな表情に変化……したと思ったら。
「ごめん、嘘。ちょっと焼きもち焼いてた」
亜衣菜との友達って関係があるからこそ嘘をついたのだろうが、それに耐えきれなくなったのか、速攻の前言撤回で思っていたことを教えてくれただいは、少し俯いていた。
「いつもなら平気なんだけど、今日はゼロやんとあんまり話してなかった分、一緒にいる亜衣菜さんにいいなって思ってた。ごめんね」
「え、いや、それこそだいが謝ることじゃないだろ……」
って、いつもなら?
ということは、だいが意固地になってた理由は、そこじゃない?
「たい焼き選ぶ時さ、ゼロやんがカスタード選んで、ちょっと嬉しかったの」
「え?」
「でも、交換しようって言われて、ちょっと悲しかった」
「へ? いや、だってだいはカスタードの方好きって言ってたじゃん……?」
そして少し俯いたまま、ぽつぽつと自分が意固地になっていたであろう理由を話し出すだいだが、正直俺からすれば、俺がカスタードを選んで嬉しかった、というのも、交換しようって言われて悲しかった理由も、分からない。
でも。
「だってゼロやんあそこのたい焼き屋さんのカスタード、食べたことないでしょ?」
「あ……うん。ない、けど……」
「いつぞや行ったラーメン屋さん、美味しかった」
「へ?」
「ゼロやんが好きなものも知れて、一緒に食べれて嬉しかった」
「う、うん」
「一緒にご飯食べに行って、そこで私が紹介したものを「美味しい」って言ってくれるの、私はすごい嬉しい」
「そりゃ、だいの教えてくれるとこは全部美味しいし……」
「だから」
「は、はい」
「だから……ゼロやんが好きなものを好きになりたいし、私が好きなもの、ゼロやんにも知って欲しかったの」
「あ……」
なんと。
ゆめの言ってた予想ビンゴやん。
なるほど、だいは俺にカスタードのたい焼きを、自分の好きなものを食べて欲しかったのか。
あの時俺がロキロキみたいに半分こにしようでもなく、交換しようって言ったから、ちょっと拗ねてしまったわけ、ってことなのね。
……ふむ。
「交換しようって言われて、ゼロやんが私と交換するために選んだのは分かったけど、それならせめてロキロキみたいに半分こって言って欲しかった。……ごめんね、わがままでめんどくさくて」
「あ、いや……」
「自分から半分こって言えばよかっただけなのにさ」
「いや、俺もその気持ち分かってあげられてなかったし、ごめんだよ」
「しかもその後もそれを気にしてずっと話しに行かなかったし……」
「いやいや、だいは料理頑張ってたしさ、みんなに教えるのも大変だったろ? 俺が話しに行くべきだったんだって」
なるほどね。
まさかだいに謝られるなんて思ってなかったけど、他のメンバーと違ってだいだけは俺がカスタード選んだ理由を勘違いしていたのね。で、それが勘違いだったせいで、ちょっと凹んでたわけだ。
……他の奴らからしたらすごい些細なことかもしれないけど、でもなんというか、自己評価の低いこいつらしいというか、うん、言われてみれば納得、ではあるな。
たしかにだいは俺がだいのおススメを食べて「美味しい」って言うといつも嬉しそうだけど、自分の好きなものを好きになってもらえたり、褒めてもらえたりしたら嬉しいのは当たり前だもんな。
ってなると、その気持ちに気づかずにだいが喜ぶことを断定して先走ったのは、俺の方か。
……でも。
「そう思ったなら、そう言っていいからな。全部察してあげられればいいけどさ、今日はごめん、それに気づけなかったから」
「……うん」
「やっぱりだいには笑ってて欲しいし、喜んで欲しいからさ。俺がそう思ってやろうとしたこと、違うよーって思ったらすぐ言ってくれ。言ってくれれば分かるから」
「うん、ごめんね」
「ああもう。もう謝んなくていいって。っていうか全然話に行かなかったのは俺もなんだから。むしろ気づいてないし話しかけにいかないし、悪いのは俺だろ。その上……昨日みたいにロキロキに一人ちょっと変な感情持ちかけたし」
「え? ロキロキに?」
「いや、だってそうやって凹んじゃっただいをロキロキが笑顔にしてたじゃん? 羨ましいなって思ってたし……」
「そう、なんだ」
「そうだよ。……でも、今話せてよかった。だからお互い「ごめん」って思ってたんなら、今ここで仲直りしようぜ」
「……うん、そうだね」
そう言って俺が笑いかけると、だいも合わせて笑ってくれた。
お互いが色々言葉不足ですれ違っていたのも、今ここで話し合えたなら解決だ。
話の中で俺がロキロキの名を口にしたときはだいも少し驚いてたけど、とりあえずちゃんと話せてよかった。
最後には「そうだね」って、だいもまた顔上げてくれたしね。
世の中からしたら、こんなやりとりくだらねぇって思われると思うけど、それでも俺らにとっては大事な会話。
俺がだいを喜ばせたいって気持ちは間違ってないと思うけど、だいが俺に何を思うかもね、当然大事にしたい。
でももしそれが伝わり合ってなかったら。
ちゃんと言葉にすればいい。
言葉の大切さは、言いたいことを言うことの大切さは、もう痛いほどに理解してるんだから。
直して欲しいことをいうだけじゃなく、どうすれば自分が嬉しいかを伝えるのも、大事なんだな。
……うん、また一つだいのこと、理解できてよかったよ。
「じゃあ、さっそく1個言っていい?」
「ん?」
そんな風に俺が思っていると、最初のちょっとよそよそしさというか、ぎこちなさがなくなって自然な雰囲気になっただいが、少し嬉しそうというか、そんな雰囲気を浮かべながら、俺の方を見上げてきた。
「ゼロやんは、お風呂上りはお茶よりも水派なの?」
で、そんな可愛らしいだいの口が紡ぐは、不思議な質問。
ビールっていう選択肢がなく、お茶か水かったら、俺は水派なんだけど。
「ああ。まぁ、どっちかってーとそうかな?」
その質問の意図はピンときてないが、とりあえず聞かれたままにそう答えると。
「じゃあそっちが欲しい」
「へ?」
「私がお茶買いに来たのは正解だったけどさ、交換しよ?」
言葉を続けただいは、みんながいる時には見せないような、二人きりの時の甘えた感じを出して、俺にそう言ってきた。
周りにお客さんたちはちらほらいるけど、まぁ他人だしな。
その感じはね、やっぱり超絶可愛いです。くそう。
「あ……なるほどね。……半分こじゃなくていいのか?」
そして、だいの言いたかったことも分かった俺は、少し冗談交じりに笑いながら右手に持ってたミネラルウォーターのペットボトルをだいに差し出し。
「むぅ。飲みたくなったら言うからいいの」
「それもそうか」
だいも「もうっ」みたいな顔をしつつ、財布を鞄にしまいながら、笑って受け取ってくれた。
「はい、じゃあこれどうぞ」
「どうも」
そして、俺が渡した水の代わりに、最初に渡したお茶のペットボトルを差し出すだいと受け取る俺。
そんなやり取りの直後、俺が渡したミネラルウォーターをだいは大事そうに両手で抱えてた。
「ぬるくなっちまうぞ?」
その様子に俺はそんなことを言ってしまうけど。
幸せとか嬉しいって、今こういう時の感情なんだな、ほんと。
付き合いが長くなれば、こんなやりとりも減るのかもしれないけど、それはその時の変化だろうし。
でも、今はこうやって笑ってくれてるのが嬉しい、な。
「じゃ、戻りますか」
「そうね。戻ろ」
ほんとはね、手でも繋いで戻りたい気分だけど、今は他のみんなもいるし、何よりお互い両手が塞がってるから。
それでも俺と腕とだいの肩が触れ合うほどの距離間で、俺はやっぱり安心するなって存在の彼女の隣を、同じペースで歩むのだった。
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
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久しぶりのメイン彼女回ですね……!
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!
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