第298話 案ずるよりも産むが易しでFAで
さて……どこに……って、ああ。やっぱあいつ目立つなー。
くもんさんに送ってもらった銭湯で受付を済ませ、手早く髪やら身体を洗い終えた俺は、先に来ていた大和とあーすを探したわけだが、湯気煙る中のイケメンはなかなか見つからずとも、デカくて一際黒い男はもはやスイミーの目レベルに分かりやすかった。
ぼちぼち屋外プールの時期も終わるから、少しずつ日焼けレべルも下がっていくとは思うけど、ほんとこの残暑の時期の大和ったらね、目立って何より。
ということで、俺は内風呂の辺りで腰かけていた二人に合流するべく、腰にタオルを巻いてそそくさと移動開始。
「よっ」
「おっ、おつかれー」
「おかえりー」
そして軽やかに声をかけると、談笑していた様子の二人も気軽な感じで返事をくれた。
なかなかにお客さんも多いみたいだからね、声の大きさはそこそこでね。
しかし何だろうか。このメンバーで風呂入るの初めてじゃないからか、なんかちょっと気楽だなぁ。
このメンバーじゃな、今さら気遣いも不要だし。
そんな思いで、腰かけている二人の近くで肩まで風呂に浸かる俺へ。
あー。あったけー。
「じゃ、倫もきたし露天いくかっ」
「おっけー」
「って、え? 俺今入ったばっかなんだけど?」
だが、まったりモードになりかけた直後、カラスもびっくりの行水レベルで移動を促す大和に俺は思わず苦笑い。
でもまぁ、せっかく仲間内で来てるし、後から来たのは俺なんだから一緒に行くけどね。
「いいじゃん露天、あの解放感」
「あ、ちょっと分かるっ。でもあとでサウナも行こうねっ」
「よかろう。サウナで風呂上りの牛乳かけた勝負でもするかっ」
「負けないぞーっ」
「サウナかぁ。あんまり得意じゃねぇなぁ」
そんな苦笑いの俺をよそにさっさと移動するべく立ち上がった二人に続いて、俺もざばっと立ち上がる。
でも露天の後はサウナかー。ううむ。
とはいえ、こいつらのこの日常チックな会話は、やっぱ気楽だなぁ。
なんて、ゆめとかくもんさんとか、ありがたくも考えさせられた話とは全然毛色の違う会話に、俺はちょっと落ち着くなぁ、なぁんて思いながら、露天風呂へ向かう二人の後を追うのだった。
「しっかし、セシルはやばいな」
「ねっ。ほんと可愛かったなー。でも二人とタメなんだよね? 年上には見えなかったなー」
「うむ。いつものコラム、加工とかもあるんだろうなぁって思ってたけど、何あれ素材のまんまレベルじゃんな」
「しかもそれであのお胸でしょー。いやぁ、ゼロやん羨ましいなぁって思っちゃったよー」
「あのニットも分かって着てるよな、きっと! おのれ倫め、男の敵だな!」
「……とりあえず彼女いるやつがそういうこと言うなよ……」
露天風呂に到着し、夜空を見上げて湯に浸かりながら……の会話だというのに何といきなり下世話なことか。
いや、男ってこういう生き物だってのは分かってるんだけどさ、でも大和お前はダメだろ。
「なっちゃんとどっちがおっきいの?」
「いやお前も黙れ」
あ、ダメ1名追加で。
「でもあの猫目で笑いかけられたらなー、色々あぶねーなっ」
「守ってあげたくなっちゃうよねっ」
「いやぁ、ほんと生で見れる日がくるとは、持つべき者は友だな!」
「ゼロやんに感謝だねー」
……はぁ。
こいつらの言いたいことはわかるけどさ、聞かされる俺が「そうだよな!」なんてこと言えるわけないし。
とりあえず、言わせとくか。
なんて、男ならではな話をしていたと思ったら。
「しかしまぁ、あれだけ可愛いんだもんなぁ。倫もやっぱ名残惜しいのかー?」
「は? いや俺は――」
「だよねっ。見ててどっちが彼女か分かんなかったよねー、正直」
「いやだから――」
「だいは友達だから平気よっつってたけどさ、それも本音かもだがー……うーん、微妙な女心はあるだろうな」
「え?」
切れ味鋭く迫ってきた不意打ちをクリティカルで食らった気分。
そんな一撃を食らわせてきた大和もあーすも、気付けば苦笑いで——
「もっとかまってあげればいいのにー。まだラブラブ期でしょー?」
「うむ。だいはほら、自分からみんなの前で甘えられるタイプじゃないだろうし、くもんさんくらい倫から近付かないとダメだろうな」
「だねー。甘えたそうなぴょんも可愛かったなー」
「だろ? 俺もあんな変わると思ってなかったけど、可愛いもんだよ」
「あ、えーっと……」
そんな風に俺に言いたいこと言ったら、パッと次の話題へいった二人をよそに、俺は一人硬直状態。
今連撃叩き込まれたら即死だねこれ!
「俺としては、気を遣ってたつもりもあるんだけど……」
「ん? いや、たい焼きの時のロキロキくらい、こうしようぜ! って倫からいかないとダメだろあのタイプは」
「昔はわがままさんだったけど、今のなっちゃんは俺様に弱そうだよねっ」
「LAのフレ時代だって倫があれこれ振り回してきたんだろ? 実際だいが求めてるのって、その感じなんじゃねーの?」
「ジャックとなっちゃんは感情表現苦手そうだもんねー。自己主張は得意不得意あるし、ゼロやんそういうの得意でしょ?」
「え?」
いや、俺だってそんな、自己主張得意なわけじゃ……。ほら、和を以って貴しとなす派だし?
「いつも土足でズカズカと色々踏み抜いてるじゃーん」
「だな。あれこれ的外れなとこ考えながら踏み荒らしてるもんな」
「は? いや——」
「LAでの毒舌くらいでいんじゃないのー? 案外なっちゃんは言葉攻めも好きかも——」
「いやいやいやいや!?」
「とはいえ、踏み荒らして突き抜いて、気付いたら相手を笑わせてるのが倫だろ?」
「なんだそれ……」
「そんなゼロやんだから、なっちゃうもついて行くんだよ、きっと」
「だな。お前らの恋愛はLAの延長な気がするわ」
「…………ううむ」
なんか、腑に落ちないし言いたいこともいっぱいあるんだけど……。
でも全てに異論があるわけでもない。
土足云々、毒舌云々は別として、だいが俺に引っ張って欲しいタイプなのは、たぶん合ってると思う。
いや、でも、うーん……。
もっと近くにはいこうと思うけど……。
「二人の時はさ、俺もそんな風にできるけど……みんながいる前で偉そうにするのって、苦手なんだよな……」
「極端かお前は」
「二人は付き合ってるんだしね。ガチな感じじゃなきゃ、みんなも分かるよー」
「そう……か」
なんだか今日は一日ずっと継続ダメージのように攻撃を受けてる気がしてならないけど、でもやはり「どっちが彼女か分からなかった」と言われた言葉は、かなり重い。
ぶくぶくと顔半分湯に浸かりながら、俺はバツが悪そうに助言をくれる二人へ視線を送る。
「ぴょんだって気にしてたし、ゆめもわざわざ倫をおっかけるくらいには心配してたじゃん? お前が気にする部分って何よ?」
「あ、やっぱそうなんだ」
「だねー。ゆめちゃん『子犬が迷子なので探してきまーす』って言って出てったんだよー?」
「いや、子犬て……」
「初オフ会の女子3人組仲良いじゃん? 俺もぴょんと付き合ってよく話聞くようなったけど、何だかんだその3人で話してること多いみたいだな、
「ゆっきーとも仲良いけど、そこは不思議な関係だもんねー」
「まぁ可愛い女の子たちに好意向けられたら、目移りする気持ちは分かるけどよ」
「ハーレムは男の夢だもんねっ」
「いや、俺は別に――」
「伝わらない想いは意味ないんだって。男は行動で示すべし」
「……はい」
そう言って、俺の胸を小突いてくる大和。
でも結局は、大和の言う通りなんだろう。
ゆめが言ってた変化も当然あるのも間違いないけど、俺を好きになってくれたであろう原点から、俺が変わっていっちゃいけないよな。
だいはだい。今まで付き合って来た彼女とタイプは違うけど、何だかんだ7年以上一緒にいてこれたんだから、うまく付き合っていけないわけはないんだ。
女って知って、変わってたのは俺の方、か。
いやでも性別って、やっぱ無意識に影響受けちゃうとこあるけど――
「買い出し班に行くか迷ってたロキロキを引っ張った時くらいの強引さが欲しいな!」
「だねっ。あの時のゼロやんカッコよかったねー」
「うむ。正直話聞いても、やっぱ見た目情報に脳が混乱してたよなー」
「男の子っぽい恰好してても、身体的に女の子って聞いたら、そう見えちゃうしねー」
「LGBTへの理解は分かっていても、って、今日は痛感したわ」
「そうな。やっぱ体格は女だもんな」
と、俺が「はい」と二人の言うことに理解を見せたからか、俺への説教というか、アドバイスモードが終了した感じになり、話題が今度はロキロキへ。
これは俺が「兄貴」って言われるくだりになった時の話なわけだが、俺もいったんこの後のだいへのシミュレーションを中断し、二人の会話への参加を開始した。
「でもそんな身構える必要ないと思うよー? って、トランスジェンダーは僕もちょっと戸惑ったけど」
「僕も?」
「でも女の子が好きって言ってたけど、どことなく男らしさへの憧れみたいなのもありそうだよねー。Loveの感情はまだ分かんないけど、Like的な感情は男らしさに向いてるっぽい気がしたなー」
「LoveとLikeか。ふむ」
「愛情と友情とは違う感じか?」
で、そんな会話の中でしれっと自己申告「B」に当たるあーすが「T」に当たるロキロキに対して「僕も戸惑った」なんて言うから、どうやらまだそのことを知らない大和が一瞬不思議そうな顔を見せた。
でも、その聞き返しには反応せずさらさらとロキロキの分析を続けるあーすだったので、俺もあえてそこには触れず。
大和もなんだかんだ、気にせず思ったことをあーすに尋ねているようだ。
「んー、言葉の定義が難しいとこだよね、そこ。リスペクトに近い感じかな? ロキロキの男らしさに向ける感覚は。たぶん「お前は男」って手引っ張ったゼロやんに対してさ、「ゼロさん好きっす!」って笑って言いそうじゃん? そこは当然性的なLoveじゃなく憧れとしてのLikeなわけだけど」
「あー、なるほど。でも俺らからすれば、そこだけ切り取ってそんなこと言われたら、なんか勘違いしそうだな」
「好きの範囲が広そうなのは、育った環境もあるのかもね」
そして大和の質問に自分の意見を言うあーすだが、その分析にはよく見てたなぁと思わざるを得なかった。
いわゆるノーマルな俺と大和とは、やはり見てる視点が違う、のかなぁ。
「むしろあんまり性別ってものに拘りがないのかもしれない、か?」
なのでこの話はあーすを中心に意見をもらうのがいいと判断した俺も、あーすに思ったことを聞いてみると。
「いやー、拘ろうとしないって点で一番拘ってるかもよー?」
「あー、そっか。LGBTってくくりが付けられてる段階で、社会的には別くくり扱いだもんな」
「でもロキロキはロキロキ。もっと大枠で言えばみんな人間でくくられてるんだから、僕はそれでいいと思うなー」
「うむ。俺もそれに賛成だな!」
「元々名前と見た目と性格は全員違うしな、それ以上の区別はいらないか」
「そんな感じがいいと思うよっ」
「しかし、なんか憲法第14条みたいな話なってんなー俺ら」
「俺も大和もあーすも、全員社会科教員だし?」
「結局歴史的な差別があったからこその憲法って思うと、今の時代に生まれてよかったよねー」
「差別と区別は違うけど、そんな細かく区別する必要ないもんなー」
「じゃ、俺らメンズチームは戻った後もロキロキに変に気遣ったりしないでいこうぜ!」
「いや待てよ? それを潜在的に意識しようと思う段階で既に俺たちの無意識には区別が……」
「あ、なんかゼロやんが哲学科っぽいこと言い出したっ」
「めんどいめんどい! つまりあれだ、それぞれのモラルと良心に従えってことで!」
「そーだね!」
「それがいいな」
結局は、個々の判断に従うしかない。
ロキロキがいい奴だから、いい仲間として、いい友人としてそれぞれが接したいように接すればOK。
俺らの結論は、こんな感じか。
当事者じゃない俺らじゃ、結局本当の意味で理解できない面もあるだろうし、でもそれを理解しようとして思いやった結果が、是と出るか非と出るかは分からない。
なら割り切ってそれぞれがいいと思ったことを、すればいいだけ。
気を遣われる続けるって、しんどいもんな。
突き詰めていくと最終的に思考は簡単に、ってことでいいんだろう。
俺はクリスチャンってわけじゃないけど、聖書曰くの「良心に従え」は、正しい考えだと思うし。
そんな風に、メンズチームのはずだけどここには来れなかったロキロキの話題が終われば――
「そいえば、今日のゆっきーの恰好めっちゃ可愛くなかった?」
「あっ、それ俺も思った!」
「……同意する」
全員が認めるゆきむらの可愛らしいワンピース姿から、再び話題は俺ららしい、あの服が好き、ああいう髪型が好き、こんな仕草が好き、こんなプレイが……ごほんごほん、なんて日常的かつ時々下世話な話題へチェンジ。
時折あーすが「女の子なら~」なんて枕詞をつけるから、その度に大和がちょっと不思議そうにしたりする面を、俺は終始スルーし続けたけど。
そんなこんなで、ぴょんから22時半に待合室で集合って言われていたと大和とあーすが思い出すまで、サウナで勝負する時間を失うほどに話に花を咲かせたのだった。
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以下
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日本国憲法第14条(一部抜粋)
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分、又は門地により政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
たまには社会科チックに。
しかし仲間に恵まれた主人公だなぁ。
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