第297話 何でもない日にも祝福を

「おつかれさま。ほんと、ゼロくんはセシルと仲が良いんだね」

「いやいや、昔の腐れ縁ですよ」


 亜衣菜を見送って数分後、俺はくもんさんが待つ車の助手席に座り、男だけとなった車内でくもんさんと言葉を交わしていた。

 こうしてくもんさんとサシで話すのは初めてだけど、何と言うかくもんさんの持つ穏やかさのおかげで今日が初対面だったけど緊張はしない、かな。


「腐ってるようには見えなかったけどなぁ」

「や、やめてくださいよ……」


 って、ちょっと前言撤回!

 まさかいきなりそこぶっこんで来るとは、予想外……!


「はは、いや、あんなに楽しそうに話す子だなんて知らなかったからさ」

「いや、あいつLAだってあんな感じで、よく喋る奴じゃないっすか?」

「んー、俺のイメージだと必要以上には喋らない子だけどなぁ。特定のメンバー以外とは」

「え?」


 そ、そうなの?

 俺だってそんな亜衣菜とパーティ組んだことないけど、少なくとも俺がいれば……って、そうか、俺はまぁ、特定のメンバーか。


「内弁慶なんすね」

「箱入り娘、じゃないかな?」


 俺の言葉にくもんさんは苦笑いしながら、ハンドルを切ってロータリーを脱出。

 たぶんどっちも正解、だとは思うけど。


「でもあんなに可愛くて優しい子と付き合ってて、今の彼女さんもすごい綺麗で料理上手なんて、ゼロくんはきっと前世で相当な徳を積んだんだろうね」

「いやいや……」


 と、亜衣菜に対する印象に俺とはそこそこの差異があるくもんさんが続けた言葉に俺はもちろん苦笑い。

 その言葉は……さらっと言われるには少し照れ臭いというか、恥ずかしい。

 でもたしかに見た目に関しては、俺には分不相応なくらいハイレベルな二人だとは俺も思うけど。

 俺なんかよりあーすの方が横並びならお似合いだろう、あいつ、段違いでイケメンだし。


「前世だけじゃなく、今も徳を積んでる賜物かい?」

「へ? いや、そういう意味で言ったんじゃ——」

「しずから聞いてるよ、頼まれごとは喜んで引き受けてくれて、ものすごい面倒見がいいって」

「……はい?」


 俺の「いやいや」を「今も徳積んでますから!」なんて大層な意味で理解したのか、続けてくもんさんが冗談めいたことを言ってきたから、俺は慌ててそれを否定。

 だが、ちょうどよく赤信号で止まったくもんさんは、俺の方を見ながら楽しそうに笑っていた。

 そして目を合わせた俺に、ジャックから聞いていたのであろう、俺の印象を口にし始める。


「あれを取りたい、あのクエストを進めたい、仲間がお願いしてきたことあれば、率先して舵を取ってくれるって聞いてるよ?」

「え、あー……いや、だってそりゃ、そのためのギルドじゃないっすか? 仲間なんだし」

「そうかい? 自分でやりたくてやってるゲームなんだし、やりたいことがあれば自分のやりたいこと優先するのは普通じゃないかい?」

「う、うーん……」

「先約が入ってれば、いついつにやろうって希望者に代わってみんなに声かけてくれるっていうし」


 ……これはこれで、言われて恥ずかしいな……!


 たしかにくもんさんがいう言葉に思い当たる節は、分かる。


 最近は装備の更新機会も減ったけど、誰かしらに何か欲しい装備があるって言われたら、俺は自分のスキル上げやクエ進行をやめて、その希望実現のため予定をチェンジすることは、これまで多々あった。

 もちろん他のメンバーだってやることがなかったり、お喋りモードだったりしたら手伝ってくれたけど、ギルド入りたての頃のぴょんとかゆめとか、あーすあたりの装備取りのほとんどは俺が手伝った記憶がある。

 もちろんそれが活動日ならその日のうちにやることは出来ないけど、その場合は翌日とか、活動日以外に都合をつけて、って感じでさ。

 もし身内だけで人手が足らないなら、知り合いに声かけて手伝ってもらったり、掲示板に募集かけたりも、何だかんだ俺がやることが多かった。

 ある程度の知名度はね、他のメンバーよりかは高いと自覚してたから。

 それにほら、仲間が強くなれば色々攻略が楽になって、俺にもメリットはあるから。

 そういう意味ももちろんあった。


 でも、そんな大袈裟に徳を積むとか、そんな大層な意味なんかない。

 みんなで楽しくやれること、そこにMMO RPGの醍醐味があると思っている、ただ俺の価値観に従った行動、ただそれだけだ。


「俺にとっては、普通のことっすよ」

「しず言ってたよ? あの時間あればゼロやんはとっくに銃カンストしてるよ〜〜、って」

「あ、あー……それは、そうかもしんないっすけど」


 ほんと、そんな大層なことじゃない、そうくもんさんに伝えようとしたのに、ジャックの話し方を真似して返ってきた言葉にはちょっと自覚があったので、否定できず。

 

 そしてまた走り出す車は、静かな音ともに来た道を戻り出す。


「ゼロくんだけじゃなく、だいさんも一緒に付き合うから、カンストならないんだよね〜〜、ってさ」

「あ……」


 たしかに、それはそうだ。


 俺が何かすると言えば、ぴょんやゆめが違うことするからって言ったとしても、リダが動画編集するって言っても、ゆきむらがスキル上げてきますって言っても、ジャックが誰かしらと遊んでくるからと言っても。


 だいは、俺がいれば何するにしても俺と一緒。

 俺と違って仕切ったりするわけじゃないけど、俺が頼んだ役割をやってくれる。

 それが俺とだいの、積み重ねてきた関係だったのだ。


 もちろん最近は装備取りもひと段落してるし、色んな人に刺激を受けた結果スキル上げにいく機会は増えた。だいからスキル上げにいこうって言われることも増えた。

 でも、たしかに俺もだいもメイン武器のスキルレベルがカンストに届いていないのもまた事実。


 ……ちょっと申し訳ない、気もしてきたな……。

 いや、俺が頼んだわけではなく、だいが自発的に俺に付き合ってくれてたんだけど……俺もだいは俺と一緒だろうって暗黙に決め込んでたからな、だいがカンストしてないのは、俺のせいだよな……。

 

「もちろん考えは人それぞれだからね。その面倒見の良さがゼロくんの魅力なんだろし」

「いやー……」


 その結果が回り回って、まだカンスト前で、ロキロキに対する劣等感を生んだわけだろ?

 魅力って言えるような代物じゃないと思うけど……。


 と、俺が今さらの気づきに、ちょっと罪悪感に苛まれていると。


「あ、【Teachers】に女性が多いのは、君の面倒見のおかげなのかな?」

「いやいやいや!? 関係ない関係ない!」

「はは、今のはさすがに冗談だよ」


 まさかのこの発言である!


 冗談って……全部ニコニコしてるから、わかりづれぇな!!


「でもさ」

「……はい?」


 だが、それまで笑ってた雰囲気から一転、ちょっとくもんさんのトーンが落ち着いた、気がした。

 意外と油断ならない人だって分かって来たからこそ、俺はそんなくもんさんに少しばかり警戒したけど――


「手取り足取り教えるのがいつだって正しいわけじゃない。苦労を伴ってこそ、人は成長するからね」

「それは……そうっすね」

「うん。分かってるならいいんだ。たしかにあのゲームは装備次第で強くなったと錯覚できるシステムだけど、中身が伴ってないと結局は宝の持ち腐れだし、スキルレベルが低ければ、キャラクター自身の性能は低いままでしょ?」

「そっすね」


 でも、警戒していたけど、告げられた言葉はLAに関するものだったからちょっと安心。

 その辺の苦労を与えて鍛えるってのは、うちのギルドじゃ俺よりも編成と戦略を考えるリダとジャックが、担ってくれてると思うし。


 と、思ってたのに。


「恋愛も同じじゃないかな。恋人って肩書装備を手に入れたら、そこで終わりじゃない。一緒に時間をかけて、ぶつかって、苦労を共にして、見えてくる世界があるんじゃないかな」

「……へ?」


 って、あれ?

 LAの話だったんじゃ……え?


「俺はゼロくんのことをよく知ってるわけじゃないけど、なんだかメイン武器を疎かにしてるようには見えたから。……お節介かもしれないけどね」

「え、あ……いや……」


 ええと、つまり……。

 直接的な表現をしないのは、きっとくもんさんの気遣いだろうけど、言わんとすることはあれだよな、メイン武器、つまり俺にとって一番大切な存在だいを疎かにしてるように見えた、ってこと……だよな?


 ……と、なると最初の亜衣菜と仲良いねっていうのは……やんわりとした忠告?

 恋人同士だったら、もっと彼女を大切にしたほうがいい、って話か?


 ううむ、俺だってそれは分かってるつもり、だけど……。


 でも、いつも一緒にいるメンバーじゃなく、今日初対面のくもんさんにそう思われるってことは、結局俺がそうしようとしてることは伝わってない、ってことでもあるか。

 周りからそれが見えないから……。


「思い入れがあるとね、なかなか手放したくないものもあるけど、あの世界は分かりやすく定期的にバージョンアップされて、時には拡張されていくように変わっていく。リアルもそうそう大きな変化はなくても、毎日が同じようなに日に見えても、違う日でしょ? 過ぎ去った日は戻ってこないし、時間は有限だからね。だったらまずは何を選ぶか。メイン武器のカンストを目指してもいいんじゃないかな?」

「……ご教授痛み入ります」


 ゆめから言われた、俺たちは変わり続けてるって話。

 根っこには好き同士があるから安心できるって話。

 たしかにそうだなって思ってたけど、ゆめから見る俺たちと、くもんさんから見る俺たちは当然違うんだから、思うことも違って当然。


 今日みたいに、みんなもいてだいもいるって時間は、今しかない、か。


 そりゃそうだよな。

 

「いや、俺の方こそ変なこと言って、気を悪くしたらごめんね。きっとゼロくんの立場は羨ましがられるものなんだろうけど、だいさんよりセシルと一緒にいる方が多いなって思っちゃってさ、気になってたんだ」

「いや、俺もそれは思ってました。でもちょっとなんか、話すタイミング掴めなくて……でも、やっぱりそばに行かないとダメっすよね。自分から動かないと、スキルも上がんないですしね」

「うん、そうだね」


 そう言って、くもんさんはまた優しく微笑んでくれていた。


 外側からの見え方って、つまり周りからどう見られてるかってことだもんな。

 俺とだいの距離感が、うまくいってないように思われるのは嬉しくないし。


「カンスト、頑張ります」

「うん、頑張って」

「くもんさんも、カンストしたから……結婚したんですか?」


 また一つ、背中を押す言葉をもらえたから、その気持ちを受け取ったから、俺はここでようやく久しぶり笑えた気がする。

 やっぱ人生の先輩の言葉で、既婚者の言葉は重みがあるなぁ。


 初めて会ったばかりの相手に、心配かけてしまってすみません。


 そんな気持ちもね、心の中では持ちつつも、なんとなく俺の話にひと段落がついた気がしたから、今度は何気なく俺の方から、ずっと聞きたかったくもんさんの話を振ってみた。

 

 もうあと少しで目的地であろう銭湯の看板が見えてきたから、聞ける時間は多くないかもしれないけど。


「え? あ、俺は……。って、あれだね。自分で使ってたくせに思ったけど、その言葉だと今以上の関係はないみたいで、良くないね」

「あ、それはたしかに」


 そして俺の質問を受けたくもんさんは、ちょっと照れたように笑いながら、さっきまで俺もくもんさんも使ってた「カンスト」という言葉に苦笑い。

 たしかにリアルはゲームとは違うから、これ以上がない、なんてことないもんな。

 リアルは変わり続けるんだから、上限なんて存在しない、これは当たり前だろう。


 じゃあ、どのきっかけをタイミングとしたんだろうか?


「ほんとはもっと早く言ってもよかったと思ってるよ。先に一緒に住み始めたし、いつでもプロポーズは出来たと思うから。だから、特別なきっかけなんてものはなかったと思う。ただ家でしずと一緒にいて、楽しそうにしてるしずを見てたら、この子を幸せにしてあげたいなって思ったから。この代わり映えしないけれども、幸せな日々がずっと続けばいいなって思ったから。そんな願いを込めて、指輪を渡したって感じ……かな」


 ほうほう。


「なんか……いいっすね。そういう日常の延長にあるプロポーズっていうのも」


 くもんさんは少し苦笑いだったけど、その特別じゃないけれども幸せな日々がずっと続いて欲しいって願いは、ちょっと聞いててカッコよかった。

 くもんさんとジャックらしいって、なんかそう思っちゃうよね。

 穏やかな二人だからこその空気感ってのもきっとあったんだろうなぁ。


「喜んでOKもらった後に、「なんで今だったの?」ってタイミングについては言われたけどね?」

「そうなんすか? 俺はいいなって思いましたよ。教えてくれてありがとうございます」

「そう? ならよかった。もしそういう関係になりたいって思ってるなら、頑張ってね」

「うす」


 俺とだいなら、どんなタイミングがいいだろうか。

 もちろんまだ付き合ってからの日は浅いし、今のままじゃ色々心配させたり不安にさせることも多いから、もっと俺がちゃんとしてから、と思うけど。

 でも、俺ももうすぐ28で、だいも26になる。

 何年も待たせるとかね、そんな風にはいかないよね。


 俺が聞きたかった話を聞いて、ぼんやりと将来のことを考えている内に、ついに短いような長いようなだったドライブもそろそろ終わりを迎えるようで。

 

 ゆっくりと減速していくくもんさんの車が、右ウィンカーを出して銭湯の駐車場へと入っていく。


「あ、そういえばさ、今朝ルチアーノさんから連絡来てたけど、秋の拡張前に、高性能のアクセサリー落とす上位ボスコンテンツがくるみたいだよ」

「え? そうなんすか?」

「うん。もちろん秋の拡張ほどの大規模な話じゃなく、定例のバージョンアップの一環みたいだけど、しばらく装備取りはこっちのコンテンツがメインになるみたい。秋の拡張はPvPのシステム導入がメインで、今までの拡張とはちょっと違う感じになるっぽいよ」

「マジすかー。でも、今までのよりも強いボスなら、早いとこ強くスキルカンストなっとかないとっすね」

「そうだね。二人で頑張ってね」

「あざっす」

「じゃあ、またあとで」

「はい、ありがとうございましたっ」


 そして最後は本当のLAの話がちょこっと登場したけど、銭湯の入口付近に停めてもらった車から降り、一旦ここでくもんさんとはお別れを。


 荷物を取って、深々とお辞儀をしてくもんさんを見送り、俺はいざ銭湯へ。

 スマホ見ればね、大和から『先入ってるわ!』ってきてるみたいだし、俺も急ぐとしますか。


 でも、やっぱくもんさんは大人だったなぁ。

 俺も、あんな風に穏やかで安心を与えられる人になりたいもんだ。


 とか言いつつ、頭の中は最後に聞いた新しいボスのことも気になってはいるんだけど。


 でも、だいがいればどんな相手でも勝てるだろ。

 風呂上り合流したら、話してみよう。

 くもんさんとジャックみたいに、誰が見ても仲が良いって思われるような二人になろう。

 

 そんなことを考えながら、俺は日が沈んで月が顔出す暗くなった世界の中、明るく光る銭湯の扉を抜け、大和とあーすの待つ風呂へと向かうのだった。







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以下作者の声です。

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 関係性、性別、立場……見る人変われば。

 スポンジなのか、筒なのか。


 

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