第294話 心が軽い

「たっだいまで~す。わっ、いい匂い~」

「すみません、長々と」


 18時、少し手前再びジャックんちに戻った俺たちの鼻腔をくすぐる、食欲を誘ういい香り。

 料理班にはだいがいるんだし、そりゃきっと旨い飯が作られているんだろうけど、俺はその匂いに対する反応より先に、鍵を開けてくれたくもんさんに対して戻ってくるのがかなり遅くなったことを謝罪した。


「自販機、見つからなかった?」

「あ、いえ。それはすぐ見つかったんで、大丈夫です」

「そっか、ならよかった。さっき遊ぶゲーム変えたところだから、あれならゆめさんも楽しめるかもよ?」

「えっ、ほんとですか~?」


 そう言って、先にリビングの方へとパタパタ移動していくゆめ。

 そしてリビングにつくや「ゆめちゃんもやる~」なんて声が聞こえてくるからね、どうやらお望みだった格ゲーに、ゲームが変わってるみたいである。


「大和は、くもんさんに勝てたんすか?」

「いや、俺もゲーマーとしての矜持があるからね。まだまだ若い子には負けないよ」


 そして俺もくもんさんと一緒にリビングに向かう中、大和の戦果を確認してみたが、どうやら見事にくもんさんの勝ち逃げらしい。

 まぁ持ち主だしね、それもそうか。


「悩みは軽くなったかい?」

「え? あ……はい。おかげさまで」

「うん。気分転換は大事だからね」


 そして割と長く外にいた俺に対しても、この対応。

 ゆめが隣いた、帰ってきてすぐじゃなく、今聞いたのは意図的なんだろうな。

 ……ほんと、よくできた人だなぁ……。


 そんなことを思いつつ、俺とくもんさんもリビングについて。


「ただいま」

「あっ、ゼロやんおかえりっ」

「おかえりなさいっす!」

「えらい外いたなー。とりあえず負け抜けした奴が倫と交代でいいか?」


 あれ?


 みんなに挨拶するや、予想外にみんなの対応も軽い。

 いや、普通こんだけ外いたら何か色々聞いてくるもんだと思うんだけど……もしや、出てくる前にゆめが何か言ってたのか?


 ……いや、でもここでこちらから何してたかとか、言うような話でもないし……。


「おう。俺もそれそこそこ得意だから、任せとけっ」


 とりあえず大和に返事するだけでいっか。

 気を遣ってもらってるんだろうけど、それならそれに応えるまで。

 別に構って欲しいとか、そういうわけじゃないしな。


 ということで、戻ってきた俺は再びみんなとのゲームに参戦。

 キッチンの方からはだいがあれこれ指示を出し、それにぴょんが聞き返したり、亜衣菜の慌てる声が聞こえてくるけど、それもまた一つのBGM。


 そんな時を過ごしながら、俺は落ち着いた心で、みんなとのバトルに向かうのだった。




「ゆめさんほんと強いね……」

「ううむ、勝てる気がせん」

「悔しいが、同意だわ」

「いやー、僕なんかじゃ相手にもならないねー」

「俺もっす!」

「えへへ~、それほどでも~」


 みんなとのゲームを再開し、30分ほどが経過し、たぶん6,7戦目を終えた頃。

 コントローラーを握るくもんさん、大和、俺が小さく項垂れ、観戦していたあーすもロキロキも脱帽という感じの中、一人にこにこと笑うゆめ。


 レースゲームの時は一切興味を示さなかったゆめだが、格ゲーとなれば話は別なようで、いざ参戦したあと、ゆめの交代は1度もなし。

 1戦目の後、負けたあーすとくもんさんが代わり、2戦目の後では負けたロキロキと俺が代わり、それ以降は俺と大和が交互に代わり続ける結果が続いた。

 その間も1位は常にゆめで、2位がくもんさん。

 そこでどうせならと、俺&大和&くもんさんVSゆめの1対3の勝負をしてみたのだが……多対一というのに、ゆめが負けることはなかった。


 正直この結果には驚きというか何と言うかなのだが、可愛い顔してコンボ決めてくるゆめはガードも完璧で、付け入る隙がなかったのは事実。

 対して俺と大和はちょいちょいポカをするので、その隙をついてゆめに吹っ飛ばされ、くもんさんも善戦するも、それでもゆめが上手うわてのようで、結果は言った通り。


 可愛い顔してなんとやらって感じだけど、いやぁ、得意って言ってたのは伊達じゃないんだなぁ、ううむ。


「はいはーいっ、あたしもやりまーすっ」

「あたしもゆめと戦ってみたいな~~」

「っし、あたしもいくぜ!」


 そんな、ゆめ相手にお手上げ状態だった俺たちの耳に届いた、少し久々の声。

 料理つくってたはずのメンバーたちが、気づけばリビングの方に戻ってきているではありませんか。

 いや、だいはいないみたいだけど。


「もう出来たのか?」

「おうよっ! あとはだいが、見てただけの二人が可哀想だからって、ゆっきーといっちゃんとなんか作ってるぜ!」

「おー、料理おつかれさまっ」

「おつかれさまっす!」

「作ってくれてありがとな」


 そんな現れたメンバーたちに大和が夕食の進捗を確認したが、どうやらそういうことらしい。

 ぴょんから返って来た言葉にあーす、ロキロキ、俺と労いの言葉をかけ、そしてコントローラーを渡していく男子たち。


「りんりんでも勝てなかったの?」

「ん、ああ。まぁ久々だったからなー」

「よしっ、仇はうってやるぜ!」


 そして大和がぴょんに、くもんさんがジャックにコントローラーを渡したから、俺は必然的に亜衣菜に渡すしかなかったんだけど、渡した時の会話がこれね。

 別に仇って言ったって死んだわけじゃないんだけど、まぁ、ゲームのキャラはやられたから、そういう風にも言えるのか。


 そんなことを思いつつ、ゲームに参加するメンバーたちに席も譲った俺たちは、さっきの戦いも観戦していたあーすとロキロキの方に移動。

 ちなみに二人が立って見てたから、とりあえず合わせて俺たちも立って観戦するという、謎の構図ね。


 キャラ選択としては、ぴょんが重量系、亜衣菜が飛び道具系、ジャックがスピード系か。

 対するゆめは一貫して1番可愛い黄色いネズミ。

 なんか、もうあいつに襲われる夢見そうだわ。


「ゼロさんは、セシルさんとやったことあったんすか?」

「昔な。学生の頃だから、もうずっと前。LA開始前だから、これの1つ前のハードだけどさ」

「おー、ほんとに元恋人同士なんだねー」

「昔の話さ」

「……あれ?」

「ん?」


 そしてロキロキが亜衣菜の言葉に反応して、俺の昔のことを聞いてきたから素直にそれに答えた。

 すると俺のその答えを聞いたあーすが、しょうもなく今さらなことを言ってきたので、それを流す。

 でもその俺の返事が何か意外だったのか、あーすが少し不思議そうな顔をしてたけど……どうしたってんだろうか?


 俺と亜衣菜が付き合ってたのは昔の話。

 これは事実。

 その思い出が俺に与えた影響はもちろんあるが、それはあくまでこれまでの通過点の一つなのだ。


「うおっ、ゆめつよっ」

「ふふふ~、ゆめちゃんを舐めるでないぞ~」

「こうなったらあたしも本気だすぜー!」

「あちゃ~~、これは敵わない気がするな~~」


 と、俺らがコントローラーを握る女性陣の後方で話をしている間にも、ゲームの方は進んでいて、いざ戦いの幕が明けてすぐ、皆がゆめの強さに驚きだす。

 俺もその声につられて画面の方に目を移すと、それはもうなんというか、一方的な感じに見えた。


「まだまだー!」

「熱くなっても甘いぜ~」

「ジャック共闘だーっ!」

「セシルおけ~~」


 こんな感じでね、チーム戦ではないのにゆめ以外の3人は協力して戦った、のにもかかわらず。


「まじかー」


 まず手始めにぴょんがやられ。


「あちゃ~~」


 次いでジャックがやられ。


「こっからが本番!」

「負けないぞ~」

「って、うわ! それ防ぐ!?」

「ふっふっふ、予測してたからね~」

「って、ああああああ」

「はい、わたしの勝ち~」


 そしてしばらく善戦していたようにも見えたが、亜衣菜も見事に吹っ飛ばされてゲームセット。


 学生の頃、この手のゲームは正直亜衣菜の方が俺よりも格上だったんだけど、それをもってしても、か。

 まぁたしかに1対3のチーム戦で男チーム俺らが負けたんだから、これも分かっていた展開といえば展開なんだけど、ううむ、ゆめ恐るべし。


「精進したまえっ」

「LAならこうはいかないのにぃ」


 そう言って可愛らしく笑いながらVサインをするゆめ。

 操作してる本人も、使ってたキャラも可愛いのに、なぜだろうか、すごい修羅感がありますね!

 対して自信を持ってただけあり亜衣菜が一番悔しそうだけど、まぁ結果は結果だ。

 どんまい。


「いやー、でもゆめほんとに強いねー」

「勝てるイメージわかないっす!」

「ん~、わたしも一応ゲーマーだからね~」

「ううむ、俺もけっこうやってたと思ってたんだけどなぁ……」

「可愛い顔してるくせになー」

「ギャップでいいでしょ~?」

「お見事って感じだよ」

「えへへ〜、それほどでも〜?」


 そして決着がついたこともあり、改めてみんながゆめを賞賛。

 でもゆめにこんな面があったっていうことを知れたのが、また一つの発見だな。


 お見事と褒めた俺に笑う姿には、やはり今の修羅のような強さも、さっきの公園での頼もしさの面影もないけど、ほんとギャップだわな。


「またやろうねっ! うちにもあるからっ」

「うん、いいよ~」


 しかしやはり一番悔しがってるのは亜衣菜のようで、みんながそれほど引きずってない中、まだちょっと悔しそう。

 さっきのわざとらしさ、もしかしてガチだったのかな?


 でも、やっぱゲームを通してより仲も深まった感あるし、めでたしめでたしでいっか。


「皆さんご飯できますよっ」


 そんな、なんとなくひと段落な雰囲気の中で聞こえた、キッチン側からの声。

 みんながそっちを振り向けば、テーブルに色々と料理を運ぶ真実とゆきむらの姿が。


「うしっ! じゃあこっからは宴会だー!」

「あ、俺も運ぶの手伝うっす!」

「だい指導の料理かぁ、倫から聞いてるけど楽しみだな」

「期待したまえ」

「女の子の手料理ってわくわくするよねー」


 そのお知らせにぴょんが真っ先に反応し、ロキロキは料理を運ぶ二人の方へすぐさま駆け出す。

 そしてくもんさんとジャックがゲームを片付けつつ、それ以外のメンバーもとりあえずテーブルの方に移動するけど、いや、さすがにテーブルで全員が飯食うとしたら立食にならざるえないから、こっちリビングにも運ばないとじゃないかね?


 なんてことを俺が思っていると。


「ごめんねー、りんりんの仇取れなかったやー」

「ん? 別に気にしてないって。見事な負けっぷりが見れたしな」

「むっ、なにをー」


 戦う前と同じように俺に話しかけてくる亜衣菜がいたから、俺はちょっと茶化す感じで仇を打てなかった亜衣菜に笑ってやった。

 それに対して子どもみたいに亜衣菜が頬を膨らますけど、よく考えりゃこいつがこうやって大人数でゲームやってるの見るのは初めてか。

 あの頃は、格下の俺とばっか戦ってたもんなー。


「それより格上に会えて、嬉しそうだったな」

 

 だから、悔しそうになれたことを記念して、素直に思ったことを言ってやった。


「あー……たしかにそうかもっ。あっちのLAのライバルは、最近張り合いがないからなぁ?」

「次の拡張で、その言葉後悔させてやろう」

「ほほう。言うではないか」


 その俺の言葉に一瞬、ちょっと意外そうな顔を浮かべた亜衣菜だったけど、すぐさま切り替えて俺を挑発してきたからね、俺はそれを見事に切り返す。 

 でも君、PvPでは俺とチーム組もうとか言ってたのにね。


 そんな談笑を交わしつつ、そこでふと目に入った置き時計。

 あ、そういや。


「そういや、亜衣菜は時間大丈夫なのか?」


 泊まりだということを知らなかったのは元より、そもそもこいつ、撮影の休憩中だったんだよな。

 さすがに休憩にしちゃ長すぎるどころの話じゃないし、山下さんに連絡していたとはいえ、いくらなんでも長居が過ぎるから。

 そんな心配を込めてね、俺は亜衣菜にそう聞いた。


「あ、うん。みんなとご飯食べたら帰るよー。怖くてスマホ見てないけど、さすがにやまちゃんが怖いしね」


 そして苦笑いで返ってきた言葉は、さすがに良識の範囲内で一安心。って、いやこの長時間を良識としていいのかは何ともだけどね!


「年上なんだからもうちょっと優しくしてやれよ?」


 たしかに山下さんが怖いってイメージはあるけど、俺からすれば教え子の一人であることにも変わらないから、とりあえず俺の返しはこんな感じで。


「はーい。とりあえず、最後までしっかり楽しむぜっ」


 対する亜衣菜は、分かってんのか分かってないのかいまいちだけど、今がすごく楽しいってのはわかったから、俺はそれ以上は何も言わず。

 でもなんだろ、やっぱさっきゆめと話したからか、なんかこいつと話すのも少し気楽というか、なんか楽になったような、気がするな。


 ……付き合ってた事実は変わらないけど、いつまでも昔の付き合い方をするわけじゃないし、それを否定しようとする必要もない。

 もう男女としてそういう関係になることはないけど、また違う関係には、変われると思う。

 なんたってこいつはだいの友達だから。

 俺も、変にバリア張らなくてもいいんだろう。

 今の亜衣菜に対しては、たぶんそういう感じ。


「ねっ、あれあたしが作ったんだよっ」

「お、おいっ」


 何だか心が穏やかになった、そんな気がした矢先。

 俺の手を掴んで引っ張り、自分が作った料理をアピールしてくる亜衣菜に俺の穏やかさは脆くも壊されるも。


「おー、美味そう」

「でしょっ?」


 今までだったら「手を掴むな引っ張るな」と言いそうだったのに、やんわりと手を離させてそう言えたのは、やはりなんか、気持ちが落ち着いてるからかもしれない。

 そんな俺の言葉に亜衣菜も、自然な感じで笑ってた。

 

「みんな頑張ったものね」


 そして。


「菜月ちゃんのおかげだよっ」

「いやー、だい教えるの上手かったなー」

「あたしも勉強なったよ〜〜」

「私もですっ」

「手際の良さ、勉強になりました」


 あらかたの料理を運び終え、一番の功労者俺の彼女もキッチンからダイニングの方に姿を見せる。

 しっかり持ってきていたエプロン姿のだいは、うん、やっぱり可愛い好き


 当の本人も色々満足したのか、楽しそうな様子を浮かべてるし、俺もさっきのことを気にせず、だいと話せるだろう。


 うん、せっかくの集まりなんだからね、楽しまないと損だもんな。


こいつだいの腕前知ったら、みんな驚くぞ?」

「おー、惚気てんなー」

「でも楽しみ〜」


 楽しまないと、そう思った俺だったからね。

 堂々とみんなに俺のだいは凄いんだぜアピールをし、それをぴょんに茶化されたけど。


「お口に合えばいいけどね」


 当の本人は、俺をチラッと恥ずかしそうに見た後、すぐにみんなの方へ視線を移していた。

 欲を言えば微笑んで欲しかったとも思うけど、でもこれが、今のだいなりの、みんなと楽しもうという表れなんだろう。

 ならば今は、俺も同じく進むのみ。


「じゃっ、はじめっか!」


 とりあえず最初は立食形式になりそうだけど、買ってきたアルコール類や飲み物を配り終え、カシュッ、と小気味いい缶が開く音が連鎖し、スタンバイ完了。


「じゃっ、乾杯!」

「「「かんぱーいっ」」」


 もちろん音頭は我らがぴょん。

 その楽しそうな声とともに、俺たちのオフ会は続くのだった。





―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 今のスマ◯ラはキャラが多くてついていけてません。笑

 

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