第293話 変わるもの・変わらないもの
「ん~?」
「付き合ってたらさ、相手のこと喜ばせたいってのは普通じゃん?」
「うん~」
上目遣いに俺の方を見上げながら俺の質問を受けてくれたゆめは、そのまま真っ直ぐ俺の方を見たまま、俺の言葉に同意してくれた。
でもたぶんまだ俺の言葉が続くと分かっているのだろう、同意しただけで、何か聞いてくるわけでもなし。
その対応は、正直ありがたかった。
「でもそれが上手くいかなくて、伝わりもしなかったら、どうする?」
「う~ん……別に、って感じかな~」
「え」
そして続けた俺の問いへの答えへ、俺は思わず問い返す。
「別に」……くらいなの?
「じゃあそれにプラスして、他の人が自分の恋人のこと喜ばせてたら?」
「ん~……別にその場は流して、どうしても気になったならあとで話すかな~」
「……ふむ」
「さっきはたい焼きありがとね~」
「え? な、なんで今!?」
「え~、だってその時の話でしょ~?」
……ま、まさか……!?
って……いや、まぁ、そりゃ分かるか。
ここでゆめに適当言っても意味ないし……うむ。
「ゼロやんがだいのために選んだんだろうなってのはみんな分かってたし」
「ですよね……」
「だってさすがにさ、あの場面で自分が好きじゃない方選ぶったらそれしかないじゃん?」
「まぁうん。そのつもりだった」
「でも、ゼロやんがしたかったことと、だいがして欲しかったことは違ったのかもよ~?」
「え?」
さっきの場面の話ってことはもう隠し切れるわけもないから、俺もあえて否定せずそのまま話を続けたけど、ゆめから返って来た言葉が予想外で、俺は思わず聞き返す。
でも、俺のしたかったことと、だいのして欲しかったことが、違うかも?
「実際だいがどう思ってたかはわかんないけど、もしかしたらだいだけは、ゼロやんにカスタード食べて欲しかったのかもしれないし」
「え、な、なんで?」
「ん~、自分の好きなものを好きになってもらいたかった、とか? あくまで可能性だけどね~」
「いやいや、でもあいつ俺があんこのほう好きだって知って――」
……ん?
そこで何か一つ思い出す記憶。
あそこのたい焼きを始めて食べた日、亜衣菜の家で、カスタードと鳴門金時の2つから1つ選ぶように言われた時。
……そういや「カスタードを選ばないなんて恥を知りなさいよ」とか、言われたっけ……。
え、まさかあの日がフラグ!?
どっちを食べるか選ぶ場面があの日と重なって、あの日を思い出してたとか、あるのか……!?
たしかにあいつの記憶力はすさまじいけど……いや、でもさすがにあの日とは状況も違うし……。
「せんかんが同じ味共有できていいかなって言った時ぴょん嬉しそうだったし、自分が好きなものを好きになってくれるのは、やっぱり嬉しいことでもあるよね~」
「……ふむ」
「もちろん純粋にだいが言ってた通り、勝負の結果を大事にしたのかもしれないけどね~」
……ううむ、わからん。
あいつはあの時、何を望んでたんだろうか。
でももし、もしだいが俺に自分の好きなものを知って欲しかったとしたら……俺は自らそのチャンスを棒に振ってしまった、ってことではあるんだよな。
……いや、でもさすがにカスタードのたい焼きくらい、食べたことあるけど……。
「でもさ~」
「ん?」
「だい、変わったよね」
「え?」
「最初のオフ会で会った時は、なんていうかザ・恋愛脳って感じでさ~、ゼロやんしか見えてない、って感じでさ~」
「……はい?」
いやいや、どこにそんな要素があったというんだ……!?
最初なんて超絶ツンツン女だったじゃねぇか……!?
「ゼロやんと付き合ってからも、そのまんまの感じあったけど~」
付き合ってからなら、まだ分かる、部分はあるけど……。
「最近は周りも見えるようになったよね~」
「……あ」
「みんなのことを見て、みんなでいることを大事にしてる感じだもん。……誰かさんの影響受けてるのかもよ~?」
そう言って、何か意味ありげな含みを持った笑みを浮かべるゆめは、まるで俺の心を見透かすような、そんな視線を俺に送っていた。
……さすがにそこで言う「誰かさん」ってのは、俺にも分かる。
たしかに俺は、昔からみんなが楽しめれば一番って、そう思って生きてきたけど……。
でもだいにはだいの人生があるんだし、無理にそこに寄せる必要はない、と思う。
「だいはだいのしたいようにしてくれるのが、俺は一番だと思うんだけど……」
「はぁ……」
「いや、ため息!?」
「ポンコツだな~、君は」
「いや、ポ……えっ!?」
だが、意味ありげな笑みから一転、今度は露骨なため息をついてから、真剣な表情へとゆめが変わった。
「それぞれの生き方がずっと平行線なわけないじゃん? 知り合っただけでも影響されることだってあるのに、まして付き合ってるんでしょ? 変わらないなんてありえないじゃん?」
「……あ」
「ゼロやんがイメージするだいが、ずっとそのままなんてことはないんだよ~。それは逆もまた然りだし、わたしにとってもそうだからね~」
「……うん」
「前はさ、うじうじしてはっきりしないことばっかだったけど、今はちゃんとみんなの前でもだいのこと彼女って、ちゃんと主張できるようなったじゃん? ゼロやんも変わったんだから、だいだって変わる部分があって当たり前だよね?」
「……そらそうだわな」
ほんと、仰る通りで。
人は一人では生きていけない。
人は人と交わるのだ。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスの言う通り、人間は社会的動物であり、社会を形成し、社会で生きていく生き物だというのは間違いないと俺も思う。
そして一人で社会を形成することはできず、そこには多くの人が、つまり多くの価値観が存在する。
価値観を形成するのは、個々人の経験や、周囲の存在の価値観との触れ合い。
有史以来人間はその価値観をぶつけ合い、それは時に戦争に発展しながらも、価値観を変化させ、文明を築いてきた。
つまり社会とは変化する価値観の総意とも言えるだろう。
だから世界はどんどん進歩を続けてきたわけだし、だからこそ価値観も、常に不変であるなどあり得ないのだ。
個々人に還元してみても、当然恋愛や他者に対する感覚もそう。
何をし、何を思い、誰と触れ合ったか、その蓄積は人に変化を与えるに十分すぎる要素を持っている。
自分の世界に閉じこもり、全ての外界との繋がりを断ったりしない限り、人は変わり続けるだろう。
どんなに頑固だと思っていても、クールな人間に見えたとしても、永遠に変わらないなんてあり得ない。
だいだって、変わって然るべき。
7年前から知っているけど、7年前から変わっていないなんて思う方がおこがましい。
その変化は「成長」なのだから。
うん、これがだいの変化なら、それを受け入れるのもまた俺の変化であるべきだろう。
それがあいつの恋人として、俺の在るべき在り方なんだ。
……これを年下のゆめに気づかされるなんて、いやはや……俺のもうすぐ28年になる人生とは何だったのか。……情けない。
「でもさ~」
「ん?」
そんな、ハッとするような気持ちにさせられながら、とどのつまり「やっぱ俺が狭量だったわ」なんて自覚をしていると、気づけば隣に座る真剣な表情は、またいつものふにゃっとした表情へと変わっていた。
「恋人同士の場合はさ、好きって気持ちは変わってないじゃん? なんか色々変わることがあっても、そこだけは変わらないって……ちょっとロマンティックだよね~」
「ロマンティックって……」
「あ、なんだよ~? わたしがそんなこと言うなんてって顔してるぞ~?」
「え、あ、いやいや。……でも、ゆめってけっこうリアリストというか、そんなイメージあったから」
「え~、これでも恋に夢見る乙女だよ~?」
「いやー……それは
「おいこら~」
ロマンティックなんて言葉を口にしたゆめは、なんだかちょっと儚げな感じもして、いつもと様子が違うなって、気がした。
なんだかんだゆめはみんなのことをすごいよく見ていて、時には
それはある意味ですごい現実主義だと思う。
こうあるべき、なんて理想を勝手に抱いて、それが違ったからと一人凹んだりしない、目の前にあるものを受け入れる、そんな感じ。
でも、それは俺のイメージなだけであって、今こうして「おいこら」と笑ってるゆめもまた、ゆめであることには変わらないのだろう。
「いつか白馬の王子様が迎えに来てくれるのを待つのよ、なんて言わないけど、あたしも本音で言い合って、本音を受け入れてくれる人と好き同士になれたらな~、なんて思うよ~」
「そっか、そんな奴が現れるといいな」
「ね~。……あ~、でも久しぶりに思ってることいっぱい喋ったら、喉乾いちゃった~」
「あ、じゃあ何か飲み物買ってくるよ。相談乗ってくれたお礼したいし」
ほんと、頼もしくてありがたい存在だ、そう思いつつ俺は「喉が渇いた」と物申すゆめのために、公園の入り口近くにある自販機で飲み物を買おうと立ち上がる。
だが。
「それ残ってるならそれでいいよ~」
「え」
そう言って、俺に続けて立ち上がったゆめが、なんだかんだ考え事していたせいで全然飲んでいなかった俺の手持ちの缶コーヒーを俺の手から奪い去り――
「にがっ。う~、やっぱブラックは苦手だ~」
「え、あっ、ええとっ、やっぱ買う! なんか買うって!」
俺の飲みかけの缶コーヒーを一口飲んだ直後、まるで子どもみたいにその苦みに苦しむ表情に変化。
「えっと、ミルクティーとかでいいか!?」
「うん~、甘いのがいい~」
「わ、わかったっ!」
その苦みに苦しむ姿に慌てつつ、俺は急いで何を飲むかを確認し、自販機の方へダッシュ。
いや、別にあれね、決してそれ間接キスじゃんとか、そんなことに慌てたわけじゃないからね!?
とはいえ、ゆめの手から取り返したこのコーヒー飲むの、ちょっと緊張するけど……!
って、ええい! 中学生以下か童貞だろこんなことで動転するのわ!
「ほら、これで口直ししな」
「うん、ありがと~……うん、やっぱわたしは甘い方が好きだな~」
「ブラック苦手って分かってたなら、無理して飲むことねーだろ」
「あはは~、そだったね~。でもよく飲めるな~」
「それはほら、大人だから?」
「うわ~、間接キスかもとか慌ててたっぽい人に言われても説得力皆無~」
「べ、別に慌ててないしっ!?」
「ふ~ん?」
そして急いで買ったミルクティーをゆめに渡して、ゆめがそれを飲んでまたいつものふわふわしたモードに戻ったと思いきや、あっという間にニヤニヤした顔になって上目遣いに俺の方を覗き込むゆめに、俺はたぶん赤面。
こ、これはあれな! 言われた言葉じゃなくて、ゆめが可愛いから!
うん、そう!
って、それも変な話か!!
「ゼロやんはやっぱり面白いね~」
「いや、どこでそう思ったん!?」
「そういう可愛いとこ、嫌いじゃないよ~?」
「いや、だからね!?」
ああもう、さっきまであんなに頼もしかったのに、気づけば俺いじりモードじゃないすか!
いや、これもゆめらしいったら、らしいんだけどさ……!
「あ、一口飲む?」
「大丈夫ですっ!」
「あはは~……すっかり暗くなっちゃったね、そろそろ戻ろ~」
「っと、うん、そうだな」
そんなやりとりの中、気づけばもうだいぶ日も落ちてきて場所によってはすっかり夕闇が浮かび、街灯にも明かりが灯りだす時間のようで。
でも、暗くなりゆく世界とは裏腹に、俺の心はここに来る前よりもだいぶ軽くなっているのがよく分かる。
1から10まで面倒みなきゃいけないだいは、もういない。
だからといって俺が不要になるわけでもない。
根っこに「好き」という思いがあるんだから、それを軸に少しずつ俺たちらしい距離感をまた見つけていけば、それでいいのだ。
それに気づかせてくれたゆめに心の中で感謝しつつ、俺はゆめと一緒にみんなが待つ場所へと歩き出す。
しかしなんだかんだちょっと外の空気吸うだけのつもりがね、1時間以上も外にいたんだから、みんなになんて説明するかなぁ。
そんなことを思いながら歩いていると。
「くしゅんっ……ん~、日が落ちるとさすがにこの格好じゃちょっと寒いな~」
「肩丸出しだもんな、可愛いけど」
「可愛いは正義だからね~」
「でも、それで寒かったら意味ないだろ? ほれ、戻るまで羽織ってなよ」
「へ?」
真横から聞こえた可愛いらしいくしゃみは、もちろんゆめ。
今日のゆめの恰好は可愛いらしい肩出しのオフショルダーで、たしかに正義だなって思う可愛さではあったけど、それで風邪を引いては意味がない。
なのでね、俺はTシャツの上に羽織っていた半袖シャツを脱いで、さっとゆめの肩に羽織わせた。
俺はTシャツだけでもこのくらいの気温なら平気だし、さっきのミルクティーだけじゃ足りないくらいの借りがあるからな、これで少しでも恩を返せたら、御の字だ。
俺としてはそう思っていたのだが。
「……こういう時は照れないのむかつく……」
「え? 何?」
「何でもありませ~んっ」
「へ? え?」
ゆめが少しだけ俯いて言った言葉は、よく聞き取れなかったけど、聞き返した俺になぜか「いーっ」っとむくれた子どもみたいなことをしてきたゆめに、俺は思わずきょとん顔。
「ほら、お腹空いてきたから急ごっ」
「お、おう」
でも、そんな俺の
しかしお腹空いたから走るとか、こういうとこは子どもっぽいなぁ……計算かもしんないけど。
でも、これも含めてゆめなんだ。
さっきの今だからね、そう思うと納得もできるってものよ。
俺は仲間に恵まれたなぁ。
そして改めてそう思いながら、ゆめのペースに合わせて足を動かしつつ、みんなが待つ場所へと、心も身体も向かわせるのだった。
……あ、大和のコーヒー、買い忘れたけどまぁいいか。
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以下
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シンエヴァ観て来ました。
補完計画って、なんだか色んな意味で取れて素敵ですね。
ということで、本話の流れも色々補完してください……あれ? それはサボり?笑
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!
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