第291話 うまくいかない終戦

「あー、じゃあ俺、カスタードにするわ」

「あえ?」

「ほほう」

「なんだよ、それなら早く言えよっ」


 俺は「あんこ派」ってゆきむらがみんなに言っていた手前、「え?」みたいな表情がたくさん向けられたけど、俺は舞い降りた天啓に従いだいの好きな方カスタードを選ぶことをぴょんに告げた。


 だってさ、だいがあんこになっても交換しちゃえばいいわけじゃんね、そもそも。

 キープというか、予約というか、勝負の結果としてはちょっとずるい感じも否めないけど、勝者だから優先選択権があるわけだし、勝てば官軍、別に禁止されてたわけじゃない。


 そんな俺の言葉を聞いて、だいの手札からどれを取るか迷っていたゆめが勝負をやめて首を傾げてるけど、あれだけどれを取るか迷ってたってことは、もしかしたらゆめもカスタード派だったのかな……。

 だとすれば、申し訳ない気もするけど……悲しいけどこれ、戦争恋愛なのよね!


「カスタードでいいの?」

「あ、うん。いいんだ」


 そんな俺に、不思議そうな顔を向けてくるメンバーの中で最も怪訝そうな視線がだいから送られてるけど、その表情を前に俺は優しく微笑むのみ。

 だってほら、これで喜んでくれれば、その方が嬉しいし。


「決着したみたいだし、じゃあ配ってくね~~」

「お茶は紙コップでごめんね、さすがにみんなの分の湯飲みはなくてさ」

「いやいや大丈夫っすよ。心遣いあざっす!」


 そして俺たちのたい焼き大戦争が終わったのを確認したジャックが、大皿2枚にそれぞれ5個ずつたい焼きを乗せて、先にあんこを選んだメンバーへ配り出す。

 両方5個ずつってことは、ジャックとくもんさんの分は別に取り分けてるってことなのかな。


「おっ、けっこう皮がしっかりしてるねっ」

「美味しそうです」

「味も保証するよっ」


 で、まずはあんこのたい焼きを受け取ったあーすとゆきむら、亜衣菜が楽し気な表情をするも、言葉にしてはないが、ジャックからたい焼きを受け取っただいとゆめも「ありがとう」とは言ってたけど、やはり勝負に負けた部分があるからか、他の3人とはちょっとテンションが違ってる。

 まぁゲーマーという人種はな、けっこう負けず嫌いなとこあるからな。

 今の戦いは最下位が決まったわけじゃないけど、事実上二人が選択権なしの同率みたいな感じなったし、そこもあるのかもしれない。


「じゃ、次はカスタードの人~~」


 だがそんな二人とてね、露骨に表情に出してるわけじゃないから、みんなあまり気にする様子もなく、今度はカスタードを選んだメンバーが順にジャックからたい焼きを受け取っていき。


「さんきゅ」


 俺も受け取って、分配完了。

 俺は前もこのたい焼き屋の商品を食べたことあるけど、たしかにけっこう美味かったような……記憶もある。

 とはいえ、正直そこまでちゃんと覚えてはないんだけど、ほら、あの時はあの時で、それどころじゃなかったし?


「買ってきてくれてありがとなー」

「ううんっ、大阪土産持ってこなかったけど、代わりになったならよかったよっ」

「じゃ、食うかっ」


 そしてぴょんがたい焼きを買ってきたあーすお迎え組に礼を言って、いざみんなでおやつタイムを迎えようとしたところで。


「交換するか?」

「え?」


 俺は俺でね、ババ抜きをやっていた時からずっと隣にいる彼女だいに向かって、予定調和たる質問を投げかけた。

 だが、その言葉が予想外だったのか、だいは少し驚いた表情を浮かべるではありませんか。


 いや、俺がカスタード選んだ段階で言われるって思わなかったもんなのかね?

 正直俺はそう思ったんだけど。


 しばし、俺とたい焼きを交互に見つめた後――


「……ううん。勝負の結末だし、情けは無用よ」

「いや武士かよっ」


 まさかまさかの返事に俺は思わずツッコんでしまったけど、食欲に忠実なはずのだいが俺に対して「No thank you受け取らない」ではありませんか。


「それに、なんかそれってフェアじゃないし」

「う、うーん……そうか?」


 なんかちょっと釈然としないんだけど。

 ほんとはこっちがいいはずなのに。

 それ、君の表情が物語ってるよ?


「はい、しず。半分に切ったよ」

「ありがと~~」


 そしてほら、向こうではくもんさんがジャックが仲良さげに半分こにしてるしさ。

 だから別に交換だって問題ないと思うんだけど……。


「じゃあゼロやん、わたしと交換しよ~」


 俺がだいに断られたことでそんなことを思ってると、俺とだいの会話が聞こえたのか、まだたい焼きに手を付けていないゆめがにこやかに俺にそう言ってくるではありませんか。


 すると。


「あ、私も交換してもいいですよ」

「え、いや、ゆきむらは、あんこ派だろ?」

「あっ、あたしでもいいよっ」

「いやお前はかじってから言うなっ」


 ゆめの発言を聞いたゆきむらと亜衣菜がまさかの反応。

 たしかに二人ともあんこを選んでるからね、立場的には同じなんだけど……ゆきむらに自分の好きなのを我慢させるほどじゃないし。あ、亜衣菜は問題外ね。


「わたしはカスタードがよかったんだ~」

「え、あ」


 だがゆめに続いた二人とは別に、どうやらやはりゆめもカスタード派だったようで。

 だいと交換しようと思ってた俺は、上目遣いに俺の目を見つめながらおねだりしてくる感じのゆめに、上手く言葉を言えなくなる。


 これだいと何の関係もなかったら、瞬殺で転がされてたね!


 それでもなんとかもう一度だいの方に視線を向けると――


「ゆめがこう言ってるんだし、交換してあげて」


 ばっさりと俺の好意葛藤を一刀両断。

 その言葉は……正直悲しかった。


 いや、俺が勝手にだいに好きな方食べて欲しいって思ってただけなんだけどさ?

 そう、一人で勝手に……思っただけ、なんだけど。


「そうだな、じゃあ交換しようぜ」

「やった~、ありがとね~」

「ゆきむらも気を遣ってくれてありがとな」

「あ、いえ……出過ぎた真似失礼しました」

「いやっ、大げさか」

「あれ? りんりんあたしにお礼は?」

「食いかけ渡そうとしてきたやつが言うなっ」


 そして色んな思いに全て蓋をして、俺はゆめのおねだりを聞き入れて、自分の分とゆめの分を交換。

 ゆめが嬉しそうだったし、うん、その笑顔見れて俺も嬉しい。

 でも、気を遣ってくれたゆきむらへのお礼も忘れずに。

 亜衣菜は、まぁこんなもんでいいだろう。


 そんな俺と亜衣菜のやりとりにみんなも笑ってるし、俺も笑ってる。

 もちろん、だいも微笑んでいる。

 まぁこれがこいつだいっていう人間だからな、うん、これで結果オーライ、そうなんだ。


 と思ってると――


「だいさん、はいっ」

「え?」

「うまく半分に割れなかったっすけど、俺の分半分あげるんで、半分くださいっ」

「え、ええと」

「俺カスタード派なんすけど、でも美味しいってセシルさんが太鼓判押すんだから、どうせだったら、両方食べたいじゃないっすかっ」

「おっ、ロキくんいい知的好奇心だねっ」

「たしかに僕も誰かと半分こすればよかったなー」


 俺とゆめの交換が終わった後、自分が持ってたたい焼きをお腹の辺りで半分に割って、その頭側をだいに向かって差し出すロキロキが。

 そんなロキロキを亜衣菜は褒め、もらったたい焼きをすぐに食べ始めたあーすは失敗したなー、なんて顔をしてるけど、ロキロキの屈託ない笑顔にだいは完全に戸惑った様子。

 でも、幸いだいもまだたい焼きには手を付けていなかったから――


「両方食べたいの?」

「そっす!」

「そっか、わかった。待ってね、今割るから……はい、どうぞ」

「あざっす!」


 そう言って、自分のたい焼きを綺麗に半分に割り、ロキロキと同じく頭側を差し出すだい。

 それを受け取ったロキロキが眩しいくらいの笑顔で笑うから、それに影響されたのか、だいも笑っていて――


「あっ、あんこも美味しいっすね!」

「ならよかった」


 顔を見合わせて笑う二人は、楽しそうだった。


 その光景に、俺はこれどんな気持ちって言えばいいんだろうな。

 確かに「両方食べたい」って気持ちを言うのが、食に対する意識の高いだいにとっては有効だったかもしれない。

 自分がもらう側じゃなく、あげる側になったからこそ、すんなり応じたのかもしれない。

 こんな分析をすればいいっていうのだろうか?


「セシルおススメなだけあったね~」

「ふっふっふっ。たい焼きは昔から好きだからねっ」

「ほんと、美味しいですっ。買ってきてよかったですよー」


 でも、みんなも楽しそうだから。

 それに合わせて俺もたい焼きを食べながら、「結局食いたかったんじゃねぇかよっ」ってだいにツッコみつつ、笑ってるんだけど。


 正直、あんまりたい焼きの味、わかんなかった。


 だいが楽しそうに笑ってる、それは俺が見たかった表情だから、別に不満があるわけじゃない、と思う。

 でも、なんというか……ううむ。


「尻尾食べますか?」

「え?」

「カリカリしてて美味しいじゃないですか、尻尾」

「え、ああ、うん。そうだな」

「だから、食べますか?」


 そんな、釈然としない気持ちながら場に合わせるように笑う俺に、だいとは反対側に座るゆきむらが、たい焼きの胴体部分からちぎったのであろう尻尾の部分を差し出してきていた。

 そういや、たい焼きは頭から食べる派で、俺と一緒って話してたもんな。

 尻尾はまだ残ってたんだな。


「いや、俺のにも尻尾あるからな? しかも美味しいって分かってるなら自分で食べろよ?」


 でも、そう。

 ゆきむらがカスタードだったならまだしも、食べてるのは俺と同じあんこだし、同じ形なんだから、当然俺のにも尻尾はついてる。

 どんなボケだよって話なんだけど、そのゆきむらの天然に俺は思わず笑ってしまった。


「いいんですか?」

「いいもなにもないって。それはゆきむらのだろ? でも、ありがとな」


 でも、今出た笑いはたぶん俺の素直な笑いだったからか。

 少しだけ気が楽になった気がして、気づけば俺はゆきむらにお礼を言っていた。


「どういたしまして」


 そんな俺に、ゆきむらはいつも通りの表情なんだけど……なんかちょっと、落ち着いたかな。

 

 そんなやりとりを俺がゆきむらとしていると。


「ぴょんさんとせんかんさんは、二人ともカスタード派なんですねっ」


 カップル揃って仲良くカスタードを食べる二人に、何気ない真実のキラーパスが。


「二人とも?」


 その言い方が気になったのか、あーすがその真実の言葉を聞き返す。

 そういえば、あーすはまだ二人の関係を知らないんだったけど……。


「あー、俺はほんとはあんこ派だったんだけど」

「え、そうなのっ!?」


 不思議そうな顔を浮かべるあーすをよそに、真実の質問に対して、ちょっと照れ笑いというか、そんな表情を浮かべながら答える大和。

 そしてその言葉に、隣にいたぴょんは「まさか!」とばかりに驚きの表情。


「たぶんぴょんはカスタードの方が好きだろうなって思ってたからさ、俺も倫と同じく、先にキープしとこうかなって思っただけだよ」

「おいおい、なんだよ先に勝ったんだったら自分の好きなの選べよー」


 でも、続けた大和の説明を受け、言葉とは裏腹な表情を浮かべながら、バシバシと大和の肩を叩くぴょんさんです。

 しかし照れ隠しすると、こいつすぐ手が出るなぁ。


 「俺と同じく」って言葉は、ちょっと刺さるけど。


「ま、でも無事カスタード取れてたからさ、だったら同じ味共有してもいいかなって」

「お~、優しいね~」


 そんなぴょんを気にすることもない大和の言葉に、ゆめがにやにやした様子で言葉をかけるも――


「あれ? キープ? 共有? ……えっ!?」

「せんかんさんとぴょんさんって、そういう関係なんすか!?」

「付き合ってるのー!?」


 二人の関係を知らなかったあーす、ロキロキ、亜衣菜が同時に一様に驚いているではありませんか。

 まぁ、ここまでずっと誰も触れてこなかったしな。

 とはいえ、初対面の亜衣菜とロキロキは別として、1か月前は誰がタイプかって言ったらゆめって答えてた大和を知るあーすからすればね、大和がぴょんと付き合ってることにはそりゃ驚きだろうね。


「なんだよ、もうちょっと隠したかったのにさー」


 そんな驚くみんなを前に、もう隠せないことを理解したぴょんが言葉だけは不満を表してるけど、無意識なのか知らないけど、さりげなく隣に座る大和の肩にこてんと頭をくっつけてるから、たぶん色々、我慢してたんだと思います。


「バレた途端デレデレじゃ~ん」

「この前もラブラブだったもんね~~」

「ぴょんさん可愛いですっ」

「ねっ、ぴょん可愛いよー」

「せんかんもおめでとっ」

「大和たちのこと隠さなくてよくなってすっきりだわ」

「いいっすね! 幸せ者の多いギルドでっ」


 そんな甘えるぴょんと、まんざらでもなさそうな大和に送られる祝辞の数々。

 いや、大半はぴょんに対するいじりっぽいけど。


 でも……。


 ちょっと、羨ましいとか……そんな風に思ってしまう俺は、その光景を素直に冷やかせただろうか。


 俺も大和と同じく、彼女だいのためを考えてたはずなのに。

 なんでこうも結果が違うのか。


 いや、ロキロキと半分こして、食べたかったはずの味を食べれて、だいはよかったんだろうけど。

 だからだいもカスタード食べた時、嬉しそうにしてたんだけど。

 

 あんな風に、彼女のこと喜ばせるのは、俺が良かったな。


 って、ああもう、女々しいぞ俺! ええい、切り替えろ! 別にオフ会が終われば、だいと二人でいる時間は俺が一番多くなるんだから。


 うん、今回はたまたまこうなっただけ。

 俺がやろうとしたことは、間違ってない、はず。


 そう割り切って、俺はみんながぴょんと大和を囃し立てる中、ちらっとだいの方を見てみたり。

 でもその視線はみんなと同じ方を向いていて、楽しそうに微笑んでいる。


「……ゼロさん」

「ん?」


 そんな状況の中で、俺の肩が誰かにちょんちょんとつつかれた。

 いや、だいがこっち向いてないから、届くのは一人だけ、なんだけど。


「大丈夫ですか?」

「え? 何のことだって?」

「いえ、何となくです」

「何だよそれ? 俺は普通だよ。大丈夫だって」


 みんなに合わせて俺も笑ってるはずなのに、ゆきむらは一体何を感じたというのだろうか?

 

 でも、そんなゆきむらに笑顔を浮かべながら、いや、自分に言い聞かせるように「大丈夫」と答える俺。


 そして俺はその後もしばらく続く二人へのいじりへ、場の空気に合わせるように参加するのだった。






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以下作者の声です。

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 ぴょんが可愛い最近です。

 

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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!

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