第290話 たい焼き大戦争 後編

「どうぞ」

「う、うん」


 やるべきかやらざるべきか、それが問題だ。

 という二者択一に直面する俺に迫るゆきむらのカードたち。


 そしてゆきむらとは反対隣の奴以外から感じる、意味ありげな視線。

 いや、俺だってそれなりにサブカルは通ってきてる人間だからネタがないわけじゃないけど、いや、でも……!


 流れをつくっていいものか。


「早く引けよー」

「お兄ちゃんまだー?」


 だが、迷う俺に容赦なく降り注ぐ言葉たちを前に、結局。


「ゼ、ゼロ、いきまーすっ!!」


 気分は連邦の白いデーモン。

 いや、LAでデーモンったらだいたい黒いモンスターだけど、まぁそんなことは置いといて、結局ね。


 ああ、やってしまった。

 す、すまんだい……!


 と心の中で謝罪をしつつ、引いたゆきむらのカードは……。


「あ、外れ……」

「おいおい、流れ読めよー」

「恥ずかしがってたからなぁ、りんりん。気合が足りんのじゃよっ」

「やかましいわっ」

 

 そもそも俺の当たりゆきむらが持ってなかったら当たるとか無理ゲーだし!


 なんで外れを引いたからといってここまで責められねばならんのだと、笑いながら冷やかしてきた同い年の二人亜衣菜とぴょんを弱々しく睨みつつ、俺は踏んだり蹴ったりな気分で、何もカードを捨てることなく、だいの方へ向き直る。


 でも、この流れでだいがすっと引いたら……。


 そんな不安は、隠し切れない。

 だが、俺のそんな不安を感じ取りもせず、隣のだいは無言のまま俺の手札へ手を伸ばし。


「おおっ、流れ切りかっ!?」


 ぴょんの大げさなまでのリアクションを聞きつつ、俺からカードを1枚抜き取り。


「興味ないわ」


 そう淡々と言い捨て、引いたカードを自分の手札に戻したんだけど……。


 ……ん?


「おおっ、菜月ちゃん引いた後にやるとはっ、やるなーっ」


 分かった人には、分かったようで。

 いや、俺も一瞬流れを無視したのかと思ったけど――


「さすが自分のキャラデザのモチーフにしてるだけあるなっ」

「表情も似てたね~」


 亜衣菜に続き、大和とゆめからも生まれる称賛の声。

 語尾が女らしく「わ」になってたけど、うん、たしかにそれは〈Daikon〉の見た目のモデルとなったあのキャラクターがよく言う言葉で――


「……そうやって言われると、逆に恥ずかしいわね……しかも外れちゃったし」


 予想外のみんなの反応を受けたせいか、残念ながらカードを減らしてあがることが出来なかっただいが恥ずかしがりながら真実にカードを向けるけど、ううむ、まさかちゃんと流れを読んで用意してたとは……!

 や、やりよる……!

 これがソルジャー……クラス1stの力……!?

 しかも褒められて恥ずかしがる可愛さは、究極魔法アル〇マ級。

 

「うわっ、恥じらう菜月ちゃん可愛いっ」


 そんなだいを容赦なく襲う亜衣菜の声。

 そんなこと言われるとね、余計恥ずかしがるだいだけど、ううむ、女の子が恥ずかしがってるのは……イイネ!


 とか、さっきまで不安を抱えていたのはどこへやら。

 食欲一直線と思っていただいだったけど、やはりこのメンバーで何度も会ってる内に影響受けた部分もあったのだろう。

 ちょっと感動です、俺は。


 でも。


「う~、ごめんなさいっ、何も思いつきませんっ」

「無理しなくていいんだよ~」

「そうそうっ、ただの悪ふざけだからねっ」


 だいのカードを謝りながら引く真実へ、フォローするようなゆめと亜衣菜が。

 まぁこいつはな、元々そんなサブカル方面強いわけじゃないし、しょうがあるまい。

 昔から俺の後ついてきて、俺が漫画読んでる時に一緒に読んだりはしてたけど、自分一人で読んでたわけじゃないからな。


 って、でもちゃんと当たりだったみたいで2枚捨ててるじゃん。

 うん、やっぱ気合とか関係なく運だよね!


 っと、亜衣菜さんや、ゆきむらが「え? 私はなぜやらされたのですか?」みたいな顔してるの、気づいてるかーい?


「そろそろいい感じになりそうだよ~~」

「お茶の用意もできたよ」


 そしてそんな俺らに届けられる、家主チームの声。

 そうだった、俺らの戦いにはタイムリミットがあるんだった。


「っと、さっさと決めないとまた冷めちまうかー」

「テンポあげよ~」

「了解っす!」

「みんながんばっ」


 そのジャックたちの声を聞いてね、自分から始めたくせに、毎回ボケを待つのをやめて勝負を急ぐようにぴょんが言ってくる。

 それを受け既にあがっているあーすを飛ばして、ロキロキが真実からカードを引き、何も捨てることなく手札をゆめへ。

 先に上がったあーすはなんだかんだ暇そうにせずみんなを応援してるけど、まぁうん、いいやつだよな、こういうとこは。


 で、そこからテンポアップしていった結果。


「っしゃ、あがりっ」

「おいおいレディに気ぃ遣えよー」

「悪いな、これは勝負なんで。ということで、そうだなぁ、とりあえず俺はカスタードで」


 あーすに続いた2位抜けで、大和が離脱選択権ゲット

 これで残るはあんこ4のカスタード4。


 そして。


「おっ、女子1位だぜぃっ。あたしあんこでっ」

「女子って年齢でもねーだろ……」

「ん? 貴様何か言ったかな?」

耳いいなっごめんなさい


 3位抜けした亜衣菜が「女子1位」なんていうからね、もうすぐ28歳だし、ぼそっと呟いた俺だったわけだが、その言葉が見事に聞き取られ謝罪する羽目に。

 まぁそれはさておき、これで残りはあんこ3カスタード4。


 その後も。


「あがりっす!」

「おお、男子チーム強いね~」

「先生、まだ一人残ってまーす」

「くっ、見ておれよ!?」

「ゼロやんふぁいとっ」


 4位であがったロキロキがカスタードを選択。

 で、残るメンバーは亜衣菜以外の女子チームと、俺。

 ってかゆめもぴょんもまだ自分があがってないくせに……!


 そんな俺への応援は……あーすのみ。

 うん、やっぱいい奴なんだよな、うん。


「あっ、あがりましたっ」

「おめでとうございますっ」

「真実ちゃんやったねっ」


 そして5位抜けで真実が抜け、案の定カスタードを選択したのでこれで残りはあんこ3のカスタード2。

 これで半分があがり、残りは5人。

 俺はあんこがいいけど、あとカスタード2か。ゆきむらはあんこ派って言ってたから安パイとして、ぴょんとゆめがどっちを取るか、だな。

 二人のうちどっちかがあんこ派だったら実はすごい平和なんだけど、ううむ。


 そんなちょっと俺の中で無事にだいがカスタードを取れるだろうかなんて疑問を抱きつつも、勝負は続いたのだが。


「……ん?」


 俺がゆきむらからカードを引く番が来た時、あるカードに触れた瞬間、それまでずっと何だかよく分からない緊張感を見せていたゆきむらの表情が、少し嬉しそうになった、気がした。

 で、試しにやっぱり違うカードにしようとすると……。


「……っ」


 ……あ、なるほどね。


 少し嬉しそうな顔から一転、口元を真一文字にするゆきむらの姿に、俺はようやくその意味を理解。


 こう言う時は、思ったより顔に出るタイプなんだなこいつ。


 と、ちょっとだけ新たな一面の発見に驚きつつ。


 しょうがねぇなぁ。


 ここまで見事にそれを全回避していたから気づけなかったわけだが、なんかもう色々気づいてしまった以上、少し可哀想になった俺は、ゆきむらの表情が和らぐ1枚を、抜き取った、その瞬間。


 あ……。


 ゆきむらが俺の方を見て、密かに嬉しそうな雰囲気になるではありませんか。

 目でね、笑いかけられた感じ。

 

 正直、可愛い。


 そんな大きく表情が変わってるわけじゃないんだけどね、俺が見事にゆきむらの手札からジョーカーを引いたおかげで、それまでゆきむらが抱えていた緊張感が解けていくのは、よくわかった。

 うん、なんかいいことしたら気分だよ。


 とはいえ俺がジョーカー引いたのも事実なので、あとはこれをだいに引かせないように……。

 って!


 いいことした気分になって、さぁここから死守だ! って思った矢先、さっと俺が今ゆきむらから引いたカードが持っていかれるではありませんか。


 し、しまったっ!

 俺のジョーカーキープ作戦が……!

 引いてしまったばかりに……!


 そんな小さな後悔を抱えつつ、ジョーカーを持っていっただいを窺うと……何ともまぁ先ほどのゆきむらとは対照的に顔色一つ変えてないではありませんか。

 たしかに元々みんなでいる時は感情豊かってわけじゃないんだけど、ううむ、分かってて引いた俺は心構えあったけど、分からず引いたらなんか反応しそうなもんなのに。

 見事なポーカーフェイス。やりよる……!


 で、次にだいからカードを引いたゆめが。


「わっ、ここでくるか~」

「むっ、まさかっ!?」


 見事にだいからジョーカーをもらったようでね、何も隠すことなく引いたことをアピールするではありませんか。

 それを聞いてぴょんがわざとらしく警戒してみせるけど、カードを背中側に回してシャッフルするゆめも、これまたわざとらしい。

 でもちょっと可愛い。


 そんな女同士の戦いが勃発したわけだが。


「うしっ、セーフっ!」

「くそ~、次こそは~」


 俺、だい、ゆめとテンポよく動いたジョーカーは、そこでようやく移動を終えたようで。


 誰がジョーカー持ってるか分かったら、なんかゲーム性少し減る気もするけど、とりあえず安心してぴょん以外は引けるようになったからね、そこからまたゲームはテンポアップ。


 そしてそこから2周したところで。


「あがりました」

「ゆきむらちゃんおめでとっ」

「残りは初期オフ会メンバーだねっ」

「皆さんがんばっす!」


 6位抜けでゆきむらが抜け、選択はもちろんあんこ。

 そしてあーすが言う通り、俺、だい、ぴょん、ゆめという初めてオフ会をやった時のメンバーによる争いへとこの戦いたい焼き大戦争はシフトしたわけである。


 残りはあんこ2,カスタード2。

 残り手札は俺2,だい2,ゆめ3,ぴょん2。

 ゆめ以外は、当たりが引ければ上がれる状況になったわけだが、そんな中で先に抜けたのは――


「今、必殺のー! とぅ! ……っしゃ!」

「おお、ぴょんの気合勝ちだねっ」

「あたしカスタードなっ!」

「ほほう」


 さすが数ヶ月違いで最年長、これが年の功か!

 なんだかんだまたボケつつも、見事にゆめから当たりを引いたラッキーフィンガーが喜びつつ、カスタードを選択。

 そんなぴょんの選択に大和が少し意外そうな顔をしてたけど、これによって俺の中の緊張感は一気に高まる状況へ。

 なんたってこれで残るカスタードは1。

 だいが取れるかどうかが、危うい。


 まぁたい焼きくらいまた買いに行けばいいじゃんってなるかもだけど、でもさ、やっぱり彼女には、喜んで笑って欲しいじゃん?


 だからね、こうなればゆめには悪いが、俺は修羅になるぞ……!

 なんとしてもだいに勝利を……!


 そう念じて、俺は引く相手がいなくなったから、引いてもらうためにだいに手札を向け、当たりを念じる。

 

 大丈夫、お前なら引けるよ、だって君はYDKやれば出来る子……!


 って思ったのに。

 俺からカードを引いただいは、すっとそれを手札に混ぜてゆめの方へ。

 ……ま、まぁこれは確率だからね!

 うん、残り7枚で、だいが上がれるのは2枚のみ。だいが引けるは5枚だから、俺にジョーカーがないなら、50%ではあがれるんだし、次くらいには……!

 いや、俺が当たりのカード持ってるのが前提だけど……!


「むぅ、当たんないな〜。はい、ゼロやんだよ〜」

「おう、って」


 そんな脳内でどうすればだいを勝たせられるかを懸命にシミュレートする俺に、だいから引いたカードが外れだったゆめが手札を向けてくる。

 その中で明らかに一枚だけ飛び抜けさせた、いかにも取ってくださいってカードがあるではありませんか。


「おおっ、ゆめの心理戦だねっ」

「そういうの、引きたくなりますよねっ」

「そっすか? 怪しくないっすか?」

「んー、僕なら引くかなぁ」

「こうなってくるとちょっと駆け引きだなっ」


 そんなゆめの作戦に、既に勝ち抜きを決めたメンバーたちが余裕の表情で自分なら、という感覚を伝えてくるけど。

 自分ならどうするか、じゃない。

 甘いな諸君、ゆめならどうするか、が大事なのだよ!


「それは、ダミーだっ!」


 そう、ゆめならそんな露骨なジョーカーアピールはせず、ひっそりと左右のどちらかに忍ばせるはず……って、あれ?


「やった〜、ありがとね〜。でも、素直に引けば良かったのに〜」

「それがダミーかー、そうかー、倫にとっての当たりはそれだったんだなっ」

「りんりんは優しいねー」


 見事にジョーカーを引いた俺に、喜ぶゆめとニヤニヤ顔の大和と亜衣菜。

 こっ、こいつら……!


「早く出しなさいよ」


 そんな見事な失態をかました俺へ向けられる、ため息混じりのだいの視線。

 いや、俺はお前のために……!

 って、いやたしかに結果だけ見たらデメリットしか与えてないけど……。


 しょん。


 そんなだいの視線に耐えかねて、さすがに分かりやすく引いたカードを手札に混ぜるのはルール違反だろうから手札を軽くシャッフルしつつ、俺はこれまでだいが引く傾向の強かった左側とは反対側の右端にジョーカーを置いて手札を向ける。

 しかもそれがジョーカーと分かるようにね、ゆめほどではなく、少しだけ飛び立たせる感じにね。

 さぁこれで当たりは50%!

 少なくともだいにジョーカーはいかな――


「なんだとっ!?」

「何引かせまいとしてんだおーい」


 俺の配慮虚しく、去っていった俺の守りたかったものジョーカー

 そのお別れに、思わず声が出てしまった俺へ突き刺さるぴょんの呆れた声。


 そしてさすがに自分がジョーカーを引いたことが明らかになっただい本人もね、さすがに少し悔しそう。

 いや、君今まで左側から取ってたやん!

 なんで今回に限って……!?

 え、まさか俺が勝ちに拘って、嵌めようとしたと思ったの!?


 ……なんか、ちょっと凹むな……。


「とうっ。……ん〜、当たんないな〜、どぞ〜」


 そんなだいからカードを引いたゆめは、またしても外れ。

 で、少し凹みモードの俺にゆめが手札を差し出してきたので、俺は何も考えずにそれを引いて……。


「あ」


 無意識にもれた、一文字が。


「あっ、やったねゼロやんあがりじゃんっ」

「ほんとだっ」

「勝ったなら喜べばいいのにー」

「勝因は無の境地かー?」

「ゼロさんは、あんこがお好きなんですよね」


 そう、見事にゆめから引いたカードは俺の手札の一枚と一致していて、あがり確定。

 後ろに回ったあーすと真実がそれを見て確認もしてたから、誤魔化すこともできず。

 そしてゆきむらの俺があんこ好き発言により、なんとなくみんなも俺があんこを選ぶと思ったようで。


 しまった……このままではだいのカスタードが……!


 いや、ワンチャン俺の引かれる一枚でだいがあがれば……って、あがらないんかーい!

 

 どうしようと考えるまま、つがいとなった2枚を捨て、残った1枚がだいに引き取られていき、しかもそれがだいにとっては外れという。

 そんな光景を見つつ、呆然とだいとゆめの方を見る俺。

 まずいな、しかもこれ、ジョーカー引かない限りゆめの勝ちじゃん。なんという不利な局面か。

 が、頑張れだい……!!


「いや、見てないで倫は何選ぶか決めろよ」

「だなー。そもそもゼロやんがカスタード取ったら、それで勝負決まりだしな」


 そんな、自分の選択権を行使しないまま勝負を見守る俺に届く呆れた声。


 あ、そうか。

 俺がカスタード選んだら終わりか。


 俺が、カスタード、選んだら……。


 ん? 俺がカスタード選んだら?


 ……は!!

 そうか、俺がカスタード選べば……!


 そんな、ゆめがだいのどれを取るか考える姿を見ながら、降りて来た天啓。


 そうだよ、こうすればよかったんだ……!!









―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 彼の選択はもう予測の通りでしょう。

 ここまで一人で盛り上がれる彼をむしろ褒めてあげたい。笑

 

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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!


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