第285話 これが大人のたたずまい
「兄貴兄貴、ここでいんすかねっ」
「……いつまでそれ続けんだお前」
「えー、ダメ?」
「いや首傾げんな、いい年して」
女子チームと離れて歩くこと数分、バス停からでも大きく見えたマンションが間もなくというところまで俺たちはやってきた。
でもね、実際目の前すると、その大きさがさらに実感できるわけだが、今はそれよりさっきからずっと兄貴呼びしてくるあーすのウザさが際立っている。
さすがに肩を組んでくるのはやめさせたけど、もう26のくせに首傾げて「ダメ?」とか、可愛さを売りにしてる男性アイドルかよこいつ。
うちのギルドじゃそういうのをわざとやっていいのはゆめだけだから。恥をしれ恥を。
「倫を兄貴呼びするなら、いっちゃんと結婚すれば可能だぞ」
「あっ、その手があったかっ! 来るときずっと喋ってたけど、お兄ちゃん想いのいい子だよねー」
「いや、お前に真実はやらん!」
「え、ゼロさんシスコンっすか?」
「どっちかってーと、ブラコンなんじゃねーか? 倫のとこは」
「あははっ。仲良し兄妹だねっ」
そして俺があーすに冷たい目を向けていたところへ、大和のキラーパスが炸裂し、シスコンだのブラコンだの聞き捨てならない言葉が繰り出されるが……いや、俺らは普通に仲良いだけだからな、ったく。
まぁ……今勢いで「真実はやらん!」って言ったけど、もし真実がそれを願うなら、別に俺に否定する権利があるわけじゃないんだけどさ。
と、そんな会話をしつつも、今目の前にジャックんちがあるのを忘れているわけではなく。
「エントランスにくもんさんがいるって言ってたよな?」
「そっすね! あー、緊張してきたっす!」
「そんなに凄い人なのー?」
「そりゃもうっすよね! 【Vinchitore】の攻略もそうっすけど、ギルド運営にも大きく関わってますからっ」
「ほうほう。ルチアーノさんの片腕ってのは聞いたことあるけど」
ロキロキが興奮気味なのは、まぁ予想の範囲内。
というかこの前オフ会に来るか来ないかの決めてもくもんさんだったわけだしな。
そんなくもんさんについて、なんとなく亜衣菜から話を聞いてる俺は別として、大和とあーすはよく分からずって感じだけど、でもいずれ来る秋の拡張で実装されるPvPの15対15の指揮ならくもんさんが適任、ってルチアーノさんが言ってたくらいだし、昨日あの名軍師っぷりを発揮したロキロキが尊敬する存在。
うん、俺も会うの楽しみだな。
「犬型獣人のキャラなんだっけ? ジャックとは身長差夫婦だったりすんのかな?」
「いや、ジャックとだったらだいたいの人が身長差あるだろ」
「そだねー、ジャックちっこいもんねー」
「きっと知的な人っすよ!」
そんなくもんさんについて、俺らの予想も膨らみ、いざマンションの入り口となる自動ドアの前まで辿り着き――
「あの人かな?」
「他にいなそうだもんな」
「うむ」
ガラスの自動ドアの先に、一人の男性を発見。
「あ、こんにちは。君たちが【Teachers】の男子メンバー……かな?」
「はいっ! ちわっす!」
その男性の言葉を受け、真っ先に元気よく挨拶したロキロキの声にかき消された俺たちの
「ようこそ。そしてはじめまして。くもんです。いつもしずがお世話になってます」
「いえいえ! って、ええと、しずさんって?」
「あ、そうか。オフ会だからLAの名前で呼び合うんだもんね。改めまして、ジャックがいつもお世話になってます。話にはよく聞く【Teachers】の皆さんに会えて嬉しいよ」
くもんさんのジャックの呼び方がぴんとこなかったロキロキのみが積極的に話しかけてて、俺を含む残りの3人はなかなか会話に入れなかったけど……初めて会ったくもんさんは、なんというか、すごく普通な人。
あえて何か表現するなら、表情からも分かる通り、優しそうな人、って感じ。
初めて大和と職場で会った時は、めちゃくちゃ日焼けした高身長の男前だなーって思ったし、あーすの時は引くぐらいのイケメンさにびびったし、ロキロキは性の話こそ色々あったけど、爽やかな美形って分類に入れてしまえる、そんな感じの印象を持ったけど、目の前にいるくもんさんは、見た目で言えば……普通。
もちろん不細工とかね、そんな表現は適さないけど、なんだろう、背は俺ら5人の中ではロキロキの次くらいの高さで、俺とあーすよりも低く、体格もいいってわけではなく、普通。
あ、中肉中背ってこういう時に使うのかな、そんな感じ。
目元にかかっている前髪の奥にある目は優しそうで、どこからともなく草食動物のような雰囲気が漂っている。
ううむ、なんだろう、穏やかな話し方も相まって、分類するならば癒し系って感じ、かな?
LAだといかつい犬型獣人だったけど、そんな印象とは完全に真逆。
とりあえず、うちのギルドの男子メンバーにはいない、そんな感じの人だった。
「せんかんくんに」
「あ、うっす」
「あーすくんに」
「はじめましてっ」
「ゼロくんだよね。ゼロくんは、うちのギルドハウスに来てもらったことあったのに、そこでいつもしずがお世話になってますって、あの時言えなくてごめんね」
「あっ、いえいえっ。お世話になってるのは俺らの方っすから!」
そんなくもんさんに順番に名を呼ばれて、少し緊張してしまった俺たちだけど、なんだろうか、俺らとは対照的にくもんさんは終始穏やかで、もうすぐ28の俺が言うのもなんだけど、すごく大人だなって思った。
これが、30歳を超えた人間の貫禄……なのか?
あ、たしかにリダもうちのギルドの中じゃどしっと構えてるタイプだし……いや、年齢じゃないな、これは既婚者の余裕……なのかもな。
てか俺らまだ名乗ってもないのに既に名前知ってるって、ジャックから聞いてはいたんだろうけどよく分かったな。
いや、ジャックの紹介が的確だったのかもしれないけど。
「それで、えっと君がロキくん……だと思うんだけど、くんで、いいの?」
でも、そんなくもんさんでもロキロキに対しては少し戸惑ったようで。
そりゃね、きっとジャックから【Teachers】のメンズチームが行く的な連絡はもらってたんだろうけど、男っぽい恰好してるけど、やっぱロキロキは声が男って感じじゃないもんな。
……いや、言われるまで気づかなかった俺が言っても説得力ないんだけど。
「はい! 自分がロキっす! 憧れのくもんさんに会えて嬉しいっす!」
「あ、うん。32サーバーの〈Loki〉って名前は覚えてるよ。幹部から下ろして欲しいって話出た時、ロビンソンさんが嘆いてたってルチアーノさんからも聞いたし」
「え、マジすか!?」
だが、くもんさんの疑問が解決しきらない感じのまま、尻尾ぶんぶんな様子で受け答えするロキロキに、くもんさんもさすがに男なのかどうかの追究ができなかったようで。
でもやっぱそこは、踏み込みづらいよね、うん。
あとでこそっと教えておくとしよう。
ちなみに聞いたことない名前が出てきた会話をロキロキとしているけど、たぶん32サーバーの人なんだろうな、きっと。
「あ、こんなところで立ち話もなんだからね。どうぞ、うちへ案内するよ。大したおもてなしも出来ないけど、ゆっくりして行ってね」
そしてきっと胸に疑問が残ったままだろうけど、それを表に出さないくもんさんの大人な対応を受け、俺らはエントランスの先の、居住者用の自動ドアを越えくもんさんに案内されるままエレベーターホールへと移動。
「優しそうな人だねー」
「うむ。ジャックと揃ったら穏やか夫婦って感じだな」
「同意」
「みんなを見守る長男ってことだねっ」
先頭をくもんさんとロキロキが歩いていくから、残り3人で後ろを歩いているわけだが、小さな声であーすが「優しそう」と言った言葉に、既にそう思ってた俺だけでなく大和も同意。
でも兄弟トークまだ続けるとは、あーすめ意外としつこいな。
「どうぞ」
そしてやってきたエレベーターに乗るよう俺らを促し、最後に乗って目的の階……8階のボタンを押したくもんさんだけど、いやぁ、今の「どうぞ」、すげぇスマートだったなー。
何と言うかLAの廃人……いや、廃神級の人だし、どんな人かと思ってたけど、ううむ。これは尊敬に値する……。
……でも、社会人やりながら支部幹部やるのが厳しいから、ロキロキは降格を申し出たって言ってたけど、くもんさんは本家幹部、なんだよな。
え、こんないいとこ住んでるのに、この人仕事してるの……?
ジャックの稼ぎだけじゃ、厳しそうな気するけど……。
「くもんさんて、いつからジャックと付き合ってるんですかっ?」
と、俺がくもんさんが何者なのか考えている間に、上昇するエレベーターの中で愛想よく質問をする男が一人。
でもその質問は俺もしたかった。あとできれば、結婚の決め手も聞きたいです。
「俺としずは、出会ったのが5年前でね。もちろんLAの中だとサービス開始後【Vinchitore】に入ってすぐに知り合ったんだけど、リアルで会ったのは5年前。過去にも先にも1回だけしか企画してないけど、本家幹部だけのオフ会やった時に知り合って、4年前の2月に付き合ったんだよ」
「おおっ、出会いはオフ会なんですねっ」
「後にも先にも1回だけ?」
そしてさらさらと答えてくれたくもんさんの言葉にあーすが相槌を打つも、大和は少し気になるフレーズがあったのか、1回だけしか企画されなかったというオフ会について聞き返す。
俺はいつぞやジャックからその話聞いたことあったけど、そっか、あの時大和はまだいなかったもんな。
「そのオフでの色々があって俺としずは付き合うことになったんだけど、それと同時にしずがギルド抜けるきっかけにもなっちゃってね、あれ以降誰もオフ会やろうなんて言わなくなったんだよ」
「ほほう」
「色々、ですか?」
「うん。俺からすればおかげでしずと付き合えたかもしれないって思うと、複雑なところもあるんだけど。……詳しくはしずが話したかったら話すんじゃないかな」
大和の疑問に答えるくもんさんは、細かいことを話しなかったけど、たしかもぶくん絡みで色々揉めたって話だったよな。
ほんと、あいつは俺も嫌いだなー。
「でもオフ会ってものに対してマイナス思考だったしずが、みんなとのオフ会は楽しいってよく話してるからさ、俺も今日みんなに会えるの楽しみだったんだ」
「あっ、でも今日は【Vinchitore】のプチオフ会でもあるみたいっすよ!」
「え?」
そんな、俺がヘイト高めなあいつのことをちょっと思い出している間にくもんさんが続けた言葉を聞いて、ロキロキが意味ありげな笑みを浮かべつつくもんさんに話しかける。
しかしまぁ、ほんとロキロキのリスペクトは、相当だなぁ。
「あー……ジャックから連絡はきてないんですか?」
「あ、うん。特に聞いてないけど……」
「じゃあサプライズですねっ!」
「あの、なんか色々すみません……」
そんなロキロキの言ってる言葉の意味が理解できず、くもんさんが少し考え込む様子を見せるも、俺はその姿に浮かび上がる罪悪感。
でも、ロキロキがサプライズって言ってしまった以上、その正体を伝えることも
「でもほんと、【Teachers】はいいギルドだよね」
だが、ロキロキのことについても、サプライズについてもはっきりしないままなのに、ぐいぐいと聞いてこないくもんさん。
いやぁ、ほんと大人って感じの落ち着きだなぁ……。
「入ったその日は3人だったって聞いた時は大丈夫かなって思ったけど、あの6人での攻略動画は、やられたなーって思ったよ」
「そっすよね! 俺もあれ見て、ここに入りたいって思ったっす!」
そしてエレベーターが8階に到着し、俺らを先に下ろさせた後にまた先頭に立ったくもんさんが俺らを引き連れて移動。
その時に、いつぞやの奇跡的な勝利の話にくもんさんが触れると、触発されたようにロキロキが反応。
「あれは……ジャックありきでしたけどね」
「うん、うめも上手いけど、しずはほんとすごいよね」
その時の勝利メンバーには、大和もあーすもいなかったから俺しか答えることはできなかったけど、俺がジャックを褒めた言葉にくもんさんも嬉しそう。
いやぁ、交際開始から4年越えても、仲良いんだろうなぁ。
「はい、じゃあここがうちなので、どうぞ、今日のオフ会会場へ」
そんな会話をしつつ、ついに辿り着いたマンションの一角。
表札に『久門』と書いた、803号室。
あ、そっか! ジャックが前に「久門になりました」って言ってたけど、そうか、くもんさんって、本名だったんだっけ……!
「とりあえずしずたちが来るまでコーヒーでもいれるよ。みんなが来たらリビングに移動だけど、まだ俺らだけだし、ダイニングの椅子にどうぞ」
さすがに家の中に入る際はくもんさんが最初だったけど、玄関を開けてもらって見えた室内は、丁寧に掃除されてるのが伝わってくる、落ち着いた内装となっていた。
ここが、ジャックとくもんさんの家、か。
漂う雰囲気はやはり今までのオフ会で行ったりした居酒屋や旅館などとは異なり、落ち着いた空気。
でもなんだろ、いい匂いがする気がする……なんの芳香剤使ってんだろ?
そんなことを思いつつ中を覗くと、玄関を進んだ先の廊下に、いくつかの扉が見えた。
たしか3LDKなんだっけ。
いやぁ、うん。やっぱり高そうなマンションだよなぁ。
「お邪魔しますっ!」
「おじゃましまーすっ」
そして若者たちを先頭に、いよいよジャックんちに入る俺たち。
あ、でもちゃんと靴を揃える辺りね、ロキロキもあーすもちゃんとしてるね。偉い偉い。
「マンション、ありだな」
「ん?」
そして俺と大和も靴を抜いだところで、先に進まない大和が室内をきょろきょろしながら、よく分かんないことを言ってきたけど。
「あ、将来の話」
「おいおいなんだよ急に」
どうやらいつか一国一城の主になった際の話だったらしい。
いや、俺もさっき家のこととか、値段とか考えてたから人のこと言えないけどさ。
「いや、倫だってずっと賃貸に住む気はないだろ? さすがに都内に戸建て持つのは厳しいかなって思ってたけど、都内の中古マンションも悪くないかなって思ったのである」
「いや、であるって何キャラだよ。……って、もうそんな先のこと考えてるのか?」
「ローン組み始める年齢は大事だろって。いや、それで結婚急ぐわけじゃないけどさ」
「あー、まぁ気持ちはわかるけど」
「うむ。俺実家が戸建てだったから、俺も戸建てかなって思ってたけど、意外とマンションも住みやすそうだな」
「あー、でも俺はやっぱ庭付きの戸建てがいいなぁ。ペットとかも自由に飼いたいし」
「庭付きかー。まぁ、二人とも公務員なら買えるか?」
「いや、大和だって今のままならW公務員だろ」
「まぁそりゃそうなんだけどさ」
とね、彼女ありチームな俺たちは純粋にジャックんちに来たことを喜んでいる二人とはちょっと違う目線で室内を見てたわけだが……うーん、戸建てだと年取ってからの階段とか、きつかったりするのかな。
だとすると、マンションもあり? たしかに色々家に不具合出た時、マンションの方がすぐ対応してもらえそうな気はするけど。
うーん、でもやっぱ庭とペットを……。
「二人とも何してんのー? 手洗いうがいはこっちだよっ」
「あ、今いくわ」
と、こそこそと将来のことを考えていた俺たちへ、洗面所なのだろう、そこからひょこっと顔を出してきたあーすが俺たちへ声をかけてきたので、この話題は一旦ここまで。
うん、さっきも考えてたけど、この辺は相手の考えも大事だからね。
とりあえずまた考えるとしよう。
「とりあえず、女子たちが来る前にプロポーズの話でも聞いてみようぜ」
「おう。そうだな」
将来のことを考えるのは、まだ時間があるからね。
他にも新婚旅行とか、LAの話とか、聞きたいことは色々あるし。
そんな結論を大和と下し、俺らも揃って手洗いうがいをさせてもらってから、おそらくまだ買い物を続けているであろう女子たちを待つ間、くもんさんの話を聞くべく、俺たちは指定されたダイニングへと向かうのだった。
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以下
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新たな登場人物のテンションに引き寄せられ、穏やかな回となりました。
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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞中……!
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