番外編 いずれ場所を動かします!

バレンタイン番外編 ※本編関係ありません!

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

 作者の声です。

 

 1日遅れました(投稿2021/2/15)が、バレンタイン番外編を投稿します。

 女の子日とされがちですが、あえてここは趣向を変えて。


  皆様の2月14日が、いい日であったことを願います。

 それでは。


―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―








 2月14日ってのは、不思議な日だよな。

 楽しみで待ち遠しいって思うこともあれば、ちょっと面倒に思ったり、心から面倒に思うこともあるから。


 その日に向けて一生懸命準備する人もいるだろうし、その日に一世一代の決心で行動に出る人もいるだろう。

 もちろん、その日が見せる光景に世界を恨む人も、ね。


 じゃあ俺はその日に何を思うかって?


 うーん……。

 実は正直、この日のイメージとしてはあんまり、かな。

 俺の場合、2年前のこの日に、色々あったから。

 それに積み重ねもあったしね。


 でも今年のこの日は、もしかしたら俺のイメージを払拭してくれるかもしれない、そう思うと、この日というものも少しだけ楽しみでもある。

 だから今の俺はあれだな、「待て」をされてる状態ってことだな。

 

 俺のイメージを変えてくれるかもしれない相手は、『必ず渡すから待ってろ』って準備中みたいだから。


 それまではまだ時間がかかる感じっぽいし……じゃ、少しばかり思い出の2月14日と向き合ってみますかね。




思い出①

 小学校4年生の2月14日。

 この日、俺が通ってた小学校とスイミングクラブが一緒で、学校の休み時間なんかも一緒にかけっことかしてた女友達からチョコをもらった。

 小学校の頃だからさ、学校にはお菓子類は持ち込み禁止なので、放課後の学童クラブの帰りに、前日に作ったってやつを、そいつを迎えにきてくれたお母さんが持ってきてくれて、それを帰り際にもらったんだ。

 もちろんそこには他に遊んでた奴らもいたんだけど、もらったのは俺だけ。

 それは可愛い箱に入った、明らかに手作り感あるチョコだった。


 普通にさ、そいつのことは友達って思ってたから、そんな女らしいことしてきたことに少し驚いたけど、俺はそれを「ありがとう!」っつって笑って受け取った。

 でも、それ見てた男友達たちがさ、俺らを「カップルだカップル」って囃し立てだしてたさ。

 その日は「やめろよ」って言って収めたけど、次の日学校に行ったら、あっという間にその話が広まってた。

 

 ご定番のね、黒板の相合い傘までセットでね。


 もちろん俺はそれやったやつに怒ったんだけど、女友達はそっからしばらく学校に来なくなって、スイミングクラブもやめちまった。

 5年生なった頃にはまた学校来れるようなってたけど、スイミングクラブはやめたまま。

 俺との友達関係も、消えたまま。


 これが、覚えてる俺の中のあんまりな2月14日の思い出①

 ま、みんなガキだったからなんだけど、あいつ今何してんだろうな。




思い出②

 俺のあんまりな次の思い出は、高校2年の頃。

 倫もこの日色々あった日みたいなのはいつぞや聞いたとこだけど、いやぁ、正直お前もかよって、実はあの日思ったんだよね。タメだから、高2の2月14日ったら、同年同日ってわけだしさ。

 で、何があったかというと、この時の俺には彼女がいたんだけどさ、簡単に言えばそいつと別れた日なわけだ。

 人生の中では、そいつが2人目の彼女。中学時代の初彼女は1週間で別れたけど、この時の彼女と付き合いだしたのは高2の文化祭の日だったから、7月から。

 ってことは、交際は半年ちょっと、かな?

 俺が告白されて、始まった恋。

 ま、そんな期間とかはいまさらどうでもいい。もう終わった話なんだからね。


 話を本題に戻して、あの日がなぜ別れの日になったのかといえば、ほんと笑える話なんだけどさ、もらったチョコ、俺宛てじゃなかったんだ。


 笑えるだろ?

 いわゆる二股、ってやつだったんだよね。


 彼女からすれば、両方が本命のつもりみたいだったけど、インターハイ目指して小学校から続けてた水泳に力入れてた俺は、俺が練習行ってる時に彼女が他の男と遊んでるの、全く気づいてなかったんだ。


 でもそれも、あの2月14日に発覚した。

 いやぁ、『dear』の後に書いてた名前、俺じゃないんだもん。

 ほんとね、その場でとりあえずギャグかと思って笑ってみて、彼女の顔見て、察したよね。当然そこからはすぐに別れ話一直線。俺からフった。

 

 ちなみにもう一人の彼氏だったやつは、俺の後に彼女から告白して付き合ってもらってたらしい。

 俺も女を見る目なかったのかなー……。

 あ、みんなもあれだぞ、箱詰めする前にさ、宛先とかはちゃんと確認するんだぞ。


 あ、ちなみに別れてからはより一層水泳頑張ったから、インターハイには出たんだぞ俺。種目は200mバタフライ。ま、インターハイ出た以上の結果はね、ないんだけど。




思い出③

 それで、俺のあんまりな思い出③は……。

 俺の交際最長記録にして、正直結婚するのかなと思ってた子との思い出。

 この話は、少し長くなるかもな。


 そいつと出会ったのは、大学1年。

 俺が入った大学の同級生。

 見た目は色白のいわゆる清楚系で、大学生になったのに髪も染めたことなさそうな、趣味は読書です、みたいな女。


 俺が入学したのは大学の文学部史学科だったんだけど、それなりに人数もいたからさ、初めてそいつと話したのは大学3年の後半、ゼミメンバーで行った卒論の構想発表の時の、質疑応答の時間だった。

 大学1年からほとんど同じ講義取ってたのに、初めて話したのその時なんだぜ? しかも質疑応答だから、普通の会話ってわけじゃないし。

 今思ってもね、よくあそこから付き合うに至ったと思うよほんと。


 俺はあんまり研究に真面目な学生ってわけじゃなかったからさ、大学でも水泳部に入ってたし、そっちの方ばっかに力入れてたせいなんだけどね。

 大学1年の終わりから大学2年の秋頃までは、そこで出会った水泳部の同期と付き合ってたしな。そいつとの恋愛も色々あったけど、まぁそこはほら、2月14日が交際期間に入ってないから、割愛で。

 

 で、話を戻して大学3年。

 自分の就職の方向も決めていかなきゃいけない中で、俺はようやく学生らしく勉強の方にも力を入れ出した。

 そこでようやく俺はゼミに入ったわけである。


 とはいえ、ゼミメンバーの中ではかなり遅い方の参加で、15人くらいいたゼミメンバーの中では明らかに見た目体育会系だった俺は、ちょっと浮いてた。

 それでもまぁ、普通に仲間内に入れるくらいにはゼミの奴らとも少しずつ仲良くはなっていってたんだけど、たしか3人しかいなかったゼミの女子たちの中で、後に付き合う奴とだけは、ほんとに会話なく過ごしてたって、記憶してる。


 もしかして嫌われてるのかな、って思ってたけど、少し話せるようになって聞いてみたら、「自分の研究の役に立つ要素を感じませんでした」って言われたんだよね。

 いやぁ、あの時は笑ったね。

 たしかに俺はゼミに入ったのも遅かったし、そいつとの初めての会話となった卒論の構想発表もぐだぐだでさ、「その研究の意義は?」って聞かれて、しどろもどろになってしまったくらいだったから、仰る通りだなって思ってたから。


 ちなみに「俺のこと嫌いなの?」って聞いたのは、その構想発表の質疑応答の、3日後くらい。

 ゼミの女子メンバーで学食で飯食ってるの見つけてさ、あえて俺はその中に切り込んでいったんだ。

 そこで言われた、「役に立つ要素を感じない」って言葉を聞いて、何だかわかんないけどそいつに興味を持っちゃってさ、どうすれば役に立てる要素を感じてもらえるようになるのかを聞きだすために、どんどん話してみることにしたんだ。

 今考えると、ザ・清楚、ザ・大人しい系の女子って、ほとんど関わったことなかったんだよね。分類で言えば、俺陽キャグループで生きてきてたし、男子とも気軽に話せるような女子としか付き合ったことなかったから。

 だからこそ、今まで関わったことないタイプのそいつに、興味を持ったのかもしれない。


 初めてそいつが俺と話して笑ってくれたのは、いつだったかなぁ。

 大学4年の、秋とかだったかな……。


 あ、思い出した。

 あれだ、俺が教員採用試験の2次試験で、不合格となった日だ。


 さすがにあの日は俺も気分が落ち込んでてさ、ゼミ内で教員採用試験受けたのは俺以外にももう一人いたけど、そいつは1次で落ちてたから、2次試験受けたのは俺だけで、落ちた奴の分も受かってやるって思ってたから、余計にね、落ち込んだんだよね。


 でも、既に就活を終えていたあいつは、その日が採用試験の合格発表の日だったことなんか知らなかったんだろう。

 不合格報告をゼミの教授に報告しに学校に行った時、研究棟の廊下でばったり会ってさ、普通に卒論の進捗を聞かれたんだよね。


 俺もなるべく普通に受け答えをしたつもりだったけど、その時あいつに、言われたんだ。


「なんか変ですよ、今日」


 ってさ。

 こいつよく気づいたなって思ったけど、そらそうだろ、不合格=就活失敗で、4月からの自分がどうなるか見えなくなってたんだから。

 だから俺が採用試験に落ちてさすがに凹んでるってことを伝えたわけだが、そしたらさ、あいつ何て言ったと思う?


「人並みに落ち込むんですね。意外です。いつも元気なので、そういう感情は欠落してるのかと思ってました」


 だぜ?

 しかも、なぜか小さく笑いながら。


 普通ならね、これ怒るとこだったんだろうけど……まさかこんな風にズバズバと言われると思わなくてさ、俺、笑っちゃったんだ。

 半分自暴自棄もあったかもしれないけど「俺だって普通の人間だぞ」って言って、笑い返してやったんだ。

 そしたらさ。


「ごめんなさい、勘違いだったんですね。でも、もう笑ってるじゃないですか。その方が貴方らしいですよ」


 だってさ。

 「ごめんなさい」って言ったくせに、そう言ってそいつまた笑ってさ。


 その時だったかなー。

 別段人目を引くような可愛さがあったわけでもない、素朴なその笑顔に、可愛いなって思ってしまったの。

 好きかもしれない、って思ったの。


 だから、俺はこう言った。


「慰める気持ちがあるなら、飲みでも付き合ってくれ」


 って。

 そしたらさ。


「割り勘ならいいですよ」


 って、予想外の答えがきたんですよ。

 「他に誰か誘いますか?」とか「お酒を飲んでも一時的ですよ」みたいな返事が来ると思ってたのに、予想外にもすんなり飲みに行くの付き合ってくれてさ、その日が、そいつが初めて笑ってくれた日でもあり、初めて二人で飲みに行った日にもなったんだよね。


 その日から、そいつとの距離感は少し変わった。

 積極的に話しかけてくるわけじゃなかったけど、話せば、笑ってくれることが増えた。

 

 色白のそいつと話してると、今ほどじゃないけど日に焼けてた俺は余計に黒く見えたみたいで、お前らオセロみたいだなって、ゼミの仲間たちにもからかわれたりすることもあった。でもその度にそいつは「やめてください」ってちょっと怒ってたから、あの時のあいつは、俺のことどう思ってたのやらって感じだったんけどね。


 でも、やっぱり俺は好きだったからさ、クリスマスにデートも誘った。だが、卒論の追い込みで忙しいからそれどころじゃない、って言われて断られた。これは凹んだ。

 で、1月中旬に卒論提出して、末に卒論発表して、そっから大学行くこともほとんどなくなったから、しばらくそいつと会うこともなかった。

 この年の2月14日なんか、バイト先でチョコもらうくらいで、そいつとは何のイベントも起きなかった。


 そんな感じになってたからさ、俺の片想いだったのかなーって思い始めてたんだけど、3月にゼミメンバーでの卒業旅行として京都行った時の、三十三間堂で、俺はそいつと久々に話すことができた。

 ほんとに歴史が好きだったんだろうけど、ゆっくり見て回るみんなの中でも、そいつは一際ゆっくり見て回ってた。でもこの後の予定もあったからさ、さすがに時間かけすぎちゃいけないってことで、俺がそいつを迎えに行ったんだ。


 でもさ。


「どうして時間は有限なのでしょうか。もっとゆっくり、じっくり見て、造り手の想いを感じたいのに」


 つって、真剣な眼差しで仏像たちを眺めて、なかなか動いてくれなくて。

 それでも何とか説得を続けてる時に、俺は何気なく、予定もなく、こう言ってしまった。


「じゃあ俺とまた来ようぜ。今度はゆっくり、たくさん時間取ってさ」


 って。

 なんで「俺と」なんて言ったのかね、ほんと。

 たぶん俺の中で、早く動いて欲しいって気持ちと、仏像見てる横顔が綺麗だなって思ったのが、あると思う。

 

 気が付けば、そいつの視線が、仏像から離れていた。

 顔を赤くして、俺の方を見てたんだ。


「え……そ、それはどういう意味ですか?」


 俺が言ったのは「みんなで」じゃなく、「俺と」だったからね。

 さすがにこの言葉に、そいつも気づくものがあったんだと思う。

 だから、今さら後戻りもできない俺は、続けて言った。


「俺、お前が好きだから。卒業してもお前ともっと色んなとこ行って、色んなとこが見たいんだ」


 ってね。

 いやぁ、そいつと話したの1月以来だったから、急にこんなこと言われて大変だろうなとか、これフラれたらこの後の旅行中きっついなー、とか言った直後はそんな後悔も押し寄せたけど。


「私、貴方が思ってるよりわがままですよ?」


 なんて、予想外の答えが返って来た。

 でも、ここで「じゃあいいです」なんて言う男、どこにいるってんだよってな。


「上等。舐めんなよ?」


 ってね、告白の時の受け答えとしてどうなんだって言葉だったけど、結果的にこうして俺たちは、付き合うことになったんだ。

 ゼミのみんなと合流した後は、すぐにそいつの様子がおかしいことで、付き合ったってことバレて、その日は死ぬほど飲まされたけど……こうして俺は2月14日の思い出③を生んでくれた奴と、付き合った。


 ちなみにそいつは北区の小さな出版会社に就職が決まってて、俺も練馬区の私立高校で講師になることが決まってたから、社会人なる直前に大学のあった文京区から引っ越して、中間点ってことでお互い板橋区に住むことにした。


 そっからは、週末はどっちかの家に行って過ごしてた。約束通り京都旅行も行った。

 でもお互い新社会人でさ、余裕なくて喧嘩することもあった。そんな時には俺は当時入ってたLAのギルドのフレンドなんかによく愚痴ってたっけな。

 あ、この時あれな、俺の引退前な。一応ほら、サービス開始組だし。

 

 っと、話が逸れたか。

 この年、付き合って最初の2月14日は交際1年も経ってない頃で、初めてのその日だったから、仲良くデートして、チョコもらったっけ。



 で、大学卒業2年目は、俺が採用試験に合格して星見台高校に赴任した。この年の、2回目の2月14日も、仲良く過ごしてたと思う。

 お互い週末だけしか一緒にいないのが寂しくなって、夏休みに板橋区内で引っ越して、同棲も始めてた。このまま結婚するのかなーって、思ってた。

 たしかこの年かな。【Teachers】が発足して、〈Zero〉をはじめとする仲間たちに出会ったのは。

 あの頃はまだ、今みたいな関係になるなんて予想もしてなかったし、あいつとも出会ってなかったけどね。



 でも、大学卒業3年目。この年に俺は異動の関係で水泳部副顧問から主顧問になった。

 それまではさ、主顧問の先生が気を遣ってくれて土日は俺を休ませてくれたりしてたけど、部活やら大会やらで、土日両方が仕事で、1か月の休みが2日しかないことなんかも出てきてた。

 そんな生活の中で、時間がないと人は余裕を失うみたいでさ、変わらない生活を続ける彼女と色々変化する俺の生活には、少しずつすれ違いが出来始めてた。

 それでも少しでも彼女との時間を作ろうとして、俺はLAを引退した。

 でもやはり物理的に一緒にいる時間は減ってしまったし、この年は一緒に京都旅行に行けなかった。

 別れる、とはまではいかなかったけど、この年の2月14日は、手渡しじゃなく机の上にチョコが置いてあるだけだった。



 そして、大学卒業後4年目。

 付き合ってからはもう3年が経った年。

 俺は順当に新入生の担任を受け持つことになり、よくわからない生徒対応の連続等、初めての仕事が楽しかったけど忙しなくて、正直1,2年目以上に余裕を失っていた。


 でも、彼女の仕事は変わらない。


 それどころかね、4年目を迎えてそれなりのベテランになって、仕事も効率的に出来る存在になってたみたい。

 それと比べて、俺の仕事は日々何が起きるか分からないし、担任業務の流れもまだ見えてなかったから、要領よく仕事が出来ず、「なんでこんなに帰ってくるの遅いの」なんて、そんなこと言われて喧嘩になることが増えてきた。

 なんとか時間を見つけて京都旅行は行ったけど、正直、あんまり楽しくなかったかな。


 そして迎えた、その年の2月14日。この年はたしかこの日、木曜日の平日だった。でもさすがにこの日くらいはと、いつもより少し早く帰ったんだ。

 帰ったらチョコがあるかもしれない。だからお返しに、花をあげて驚かせよう。

 そうやって、もう一回やり直そう。

 そんな決意とともに、ちっちゃなサプライズを用意して、俺は帰宅したわけだ。


 でもそこで、俺は予想外の光景を目にする。


「え……?」

「あ……もう帰って来たの?」


 正直ね、ゲームオーバーなって画面が暗転するような、そんな気分だった。


「……私が少しずつこうやって準備してたの、気づいてた?」


 でも、その言葉に俺は何も言い返せず。

 だって気づいてなかったから。


 彼女が、少しずつ荷物を整理してたことに。


「今月で出ていくつもりだったけど、もう見られちゃったもんね。不動産屋に相談して、前倒し出来ないか聞いてみる」


 そう彼女は言って、作業を再開。

 当然チョコがあるわけもないし、喜ぶかなって思って買って来た花は、気づけば手の力が抜けていて床に落ちていた。


「……ごめん。分かった」


 もしかしたら、まだやり直せるかもしれない。

 そう思ってたのは、俺だけだったみたいで。


 彼女の気持ちがもう違う道に進み始めてたことに、俺は気づこうとしてしていなかったんだと思う。

 色々と思うことはあったし、言い合いもしたけど、すればするほど泥沼で。


 こうして、4年近く付き合った彼女との日々は、交際4年を迎える少し手前の2月14日、終わりを迎えた。






「……おせえな」


 色々と昔を思い出していたせいで、気づけば時刻はもう21時を回っていた。

 夕方にはうちに届けに来ると言っていた奴からの連絡は、いまだになし。

 

 2年前に彼女と別れたあとに引っ越した板橋区での3軒目のアパートの天井をぼんやりと見上げると、色々な思い出と向き合ったせいか、やけに寂しく見えた。

  

「やっぱりこの日は、いいことないのかな」


 誰も答えてくれるはずもないのに、そんなことを呟いてしまうほどにね、ちょっとメンタルがやられてるのかもしれない。

 あーあ、倫のこととやかく言えねぇな、俺も。


 こんな時に思い出す、仲間内で散々にいじられ倒し、俺もいじっている職場の同僚親友のこと

 軽率なことも多いけど、出来ることなら誰も傷つけずに生きようとする、不器用な奴。


「不器用なのは、俺も同じか」


 そんな風に思えてきた、その時。


ガンガンガンガンッ


 聞こえてきた、激しくドアを叩く音。

 その音に俺は少しびっくりしつつ、立ち上がる。


 え、うちインターホンあるんだけど?


 でも、こんなことするやつ、あいつか借金取りくらいだろ、たぶん。

 いや、借金なんてないけどさ。


 そしてガチャっと鍵を開けて、ドアを開けてやると。


「わりっ! 遅くなった!」

「いや、来る前に連絡なしかよ……って、えらい荷物多くね?」

「今日泊まる!」

「え? いや、明日平日だけど――」

「あたしが決めたの! 6時台に出れば間に合うし!」

「そ、そうか。とりあえず、あがれよ」

「おう! あー、寒かったー」


 そこにいたのは、俺よりは日に焼けてないけど、冬だと言うのに普段から日焼けされてますね、ってのが分かる女性。

 前に長く付き合ってた彼女とは対極に位置するような、表情豊かで、がさつっぽい雰囲気だけど。


「会いたかったぞこの野郎」


 そう言って2月の寒さに震えながら、いきなりくっついてくるのは、ちょっと可愛い。

 外寒かったんだろうな。

 ひんやりとした冷たさをまとうそいつから、まだまだ冬を感じたから、少し抱きしめる力を強めたり。


「うまく出来たのか?」

「おうよ! だいに色々聞きながら作ったから、間違いないと思う!」

「ほほう」


 そんな風にね、くっついてくる奴の頭を優しく撫でながら俺が尋ねると、そいつはパッと顔を上げてニカっと笑ってくれた。

 俺より30センチ近く小さいそいつの笑顔は、例えるなら入ってた花火のよう。

 一瞬にして明るくなり、みんなを笑顔にし……いなくなると、ちょっと寂しい。

 でも今はその笑顔を前に、さっきまでちょっと暗く沈んでた気持ちがどこへやら。


「はいこれ。感謝して食え。今食え!」

「いきなりかよ。とりあえずコーヒーいれるから、それからな」

「えー、急げよー」


 そしてひとしきりくっついてきた後は、色々と持ってきた荷物の中から、シンプルな柄の白い袋を渡された。

 中が見えないけど、まぁ中身はね、予想の範囲内だろう。


「どれどれ? お、上手く出来てるじゃん!」

「だろー? いやー、でもお菓子作りって分量とかこまけーなー」

「そういうもんなんだろ、知らんけど」

「お返しはお前もなんか作れ!」

「ほほう。では俺が見事なものを作って、格の違いを見せつけてやるか」

「え……あー……やっぱなし! 違うのがいい!」

「ダメです。もう決まりました!」

「やだよ! だって、料理もあたしより上手じゃん……」

だって上京して来たからの期間一緒なんだから、頑張れよ」

「むー」


 そんな風にね、袋の中身を取り出して眺め、出来を褒めてあげたことで発生する自然な会話。

 ちょっと頬つついたりはしたけど。


 ん? 呼び方?

 そりゃ、もう付き合って5か月だし、前のままじゃ、変だろ?


 みんなの前では俺はせんかんで、こいつはぴょんだけど、二人の時は話は別。


 ちなみに中に入ってたのは、形の整ったフォンダンショコラでしたとさ。

 それを俺が淹れたコーヒーと共に味わうと。


「あ、美味い」

「だろ!? よし、あたしも食う!」

「え、俺にくれたんじゃないの!?」

「うっせーなー! 見てたら食べたくなったの!」

「あー、はいはい……。ほれ、あーん」

「あーん」

「どうだ、美味いか?」

「味見した時と同じ味だな」

「いや、そりゃそうだろ! って、ん?」


 そんな、手作りしてもらったお菓子とやりとりに幸せを感じつつ、ふと気づく。

 袋の中の、小さな手紙。


「あれ、手紙か?」

「あ、読んでいいぞ」

「どれどれ」


 そう思って、二つ折になった紙に気づいた俺がそれを取り出し開くと。


「いや、みじかっ!」

「シンプルでいいだろ!」

「あー、まぁ、そうだな。らしくていいな」

「うむ。だろう!」


 またそうやって、どや顔の笑顔を見せるこいつに、俺はより幸せを実感するんだから、すごいなよな、こいつ。


 ……うん、これまで2月14日は色々あったけど、その記憶が全てこいつで上書きされれば、今日という日もいい日になっていく、そんな風に改めて思うよ。

 もうすでに、だいぶ上書きされてる気分だしな。


「なぁ愛理」

「なんだ?」

「俺も、手紙と同じこと思ってるよ」

「えー、大和はちゃんと口で言えよ」

「しょうがねぇなぁ」


 今日がいい日だから。

 この言葉も、心のままにすんなりと出るだろう。


「好きだよ」

「……うんっ! あたしも!」


 手紙に書いてあったのは俺の言葉よりも2文字も少ないものだったけど。


 目の前でこうして笑うこいつがいれば、幸せだ。


 幸せだから、幸せが訪れてほしいから、そんな人が増えて欲しいから。

 今日という日には、きっとあの形容詞がつくんだろう。


『Happy Valentine』


 みんなが幸せでありますように。








―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―

以下作者の声です。※投稿は2021/2/15でした。

―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★― 

 昨日はタイトルつけ忘れ、失礼しました。


 さて、遅ればせながらの番外編は、あえての大和視点。

 彼の過去もちょっと書いてみました。

 回想は長くなりがちなので、ダイジェストでお送りしましたが、彼の人生だけで作品が書けるレベルかもしれません。笑


 そしてこの頃にはこの、二人は呼び方も変わってるみたいです。

 あの二人は、どうなってるのかな?

 

 よく男は名前をつけて保存なんていいますが、その言葉に対抗するような内容にしてみました。

 いや、それでも記憶がなくなるわけではないでしょうけど、少しでも新たな思い出が、今を、そしてこれからを彩ってくれることへ願いを込めて。


 何はともあれ、書き手としては楽しく書かせて頂きました。

 読者の皆様もお楽しみいただけたなら幸いです。


 たぶんホワイトデーは書きません。笑

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る