第281話 地獄かと思いきやの行先は煉獄

北条倫>里見菜月『ごめん、到着が14時を10分弱過ぎそう』13:20

 報連相は社会人のマナーである。


 社会に出ればきっと言われるような言葉だが、そのマナーに則ってね、俺は申し訳ない気持ちを抱きつつ、約束の時間に遅れてしまうことをだいへ報告。

 もちろんギルドのTalkグループに送ってもいいんだけど、今の状況を説明したらあれこれと言われること確定コースだろうし、そんな騒動でリダと嫁キングに通知ラッシュを浴びせてしまうのも嫌なので、まずはだいのみに連絡をしたわけである。

 ほら、だいに言っとけば一緒にいるであろうぴょんにも伝わるだろうし、たぶんだけど一緒に来ているであろう、ゆめや大和にも伝わるだろうから。

 

 ちなみに真実からは予定通りの13:13の電車に乗った旨の連絡が来ていた。

 それに対して俺があーすと2人にしてしまってごめんと送ると、意外にも『あーすさん優しくて面白いね!』と返事が来ていたので少し安心なんだけど……もし真実があーすに矢印出すようなことになったら……兄としてはちょっと複雑な心境です。

 いや、真実ももう大人だから、俺がとやかく言うことでもないんだけどさ?


 で、遅刻確定の俺とゆきむら、とそれに加えた+1名は現在13:23発の電車待ち。

 千葉駅に向かうにはこれが最速みたいなんだけど、さっきだいに送った通り、真実たちより到着は10分ほど遅れ、14時の集合に10分弱遅れてしまうのは確定。

 とりあえず、着いたら全力謝罪だなぁ。


 そんな俺の気は知らずだろうけど、スマホをぽちぽちしている俺の前には合流してしまって以降、ここまでの道中含めてずっと話し続けてる2人がいるわけなのだが、予想以上にゆきむらが人見知りを発揮せずに亜衣菜と話してるんだよな。

 ……いや、元々人見知りするってわけでもないか。ズレてるだけで。

 亜衣菜は楽しそうな顔してるけど、何話してるんだろうか?


里見菜月>北条倫『どうしたの?』13:21


 と、俺がスマホの操作をひと段落して目の前の2人を眺めていると、送信から1分ほどの間を置いてだいから返信が。


北条倫>里見菜月『秋葉原で亜衣菜に遭遇してしまい、からまれました。で、ちょっと話してる間に予定の電車逃しちゃってさ……ゆきむら+αで14:07到着になりそう。ごめんなさい』13:22

里見菜月>北条倫『+α?』13:22

里見菜月>北条倫『亜衣菜さん?』13:22


 うん、あえて+αと書いたけど、分かるよね。

 それに対し俺が『YES』と返事をしようとしたところで。


「あちゃー、座れなさそうだねー」

「そうみたいですね」


 定刻通りに電車がやってきたのだが、あいにく座席に空きはなし。

 空いてる確率高いかなと先頭車両で待ってたわけだが、そのプランに失敗してしまった俺たちは、とりあえず運転席側の壁際隅っこに固まって居場所を確保。

 でもあれか、人に見られる確率を下げるんだったら、亜衣菜はこの場所の方がいいのかもな。

 そういうわけでね、隅っこに固まった俺たちの布陣は、亜衣菜が壁側にくっつき、俺とゆきむらがそれを囲む形へ。

 

 その形を作ったあたりで、電車も発進。

 ま、座れないのはしょうがないからね、じゃあ改めてだいに返事出すか。

 と、俺がスマホを取り出した直後。


「それでね、あたしとりんりんが初めてシたのは――」

「んっ!?」


 待て待て待て!!

 え、何の話してたの君たち!?

 え、初めてした?

 何を!?

 今の「し」、カタカナの気配がしたぞ!?


「付き合って割とすぐ――」

「おい待てなんの話だ!?」


 だが、俺の怪訝そうな表情など全スルーで話を続ける亜衣菜へ、俺は少し大きな声で制止をかける。


「ちょっとー、電車の中は静かにしてよー」


 そんな俺の方に、マスクをつけていても分かる、どう見てもにやけたというか、ふざけた雰囲気の亜衣菜さん。

 だがたしかに少し大きな声を出してしまったのも事実なので、俺はハッと周囲を見渡してこちらを見ていた人たちに小さく頭を下げていく。

 その最中に、俺らと反対側の隅っこの壁に寄りかかってたキャップかぶった短髪で小柄なお兄さんが小さく笑いながら軽く手を上げて「大丈夫ですよ」ってアピってくれたけど、うん、ありがとうございます。

 いや、でも……亜衣菜め……。


「変な話はやめろ」


 そして改めて亜衣菜に視線を戻して、俺はちょっと怒ったというか、そんな雰囲気が伝わるように亜衣菜に注意を。

 だが。


「えー、ゆきむらちゃんのリクエストなのに?」

「は? いや、ゆきむらお前亜衣菜に何を聞いたんだ……?」


 大して悪びれた様子もなくそう答えてきた亜衣菜の言葉に、俺は今度はゆきむらへいぶかし気な目を向ける。

 そんな俺に対しても、ゆきむらはいつも通りというか、きょとん、という感じなんだけど……。


「恋愛のお勉強です。お二人がお付き合いされていた頃のお話についてお聞きしていました」

「………………はぁ」


 いや、まぁそうだろうと思ったとこないわけじゃないけど……ね?

 だいはあんまり積極的に話してくれるタイプじゃないだろうし、そもそもゆきむらの不思議な状況を理解しているわけだからね。となれば、俺の話を聞くとなれば、たしかに亜衣菜は……適任、だろう。

 いや、けどな? 俺にもプライバシーというものが……!


「で、どこまで聞いたんだ……?」

「お二人の初めての出会いと、再会と告白までです。これから交際後のお話を聞くところでした」

「交際後、ね。なるほど。で……お前はいきなり下ネタをぶっこもうとしたのかな?」

「えー、だって印象的な話っていったら、そこかなーって」

「いや、他にもなんかまだあるだろ……」

「私としてはお聞きしたかったところですが」

「ゆきむらさん!?」

「あ、ほらもー。すぐ声おっきくするなーりんりんは」

「えっ、あっ」


 そしてまたしても再度周囲に頭を下げて回る俺。

 2回目だしね、「またか」みたいに思ったんだろう、こっちを見てる人たち少なかったけど、さっきにこやかに「大丈夫」ってジェスチャーしてくれたお兄さんが、さっきと比べて少し首を傾げた感じだったけど、さすがにあれか、俺たちに一番近いもんな。

 うん、うるさくしてごめんなさい。

 

「ちなみに初めては付き合って最初のお泊りの時だよ」

「って、おいっ!?」


 そして俺が謝って回ってる間に、さらっと亜衣菜が告げてしまう真実しんじつ

 それに俺はなるべく声を小さくしながら注意するけど、いや、せめてそれ、俺がいないところで……いや、いないところでもしてほしくないけどさ!

 ああもう……!


「いやー、痛かったなー」


 そんな俺の思いも虚しく、淡々と語られていく亜衣菜の思い出。

 いや、痛かったのは、俺は違うけど。

 というか俺はまるで逆だし。って、いや、なんでもないですはい。


 ……でも朧げな記憶を辿れば、たしかに亜衣菜はかなり痛がってたっけ……。

 だからあれか、俺的には最後までは、出来なかったんだったかな。

 いや、今さらこんなこと思い出すのも虚しいだけだし、うん。やめよう。


 と、俺が亜衣菜の「痛かったなー」という言葉から掘り起こされかけた記憶に、再び蓋をしようとするも。


「そうなんですか?」

「うん、男の子と付き合ったのは初めてじゃなかったけど、シたのは初めてだったからさ」

「あ、あの……」


 She is anこの女は unstoppable woman止まらない.


「ふむ……私のお友達は、すごく幸せと言っていましたが……」

「んー、気持ちは幸せだったけどね。あの時のりんりん、すごい気遣ってくれたし。終わった後の血のついたシーツにはちょっと引いてたけど」

「出血、あ、破瓜というやつですか。……ふむ」

「え、ええと……」


 ……いや、あのさ……。地獄じゃないすか、この状況。

 俺もここにいるんですけど? 完全に無視扱い、ひどくない?


「全部が気持ちいいなぁってなったのは、何回かシてからかなぁ」

「そうなんですね」

「うん。そうなるまでは痛いイメージが先行しちゃってさ、お口で終わらせることもあったよね」

「いや、よね、って……マジでその、その話やめてもらっていいですか……?」


 あったよね、って俺に言わないでくださいマジで。

 ほんともう、そろそろ俺のメンタルは限界ですよ……?


「お口で、とは……むむ?」

「ああもう、ストップっ。ゆきむら、頼む、その話は俺のいない時に、亜衣菜かだい以外に聞いてくれ……」

「むむ?」

「あ、菜月ちゃんにもしてもらってるんだー?」

「いや、ほんと勘弁してください……!」

「あはは、さすがにまだ明るすぎる時間だしね、しょうがない。このくらいで勘弁してあげるとしますかっ」


 ということで、さすがに俺の悲痛な表情が伝わったのだろう。

 ようやく亜衣菜も理解してくれて、俺の地獄に終わりが見える。

 いや、明るい時間だとか関係なくやめて欲しいところではあるんだけどね!


 でも、勘弁してあげる、って言うってことは……やっぱあれなのかな。

 俺が亜衣菜の気持ちに応えてあげられないこと、まだ消化しきれてないのかな。


 とはいえ、それは俺がだいを選んだ以上、どうこうできることじゃない。

 いや、出来ることというか、するべきこととしては、物理的に会わないことだとは思うんだけど。


 でも、だいがなぁ、亜衣菜のこと友達だって言ってるからな……。

 ううむ、どうしたものかね……。


「ま、あたしもりんりん以外と経験ないし、もうずーっとシてないからね。ごめんね、あんまり参考になる話できなくて」

「あ、いえいえ。初めては痛いっていうお話を聞けましたし、これでいつかのための心の準備が出来そうです」

「あはは、そっか。優しい人だといいね、ゆきむらちゃんの初めては」

「そうですね」


 と、俺が亜衣菜に対してあれこれ思ってる間にも二人の会話が続き、「初めては優しい人だといいね」と言われたゆきむらの視線が、ちらっと俺に向いて……こなかった。


 ……あれ?

 いや、そのタイミングは俺に向くかなって思うこと自体自意識過剰かもしれないけど、いつもならこの流れなら、俺の方向くとこ、じゃないのか?


 ……ふむ。


 ……あ、もしや!?

俺以外の相手が、ゆきむらの心に出来た?

 で、その相手とのあれこれを想像して、亜衣菜に情報を求めたのか?

 そう言われてみれば、今日のゆきむらちょっといつもと様子が違う感じもあったし!


 だとすれば、それは朗報……!


「ゆきむらちゃん可愛いし、いい人見つけてアプローチしたらきっとすぐに彼氏できるよっ」


 そしてそんなゆきむらへ、優しい眼差しを向ける亜衣菜。

 その様子から、ゆきむらが争奪戦などということを亜衣菜には言ってないのは理解できた。

 

 うん、そりゃね、亜衣菜は俺がだいと付き合ってるのも、ゆきむらがそれを知ってるってことも分かってるわけだしね。

 ゆきむらが俺のこと好きだなんて、思うわけないもんね。


「ありがとうございます」


 そして亜衣菜の優しい眼差しに、いつも通りの表情で答えるゆきむら。

 そのやり取りの中で、二人の視線が俺に向くことは、なし。


 ……うん、やっぱりこれはあれか、ようやくゆきむらも俺離れしてくれるのかな……!

 いやぁ……長かった……!


 でも、うんうん。絶対それがいいと思うよ俺も。

 俺が言うのもなんだけどさ、だいとゆきむらが争ったとしても、その道の先では全員が幸せになれないんだから。

 ゆきむらのその選択は敗北や撤退じゃない、正しい前進だと思うよ。

 いやぁ、いいぞ。いい方向だぞゆきむら!


 って、そうだ。

 だいに返信するの忘れてたや。


 亜衣菜とゆきむらのやり取りに気を取られ、その流れからゆきむらの前進に小さな感動を覚えていた俺は、そこでようやくだいへ連絡の途中だったことを思い出す。


 その後も亜衣菜はゆきむらへ、俺とこんなデートをしたよ、なんて話をして、デートというものについてゆきむらへレクチャーをしていたけど、その話がゆきむらと誰か知らないゆきむらのいい人の参考になるのならね、恥ずかしさはあるけど、話されてもまだ許容できるから。

 いやぁ、いい人だといいね、ゆきむらよ。


 そして俺はだいに正式に亜衣菜が合流してしまったことを伝えてから、時々変な話をしそうになる亜衣菜にツッコミをいれつつ、恋愛談義に花を咲かせる二人を見守りながら、千葉駅までの道のりを揺られていくのだった。









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以下作者の声です。

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 ちなみに「挟む」もあったとかなんとか。

 あ、いえ、なんでもありません。

 R15傾向強めな会話失礼致しました。 


 そろそろ全員集合、です!


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 本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。停滞を重ねつつも掲載しております。

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